29 掃除屋の話29
足の痛みで目が覚めた。靴を履いていない。頭はまだ朦朧としていた。
私は、両脇を抱えられたまま、部屋から連れ出されていた。
アパートの駐車場に黒塗りの外車が止まっていた。外車から離れてもう一台車がいたが、車内は真っ暗で、人影は見えない。
スーツの男がトランクを開け、連れの男と私を抱え、トランクの中に放り込んだ。
彼らの部屋に私は連れていかれ、尋問される。答えに不満足な彼らに様々な器具で痛めつけられ、用が済むと、私は袋の中に詰められる。
トランクの真っ暗な空間で、そんなことを想像した。
外車が走り出した。すぐに止まって大きなクラクションの音が聞こえた。
それから、車の前方からブレーキ音と衝撃。
私はトランクの内部に叩きつけられ、再び気を失った。
もう一度目を覚ますと、明るい光に照らされたバンの車内の、平らに伸ばしたシートの上に横たわっていた。体中が痛い。
「囮が目を覚ましたぞ」と近くから声が聞こえた。見たことがない人物だった。男の隣にむすっとした顔の先輩がいた。平然とした顔で男は車から出ていき、前方がひしゃげた外車の方へ歩いて行った。
男は、老人の直属の部下らしく、他にも厳つい男たちが、この場所に集められていた。
「頭は何ともないか」と先輩が聞いてきたが、大丈夫と言い切れる自信はなかった。
「病院でみてもらいます」と言うと、「手配する」と意外に優しい態度だった。
「ところで、何があったんですか」
外車が坂道を降り始めると、前からバンが猛然と突っ込んできて、正面衝突して車が大破し、エアバッグが作動した。スーツの男と連れの男は、ふらふらになりながら車外に出ると、バンから降りた男たちに囲まれ、駐車場に先に止まっていた車で拉致された。かなり暴れたようだが、男たちが小さな筒状の金属棒を首に突き立てると、白目をむいて崩れ落ちた。
「象でも倒れる麻酔薬を打たれたそうだ」と先輩は言いながら、ツナギのポケットから、小さな金属の棒を取り出した。
「何で持ってるんですか」
「拝借した」と真顔で答えた。
体を起こしてもういちど車外を見ると、ツナギを来た男たちが、現場の後片付けをしていた。掃除屋の他のチームを初めて見た。
まだ頭が痛かった。先輩は、ほかの掃除屋と話をしている。
老人の言葉を思い出した。
「お前に近づいた奴が張本人」
そのために私は「囮」にされたのだろうが、二人が握っていた情報の程度では、今回の一連の出来事の差配をしているとは到底思えなかった。
あの部屋のことを考えた。今、部屋を覗くとどんな様子だろうか。顔を向けると遠いあの部屋は真っ暗なままで、何も見えなかった。
後から考えると、もしその時あの部屋をのぞいていれば本当の張本人の姿が見えたであろうのにと思う。
その日、部屋にいた人物が姿を消した。




