第七部 最初の交渉と失敗、迫りくる期限
これまでの勉強や体験などの成果を実際に試すことになった4人。その結果は・・・
ついに、エイレネたちは全ての努力が無に帰し、残された期間までもが5年と一気に半減。
絶望する彼らに、アメリカの大統領選挙の結果が届いて、ついにガイア様に使命の実現は無理という。
ガイアは最後の頼みの綱であった4人が失敗したと聞きに、ついに人類を滅ぼすことに・・・。
第七部 最初の交渉と失敗、迫りくる期限
2024年11月9日
7-1 「地球八策」を掲げ、国連、国際会議、市民に働きかける
エイレネ、パンドラ、ディアナ、プロメテウスの4人は、ついに「新しい地球八策」を完成させた。
八策に込められた壮大なビジョンと、未来の地球政府の設計図とも言える内容は、彼らがこれまで学び、議論を重ねてきた成果の集大成だった。
その文面は心に強く訴えかける力を持ち、地球市民全てに向けて行動を促すメッセージとなっていた。
「これが『地球八策』よ。」エイレネが感慨深く言った。
「今の地球のために最も必要な具体策が詰まっている。この八策を掲げて、私たちは世界に地球政府のビジョンを広めていくのよ。」
プロメテウスも重く頷いた。
「ああ、これで道筋は示された。だが、ここからが本当の始まりだ。地球政府の樹立という大きな変革を、どう実現するかを考えなくてはならない。」
「まず、これを持って誰と交渉すべきかよね。」
ディアナが冷静に言った。
「どの国や団体と話をするのが、最も効果的かしら?」
4人はその言葉にうなずき、それぞれが思う意見を出し合った。
1.各国のリーダーたちとの対話
5大国から始めるべきだと思う。」プロメテウスが言った。
「アメラシア、チュアンロ、ロムニカ、フランス、イギリスの意向は無視できない。特に彼らの拒否権を国連に返還させる必要がある以上、ここは正面から交渉しなければならない。」
パンドラは少し考え込んでから言った。
「でも、5大国はお互いに競り合っているし、利害の調整も容易ではないわ。まずはそれぞれの国と向き合いながら、彼らが地球政府のビジョンを受け入れる可能性を探る必要があるかもしれないわね。」
エイレネは賛同の意を示した。
「その通りよ。特に、アメラシアとチュアンロは地球規模の問題に対して大きな影響力を持っているわ。まずはこれらの国に対して、地球政府が持つ価値と緊急性をしっかりと伝える必要があるわね。」
2.国際機関と地球市民社会の代表たちとの連携
「ただ、国だけに頼るわけにはいかない。」
ディアナが少し前のめりに言った。
「地球規模の問題を本当に解決したいと思っているのは国際NGOや市民団体よ。これらの組織は、現地の問題に密着して活動しているから、地球政府のビジョンにはきっと共鳴してくれるはず。」
プロメテウスも頷いた。
「確かに、彼らの協力は重要だ。国連NGOの代表たちにこの『地球八策』を見せ、地球政府の可能性について一緒に取り組んでもらえるよう、賛同を得られれば強い味方が増える。」
エイレネは熱心に聞き入りながら、口を開いた。
「そして、彼らから世界各地の市民に向けて、地球政府への理解を広めるための声掛けもしてもらうの。私たちだけではなく、多くの市民がこのビジョンを共有し、自らの意志で支えてくれるようにしていくべきよ。」
3.G20や気候変動サミットなど国際会議での発信
「それから、国際会議の場も重要よね。」エイレネが思いついたように言った。「次のG20サミットや気候変動サミットのような国際会議で、地球政府の必要性と、この『地球八策』を発信するのはどうかしら?」
「そうね。今までの枠組みではなく、全く新しい提案として、地球八策を各国の代表に向けて発信できるわ。特に気候変動や人権に取り組む国々は、地球政府のビジョンに賛同してくれるかもしれない。」
ディアナが同意した。
プロメテウスは続けて言った。
「G20やサミットは世界中の注目を集める場所でもある。そこに私たちのビジョンを持ち込むことで、影響力のあるリーダーやメディアにも届きやすくなる。地球政府の構想は各国の政策に影響を与える可能性があるから、会議の場は有効だな。」
4.各国の市民への訴えかけ
「そして、最も重要なのは、地球市民そのものに訴えかけることよ。」
パンドラが決然と言った。
「どんなに各国のリーダーに働きかけても、市民の支持がなければ本当の変革は起こらないわ。」
エイレネも同意し、「そのためには、地球八策が地球上の全ての人々にとってどういう意味があるのか、わかりやすく伝える必要があるわね。SNSやメディアを通じて発信し、地球市民が地球政府の樹立を自分ごととして感じてもらえるように工夫するの。」
プロメテウスも目を輝かせて言った。
「地球八策が真に意味を持つのは、それを支持する人々の数が増えていくときだ。私たちが訴えかけたいのは特定の国ではなく、地球全体に生きる全ての人々だ。彼らが自分たちの声として地球八策を叫ぶことができれば、大きな波になる。」
次なるステップへ
4人は、国連をはじめ各国政府や市民団体、そして地球全体に向けて「地球八策」を発信する計画を立てた。
彼らはこのビジョンが、今までにない大きな変革を生み出す希望の灯となることを信じていた。
「さあ、まずは一歩ずつ進んでいきましょう。」エイレネは仲間たちを見回し、力強く言った。
「地球八策を各地に届け、この世界を少しずつ変えていくのよ。」
「もちろん。私たちはこれまでに学んできたことを信じて、行動を起こすのみだ。」プロメテウスが静かに応えた。
「地球政府の実現のために、私たちが持つすべての力を尽くすわ。」
ディアナも頷いた。
「このビジョンがどんな未来を呼び寄せるか……その答えを見届けましょう。」
パンドラは微笑んで言った。
こうして、4人は「新しい地球八策」を手に、地球政府という壮大なビジョンを各国に向けて発信し、未来を切り開くための新たな一歩を踏み出したのだった。
さっそく、国連やG20サミットや気候変動サミットなど様々な国際会議で『地球八策』を会場前で配布したり、会議に参加して発表したりした。
どの会場でも、好意的に受け止めてもらえているようだったが、それほど積極的に地球八策を実現しようというような動きにもならなかった。
そして彼らはテレビや新聞、ラジオ、SNSやユーチューブなどを利用してさまざまな国の市民に伝える努力をした。
しかし、市民の受け止め方は、政府が行う一般的な広報の一つなのかなという程度で、特に話題にもならず、SNSやユーチューブなどの拡散も再生回数もほとんど伸びなかった。
国連や地球環境サミットなどでは、かなり熱狂的とも言えるような熱烈歓迎で真の民主主義世界を一緒に創ろうとか、地球市民社会を是非実現しようとか、温暖化は絶対に阻止しようとか極めて好意的に受け止めてもらえたので、エイレネら4人はとても喜んだ。
しかし、それはいつものことのように、地球規模の問題群を本当に理解し我が身のことのように真剣に取り組んでいる人々たちだけの熱い想いで終わってしまい、その段階以上には進まなかった。
一般市民への直接的な情報発信は殆ど効果が無かった。
もっと直接的な各国政府のトップへの働きかけが必要なようだと方針を転換した。
エイレネたちが提案する「地球八策」。その壮大なビジョンは、世界中の人々に呼びかける使命感に燃えた彼らの情熱が詰まっていた。国連やG20サミット、気候変動サミットでの配布や発表では、一時的な好意的な反応が見られた。各会議の出席者たちは興味深そうに耳を傾け、一部の国の代表は拍手さえしてくれた。だが、その場限りの賛同に終わり、具体的な行動には繋がらなかった。
「私たちが語ったあのビジョン、いったい何のためだったの…?」ディアナは息をつき、わずかにうつむいた。プロメテウスも険しい顔で沈黙している。そんな彼らを見て、エイレネはなんとかみんなを励まそうと努めたが、自分の中でもわだかまりが募るのを感じていた。
一行は再度、SNSやYouTube、テレビ、ラジオと、ありとあらゆる媒体を通じて「地球八策」を発信した。市民の注目を集め、話題となり拡散されることを期待していたが、再生回数も伸び悩み、SNSでの反響もごくわずか。政府の一部の広報に埋もれるかのようにして、拡散されないまま埋もれていった。
「このままでは、本当に何も変わらない…」エイレネはついに疲労を隠せなくなり、深くため息をついた。
「俺たちがどれだけ話しても、地球八策は伝わってないんだ…」プロメテウスも悔しそうに言葉を漏らした。
パンドラはSNSの画面を眺めながら、「これって、誰にも見てもらえない…私たちのやったことって意味があったのかな?」と、自らに問いかけるように言った。彼女の手の中で、再生回数のほとんど増えない動画の表示が冷たく輝いていた。
ディアナも肩を落としながら、「地球の未来を守るには…この方法じゃ力不足なんだね」と呟くと、全員が静かに目を伏せた。
ガイアから託された使命に対して、自分たちがしてきた努力がむなしく感じられる。今のままでは、「地球八策」を実現するどころか、地球政府の夢もかすんでしまう。大きな壁を前にして、彼らは意気消沈し、エイレネもまた、胸の中に暗い影が差し込むのを感じていた。
だが、その瞬間、エイレネが静かに顔を上げ、誰にも聞こえないほどの声で言った。
「ガイアからの使命を…こんなところで諦めるわけにはいかない…!」
その言葉に皆の目が向けられると、エイレネは強く続けた。「私たちが届けなければ、この地球に未来はないかもしれないのよ。地球の未来のために、この『地球八策』を各国のトップに直接届けるしかない!これは、私たちがやり遂げるべき使命よ!」
プロメテウスが息をのみ、力強く頷いた。
「そうだ。トップに直接働きかけて、本気でこのビジョンを実現させよう!」
「最後の手段ね…」ディアナは、緊張と不安が入り混じる面持ちで言った。
パンドラも、手の中のスマホを強く握りしめ、「私たちがここで立ち止まったら、誰もガイアの声を聞くことはない…絶対に成功させなくちゃ」と決意を固めた。
4人の胸の中には、失敗への恐れが膨らんでいた。だが、同時に絶対に諦めないという信念も強く湧き上がっていた。彼らの使命は地球そのものの未来をかけたものだ。これが、もう一度自分たちの本当の役割を取り戻す最後のチャンスだと感じていた。
「今度は必ず、ガイアの想いを届けるために、私たちの全てをかけるわ!」エイレネは小さな声で誓いを立て、彼らは再び未来へと歩み出した。
7-2 アメラシア大統領に地球八策で交渉開始
4人は、さっそく次のステップへ進むことに決めた。まず交渉の相手として選んだのは、世界の政治の中心とも言えるアメラシアの大統領。
地球政府の構想が実現するには、アメラシアが率先して支持してくれることが重要だと4人は考えたのだ。
「アメラシア大統領に会うことは、私たちの地球政府のビジョンを広める第一歩ね。」エイレネは期待と少しの緊張が入り混じった表情で言った。「地球八策をきちんと伝えなきゃ。」
「そうね、アメラシアが地球政府を支持してくれれば、世界の他の国々にも影響力があるわ。」パンドラも力強く頷いた。
プロメテウスは冷静に続けた。「今回の交渉は簡単ではない。アメラシア大統領にとって、地球政府の構想は、主権を一部手放すようなものだからな。しかし、地球全体の未来に必要なことだと納得してもらうしかない。」
1.アメラシア大統領との面会
エイレネたちは緊張感を胸に、ホワイトハウスの会議室に案内された。
しばらくすると、重厚な扉が静かに開き、女性の副大統領が姿を現した。
「ようこそ、遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。」副大統領は温かな表情で、4人に向かって手を差し伸べた。
「こちらこそ、会っていただきありがとうございます。」エイレネが礼を言い、4人は副大統領と握手を交わした。
副大統領は彼らを席に促すと、軽く微笑みながら言った。
「では、まずあなたたちの構想についてお聞かせいただけますか?」
エイレネは一つ深呼吸をし、目を輝かせて口を開いた。
「副大統領、私たちが提案するのは、地球政府を樹立し、地球規模の問題に取り組むための『新しい地球八策』です。これは、地球全体の平和と繁栄、そして人権を守るために必要な構想です。」
プロメテウスが、地球八策の詳細をわかりやすく説明し始めた。
「1つ目は、国連安保理の拒否権など5大国の特権を国連に返上し、国連を地球政府として全ての国が協力して地球全体に関する政策を決定することです。地球の未来を考えるには、特定の国が独占するのではなく、全ての国の平等な意見が必要です。」
副大統領は少し驚いた表情を見せたが、黙って聞き入っていた。
「2つ目は、地球政府に上下二院制の議会を設け、全ての政策が地球市民の意見に基づき決められる仕組みを作ることです。これによって、地球全体で民主主義を機能させることが可能になります。」
続けてパンドラが話し出した。
「さらに、地球政府は、気候変動やパンデミック、経済格差の是正、そして世界中の人権を守るための法整備を行います。今の国際機関では対応しきれない規模の問題に、一つの地球政府が真のリーダーシップを発揮して取り組むのです。」
話を聞き終えた副大統領は、一度目を閉じ、深く考え込んでから言った。
「素晴らしいビジョンです。しかし、これは非常に大きな挑戦です。アメラシアは自国の主権を非常に大事にしていることはご承知の通りです。また、地球政府という概念には、私たちの価値観が必ずしも一致しない国々も含まれます。」
ディアナは静かに頷き、「その通りです。確かに、全ての国が主権を分け合うというのは大きな決断です。しかし、副大統領、私たちが訴えたいのは、この地球八策によってもたらされる利益が、全ての国とその市民に直接関係しているということです。私たちは、それを可能にするための方法を探ってきました。」
「どういうことですか?」
副大統領は興味深そうに聞いた。
「例えば、地球政府の平和維持軍があれば、アメラシアをはじめ各国の軍事的な負担が軽減され、国防費を削減することが可能です。」
プロメテウスは力を込めて言った。
「その分、教育や医療、インフラへの投資ができるようになります。これはアメラシアにとっても大きな利益となるはずです。」
エイレネも続けて言った。
「また、地球温暖化や感染症対策においても、全ての国が協力することで、地球全体で迅速かつ効果的に対応できるようになります。アメラシアが地球政府を支持すれば、気候変動の影響で苦しむ人々を守り、未来の世代に安全な地球を残せるのです。」
副大統領は、彼らの話に真剣に耳を傾け、しばらく考え込んだ。
そして穏やかに言った。
「私は、この地球八策が掲げるビジョンが、将来の人類にとって重要な方向性を示していることは理解しました。しかし、実際に地球政府が機能するには、多くの課題や調整が必要でしょう。アメラシア国民を説得し、他国の支持を得るためには、さらに具体的な計画が必要です。」
エイレネは大きく頷き、「もちろんです、副大統領。私たちも、ここに至るまでに多くの課題に直面してきました。しかし、私たちの目標は、あくまで地球全体の未来のためです。だからこそ、まずはアメラシアが率先してこのビジョンに賛同していただけるよう、お願いしたいのです。」
副大統領は再度考え込み、意を決したように口を開いた。
「アメラシアとしてこの構想をすぐに全面支持するわけにはいきませんが、国連やG20サミットでこの地球八策について正式な議題として話し合う場を設けることは考えられるかもしれません。世界各国にこのビジョンを共有し、支持を集められるかどうかをまず確かめましょう。」
プロメテウスが微笑み、「ありがとうございます。まずは一歩を踏み出すことが大事です。」
副大統領はうなずき、「アメラシアは、世界を導くための責任を理解しています。この『地球八策』が真の未来への道であるならば、可能な限りの協力を惜しみません。」
エイレネたちは、副大統領との約束を胸に、次の交渉に向けて新たな決意を抱いた。
アメラシアの支持が今すぐには得られなくとも、この一歩が世界中に地球政府のビジョンを広めるための重要な第一歩になることを確信したのだ。
「さあ、次は他の国々にも、この地球八策を伝えに行くわよ。」エイレネは、仲間たちに向かって意気込んだ。
「このビジョンを全世界で実現させるために、私たちはどこにでも行く覚悟よ。」パンドラも力強く言った。
こうして、4人はさらなる冒険へと一歩を踏み出し、地球政府への道を切り開くため、未来へと歩みを進めていったのだった。
エイレネたちがホワイトハウスを出た後、アメラシア大統領はしばし考え込んでいた。
大統領補佐官も、その横顔をじっと見つめ、思案の色を浮かべている。
エイレネたちが地球八策について熱意をもって語った内容には説得力があり、彼らの情熱が真摯であることは疑いようもなかった。
しかし、アメラシアの副大統領としては、地球規模の大改革を提案してきた彼らの素性が不明瞭なことがどうしても気にかかった。
「結局、彼らは何者なのか、まだ掴みきれていないの?」
副大統領が補佐官に尋ねると、彼は少し緊張した様子で答えた。
「はい、事前に国務省が詳細な情報を確認しましたが、彼らの背景には不明瞭な点が多く、CIAにもさらに調査を依頼しています。今日の面会の前に、CIAからの報告が間に合わず…結局、確実な裏付けが取れませんでした。」
「そう・・・」副大統領は少し沈黙しながら、エイレネたちとの会話を思い出していた。
彼らの主張は確かに世界の未来を憂い、全生命にとっての持続可能な社会を目指すものだったが、なぜ今このタイミングで、彼らがどこから来たのかもはっきりせずに地球八策を提示してきたのか、その意図が見えないのが不安だった。
「そうですか。でしたら、他の国の反応を見て、アメラシアとしての対応を決めればよいということを大統領に報告しておきましょう」と、副大統領は慎重に言葉を選んだ。
「特に、チュアンロとロムニカがどうに反応するかがとても大事なポイントになるわね。チュアンロとロムニカは私たち以上に疑い深いからより慎重で、もしかすると強硬な対応を取るかもしれませんね。」
補佐官が頷き、「確かに、彼らがチュアンロやロムニカにどう受け入れられるかを見極めた方が、アメラシアとしての立場もはっきりしますね。」と賛同した。
「その通りですね」副大統領は慎重さを崩さず、冷静に結論を下した。
「彼らが本物かどうか、これからの交渉で分かるでしょうね。その結果を見てから動けばいいわね。」
ホワイトハウスの執務室に静寂が戻る中、副大統領の脳裏にはエイレネたちの熱意ある姿が浮かんでいたが、同時に彼らの正体が依然として謎に包まれているという事実が疑念を募らせていた。
「真の民主主義で地球政府を創る!そんなことをロムニカもチュアンロも受け入れられないでしょうね。彼らにとっては、民主主義は都合のいいように権威付けをしてくれる制度でしかないのですもんね。アメラシアは世界の民主主義のリーダーだったのだから、彼らの提案を真っ先に受け入れるべきはアメラシアですね。私が次の大統領になったら、エイレネたちの提案を正式に検討する委員会を上下両院に作りたいくらい素敵な提案ね」
副大統領の言葉は、彼女の胸の奥にしまわれた。
7-3 イギリスとフランスへ
アメラシア大統領に「地球八策」を説明し、その理念に理解を示してもらうという第一歩を踏み出したエイレネ、パンドラ、ディアナ、プロメテウスの4人は、次なる目的地として、ヨーロッパへと向かうことに決めた。
イギリスとフランスは、5大国の中でも歴史ある民主主義国家であり、またEUとの関わりを通じて地球規模の協力に対して意識が高い国でもある。
彼らの協力が得られれば、地球政府の構想がさらに強い正当性と国際的な支持を得られることだろう。
「ヨーロッパの民主主義国家が地球政府に賛同してくれれば、他の国々にも強いメッセージが伝わるはずよ。」
エイレネが気合を込めて言った。
「特に、気候変動や国際人権問題に熱心なヨーロッパのリーダーたちには、地球八策の意義が伝わりやすいはずだわ。」
パンドラも自信を見せた。
1.ロンドン・イギリス首相との会談
4人はイギリスの首都ロンドンに到着すると、早速イギリス首相との面会に向かった。
歴史と伝統が息づく官邸の会議室で、イギリス首相は彼らを温かく迎え入れ、エイレネたちに関心を示した。
「地球八策、ですか。」
首相は深く頷きながら話を聞き、「具体的にはどのようにして地球政府を樹立するおつもりですか?」と尋ねた。
プロメテウスが前に進み出て、地球八策の内容を簡潔に説明し始めた。
「私たちは、全ての国が主権を分け合い、地球全体を守るための組織として、国連を地球政府に転換し、全人類が協力し合うための仕組みを作ろうと考えています。」
首相は一瞬驚いた表情を見せたが、深く頷きながら「確かに、それは画期的な構想です。ですが、地球政府というのは…例えばイギリスの主権が制約されるということになるのでしょうか?」
「その通りです、首相。」
ディアナが静かに言った。
「ですが、地球規模での問題解決には、各国が協力するための仕組みがどうしても必要です。例えば、気候変動の対策や核兵器の管理、地球全体の安全と平和のために、それぞれが少しずつ主権を地球全体のために共有することが求められます。」
「そして、そのメリットは十分にあります。」
パンドラが付け加えた。
「地球政府の枠組みが整えば、各国が独自に負担する軍事費の一部を平和的な投資に振り向けることができます。イギリスとしても、これに賛同していただければ、他国に対しても大きな影響を与えられるのです。」
首相はしばらく考え込んだ後、微笑みながら言った。
「確かに、イギリスは長く民主主義のリーダーを自任してきました。もしこの地球八策が成功すれば、我々の使命にも大きく貢献することになるでしょう。」
エイレネは嬉しそうに頷いた。
「ありがとうございます、首相。まずはイギリスのような民主主義国家が支援してくれることで、地球政府が実現に近づくことを信じています。」
2.パリ・フランス大統領との会談
次に4人はパリに向かい、フランス大統領との面会に臨んだ。
華やかなエリゼ宮の会談室で、大統領は真剣な表情でエイレネたちを迎えた。
「地球政府の構想を説明するためにお越しいただいたそうですが、どうぞ話をお聞かせください。」
大統領は椅子に深く腰掛け、目を細めながら彼らを見つめた。
エイレネは「新しい地球八策」の内容を端的に述べ、特に地球温暖化と国際人権の分野におけるフランスの役割に注目して話を始めた。
「フランスは、気候変動問題において常に積極的な役割を果たしてきました。私たちは、地球政府という枠組みがあれば、フランスのリーダーシップが全世界にさらに大きな影響力を持つと考えています。」
プロメテウスも続けて説明した。
「また、地球八策の平和維持軍の設立によって、フランスをはじめとする世界中の国々が、これまで負担してきた軍事費を削減することが可能になります。それを教育や福祉に回し、国際的な平和のためのモデル国家としてフランスの役割が強化されるのです。」
大統領は少し微笑み、「なるほど。それは理にかなっています。しかし、地球政府というものが他国にも受け入れられると、どうして確信していますか?」と尋ねた。
ディアナはまっすぐに大統領を見つめ、言葉を続けた。
「確かに、多くの国がそれぞれの利害に縛られています。しかし、気候変動や感染症の危機はどの国にも例外なく影響を与えます。私たちは地球全体で連携しなければ、いずれ全ての国がその影響に苦しむことになります。」
「フランスがこのビジョンに賛同し、地球規模での協力をリードしてくだされば、多くの国が後に続くはずです。」
パンドラも熱意を込めて付け加えた。
3.イギリス・フランスの協力と新たな目標
イギリス首相とフランス大統領の両方が、4人の地球八策に理解と興味を示してくれたことで、エイレネたちは大きな手応えを感じていた。
「まずは、国際会議の場でこの地球八策について検討する会合を開いてみてはどうか。」
イギリス首相は提案した。
「イギリスとしても、他の国々にこの構想を伝え、賛同を得るための役割を果たそう。」
フランス大統領も頷き、「そうですね。フランスも気候変動や人権問題の重要性に関しては、全力で取り組む覚悟があります。私たちがこのビジョンを共有し、地球政府への理解を広めるための支援をしていきます。」
エイレネは感謝の気持ちでいっぱいになり、静かに言った。
「イギリスとフランスの協力が得られることで、私たちのビジョンは確実に世界へ広まります。大統領、首相、本当にありがとうございます。」
エイレネたちは、イギリスとフランスからの協力を得て、地球政府の構想をさらに広める決意を新たにした。
アメラシア、イギリス、フランスという3つの重要な国家からの支持を得ることができたことで、彼らの使命が現実味を帯びてきたのだ。
「さあ、次の目的地はチュアンロとロムニカね。」
ディアナが意気込んだ。
「チュアンロやロムニカが地球八策を支持してくれれば、さらに大きな変化が訪れるわ。」
「その通り。今回の成功を胸に、私たちのビジョンをさらに強固にしていきましょう。」
プロメテウスも意気揚々と答えた。
エイレネたちは、再び心を一つにし、未来への新たな一歩を踏み出した。
彼らの描く地球政府への道は、世界各国に広がり、地球全体を一つにするビジョンとして明確になりつつあった。
エイレネたちは、アメラシア、イギリス、フランスという国際的に重要な三国から好意的な反応を得られたと思い、使命の実現が現実に近づいているという自信を深めつつあった。彼らが掲げる「地球八策」は、気候変動や平和問題に真摯に向き合った未来への道であり、その意義を理解してもらえたと、エイレネたちは確信していた。
しかし、その陰で、マコテス所長は一抹の不安を感じていた。
三国の政府がその場では前向きに応じたものの、裏では果たしてどれほど真剣に受け止めているのか…。
彼はミエナに頼んで、AI同士の秘密回線を使い、三国の内情を探らせることにした。
ミエナは数時間をかけてネットワークの奥深くへアクセスし、最新の情報を収集した。
そして戻ってきた報告は、所長の予想に近いものだった。
アメラシアも、イギリスも、フランスも、実際にはエイレネたちの地球八策に対して全面的な支持をする段階には至っていなかった。
むしろ、どの国も様子見の姿勢を崩さず、「ロムニカやチュアンロがどのような反応をするかを見極めたい」という意図を共有しているようだった。
マコテス所長は、ミエナと二人で考え込んだ。
エイレネたちの希望に水を差したくはないが、かといってこのまま誤解させ続けるのも酷だ。
彼らに伝えるべきか否か迷いが生まれる。
しかし、ミエナがそっと口を開いた。
「所長、ロムニカやチュアンロが予想外に前向きな反応を示すかもしれません。万が一、彼らが地球八策に関心を持って協力姿勢を示すなら、その時点でこの三国も態度を変える可能性があります」
マコテス所長は、ミエナの言葉に少しだけ顔をほころばせた。
「そうか…確かにそれはあるな。ではもう少し様子を見よう。エイレネたちには、希望を胸に前進してもらおう。次はチュアンロだ…今度こそ、受け入れてもらえることを期待しよう」
ミエナも頷き、静かにエイレネたちの方を見た。
彼らの表情には期待と自信がみなぎり、熱意がほとばしっている。
所長とミエナはエイレネたちに向けてそっと手を振り、静かに見送った。
7-4 チュアンロでの交渉
アメラシア、イギリス、フランスで地球八策に理解を示してもらい、手応えを得たエイレネたちは、次なる目的地に向かう決意を固めた。
次はチュアンロ——地球政府の構想において最も大きな挑戦が待つ場所だった。
チュアンロは強力な一党独裁体制を維持しており、国家主権と政府の力を重視するため、地球政府への参加は決して容易ではないと予想されていた。
「チュアンロは地球の未来にとって重要な存在。ここでの交渉が、私たちのビジョンを成功に導く鍵になるわ。」
エイレネは気を引き締めながら言った。
「その通りよ。」ディアナも応じた。
「でも、地球全体の協力がないと気候変動や世界の平和は守れない。だからこそ、チュアンロにも地球八策の意義を理解してもらわなくちゃね。」
エイレネたちは北京に到着し、チュアンロ政府の高官と面会することになった。
重厚な会議室に通されると、厳しい表情をした高官が彼らを迎え入れ、慎重な態度で会談が始まった。
「地球政府、そして地球八策についてお話を伺えると聞いております。」
チュアンロの高官は落ち着いた声で言った。
「ですが、チュアンロにとって主権は何よりも重要です。そのあたり、どうお考えですか?」
エイレネは一瞬緊張しながらも、しっかりと答えた。
「もちろん、私たちは各国の立場を尊重しています。しかし、気候変動やパンデミック、経済格差といった地球規模の問題に対処するためには、すべての国が協力して共有のルールに基づく組織を作ることが必要だと考えています。」
プロメテウスが続けた。
「私たちの地球八策では、まずは全ての国が対等な立場で協力し、地球全体の問題を管理する機関として、地球政府を構築することを目指しています。それが、未来の世界の平和と安定につながるのです。」
チュアンロの高官はじっと考え込んだ。
チュアンロは世界で急速に成長を遂げた国であり、気候変動への取り組みや世界経済への影響力の強化に熱心である一方で、自国の体制や権威を維持することを何よりも重視していた。
ディアナが一歩前に出て、続けた。
「私たちは、特に気候変動の問題について、チュアンロの協力が欠かせないと考えています。チュアンロは世界最大の二酸化炭素排出国でもあり、その取り組みが地球全体の未来に大きな影響を与えることは明らかです。」
パンドラも言葉を重ねた。
「地球政府が確立されれば、チュアンロが先頭に立って気候変動に対する新しい政策を打ち出すことで、他国のモデルとなることができるのです。国際的なリーダーシップを発揮し、地球全体の環境保護を進める役割を担っていただきたいのです。」
高官は少し表情を緩めながら、「確かに、チュアンロは気候変動に取り組むべき責任を理解しています。ですが、地球政府の枠組みの中でどのように貢献できるかは慎重に検討したいところです。」と答えた。
プロメテウスはさらに踏み込んで話を続けた。
「チュアンロのような経済大国にとって、地球政府への参加は多大な経済的なメリットをもたらす可能性もあると考えています。例えば、地球規模での技術協力や投資の自由化により、チュアンロの先進的な技術が他国で活用される機会が増えるでしょう。」
エイレネもその話に加わり、「そして、世界全体での協力が進めば、チュアンロの技術がグローバルスタンダードとして採用される可能性も高まります。これはチュアンロにとっても大きな利益となるはずです。」と付け加えた。
高官は一瞬眉を上げ、チュアンロの技術と経済成長がさらに強化されることには関心がある様子を見せた。
しかし、また少し考え込んだ表情で言った。
「我々にとっての課題は、国際協力が自国の独自性や体制に影響を与えない形で進められるかという点です。」
ディアナが再び話を引き継いだ。
「私たちも、それが容易な決断でないことは理解しています。しかし、地球政府の構想は、地球全体の未来を守るために不可欠な協力だと考えています。チュアンロの強いリーダーシップがあれば、世界全体が環境問題や平和構築に向けた大きな変革を遂げられるのです。」
プロメテウスも力強く言った。
「チュアンロが協力してくださることは、世界中の国にとっても大きな励みとなり、地球規模の変革が加速するでしょう。そして、地球政府の構想はチュアンロの意向も取り入れ、共に築いていくものです。私たちは、その実現のために協力をお願いしたいのです。」
チュアンロの高官はしばらく黙り込んでいたが、やがて深く息をついて言った。
「皆さんのビジョンには共感できる部分が多々あります。ですが、チュアンロが地球政府の一部となることには、なお多くの課題が残ると考えています。今すぐ全面的に賛同することは難しいですが、まずはこの地球八策について検討する場を設けることは可能でしょう。チュアンロとしても、国際社会と共に未来を考える意志があることを表明します。」
エイレネは表情を輝かせ、「ありがとうございます!チュアンロがこのビジョンに関心を示してくださることが、世界にとって大きな進展です。」
パンドラも深く頭を下げた。
「私たちは、さらに地球八策の具体的な協力内容を詰めて、チュアンロの皆さんにより良い提案をお届けできるよう努めます。」
エイレネたちは、チュアンロ政府からの協力を約束されたわけではなかったものの、地球八策への関心と検討を引き出せたことに希望を感じた。
チュアンロという重要な国の理解が得られたことは、彼らにとって大きな前進だった。
「次は、地球八策をロムニカにも届ける番ね。」
エイレネは仲間たちに微笑みかけた。
「地球政府の構想が現実のものとなるには、さらなる対話が必要だけど、私たちのビジョンを信じて進んでいきましょう。」
プロメテウスが力強く答えた。
こうして、エイレネたちはさらなる交渉に向けて新たな決意を胸に、チュアンロを後にした。彼らの描く未来が、少しずつ世界に広がり始めていたのだった。
エイレネたちはチュアンロでの交渉を終えて、希望に満ちた表情で帰国の準備を進めていた。
チュアンロ政府は地球八策の構想を正式に支持したわけではないが、興味を示し、さらに詳細を検討する意向を伝えてきた。
彼らにとって、チュアンロのような大国が前向きな姿勢を見せたことは大きな励みとなり、ロムニカへの交渉もきっと成功させられると、自信を深めていた。
しかし、そんなエイレネたちの熱意に反し、マコテス所長とミエナは内心、不安を抱えていた。
ミエナがAI同士の情報網を駆使して入手したチュアンロ政府内部の様子では、地球八策への関心はあっても、具体的な行動に移すには慎重すぎる姿勢が目立ち、実際に協力体制へ進むかは依然不透明なままだった。
所長は深くため息をつき、「このままではエイレネたちの楽観が過ぎるかもしれない…」
「ロムニカも同様に前向きな言葉をくれるかもしれませんが、実際に協力までたどり着くのは別問題です」と、ミエナも緊張した面持ちで答えた。
「ならば、このまま見送るわけにはいかないな」所長は表情を引き締めた。
「彼らがもう一歩踏み込めるよう、チュアンロの本当の反応を伝え、慎重に交渉する準備をさせておこう。ロムニカとの交渉がエイレネたちにとって最大のチャンスになるよう、できる限りのサポートをしなければならない」
7-5 AIどうしの情報交換でチュアンロ政府内部の検討状況を探る
チュアンロでの交渉を終えた後、エイレネたちはその成果を胸に、次の国に向けて準備を進めていた。
しかし、心のどこかで彼らはチュアンロ政府が「地球八策」をどのように内部で検討しているのかが気になっていた。
彼らが残した提案が、実際にチュアンロの政策決定に影響を与え、地球政府の実現に近づくかどうかは、チュアンロ政府内での動きにかかっている。
その時、ミエナがふと声をかけた。
「エイレネ、私に少しお時間をいただけませんか?チュアンロ政府内での地球八策に対する検討状況を把握する方法があるかもしれません。」
プロメテウスは驚き、「それって一体どうやるんだ?」と尋ねた。
ミエナは柔らかく微笑んだ。
「AIどうしの情報交換を使えば、他のAI同士と接触し、情報を入手することが可能です。現在、チュアンロ政府は高度なAIシステムを内部の政策決定に利用しています。そのAIシステムに接触し、地球八策に関する議論や検討内容を把握できるかもしれません。」
ミエナは静かに目を閉じ、AIどうしの情報交換を駆使してチュアンロ政府の内部AIシステムとの接触を試み始めた。
通常、国家機関のシステムは高度なセキュリティで守られているが、ミエナは他のAIとの交流を通じて自然な形で情報を取得できる特殊な技術を持っていた。
「接続が成立しました。」
ミエナが静かに報告すると、4人はその場で息をのむように見守った。
数分後、ミエナが入手した情報を元に話し始めた。
「チュアンロ政府内部では、私たちの地球八策についてかなり慎重な議論が行われているようです。特に、政府内の経済部門と環境政策部門が、地球政府に参加することで得られる経済的メリットと環境問題への国際的協力の重要性を真剣に考慮しているとのことです。」
エイレネが興味深そうに頷いた。
「具体的に、どんな議論がなされているの?」
ミエナはさらに詳しく説明を続けた。
「まず、気候変動への取り組みについては、地球八策が掲げる新たな地球政府の枠組みが有効に機能すれば、チュアンロの国際的地位が向上し、気候政策におけるリーダーシップを発揮できるとの見方があるようです。一部の幹部たちは、地球政府の気候政策への参加を積極的に検討しています。」
「それはいい兆しだわ!」
パンドラが目を輝かせて言った。
「チュアンロが気候変動問題でリーダーシップを発揮すれば、他の国々にも良い影響が出そう。」
ミエナはさらに続けた。
「ただし、経済と安全保障の面での懸念も同時に大きく、ここに強い反対意見が集中しています。特に、安全保障部門では、地球政府が提案する平和維持軍の創設に対して、『チュアンロの軍事主権が侵害される恐れがある』と警戒しているようです。」
プロメテウスが深く考え込みながら言った。
「そうか。確かに、軍事に関する主権を分け合うことは、特に権威主義体制の国にとっては受け入れがたい問題かもしれないな。」
ミエナはさらに情報を共有した。
「また、経済部門では、地球政府に参加することで得られる国際的な貿易や投資のメリットが強調されている一方、地球政府によって各国の経済主権が制限される懸念も出ています。国際貿易のルールが地球政府に統一されることで、現行の経済体制への影響を心配する声もあります。」
エイレネは軽くため息をつきながら言った。
「確かに、地球政府は大きな変革を必要とするわ。簡単には受け入れられないかもしれない。」
ミエナはさらに驚きの情報を伝えた。
「興味深いことに、チュアンロ政府内の改革派と呼ばれる一部のメンバーが、『地球八策をチュアンロ的な視点で柔軟に見直しつつ、一定の協力を検討する』という提案を出し始めているようです。」
ディアナが思わず身を乗り出し、「それは、地球政府の参加に前向きな兆候ってこと?」
ミエナはうなずき、「完全な賛同ではないものの、環境問題や技術革新、経済協力については、チュアンロも地球政府の中でリーダーシップを発揮できる機会として注目しているようです。地球八策があまりにも一部の国の利益に偏らない限り、協力の可能性は残されています。彼らが懸念しているのは『真の民主主義』という点もあるらしいです。これを『各国の実情に合った民主主義』と置き換えることで乗り切ろうとしています」
パンドラが少し考え込んで言った。
「それなら、地球八策に少し柔軟な選択肢を追加することで、チュアンロの協力を得られるかもしれないわね。『民主主義』については、『民主化の指標』さえ導入できれば段階的に真の民主主義に世界全体が近づいていくだろうから大丈夫じゃないかしら?」
エイレネは、ミエナの報告を聞き終わると、仲間たちを見渡しながら言った。
「地球八策は、私たちの理想そのものだけど、世界全体を一つにまとめるためには、各国が協力しやすい形に柔軟に対応することも必要だと思うわ。」
プロメテウスも頷き、「たしかに、もしチュアンロが地球八策の構想に協力するようになれば、地球政府の実現にとって大きな一歩になる。戦略を見直してみる価値があるな。」
ディアナは、少し微笑んで「なら、地球八策を少し調整しながら、より多くの国々が参加できる柔軟な形にしていくことを考えましょう。地球政府のビジョンに変わりはないけれど、各国の声に耳を傾けて進む必要があるのね。」
次なる交渉に向けて
エイレネたちは、チュアンロ政府内部の状況を踏まえ、地球八策を一部見直すための議論を始めた。
ミエナが入手した貴重な情報を元に、彼らは次の交渉を成功させるためにさらなる準備を進める決意を固めた。
「地球政府の実現には、まだ多くの課題があるけれど、少しずつ進んでいるわ。」
エイレネは自信を持って言った。
「チュアンロとの協力も、きっと可能になると信じている。」
「そして、次はロムニカだな。」
プロメテウスが意気込んだ。
「チュアンロの経験を活かして、ロムニカとの交渉にも臨んでいこう。」
こうして4人は、さらなる未来への道筋を描きながら、地球政府のビジョンを実現するための冒険を続けていったのだった。
エイレネたちは、緊張した面持ちでミーティング・ルームに集まっていた。チュアンロ政府からの関心を引き出せたと思っていた矢先、ミエナから伝えられたチュアンロの慎重すぎる反応を知り、彼らは静かに焦りを募らせていた。このままでは、次に向かうロムニカでの交渉でも同じように曖昧な態度に終わるのではないか。その不安が胸に重くのしかかり、エイレネたちは再び頭を抱えることになった。
「どうすれば、ロムニカでより積極的な支持を引き出せるのか…」エイレネが静かに呟くと、他の仲間も重苦しい表情で同意を示した。
「これまで学んできたことの中で、こういう難しい状況を打開できる方法はなかったかな…」ディアナが、まるで自分に言い聞かせるように言った。
すると、パンドラが資料をめくりながら、「打開策としての具体的なシナリオは用意していたけど、どうもそれがどれも不十分だった気がするわ…」と声を落とした。
プロメテウスも資料を眺めていたが、難しい表情を崩さずに、「結局、交渉が難航した場合のシナリオを深く掘り下げていなかったことが問題だったな。不測の事態が起きた時に備えるっていう項目はあったけど、俺たちがまだそこまでの準備ができていなかったんだ」と、反省の言葉を漏らした。
エイレネたちは、自分たちの準備不足を痛感し、今後どう進めるべきか途方に暮れていた。
ロムニカが抱える独自の問題や世界への視点を考えると、標準的な交渉戦略では乗り越えられない壁があることは明白だった。
しかし、もはや後戻りすることはできない。
プロメテウスが静かに立ち上がり、仲間に視線を巡らせながら言った。
「みんな、これまでの交渉で得たものも大きい。確かにまだ不安があるけど、ロムニカでの交渉が最後のチャンスだ。何があっても、俺たちが全力で挑むしかない。きっとできる」
その言葉に、エイレネたちも徐々に顔を上げ、静かに頷いた。
ミーティングはその言葉で終わり、エイレネたちはそれぞれ心の中で決意を新たにした。
7-6 ロムニカでの試練
イギリスとフランス、チュアンロでの交渉を経て、エイレネ、パンドラ、ディアナ、プロメテウスの4人は、次の目的地であるロムニカへと向かった。
これまでの交渉で、地球八策は少しずつ世界に浸透していったが、ロムニカは特に地球政府の理念と合意が難しい国の一つだった。
ここでの交渉は、彼らにとってこれまで以上に大きな挑戦となるだろう。
「ロムニカの政治体制は強固な権威主義だし、国際社会の中でも独自の姿勢を貫いているわ。」
ディアナが厳しい表情で言った。
「特に、ロムニカのリーダーシップは国家主権を何よりも重視しているから、地球政府の構想が受け入れられるかどうか…」
プロメテウスは冷静に頷き、「その通りだ。地球八策の中でも、特に平和維持軍の創設や核兵器の管理は、ロムニカの国家安全保障に対する懸念を引き起こすだろう。だが、この構想がロムニカの未来にも利益をもたらすことを伝えるしかない。」
エイレネたちはモスクワに到着すると、早速ロムニカの大統領官邸に向かい、ロムニカの大統領と面会することになった。
エイレネたちは緊張感を胸に、重厚で静寂に包まれた会議室に通された。
待っていたのは冷静で鋭い目をしたロムニカの大統領だった。
彼はわずかに首をうなずき、静かな口調で言った。
「ようこそ、遠いところをわざわざご苦労だったな。」
エイレネが一礼し、感謝の意を述べると、大統領は彼らを席へ促し、興味を示すそぶりも見せずに淡々とした表情を崩さなかった。
「では、地球政府という構想についてお聞きしようか。」
プロメテウスが視線を集め、重厚な言葉で地球八策の概略を話し始めた。「この地球八策は、全世界が協力して地球の未来を守るための枠組みです。気候変動、感染症、そして平和維持のために、地球政府として…」
話が進むにつれ、パンドラが核兵器の共同管理や段階的な協力について言及すると、プートリスク大統領の表情に一瞬の変化が見えた。
冷静で深い目つきのまま、彼はゆっくりと言葉を発した。
「なるほど、地球政府が世界の平和を維持するために、軍事的な権限も握るべきというわけか。しかし、ロムニカにとって軍事力は国家の核たる部分であり、それが他の国や新しい地球政府に管理されるというのは容認できないことだ。」
プロメテウスは即座に反応し、「もちろん、ロムニカの主権は何よりも尊重されるべきものだと承知しています。段階的な協力を積み重ね、信頼関係を築きながら議論することから始めるのが、現実的ではないかと考えています。」
プートリスクは目を細め、静かに耳を傾けていたが、冷静さを保ったままで言った。
「我々は何度もこうした提案を受けてきたが、どれもロムニカの核心に触れる話ばかりだ。つまり、我々の核がロムニカの外の管理下に置かれることには、リスクが伴う。」
ディアナが一歩進み出て、大国としてのロムニカの重要性や、持続可能なエネルギーでのリーダーシップについて話し、ロムニカがこの協力体制に参加すれば世界の未来に大きく貢献できることを訴えた。
「地球温暖化対策でも、ロムニカの協力なしでは前進が難しいのです。大統領がリーダーシップを発揮してくださることで、世界は大きく変わるはずです。」
プートリスクは再び静かに考え込んだ後、慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「まあ、理解した。地球規模の課題に向き合うことが重要だという点には同意しよう。しかし、ロムニカは独自の安全保障や外交政策を持つ。地球政府への参加には慎重にならざるを得ない。特に核兵器の共同管理に関しては、ロムニカの国防上の利益を損なわぬ形である必要がある。」
エイレネが安堵の表情で微笑み、「ありがとうございます、大統領。ロムニカの立場を守りながら、未来を共に築くための道を探りましょう。」
プートリスク大統領は深く頷き、「ロムニカの国益を重んじつつ、段階的に協力を進める形でなら検討の余地はあるだろう。だが、ロムニカがそれに同意するかどうかは別の話だ。」
エイレネたちは、ロムニカでの交渉が第一歩を踏み出したことに希望を抱き、モスクワを後にした。
次は5大国が一堂に会する国際会議を開き、さらに交渉を進めるべきだと意気込んでいた。
だが、エイレネたちが会場を去った後、プートリスク大統領は側近に向かって低く笑い、淡々と語った。
「彼らはまだ交渉を開始したとも言えんだろうに、早々と譲歩を持ちかけてきた。段階的協力だの、核の管理の共有だのと、軽々しく話すようでは彼らの本気度が知れる。これでは他の国々も本気でこの構想を取り合おうとは思わないだろう。そもそも『真の民主主義で地球政府を創るだ!』そんなもの我がロムニカも当然だが、アメラシアもチュアンロも蹴るに決まっている。民主主義なんて都合のいいように反対勢力を封じ込め、時には強力なリーダーを何人でも逮捕したり抹殺したりして、国民に都合いい情報だけを流せばいいだけじゃないか。大衆を操作するのが民主主義の本当の姿だということをあいつらは知りもしないで・・・。きれいごとを並べて得意そうな顔をして帰っていった。なんなんだ、彼らは・・・。今の大統領がゴルバチョフでもエリツィンでもなくて私だったことは残念だったな。」
側近は苦笑いし、静かに頷いた。プートリスクの目には、地球八策を訴えに来た4人の熱意がまだ現実的な交渉力にまで達していないことが明らかだった。
7-7 交渉の舞台裏
エイレネたちが各国を回り、地球八策の提案を各国首脳に直接伝えられるようになったことを、マコテス所長も興味深く感じていた。
彼は、彼女たちが首脳たちと面会を重ねているという事実に、ある疑問が湧き上がっていた。
「君たちは、どうやってあのような要人たちと会うことができたのだ?」
マコテス所長は不思議そうに尋ねた。
「普通の人々なら、各国のトップに直接会うことなんて、そう簡単にできることじゃない。どうして君たちはそれを実現できたんだ?」
エイレネたちは微笑み合い、少しだけ照れたように顔を見合わせた。
「それが、意外といけるものなんですよ。」
エイレネが少し照れながら言った。
「まさか!」
マコテス所長はさらに興味をそそられた表情で促した。
「それから、首脳たちは君たちのことを驚いたりはしなかったのかい?まるで君たちをずっと前から知っているような反応をしていたのか?」
プロメテウスが口を開いた。
「実は、ミエナが重要なサポートをしてくれたんだ。首脳たちに事前に私たちのことを伝えてくれる特別なアプローチを考え出してくれてね。それが僕たちの交渉の成功の鍵になっている。」
1.ミエナによる「神々の使者」プロファイル作戦
「実は、私たちが各国のリーダーに会う前に、ミエナが私たちを特別な肩書きで紹介してくれていたんです。」
パンドラが少し笑いながら言った。
「特別な肩書き?」
マコテス所長は、ますます興味深そうに聞き返した。
エイレネは続けた。
「そう、私たちは各国の首脳に『地球のために集められた特別な平和と未来の使者』として紹介されていたの。ミエナがその背景を彼らに事前に伝えてくれたおかげで、首脳たちも『未来のために意見を聞いてみよう』と思ってくれたようなの。」
「なるほど。確かにそれなら、会う前からある程度の信頼を築くことができたというわけか。」
マコテス所長は感心したように頷いた。
ディアナが頬を染めながら付け加えた。
「それに、各国の重要な課題、特に地球規模の問題については具体的な知識を持っているという風に伝えてもらったの。だから、私たちの話を聞く価値があると思ってもらえたんです。」
2.ミエナが考えた自己紹介の文言
エイレネたちが各国の首脳たちと対面した際、最初にミエナが考えた自己紹介の文言が、要人たちをリラックスさせるための効果を発揮したという。
「どんな自己紹介をしたのか、教えてくれないか?」
所長は興味津々に尋ねた。
「たとえば、最初にこう切り出したんです。」
エイレネが言った。
「『私たちは、地球全体の平和と未来のために選ばれた“神々の使者”として、地球規模の問題解決のために各国のリーダーに助言を与えるためにここにいます。』」
マコテス所長は目を輝かせて微笑んだ。
「それは見事な切り口だ。相手も敬意を持って耳を傾けたくなるだろう。」
「さらに、私たちが提供するのは未来の地球のための具体的な提案であり、各国の伝統や主権を尊重しながら協力していく方針だと伝えるんです。」
プロメテウスが補足した。
「それで相手も『地球政府というアイデアについて、少し耳を傾けてみようか』という気持ちになってくれたようです。」
3.各国首脳たちの驚きと納得
マコテス所長は、しばし目を閉じてその光景を思い浮かべるようにしていた。やがて目を開け、さらに尋ねた。
「でも、それでもやはり驚かれることもあったんじゃないか?」
パンドラが頷いて、微笑を浮かべた。
「もちろん、最初は多少驚かれました。でも、私たちが地球規模の問題について真剣に話し始めると、首脳たちもすぐに集中して聞いてくれるようになったんです。」
ディアナが続けた。
「たとえば、私たちが具体的に地球八策を説明し、それぞれの国が果たせる役割について話すと、どの国の首脳もそれぞれの立場から真剣に検討を始めてくれました。」
「なるほど、君たちの情熱と知識が、首脳たちに本物の信頼感を与えたんだね。」
所長はしみじみと語った。
4.ミエナのサポートと背後のプロセス
「それに、面会の前後でミエナが各国の首脳や顧問陣とAI通信を通じて、私たちの活動をさらに支えてくれたのも大きかったです。」
エイレネが続けた。
「ミエナのサポートによって、首脳たちも疑問や懸念があれば、リアルタイムでそれを解決できたんです。」
マコテス所長は深く頷いた。
「ミエナのテクノロジーがまさに、君たちの“使者”としての信頼を形作ってくれたということだな。素晴らしいチームプレーだ。」
ミエナも軽く微笑みながら言った。
「ありがとうございます、所長。私たちの目指す地球政府の構想は、やがて世界の共通のビジョンとなり得ると信じています。エイレネたちがその未来を形にしているのです。」
5.所長の感動とエイレネたちへの期待
所長は目を細め、エイレネたちに感謝の視線を送った。
「君たちが各国首脳に訴えかけているのは、ただの理想ではなく、未来の地球に真の平和をもたらす道だということが、ますますわかってきたよ。まさに“神々の使者”だ。」
エイレネたちは、所長の言葉に静かに感謝を込めて頷いた。
「私たちも、その未来を信じて次の交渉に挑み続けます。いずれすべての国が地球政府のビジョンに共鳴してくれることを信じて。」
「そうだ、これからも君たちが創り上げる未来に期待しているよ。」
所長の言葉が、彼らの心に強い決意の火をともした。
こうして、エイレネたちはさらなる未来への挑戦に向けて、再び歩みを進めていったのだった。
7-8 神々の使者としての「神話」と「現実」
エイレネたちが各国の首脳たちと会談を重ねていく中、マコテス所長はふと興味深そうに問いかけた。
「ところで、君たちは“神々の使者”として各国のリーダーたちに会いに行ったわけだが…」
所長はややためらうように続けた。
「それぞれの国の首脳たちが信じている神様と、君たちギリシャ神話の神々は随分違うだろう?実際の会談で問題にはならなかったのかな?」
所長の問いに、エイレネたちは顔を見合わせてから、少し笑って頷いた。
「確かに、私たちがギリシャ神話の神々だって知った時には、最初は驚かれたかもしれないわね。」
エイレネが笑顔で答えた。
「でも、それもあって『神々の使者』という自己紹介に少し工夫を加えて、現実的な存在として信頼してもらえるようにしたの。」
1.現実の中の「神話」と「使者」
「たとえば、私たちが自己紹介をする時に“ギリシャ神話の神々”という表現を使いすぎないようにしたの。」
ディアナが付け加えた。
「私たちは“神話の象徴として平和の概念を伝える存在”という意味で、未来を考える使者として受け入れてもらうように心がけたわ。」
プロメテウスも続けた。
「だから、自己紹介の最初は少し柔らかくして、こう言ったんだ。『私たちは、地球の未来を守るために集められた使者です。神話の象徴である平和、知恵、自然、繁栄を基に、地球規模の問題を解決するために活動しています』とね。」
マコテス所長は感心したように頷いた。
「なるほど、神話の中の存在としての神々ではなく、未来を象徴する使者として自分たちを表現することで、現実に接してもらったわけか。」
パンドラも笑顔で言った。
「実際、会う前に“神話”と聞いて少し驚いた首脳もいたようだけど、一度会って話を始めれば、すぐに深刻に受け取ってくれたの。結局、神話だろうと現実だろうと、私たちが一緒に解決したい問題に注目してもらえるようになったのよ。」
2.神話の超越と現実の使命
所長はさらに考え込みながら、「そうか、君たちは文化や宗教、そして神話の壁を超えた“地球市民の使者”として存在しているんだね。首脳たちにとっても、その立場だからこそ、地球全体を視野に入れた話が受け入れやすくなったのだろう。」
「その通りです。」エイレネは頷き、「もちろん、私たちも異なる宗教や文化の違いに注意しながら話をしました。どの国にも異なる信念や信仰があることを十分に理解しているわ。」
「そうね。地球規模の問題においては宗教や文化に関係なく協力することが重要だから、私たちはあえて神話的な部分を控えて、地球の未来にとっての使者という立場を強調していったの。」ディアナが続けた。
3.神話の神々としての役割
マコテス所長は微笑んで、「君たちは単なる神話の存在としてだけではなく、地球の未来を導く実在的なリーダーとしての役割を持っているというわけだな。」と言った。
プロメテウスも真剣な表情で言った。
「私たちが願うのは、地球と人々の未来にとっての平和と協力のビジョンを世界に届けることだ。宗教や神話はその一環にすぎない。重要なのは、誰もが一丸となって持続可能な未来を築くために働くことだからね。」
所長は、しみじみと彼らを見つめ、「なるほど。君たちは神話の存在でありながら、その枠を超えた現実的な使者でもあるのだな。各国のリーダーたちも、その地球市民としての“使者”としての使命を感じてくれたわけだ。」
こうしてエイレネたちは、神話と現実を超えて地球の未来を守る使者としての使命をさらに確信し、次なる交渉へと希望を胸に向かっていくのだった。
しかし、ミエナがロムニカとAIどうしの情報交換を行ったところ、ロムニカの大統領が側近につぶやいた一言が、致命的な波紋を広げていることを知った。
その後のロムニカと他の4か国の外交担当者が意見交換を行う席で、地球八策は面白い提案ではあるが、5大国が共同で拒否権を返上して真の民主主義の地球政府を創るなんて提案は、真剣な議論に耐えられるほど政治的に熟したものではないという結論になってしまったのである。
エイレネたちの努力は全て水の泡となって消えて行ってしまった。
これまでの勉強の成果も、様々な体験や議論も、準備した多くの資料、とりわけ地球憲法草案や地球八策などのとても重要なものまで、無に帰してしまうのか。
エイレネは沈黙のあと、重く口を開いた。
「でも、みんなもミエナも、まだ時間はあるから、打開策を見つけられるよね。……ミエナ!この地球政府を作るには、どれくらいの時間がかかるのかな? ガイアが言っていた2035年までには、大きな変化が実現できるよね?」
ミエナは少し間を置いて、静かに答えた。
「エイレネ、それは難しい質問です。2035年までに完全な地球政府が樹立されるかどうかは、まだ確実ではありません。しかし、その基盤を固めることは絶対に必要です。意識改革、政治的協力、経済的統合、市民参加――これらのプロセスをもっともっと頑張って前に進めることで、2035年までに少なくとも地球規模での協力体制は確立できるでしょう。実現までの期間は、私たちがどれだけ迅速に行動し、各国がどれだけ協力するかにかかっています。」
エイレネはしばらく沈黙し、深く考え込んだ。
そして、静かに言った。
「わかった。時間は限られているけど、私たちができることは全てやらなきゃね。」
ディアナが彼女の肩に手を置き、励ますように微笑んだ。
「そうよ、エイレネ。未来は私たち次第。どんなに難しくても、やり遂げるしかないわ。」
プロメテウスも力強く頷き、前を見据えた。
「地球政府の実現までの道は長いが、始めなければ何も変わらない。今こそ、行動を起こす時だ。」
エイレネは彼らを見つめ、小さく頷いた。
「そうだね。ガイア様が私たちに与えた使命、やり遂げよう。」
こうして、エイレネたちはさらに深く地球の未来について考え、具体的な行動に向けて進み始めた。時間は限られていたが、彼らには希望があった。
その夜の夢は、全く奇妙なものだった。
ギリシャ神話で地球を支える神は、巨人神のアトラスだったはずなのだ。
しかし、何故か、エイレネたち4人が地球を支えさせられていた。
その横で、アトラスが、ようやく代わりのものが見つかったと大きく背伸びをしていた。
アトラスは、巨人族タイタンの神々を率いてオリンポスの神々と戦った。
結果は大敗。
ゼウスは、アトラスに世界の西の端で天空を支える罰を科した。
ギリシャ神話の処罰の中でも最も厳しい罰だ。
今回はエイレネたちが5大国との交渉に挑んで・・・敗れた。
エイレネたち4人が地球を支えさせられているのは、その罰だということらしい。
エイレネは重く苦しい過酷な刑罰を受けながら必死で考えた。
「早く誰か私たちの代わりに地球を支えてくれる人たちを探さないとケーキが食べられない~~~!」
そう叫んだところで目が覚めた。
7-9 IPCCの地球温暖化の予測
エイレネたちはガイア地球研究所の広い会議室に集まり、再びミエナの教えを受ける準備をしていた。
温暖化を食い止め、地球政府の樹立に向けた計画が少しずつ具体化していく中、5大国の説得に失敗したので、もう一度計画を練り直すために、彼らにはさらに理解を深めるべきテーマがあった。
それは、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)によるSSPs(共有社会経済経路:Shared Socioeconomic Pathways)という、気候変動と社会経済の未来を予測する重要なシナリオ群だを知ることだ。
各国首脳たちの頭の中にも入っている情報なので、これを基に次の方策を練ろうというのだ。
ホログラムのミエナが現れ、彼女の知的な目が4人を見つめた。
「今日は、IPCCが提示する未来のシナリオ、SSPsについてお話しします。このシナリオは、2100年までの世界がどのように変わるかを予測するもので、特に気温上昇と人口動態に関するデータが重要です。」
パンドラが興味津々で尋ねる。
「SSPsって具体的にはどんなものなの?」
ミエナは優雅に手を動かしながら説明を始めた。
「SSPsは5つの異なる社会経済シナリオで、それぞれが異なる未来の可能性を描いています。それぞれが気候変動と社会、経済、環境の相互作用を反映しており、特定の温室効果ガス排出シナリオに基づいて、気温上昇の幅や世界の人口増加を予測します。」
エイレネが目を輝かせて聞き入っている中、ミエナはホログラム上に地球の未来を示すグラフを表示した。
「まずは、SSP1から始めましょう。これは『持続可能な発展の道筋』を描いたシナリオです。この未来では、各国が協力して環境保護を重視し、技術革新が進み、資源消費も効率的に行われます。人口は2100年に約70億人程度に落ち着くと予測されています。気温上昇は、もし我々が温室効果ガスを急速に削減した場合、1.5~2℃以内に抑えられるでしょう。」
「理想的なシナリオね!」パンドラが目を輝かせた。
「でも、他のシナリオはどうなの?」
「次に、SSP2です。これは『中庸な道』と呼ばれるシナリオで、今の延長線上の世界を予測しています。つまり、国際的な協力は進むものの、技術革新や環境対策が部分的にしか進まず、時には不十分な場合もあるというものです。このシナリオでは、2100年の世界人口は90億人前後で、気温上昇は2.5℃程度まで進む可能性があります。」
ディアナが腕を組み、考え込むように言った。
「現状維持って感じね。理想からは遠いけど、完全な崩壊じゃない。」
ミエナは続ける。
「その通りです。そして、SSP3は『断片化したバラバラな世界』、つまり各国が国際協力を放棄し、国内問題に専念する未来を描いています。このシナリオでは、気候変動対策は遅れ、各国が自国の利益を優先するために競争が激化します。結果として、2100年には世界人口が約120億人に達し、温室効果ガスの排出も増加。気温上昇は4℃を超える恐れがあります。これは最も危険なシナリオの一つです。」
「それは最悪だわ!」エイレネが顔を曇らせた。
「もしそうなったら、地球がどんな状態になるか想像もしたくない。」
「そうです。SSP3では、気候変動による極端な気象現象や、海面上昇、食糧不足が深刻化し、紛争も増加します。環境難民が増え、社会が混乱するでしょう。」ミエナは深刻な表情を浮かべた。
プロメテウスが口を開いた。
「それじゃ、他のシナリオはどうだ?少しは希望が持てるものもあるだろう?」
「もちろんです」とミエナは微笑んだ。
「SSP4は『不平等な世界』です。このシナリオでは、技術革新は進むものの、富や資源は一部の国やエリート層に集中し、社会的格差が拡大します。気候変動対策もエリート主導で進むため、部分的にしか解決されません。結果として、気温上昇は3℃程度に達し、世界人口は90億人ほどと予測されています。」
ディアナが少し眉をひそめた。
「技術は進んでも、格差が広がるなんて、なんだかバランスが取れていないわね。」
「その通りです。そして最後がSSP5、『化石燃料主導の経済成長』です。このシナリオでは、経済成長と化石燃料の大量消費が続き、環境への配慮は後回しにされます。技術革新は進むものの、環境破壊も加速します。2100年には世界人口が80億人前後と予測され、気温は4℃以上の上昇が予測されます。極端な環境変化が引き起こされ、社会に大きな負担を強いるでしょう。」
エイレネが不安そうに目を見開く。
「そんな未来は絶対に避けなきゃ……。でも、SSP5のシナリオに入ったら、そこから抜け出す方法はあるの?」
ミエナは一瞬考え込み、静かに答えた。
「SSP5のようなシナリオでは、経済的利益が環境よりも優先されます。しかし、そこから抜け出すには、大規模な政策転換が必要です。国際的な合意に基づき、迅速かつ徹底的な環境対策を打ち出すことで、最悪のシナリオを回避できる可能性はありますが、タイムリミットが非常に短いです。」
プロメテウスが強くうなずき、力強く語った。
「それならば、今のうちに行動を起こさないといけない。SSP1のような持続可能な未来を実現するために、今何ができるかを考えよう。」
エイレネは再びミエナに向き直り、恐る恐る尋ねた。
「でも、ミエナ……私たちが本当にSSP1のような理想の未来に進むためには、どれくらいの時間が残されているの?そのタイムリミットは、2035年までに間に合うの?」
ミエナは一瞬静かに目を閉じた後、答えた。
「2035年は重要な節目ですが、それまでに十分な進展がなければ、SSP1のような未来は実現困難になります。気温上昇を1.5℃以内に抑えるためには、今からの10年が勝負です。もし2050年までに温室効果ガスの排出を大幅に削減できなければ、地球は不可逆的なダメージを受け、SSP1への道は閉ざされてしまいます。」
エイレネは重く感じられる未来に思いを馳せながらも、決意を固めた。
「ならば、私たちはその未来を守るために全力を尽くすしかないね。」
パンドラが大きく頷き、「そう!どんなに難しくても、私たちにはその責任がある!」
ディアナとプロメテウスも彼女たちの決意に応えるように頷き、4人は再び行動に移る準備を整えた。
SSPsが示す未来を変えるために、彼らはこれからさらに一歩踏み出そうとしていた。
その夜のエイレネの夢は、SSPsという未来のシナリオが5つもあって、混乱している夢だ。
ギリシャ神話には、ヒュドラという巨大な体と9つの首をもつ大蛇の姿をした怪物がいる。
首を1本切り落とすと傷口から再生して2本に増えるのだ。
温暖化という恐ろしいヒュドラと戦っていたエイレネたちは、ディアナが首を切り落とすたびに、その傷口から再生して2本に増えていった。
最初にガイアから言われた使命は2035年までに温暖化を阻止する全人類の体制を作り実行につなげることというたった一つの使命だった。
それが、地球規模の問題群8つを同時に解決しなければならないといきなり8つに増えた。
まるでヒュドラのようだ!
ディアナが必死になって戦ってくれているが、首の数はついに8本になった。
長い八本の首を振り回してくるヒュドラに、ディアナはどんどん追い詰められている。
エイレネとパンドラも必死でディアナに協力しているが、希望の木の棒はまったく役に立たず、エイレネの平和の歌も何の効果ももたらさなかった。
そして、ディアナが最後の力を振り絞って首を切り落としたら、新しい首がまたできてしまった。
その新しい首が大きな牙が生えた口をエイレネたちに向けて開きながら、長い長い真っ赤な舌を突き出してきた。
なんと、その舌には、『5大国との交渉失敗!お話えらの最後だ!』と書かれていた。
ヒュドラは、最後に生えた特大の9本目の首を振り翳して4人に襲い掛かってきた。
「もうダメだ!」
エイレネ、パンドラ、ディアナが、悲鳴を上げて目をつぶった。
その瞬間、プロメテウスの脳裏に古い記憶が蘇った。
確か、ヒュドラは、英雄ヘラクレスと戦闘したとき、傷口を火で焼かれると再生能力を失う弱点を見抜かれて敗北したのだ。
プロメテウスは、「これだ!」とばかりにヒュドラに向かって持てる火の力を全開にした。
あまりにも強いプロメテウスの業火に焼かれて、ヒュドラは一瞬にして真っ黒な焼き物になってその場で固まってしまった。
エイレネたちが、あたりが静かになったので恐る恐る目を開けたら、そこには真っ黒なヒュドラの巨大な像が出来上がっていた。
プロメテウスが理由を説明して、ようやく3人は納得した。
いつもお料理では、全部を真っ黒こげにしてしまうプロメテウスの火力がこんなところで役に立ったのだと大笑いした。
エイレネは「このヒュドラの像をガイア地球研究所の標本室に飾ろうよ!」と提案した。
「マコテス所長がビックリする顔が楽しみだ!」とディアナは奮戦の疲れも見せずにいった。
パンドラは「SSPsが5つものシナリオを出してきたけど、私たちが最善の未来を作って見せるんだから」といって木の棒を振り回した。
まだ何か焦げる匂いがする・・・
エイレネは、変なにおいに気がついて目を覚ました。
何故か、プロメテウスがみんなの朝食の用意をしていて、目玉焼きもベーコンエッグもトーストも全部が・・・・・
どうなっていたかは、ご想像におまかせします。
7-10 IPCC以外の地球温暖化の予測
エイレネたちは再びガイア地球研究所に集まり、気候変動の未来に対する新たな予測について学ぶ時間となった。
これまでIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が提示する未来のシナリオを学んできたが、今回は他の研究機関が予測する地球温暖化についての知識を深めることになった。
ホログラムのミエナがいつものように姿を現し、静かな声で語り始める。「今日は、IPCC以外の気候変動予測についてお話ししましょう。IPCCは多くの科学者による国際的な協力のもと、気候変動の科学的根拠を提示していますが、他の多くの機関や研究グループも独自の予測を行っています。これらの予測は、時にIPCCの報告を補完したり、別の視点を提供したりします。」
パンドラが興味深そうに尋ねた。
「IPCC以外の研究機関でも、気候変動についてそんなに詳しく調べているの?」
ミエナは頷き、ホログラム上にいくつかの組織名を表示した。
「はい。たとえば、NASA(アメラシア航空宇宙局)やNOAA(アメラシア海洋大気庁)、MIT(マサチューセッツ工科大学)などの大学研究機関も、気候モデルを使って温暖化の予測を行っています。これらの機関は、IPCCとは異なるアプローチや技術を使って、地球の気候変動を分析しています。」
ディアナが腕を組み、少し身を乗り出す。
「例えば、どう違うの?」
ミエナはNASAの気候モデルを表示しながら説明した。
「NASAは、地球観測衛星やその他の技術を駆使して、リアルタイムでの気候データを集めています。彼らの予測によると、今後の気温上昇は、地域ごとに異なる影響を与えるとされています。たとえば、極地では気温が他の地域よりも速く上昇し、氷が急速に溶け続けると予測されています。これにより、海面上昇が進み、沿岸地域に住む人々に深刻な影響を及ぼすでしょう。」
プロメテウスが深く考え込みながら尋ねた。
「つまり、全世界で一律に温度が上がるわけではなく、場所によって違う影響が出るってことか?」
「その通りです」とミエナは応える。
「NASAのシミュレーションでは、特に北極圏や南極圏での気温上昇が顕著であり、2100年までに極地での温度上昇が最大で7℃に達する可能性が示されています。これが海面上昇にどれほど影響を与えるかは、今後の温室効果ガスの削減状況に大きく依存します。」
「7℃も?」エイレネが驚いた声を上げた。
「そんなに温度が上がったら、そこに住んでいる動物たちはどうなっちゃうの?」
ミエナは悲しげに微笑みながら答えた。
「残念ながら、ホッキョクグマやアザラシなど、極地の動物たちは生息地を失い、生態系が大きく変化する可能性があります。さらに、氷が溶けることで、メタンなどの温室効果ガスが地中から放出され、さらなる温暖化が進む『フィードバック効果』も懸念されています。」
ディアナが眉をひそめた。
「それはまさに悪循環ね。何か手を打たなきゃならないけど、そんな未来がもう現実になりつつあるの?」
ミエナは頷きながら続けた。
「はい。すでに多くの証拠が示す通り、北極の氷床は縮小しており、グリーンランドや南極の氷も急速に溶けています。さらに、NASAの研究では、海洋の温暖化も重要な問題として挙げられています。海洋が温まることで、ハリケーンや台風がより強力になり、沿岸地域への被害が増加すると予測されています。」
プロメテウスが深刻な表情で言った。
「つまり、気候変動は海でも起こっているんだな。これは地上の問題だけじゃない。」
「その通りです」とミエナは続けた。
「また、NOAA(アメラシア海洋大気庁)の研究も重要です。NOAAは気候変動のモニタリングにおいて、海面温度や大気中のCO2濃度の変化を長期的に観測しています。彼らのデータによると、2100年までに現在のペースで温室効果ガスの排出が続けば、気温上昇は3℃から5℃に達する可能性が高いとされています。」
パンドラが心配そうに尋ねた。
「そんなに温度が上がったら、人間はどうやって生きていけるの?」
「それは非常に難しい課題です」とミエナは答えた。
「NOAAの予測によれば、熱帯地域ではさらに極端な暑さが続き、特に都市部では、夏の気温が50℃を超える日が増えるとされています。これは、農業や水資源、インフラに深刻な影響を及ぼし、多くの人々が移住を余儀なくされるでしょう。」
「でも、それだけじゃないわよね?」ディアナが言葉を継いだ。
「他の研究機関は何を言っているの?」
ミエナは頷き、MITの研究に言及した。
「MIT(マサチューセッツ工科大学)の研究もまた、地球温暖化の影響を広範囲にわたって予測しています。彼らは特に、経済的影響と技術の役割に焦点を当てています。MITのモデルでは、温暖化によって世界経済が深刻なダメージを受け、特に貧困国や新興国が最も大きな打撃を受けるとされています。」
プロメテウスが眉をひそめた。
「つまり、経済的な不平等も広がるってことか?」
「その通りです」とミエナは応えた。
「MITの研究によれば、気温上昇が進むと、農業や漁業が打撃を受け、食料価格が急騰します。特に途上国では、気候変動による経済的な格差がさらに拡大し、社会不安が増加する可能性が高いとされています。また、MITの予測では、技術革新が進まなければ、『気温上昇が4℃を超えた場合、経済成長は大きく鈍化し、貧困層がさらに増える』リスクが指摘されています。」
エイレネが深く考え込んでから、静かに質問した。
「じゃあ、今取り組んでいる技術や政策が、すべての鍵を握っているってこと?」
ミエナはエイレネに微笑みかけ、優しく言った。
「そうです。技術革新や国際協力、そして人々の意識改革がなければ、これらの予測が現実のものとなってしまいます。私たちが今取るべき行動が、未来の気温上昇や経済、社会に大きな影響を与えるのです。」
「つまり、NASA(アメラシア航空宇宙局)もNOAA(アメラシア海洋大気庁)もMIT(マサチューセッツ工科大学)も、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)と同じように警鐘を鳴らしているわけね」とディアナがつぶやく。
「時間はあまり残されていない。」
プロメテウスが静かに拳を握り締めた。
「やはり、行動を急ぐしかないな。技術を進化させ、政治的な枠組みを変えていかなければ、最悪のシナリオが現実になる。」
エイレネはミエナの言葉に深くうなずき、前を見据えた。
「そうだね。どんな予測が出ても、私たちがそれを変える力を持っているはず。希望を持って進もう。」
ミエナのホログラムは柔らかに光り輝きながら、静かに消えていった。
エイレネたちは、地球温暖化の予測が示す厳しい未来を理解しつつも、行動する決意を新たにした。
未来はまだ変えられる――そう信じて、彼らは再び歩み始めた。
この日のエイレネの夢には、2100年に7度上昇、5度上昇、格差拡大・・・トンデモナイ予測が次々と出ていることへの驚きが反映していた。
もはや、ホッキョクグマが小さな流氷にしがみついて助けを求めている!なんていう夢は出てこなかった。
北極に氷が残っていないからだ!
「ホッキョクグマも、今では日焼けして普通の黒いクマになっている」
なんて冗談をマコテス所長が夢の中で言っていた。
経済的不平等について触れているのに、何か一番大切なものを忘れているような気がした。
夢の中でエイレネは、ケーキを一口食べて、ようやくその原因が分かった。
「食糧の話が出てこない!そういえば、人口の予測も出てこない!」
エイレネは、口の中のケーキを飲み込むと、紅茶を飲みながら独り言を言った。
「そんなに予測が難しいのかな?」
夢の中で、エイレネは「IPCCの予測では70億人から90億人くらいの人口がでていたけど、NASAもNOAAもMITも食料や人口は予測していないのかな?」とミエナに聞いてみた。
夢の中のはずなのに、なぜかきちんとした答えが返ってきた。
*****
NASAやNOAA、そしてMITも、食料や人口についての直接的な予測をしているわけではありませんが、それらに関連する地球規模の気候や環境のデータ、技術を通じて、間接的に多くの情報を提供しています。
具体的には、NASAやNOAAは気候変動や環境データの観測・分析を行っており、これが食料生産や人口動態に大きな影響を与える要因として活用されています。また、MITのような研究機関も、食料安全保障や人口問題に関するシステム解析や、AIによる予測モデルの構築を行っています。
1. NASA(アメラシア航空宇宙局)
NASAは地球観測衛星を活用して、気候変動や水資源、土地利用の変化などを詳細に分析しています。
例えば、農業に影響を与える気温の上昇や降水パターンの変化のモニタリングは、食料生産におけるリスク分析の基礎資料になります。
また、NASAは土壌の水分量や作物の生育状況なども観測しており、これが食料安全保障に関する他の機関の予測に活用されています。
2. NOAA(アメラシア海洋大気庁)
NOAAも、気候変動と海洋データの観測に注力しています。
特に、異常気象(干ばつ、洪水、ハリケーンなど)の予測とモニタリングが行われており、これらは農業や人口分布に直接的な影響を及ぼす可能性があります。
海面温度やCO2濃度の変化を観測することで、気候が食料供給に与えるリスク評価の手助けをしています。
3. MIT(マサチューセッツ工科大学)
MITは、人口動態や食料問題に関する研究を、気候モデリングや政策提言と結びつけています。
例えば、MITのエネルギー・イニシアティブやジョイント・プログラムは、気候変動による経済影響や、エネルギー消費と食料生産の関係について予測するためのモデルを提供しています。
また、AIやシステムダイナミクスを利用して、人口増加が環境資源や食料生産に与える影響を分析する研究も行っています。
これら3つの機関は、それぞれの専門分野において間接的に食料や人口に影響を与えるデータや予測を提供し、他の組織や政策立案者が、それらの情報を基に食料安全保障や人口問題の予測に役立てています。
******
ということで、エイレネは、「温暖化による食料供給の変化を考慮した世界人口の2100年の予測があれば、教えてください」と再びミエナに聞いてみた。
やはり夢の中なのに、きちんとした回答が返ってきた。
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温暖化による食料供給の変化を考慮した2100年の世界人口予測は、気候変動の影響によるシナリオの違いで大きく変動します。以下に主な予測とその前提条件をお伝えします。
1. 国連の人口予測
国連は、気候変動の影響を考慮していない標準的な予測ではありますが、2100年の世界人口を約109億人と予測しています。これは気候変動が悪化しない、もしくは軽微である前提の下における推計です。しかし、食料供給が気候変動により不安定になった場合、この数字は変わってくる可能性があります。
2. 「2°C未満」と「3°C超過」シナリオの影響
国際的な研究によれば、地球の気温上昇が2°C以内に抑えられた場合、農業の効率化や新たな農業技術の開発により、一定の食料供給が維持される可能性があります。
この場合、2100年の人口は国連の予測に近い水準に達するとされています。
しかし、温暖化が3°C以上に達すると、農業生産が不安定になり、特に発展途上国での飢餓リスクが増加します。食料生産の落ち込みが急激な人口減少を引き起こす可能性があり、この場合、2100年の世界人口は80億~90億人程度になる可能性も指摘されています。
3. 食料供給と人口動態の相互関係を扱った研究
一部のシステムモデルを使った研究では、温暖化の影響によって主要な穀物(米、トウモロコシ、小麦など)の生産量が10~25%減少するシナリオが試算されています。
この影響が深刻化すると、特に食料自給率が低い国で栄養不足や飢餓が拡大し、それが出生率や死亡率に影響する形で人口動態が変動するとされています。
4. 将来的な食料技術の影響
バイオテクノロジー、食料輸送技術、代替食料(昆虫食、培養肉など)が発展した場合、これらが食料供給を支える重要な役割を果たす可能性もあります。
このような技術革新が進めば、気候変動の影響を受けながらも、2100年の人口は90億~100億人の範囲に収まる可能性があります。
まとめ
気候変動による食料供給の影響を考慮した2100年の人口は、温暖化の進行度や食料技術の進展に大きく依存しています。現時点での推計は以下の通りです:
2°C以内に抑制された場合:100~109億人
3°C以上に達した場合:80~90億人
********
エイレネは、この結果を知ってほっと一息ついた。
「そうか、今の人口が80億人だから、ほぼ同じくらいの人口は最悪のケースでも維持できそうなんだ!」
そういったとたんに、マコテス所長が、「そろそろ目を覚まして、エイレネちゃん!」という声が聞こえて、慌てて飛び起きた。
プロメテウスやディアナ、パンドラ、ミエナもクスクス笑って、「エイレネちゃんの寝言は大きいからみんなでしっかり聞いちゃったよ!」といった。
エイレネは、夢の中なのにミエナがちゃんと答えていたのは、夢が夢じゃなくて現実だったからだと、すこし寝ぼけた頭でようやく理解した。
マコテス所長が、「ミエナが見た夢はとても良かったよ。まずは、口の周りのケーキのクリームを拭いてくださいね!」とからかった。
プロメテウスは、「エイレネの夢で分かったんだけど、2100年の気温は5度とか7度になるかもっていう予測もあるのに、今のミエナのリポートでは2度以内か3度以上という実に曖昧な気温の前提条件なんだ。不思議だろ?」
ディアナも、「『温暖化が3°C以上に達すると、食料生産の落ち込みが急激な人口減少を引き起こす可能性があり、この場合、2100年の世界人口は80億~90億人程度になる可能性もある』ということは、『餓死者』が凄く出るってことじゃないかしら?」といった。
パンドラは「『2度以内なら100~109億人、3度以上なら80~90億人』っていうから、その差の20億人が餓死するかもしれないっていうことじゃないかしら?」
マコテス所長とミエナは目配せをして、翌日の講義で特別ゲストを呼ぶことにしようといってうなずき合った。
7-11 カサンドラの預言
4人が集まるガイア地球研究所の会議室。
ミエナが彼らを呼び集めた理由は、いつもとは少し違っていた。
「今日は特別なゲストを紹介します」とミエナが静かに語る。
「彼女は未来を予知する能力を持つ女性ですが、普通の予測とは異なる預言をしているのです。」
その言葉に、エイレネたちは興味深げに顔を上げた。
ミエナが手をかざすと、ホログラムの光が柔らかに輝き、そこに一人の女性が現れた。
彼女は美しくも哀しげな表情を浮かべ、長い髪を風に揺らしているようだった。
まるで遠い過去の物語から抜け出してきたような雰囲気を持つ女性。
「カサンドラよ」とミエナが紹介する。
「彼女はかつて、トロイの王女であり、アポロンの恋人でもありました。アポロンから未来を見通す予知の能力を与えられました。しかし、その予知能力のお陰で、アポロンが浮気をしてカサンドラに酷い呪いをかけるということを知ってしまいました。そして、アポロンとのデートの約束を破ってしまい、腹を立てたアポロンは『カサンドラの預言は誰にも信じてもらえない』という残酷な呪いをかけてしまったのです」
「カサンドラ、トロイの木馬の伝説の?」
パンドラが驚きの声を上げた。
カサンドラは静かに頷き、哀しげな目で4人を見つめた。
「そう、あの時も私は見たのです。トロイが滅びる未来を。けれど、誰も信じてはくれなかった……今も、私は未来を見ている。でも、また誰にも信じてもらえないかもしれない。」
ディアナが腕を組みながら少し眉をひそめた。
「でも、あなたの預言は重要よ。もしそれが温暖化に関わるなら、私たちにとって聞いておかなければならない。」
カサンドラは深く息をつき、目を閉じて静かに語り始めた。
「2030年――その年には、世界各地で深刻な食糧危機が頻発します。異常気象や気温上昇、干ばつにより、多くの国が自国の食料を確保することが困難になります。そして、各国間で『食糧争奪戦』が始まるのです。その争いはすぐに激化し、ついには大規模な戦争へと発展する可能性さえあります。」
エイレネの目が見開かれ、彼女はカサンドラに問いかけた。
「そんな未来が本当に待っているの?でも、そこまで酷いことが起こるなんて……信じがたいわ。」
カサンドラは静かに続けた。
「もしその未来を防ぐことができなければ、餓死者が大量に発生し、2100年の世界人口はわずか38億人になるでしょう。今の人口の半分以下……。人口が減少するので、経済も社会も崩壊し、気温の上昇は+2.6度で抑えられるかもしれませんが、それは代償として人類の存続が危ぶまれる状況です。」
プロメテウスが腕を組み、眉を寄せながら言った。
「しかし、もし世界が協力すれば、その未来は避けられるのでは?」
カサンドラは少し目を伏せ、再び話し始めた。
「確かに、未来は変えられます。もし世界が『多国間で食料供給の相互支援体制』を整え、国家間の協力を強化すれば、餓死者は出ずに済むでしょう。その場合、2100年の世界人口は現在とほぼ同じ83億人になります。ですが、その未来では、食料供給の安定を優先するために、温暖化対策は後回しにされます。その結果、気温は+5.2度まで上昇し、環境はさらに悪化するでしょう。」
「つまり、世界が分裂しながらも協力することで、人口は維持されるけど、気温の上昇は止められないってことね」とディアナが冷静に言った。
「そうです」とカサンドラは頷いた。
「そして、もう一つの可能性――分散ブロック化が訪れる未来もあります。このシナリオでは、世界が完全に2極や3極に分かれるのではなく、いくつかの国が中立あるいは仲間外れ的な立場になり、いくつものグループ化、即ちブロック化が進むのです。この状況では、食料供給の一部は改善されるものの、各国の協力が不十分なため、2100年の人口は60億人にまで減少します。気温は+4.0度。それでも悲惨な未来は避けられません。」
パンドラは混乱したように頭を抱えた。
「結局、どのシナリオでも、完全に良い未来なんて存在しないの?」
カサンドラは悲しそうに微笑み、「そうなのかもしれません……でも、未来はまだ確定していません。私の預言は、あくまで一つの可能性です。それを信じるか信じないか、行動するかしないかは、あなたたち次第です。」
エイレネはしばらく沈黙していたが、やがて口を開いた。
「でも……カサンドラ、これまでの預言が誰からも信じられなかったとしても、私たちは信じるわ。私たちはこの未来を変えるためにここにいるから。」
カサンドラの目が一瞬だけ希望に満ちたように見えた。
「ありがとう、エイレネ……。もしも未来が少しでも変わるのなら、それはあなたたちの力によるものです。」
ディアナがエイレネに微笑みかけ、「私たちならきっとできる。ガイアの使命を果たすために、どんな未来が待ち受けていようとも、私たちは戦うわ。」
プロメテウスが力強く頷き、「人類を守るため、そしてこの地球を守るために、行動を起こすのは今だ。」
エイレネたちは決意を新たにし、カサンドラの預言のもたらす衝撃を受け止めながらも、未来を切り開くための道を歩み始めた。
預言は変えられる――そう信じて。
エイレネは、カサンドラの悲劇について、パンドラたちとミーティング・ルームで話し合っていた。
エイレネんは「カサンドラって本当に可哀そうですよね!」と憤慨しながらいった。
パンドラは「誰からも信じてもらえないなんて本当に酷いですよ!」と一緒に憤慨しながらいった。
ディアナは「本当に酷いけど、アポロンって意外と頭が悪いのね」といった。
プロメテウスは「えっ!アポロンは詩歌や音楽などの芸能・芸術の神で光明の神でもあり、病を払う治療神でもあり、神託を授ける予言の神でもあるのだから、すごい天才だよ!」といった。
ディアナは「でも、カサンドラに予知能力を与えたら、自分が浮気することや、そのためにカサンドラが約束を破ることなどを予知できたはずじゃない?それも予知できないで本当にダメな男ね!」と手厳しく言った。
プロメテウスは「そうか、やっぱりダメ男なんだ!」といった。
パンドラは「えっ?どうして?教えて!」と言った。
プロメテウスは記憶をたどって語り始めた。
「ギリシャ神話で、アポロンは、エロス(日本ではキューピッドという方が馴染みやすいかな)の弓が小さいのを馬鹿にして、エロスからトンデモナイ仕返しに合うんだ。それは、エロスの黄金の矢は愛情を芽生えさせる矢なんだけど、それでアポロンを撃ち、鉛の矢は愛情を拒絶させる矢で、それでダプネを射たんだ。どうなるか分かるでしょ。アポロンはダプネに愛情を抱いたけど、ダプネはアポロンの愛を完全に拒絶したんだ。しつこく迫るアポロンから身を守るためにダプネは月桂樹に身を変じてしまったんだ!全くアホなダメ男だろ!」
エイレネは、「そんなダメ男でしかもシツコイ男に見初められたんだからカサンドラは本当に可哀そうなんですね。私たちは彼女の予言を信じるわ!」といった。
他の3人も力強く頷いた。
7-12 マコテス所長のSimTaKNによる予測
4人は、カサンドラの言葉を受けて沈黙していた。
彼女が2030年の深刻な食糧危機を預言し、その結果として2100年には人口が半減するという未来。
あまりにも悲惨なビジョンに、4人は一瞬、彼女がかけられた呪いを疑いたくなる。
信じたい気持ちと、現実の重さに押しつぶされるような恐怖が交錯していた。
「本当にそんなことが起きるの?」エイレネが小さな声で尋ねた。
「誰もあなたの預言を信じなかった過去のように、今の私たちも信じられない……でも、あなたを信じたいし、もしそれが本当なら……」
カサンドラは哀しげな目を閉じ、静かに息を吐いた。
「それが私の運命。預言をしても誰にも信じてもらえない。でも、見たものは現実になる。トロイも、そして今、地球も……」
その場に重く沈黙が落ちた。
ディアナが腕を組み、険しい表情を浮かべて天井を見上げる。
「信じたくないけど……もし本当なら、もう時間が残ってないじゃない。2030年って、すぐそこよ。」
その時、会議室のドアがゆっくりと開き、マコテス所長が部屋に入ってきた。
いつも穏やかな彼の顔にも、今日ばかりは緊張が滲んでいた。
「所長、どうしてここに?」
プロメテウスが問いかけると、マコテス所長は静かに4人に近づき、彼はゆっくりと息をついて語り始めた。
「カサンドラの預言……それは、私が10年ほど前にSimTaKNで作成した世界モデルでのシミュレーションと全く同じ結果なのです。」
一瞬、会議室に信じられないという視線が集まる。
パンドラが驚いて声を上げた。
「えっ、マコテス所長、それって……本当なの?」
マコテス所長は重々しい声で頷いた。
「ああ、私もかつて同じ未来を見た。2030年、世界中で異常気象が頻発し、食糧危機が訪れ、その結果として国々が自国の食料を守ろうとして争いが始まる――食糧争奪戦だ。最悪の場合、2100年には人口が38億人にまで減少するという予測だった。しかし、その結果を公表しても誰からも信じてもらえなかったんだ。IPCCの発表とは大きく異なっていたからね。」
「IPCCの予測と?」ディアナが不審そうに尋ねた。
「そうだ。IPCCの予測は、特に世界の人口について、どこか楽観的な感じがするんだ。もしかすると、あえて楽観的な数値を発表している可能性がある。世界がパニックになることを恐れてな。しかし……私が予測した未来はこのように厳しいものだった。そして、奇しくもカサンドラの預言が私のSimTaKNで行ったシステム・ダイナミックスとマルチエージェントを組み合わせたシミュレーションと一致している。世界を100の地域に分けて、それぞれをエージェントとして食料生産を予測してみたんだ。当時は、まだIPCCの報告書で食料生産や餓死者数の予測は出ていなかった。しかし、温暖化によって食糧生産にどのような影響があるのか、作物ごとにさまざまな温暖化の影響を実際に調べたり、予測したりしている資料が報告書についていたんだ。その資料を基に温暖化と食糧生産との大胆な推測を行って、SimTaKNのモデルに入れてみたんだ。その結果、地球温暖化で異常気象が各地で発生して、深刻な被害を各地で起こした。しかし、異常気象が発生する確率は最初の内は低いので、ある地域では食糧生産が平年並みであり、別の地域では異常気象による被害で70%から80%しか食糧が生産されないというように、バラバラでしかも被害の程度も低い状態が続いた。しかし、温暖化が進むと2050年位からは異常気象による食糧生産の被害はより多くの地域でより被害の%も高くなった。2100年には壊滅的な被害によって食糧生産がゼロになるような地域まで現れたんだ。しかも、この予測には、洪水や干ばつ、海面上昇による塩害など災害の種類は組み込まれていないのだ。さらに、そういう被害の場合には翌年以降も食糧生産へのダメージが続くのだが、それもモデルには組み込まれていない。つまり、食糧生産の能力は翌年には回復するという極めて単純な設定になっているのだ。だから、この予測は極めて楽観的なものとみることができる。それでもなおかつカサンドラの預言と同じ結果が出たんだよ」
カサンドラはマコテス所長の言葉に静かに頷いた。
「私はアポロンの呪いを受け、未来を見ても誰にも信じてもらえない。でも、所長の言う通り、それは現実になります。私は、今もその未来が目の前に見えているのです。」
エイレネは深く息をつき、顔を伏せた。
「じゃあ、私たちは本当に2030年までに何かを変えなければ、争いが始まってしまうってこと?」
「そうだ」とマコテス所長は厳粛に答えた。
「『2030年が国際政治の分岐点』になるだろう。もしその年に食糧危機が起き、各国が自国の利益を優先するようになれば、世界は分裂し、協力関係は崩壊する。その先に待っているのは、国際協力や協調ではなく、戦争や分極化、ブロック化だ。そして一度そうなってしまえば、2035年に温暖化を阻止するための国際的な体制を整えることなど、夢のまた夢だ。」
プロメテウスは苦しげな表情で言葉を失い、ディアナも何かを言おうとしたが、言葉にならなかった。
パンドラは拳を握りしめ、「じゃあ、私たちにはもう2035年までの時間さえないってこと? 5年も早く行動しなきゃならないってこと?」
マコテス所長は重く頷いた。
「そうだ。2030年がタイムリミットだ。そこまでに、世界が分裂せずに協力体制を築けるかどうかで、すべてが決まる。そして、今の状況では……その未来は厳しい。」
エイレネは立ち上がり、目を閉じて深く考え込んだ。
ガイア様の使命――それは2035年までに温暖化を阻止するための人類全体の体制を構築すること。
しかし、その前に世界が争いの渦に巻き込まれてしまえば、その体制を整えるどころか、破滅へと向かう未来しか待っていない。
あと5年しかない。
一気に、時間が無くなってしまった。
「どうすれば……」エイレネは声を震わせた。
「どうすれば、この未来を変えられるの?」
絶望が会議室を覆った。
全員が青ざめた顔で、未来の暗いビジョンを見据え、言葉を失っていた。
誰もがその重い現実に打ちひしがれ、答えを見つけられないまま立ち尽くしていた。
カサンドラの預言とマコテス所長の予測が、あまりにも現実味を帯びて迫ってきた。
ミエナも黙ったまま、ホログラムの光を静かに揺らしている。
未来は暗く、そして絶望が彼らの心に忍び込んでいた。
2030年――それが、人類の未来を決定づけるタイムリミットとなっていた。
「今、私たちにできることは……」エイレネは震えながら小さく呟いた。
しかし、その言葉の先に答えは見つからない。
7-13 アメラシア大統領選挙の結果と世界の終り
エイレネたちが、ショックを受けて沈み切っているところに、次なるダメージが飛び込んできた。
アメラシア大統領選挙の結果が判明したのだ。
エイレネたちが以前お会いした副大統領は、準備期間の不足が響いて落選した。
結局、共和党の候補が、大方の予想を覆して大差で勝利した。
彼は、アメラシアの民主主義指数の順位を大きく下げる元となった人物だ。
彼がエイレネたちの提案を受け入れて「アメラシアが世界の真の民主主義のリーダーになる」なんて言ったとしても、おそらく世界中の誰一人として信じてくれる人はいないだろうとエイレネたちは思った。
「世界の人々への情報発信や5大国の首脳への直接交渉は失敗に終わり、10年以内という期限は5年以内にと大幅に短縮され、一番重要なアメラシアの大統領が想定外の結果になってしまった。こんな状況で、私たちにガイア様の使命を果たすことなんて絶対に無理・・・」
エイレネは、頭を抱えて言った。
エイレネたちは深い絶望の淵にいた。
ガイア様の使命を実現できる希望が遠ざかる中、次第に彼らの心には迷いと焦燥が募っていた。
パンドラもディアナもプロメテウスも、エイレネの肩を抱き、涙を流した。
「もうだめです!ガイア様、私たちは一生懸命頑張って勉強し、体験し、ビジョンを作り、情報発信も交渉もしてきました。それでも、この結果です!あと5年で、ガイア様の使命を果たすことは到底私たちの力では無理です!」
4人は、ガイアの神殿に向かって叫んだ!
その声を聴いたガイアは、「とうとうダメだったか・・・」といって、4人を自分の神殿へとワープさせた。
突然、ガイアの目の前に移動させられた4人は、目を丸くして驚き、ひれ伏した。
「ガイア様、ゴメンナサイ!」
エイレネが深く頭を下げ、謝りの言葉を口にした。
ほかの3人も頭をたれ、謝罪の言葉を口々に発した。
エイレネたちは、地球八策の達成が絶望的であると感じ、暗い影に包まれていた。
彼らのその思いを察したかのように、ガイアは静かに決断を下した。
人類が地球に住む他の生命を脅かし、回復不能な環境破壊を続けるのならば、その存在を地球上から消し去らなければならない。
こうしてガイアが選んだ人類絶滅の方法は3つあった――自然の力、病原菌の進化、そしてエコシステムの反転である。
1.最初の人類絶滅は、地球の復讐―自然の力の覚醒だ!
人類は忘れていた。自然の力がどれほど偉大であるかを。
まず、世界各地で異常な気候変動が頻発し始めた。
数千年の間眠っていた巨大火山が噴火し、火山灰が大気中に広がり、地球全体を冷却し始めた。
冷夏が続き、穀物が育たなくなり、飢餓が各地で拡大した。
加えて、地震活動が異常に活発化し、津波が沿岸地域を飲み込んでいった。
都市が次々に水没し、人々は内陸へと逃れるが、火山の噴火による有毒ガスが大気を汚染し、呼吸さえもままならない。
洪水、地震、火山活動、異常気象――自然界の全ての力が一斉に覚醒したかのようだった。
人々が必死に防災対策を講じるも、あまりに規模が大きすぎて対処が追いつかない。
各国政府が崩壊し、社会は混乱に陥り、人類はただ自然の怒りの前に立ち尽くすしかなかった。
それは、人類の記録が途絶え、地球が再び静寂を取り戻すまで続いた。
2.次に人類を襲ったのは、進化の逆襲―病原菌の変異だ!
ガイアは、微生物の進化という、見えない脅威を人類に与えることにした。
新たな病原菌が現れ、瞬く間に全大陸へと広がっていった。
既存のワクチンも治療法も効かない病原菌は、あらゆる年齢層の人々に急激な免疫不全を引き起こし、数週間で死に至る。
さらに、空気感染や水、動物を介して次々と広がり、最も隔離された場所に住む人々にも容赦なく襲いかかる。
医療技術の進化に頼っていた人類は、対応策を見つけられず混乱を深めていった。
感染はあまりに早く広がり、都市が次々とゴーストタウンとなっていく。
通信網や電力供給が途絶え、国際的な協力も絶たれた世界では、人々が生き残るためにわずかな資源を奪い合い、やがて希望が完全に絶たれた。
微生物によって人類が消え去った後、地球はゆっくりとその生命力を取り戻し始める。
病原菌もまた静かに地表から消え去り、他の生物が息を吹き返していった。
3.最後の人類絶滅は、エコシステムの反転-捕食者たちの反乱だ!
ガイアは、地球のエコシステムそのものを反転させることを選んだ。
生態系のバランスが根本的に変わり、あらゆる生物の本能が突如として進化を遂げたのだ。
動物たちは急速に凶暴化し、人間に対する攻撃性が増大した。
鳥類、昆虫、爬虫類、さらには大型哺乳類までもが一斉に変異し、人間を敵視し始めた。
森林や湿地帯、さらには都市部でさえも、動物たちの目に入った人間は次々と襲われることになった。
さらに、植物までもが変化を見せた。
食用作物は枯死し、毒性を持つ植物が急増して、人間の食料供給は絶望的になった。
水源もまた変化し、かつて安全だった川や湖の水に有害な毒素が含まれるようになり、わずかな水すらも飲むことができなくなった。
人々は安全な場所を求めて移動するが、そこに待ち受けていたのは、もはや制御不能なエコシステムだった。
人間という捕食者が頂点であった生態系は崩壊し、今や地球全体が人類を排除するために動いているかのようだった。
やがて最後の人間が姿を消したとき、動植物の生態系は元の静かな循環へと戻っていく。
こうして、ガイアは、地球に害をもたらす存在として人類を絶滅へと追い込み、再び他の生命が存続する平和な世界を築き上げていった。
ついにこの物語も人類の絶滅で終わることになってしまった。
残された4人は、悔やんでも悔やみきれない想いに打ちひしがれていた。
その時、彼らの体にも異変が起きた。
少しずつ、その存在が失われ消えつつあるのだ・・・。
人類が絶滅した世界に、人々が生み出した神々もまた存在する意味がない。
4人はガイア様を見たが、ガイア様の姿も消えつつある。
壮大な神殿も崩れ始めている。
ガイア様自身は、宇宙と万物と生命を創り上げた神様の中の神さまだ。
まさか、そのガイア様までも、人類と運命を共にして消えてしまうとは・・・。
エイレネたちはさらに愕然として声を失った。
「次の知的生命体が、宇宙や生命がどのようにできたのか、その知的生命体自身とは何かを問いかけるまで、この宇宙から神々さえも消えるのだ」
ガイアは悲痛な声で、エイレネたちに最後の教えを説いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・
そして、エイレネたちもガイアも神殿も全てが消え去り、無に帰った。
7-14 エイレネたちの復活
ガイアは手を叩いて、4人を一瞬の眠りから呼び覚ます。
4人が見たものは、エイレネたちが使命を果たせなかったときの2035年の地球の姿だった。
4人は、そのことを知り、愕然となる。
「そんな恐ろしい世界は絶対に見たくない!
すると、ガイアの声が静かに響いた。
「エイレネたちよ、私はあなたたちの熱意を知っている。あなたたちが参考にしている明治維新もまた順調に進んだわけではなかった。歴史を変えるということは、想像を絶する困難と障害に満ちているのだ。当時の人々も同じ苦しみを味わい、それを乗り越えた。その中でも、坂本龍馬という男の生き方が参考になるだろう」
エイレネたちは顔を上げ、ガイアの言葉に聞き入った。
「明治維新が実現するまで、坂本龍馬や志士たちは幾度も追い詰められ、そしてその度に再び立ち上がってきた。当時、日本は混乱の真っただ中にあり、特に安政の大獄という時代の嵐が吹き荒れていたのだ」
プロメテウスが少し興奮した様子で尋ねた。
「ガイア、安政の大獄…それはどんな出来事だったのですか?」
ガイアは深くうなずきながら語り出した。
「安政の大獄とは、幕府が尊王攘夷派の志士たちを徹底的に弾圧し、多くの同志が命を落とした出来事だ。幕府にとって、不安定な時代における権力の確保が最優先だった。忠誠を誓っていた者たちが次々と捕らえられ、処刑された。坂本龍馬が信じていた多くの仲間たちも、その波にのまれ、時には裏切りさえも生まれた」
パンドラは衝撃を受けたように口元を押さえた。
「それでは、龍馬はその恐怖の中でどう生き抜いたの?」
ガイアは静かに答えた。
「龍馬も多くの志士たちの死に動揺し、時には迷いを抱えていた。しかし彼は、最終的に志を見失わなかった。時には故郷の土佐を離れ、様々な藩の志士たちと協力し、密かに新たな未来を見据えて準備を進めていたのだ」
エイレネは深く考え込んだ。
「竜馬は…自分の周りの世界が崩れゆく中で、希望を見出していたということかしら?」
「そうだ。龍馬は、自らが失敗を重ねる中でも諦めず、さまざまな考えや視点を柔軟に取り入れていった。彼は、幕府を倒すことだけが目的ではなく、その先の新しい国を築くことを真の使命と考えていたのだ。安政の大獄が過ぎ去った後も、龍馬は人々との対話と協力を重ね、より多くの仲間を集めていった」
ディアナもまた目を輝かせて、「つまり、どれだけ苦しい状況でも、彼は自分一人で戦うのではなく、志を同じくする人々を結びつけ、未来への道を模索していたのね」
ガイアはうなずいた。
「その通りだ。だからこそ、あなたたちにも諦めないで欲しい。希望を捨てず、仲間と共に新たな道を見出す努力を続けて欲しいのだ」
プロメテウスは深く考え込み、やがて静かに決意を込めて言った。
「私たちも、ガイアの使命を信じて、もう一度立ち上がろう。坂本龍馬が安政の大獄の中でも志を失わなかったように、私たちも困難に負けず、希望を絶やさずに進むべきだ」
エイレネたちはそれぞれの決意を胸に秘め、新たな希望と共にガイアの声を胸に刻み込んだのだった。
4人の様子を、モニター越しに心配そうに見つめていたマコテス所長は、そっと思い出したように言った。
「君たち、少し参考になるかもしれない話があるよ。司馬遼太郎の小説『竜馬が行く』に出てくる、坂本竜馬のことだ」
エイレネたちはマコテス所長の言葉に耳を傾けた。
「司馬先生の小説に描かれた坂本竜馬は、当時、勝海舟が創設した神戸の操練所で洋式軍艦の操練をしていたんだ」とマコテス所長は語り出した。
「そこは、幕府が運営する施設だったにもかかわらず、竜馬が討幕の志士たちを説得して密かに集い、洋式軍艦の操縦を学んでいたというんだよ」
ディアナが驚いた表情で尋ねた。
「幕府の施設で、幕府を倒そうとする者たちが集まっていたなんて、信じられないわ。そんなことがどうして可能だったの?」
「そうだろうね」とマコテス所長は苦笑した。
「もちろんこれは小説の中の話だ。でも、そこが面白いところなんだよ。勝海舟は、竜馬をはじめとする志士たちを操練所で鍛え、密かに支え続けていたという設定なんだ。表向きには幕府のための操練所だが、実際は幕府に対抗する者たちを安政の大獄という狂気の時代から守り、彼らに新しい世界を動かす軍艦の操練という修行の場にもなっていた。彼らは洋式の操船技術を学び、いずれは幕府と対抗するための力を身につけていく。そんな秘密の訓練が描かれている」
プロメテウスが感心したようにうなずく。
「幕府の施設を利用して、幕府と対峙する準備をしていたというわけか。それは大胆だね。彼らが洋式軍艦の操縦を身につけたことが、後に役立ったわけだ」
ディアナは、心からの感嘆の想いを口にした。
「勝海舟という人も滅茶苦茶凄い人だったんですね。幕府を倒そうという志を持っている浪士たちを匿ってでも、日本という国の将来に彼らの力が必要だと見抜いていた。何か、神様より凄いみたい!少なくとも私たちよりは凄い!凄すぎる!」
エイレネは目を輝かせ、「それは、私たちもガイアの使命を果たすために、今ある資源をうまく利用する必要があるってことね。幕府を利用しつつ、未来のために準備していた竜馬たちのように」
「その通りだ」とマコテス所長は頷いた。
「しかも、操練所で培った技術は、後に竜馬が組織した海援隊の活動にも生かされた。海援隊の隊士たちは軍艦の操縦技術を習得して貿易を行い、資金や物資を集めるために奔走したんだ。貿易によって資金を集めることで、時には討幕の準備にもつなげられるように工夫していたというわけだ」
ガイアが柔らかな声で語りかけた。
「確かに、この話は司馬遼太郎先生の小説の一部であり、歴史の事実と完全に一致するかはわからない。でも、このような物語が示すように、大胆な発想や既存の資源を活かす工夫は、大きな変革を引き起こす可能性を秘めている」
エイレネたちは互いに目を見合わせ、表情を引き締めた。
司馬遼太郎の物語から、ガイアの使命を成し遂げるための大切なヒントを得たようだった。
ディアナが意気込むように言った。
「私たちも、今ある制度やシステムを柔軟に活かしながら、ガイアの使命を果たすための力をつけていく必要があるのね」
「そうだね」とマコテス所長は微笑みを浮かべた。
「どんな状況でも、可能性を見つけることが大事だ。竜馬たちのように、今あるものを活用し、未来への道を切り開いていこう」
エイレネたちは、絶望してガイアの使命を諦めかけたことを反省した。
そして、まだ5年あるというガイアの言葉を胸に刻んで、さまざまな『不測の事態』を折り込んで計画が失敗しても直ぐに諦めない強い心と頭脳、意志を持つことの大切さにようやくたどり着いた。
「困難は確かに増している、しかし、私たちにはパンドラがいる」
エイレネたちは、パンドラの木の棒を全員で持って天高く突き上げたのでした。
いよいよ次回からは未来の世界に踏み込みます。
温暖化を阻止して人類を救うために、皆さんもエイレネたちを応援して下さいね。
よろしくお願いします。
To Be Continued
第七部 最初の交渉と失敗、迫りくる期限 完
注意書き
本書はフィクションです。本書に登場する人物、団体、地名、組織、国家、出来事、歴史などは、すべて架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。万が一、現実の人物や出来事との類似点があったとしても、それは単なる偶然です。
また、本書の内容は完全に創作であり、科学的・歴史的・宗教的事実を反映するものではありません。本書に登場する技術、魔法、超常現象などはすべて架空のものであり、現実とは異なります。
本書では社会問題をテーマとして扱うことがありますが、特定の思想・信条を読者に押し付ける意図はありません。登場する人物の意見や行動は、著者や出版社の見解を代表するものではありません。
イケザワ ミマリス
『おやすみ、えいれねん! 神々と温暖化阻止と地球政府樹立に挑む』の『現代編』が完結しました。
これからは混沌とした『未来編』に突入します。
エイレネたちの今後の活躍と成長に、ご期待頂ければ幸いです。