12 掃除屋の話12
一瞬意味が分からなかった。見ればわかると言いそうになったが。無視して作業を続けた。返事がなかったことでスーツ姿の不機嫌さが上昇したのが判る。答えられないことを答えさせようとして相手を追い詰める、嗜虐性の固まりのような男なのだろう。
男はまた舌打ちして煙草を吸い始めた。灰が床に落ちる。ゴミの掃除は契約外なのに、と心の中で思った。
袋詰めと床掃除の間、男は興味をなくしたのか、煙草を吸いながら窓の外をじっと見ていた。
作業が完了し、先輩が、男に準備していた書類にサインを求めた。
男は顔をしかめて、
「まだ、残ってる」と床下の煙草の灰を指さした。
「それは契約外なんで」と私は思わず口に出していた。
あ、まずいなと思った。先輩も片方の眉をゆがめた。
男は私に猛然と歩み寄り、ツナギの襟を掴んでねじり上げた。
「何のつもりだ掃除屋風情が」
困ったことになったなぁと思いながら、後ろ脚に力を入れて男の押してくる力を受け止めた。男の背中越しに、先輩がスマホに何か黙々と入力しているのが見えた。取りなす気はないらしい。
「お前らの仕事が半端だから、立ち合いなんかさせられる」と男はずっと思っていた不安もぶつけてきた。
そもそも掃除屋は自分たち二人だけではない。先輩と私には心当たりはないが、男にはそんなことは関係ないだろう。
先輩と目が合った。やり取りが終わったようだ。私に向かってうなずいた。好きにしろ、ということだろう。
襟首を握った男の手を、優しく右手で握った。




