14 掃除屋の話14
先輩はそのまま運転中は一言も話さなかった。
私は高台よりかなり手前の人気のない道端で降ろしてもらった。
低地のマンションのそばに公園があった。以前の公園より少し小さいが、自販機もある。コーヒーを買ってベンチに腰を下ろす。まだ暗い時間で、公園内の電灯がついていた。
コーヒーを口に含み、ここ数日のことを思い出した。
二人の死体を片づけたその日、ベンチで絡んできた男の一人が、今日死体になっていた。
先輩が「嫌な感じ」というのも無理もない。自分たちでは制御できない何かを感じる。
そんなことをぼんやり考えていると、目の前をゆっくり女性が歩いて行った。
眠そうな顔をした金髪の女性。
コーヒーを投げてくれた人だった。
コーヒーが気管に入り、むせこんだ。
女性が立ち止まり、不機嫌そうな顔をこちらに向ける。
「おじっ・・・おにーさん!」
驚くほど急激に、満面の笑顔に表情が変わる。
「どーしてここにいんの?奇遇。えっまさかつけてきた?ストーカー?」
ニコニコ笑いながら、立て続けに言われ、どこから説明しようかと思ったが、
咳をし、喉を落ちつけてから、
「仕事帰りです」
「自分の家の近くです」
「ストーカーではありません」と一つ一つ答えた。
「やだ、ウケる」と女性は笑った。
「あたしも仕事帰り」と言って、ポケットから名刺を取り出す。
どこかのバーの名刺で、「るり」という名前が印刷されていた。
「おにーさん、こういう店来る?」
「行かないですね」
「即答かぁ」とからからと笑った。
「私も仕事帰り」
この前出会った後に、この街に引っ越したのだろうと察したが、ストーカーと思われたくないので黙っていた。
「公園でよく会うってことは、公園の掃除?でも手ぶらってことは下見?熱心すぎん?公園マニア?」
どう答えていいか悩んだが、「まぁ公園以外の掃除の仕事帰りです」と答えた。
「公園は落ち着くので、休憩してます」
女性は「そっかー」と納得したようにうなずくと、「邪魔しちゃった」とベンチに座ったままの私に近づいた。
「いちおー名刺、あげるね」と言って、私の手に握らせ、「またね」と手を振って立ち去って行った。
立ち去った方向は、低地のマンションの方角のようだった。




