19 掃除屋の話19
そのあと公園には寄らず、まっすぐアパートに帰った。
部屋に入ったとたん、床に放置していた連絡用の携帯がなった。
画面には非通知と表示されている。少し躊躇したが、手に取って応答した。
しばらく相手の声を待つと、ゆっくりした、かすれ気味の息遣いが聞こえた。
やがて、「お前は掃除屋だな」と老人のような声がした。
何と答えるべきなのだろう。おそらく電話の相手は、街を牛耳る大組織のトップで、それがいまや病に倒れ明日の命も知れない老人で、しかも最愛の孫を殺された怒りに震える人物なのだ。考えても正しい答えは浮かばなかったので、「掃除屋の一人です」と、多数の中の一人を装うことにした。
相手はしばらく沈黙した。正しくは、苦し気な息遣いが微かに聞こえ続けていた。携帯を当てた耳のあたりがひどく痛かった。
やがて、「俺はお前が孫の最後の死に顔を見た人間だと聞いている」と静かに宣告するような声が聞こえた。私は、自分が特定され、なおかつ指名されていることを認識した。観念して受け入れるしかなかった。
「私に間違いありません」と答えると、そうか、と意外に穏やかな声がした。そして、
「孫は、どんな顔をしていた」と老人は尋ねた。
どう答えるべきか、考えを巡らせる。こめかみに傷跡があり、涙の流れた痕跡を残す、美しい死に顔。私の目には、花が一輪だけ咲いたように見えた。ただ、どれが老人が聞きたい答えなのか判らなかった。返答に窮したが、かろうじて、
「綺麗な顔のままでした」と答えた。
しばらく沈黙が続き、やがて
「そうか」と声が聞こえた。
私は、相手の次の言葉を待っていたが、しばらく声がしなかった。
老人は私に何を指示するつもりなのだろう。この部屋を手配した理由、おそらく低地マンションの誰かを監視するのだろう。それが、何のためなのか。孫を手にかけた人物への罠なのか。
やがて、老人は「お前に頼みたいことがある」と言った。
「もう一人の孫を守ってほしい」




