36 彼女の話6
再訪の日は思ったよりも早くきた。弟は宣言どおり、何度誘っても出かけることに同意しなかった。説得は諦めたが、けれどあたしは嬉々として母さんの家を訪れた。
弟が来ないことに母さんは落胆したが、すぐに気を取り直したようで、あたしと過ごす時間を楽しんでいるようだった。
何度も訪問するうちに、母さんに仕える黒髪の少女と打ち解けて話せるようになった。彼女はあたしと同い年で、背丈も同じ、体つきも不思議なくらい似ていた。母さんの側にいるときは、澄ました顔をしているが、あたしと二人きりになると、おどけて舌をぺろりと出すこともあった。屋敷の主、つまり母さんの今の夫、その人と取引のある人物の娘らしい。
「奥様にお仕えするようになって、こんな髪ですが」と少女はまじめな顔で黒髪の先をいじりながらあたしに告白した。
「むかしは、金髪の髪で遊びまわってました」
こっそり見せてくれた携帯の画面には、金髪の少女の満面の笑顔が写されていた。あたしは、こんな風に笑える彼女に少しだけ憧れた。
何度目かの訪問のとき、あたしがおじい様から色んな援助を受けていることを、伝えると、「あなたたちは、大事にされているのね」と母さんは、微笑んだ。その言葉と笑顔は、噓偽りがない、心のからのものだとあたしは思った。本当にそうなら良かったのに。
数年がすぎ、あたしは成長して、若い女性になった。
弟も同じように成長しているはずなのに、彼はまだ少年のままに見えた。変わることを拒絶しているようにも見えた。
その日、母さんの家を訪れると、いつもと違う様子だった。あたしの顔を見るなり、人払いをした。少し興奮した面持ちで、あたしの手を両手で握りしめた。
「ようやく、判ったの」と母さんは言った。
「私たちの家が、彼らに知られた理由が」
あたしは、自分の中の血液が凍り付いた気がした。
母さんは、あの日のあの部屋から、まだ逃げ出せていなかった。
そして、もちろん、あたしも同じだった。




