071
『ここが俺たちの仮の住処か?』
『そうだよ、李偉。現代家電はないけれど、住めなくはないだろう?』
『まぁそうだが、電気も電波もないってのは、違和感があるな』
『発電機が欲しければ準備するけど』
レンは李偉たちを〈箱庭〉の一角に連れてきていた。
と、言っても元々アーキルたちに与えていた〈箱庭〉でそこそこ大きな建物と個別の部屋が10部屋、それに風呂や釜戸、洗濯所なども準備されている。
畑も作られていて豆や野菜などの畑があるが、管理が途中でされなくなったので少々荒れているが手を入れれば使えるだろう。
角うさぎや大鼠のような魔物も放たれていたが、今は回収しているので居ない。
鶏小屋は空になっているが、鶏も飼うこともできる。
ちなみに李偉は日本語も堪能だが紅麗が日本語は理解できないので北京語で話している。
レンの学んだ北京語と紅麗の北京語では時代が違い、なんというか多少の齟齬はあるが通じはする。わからないところは吾郎が通訳してくれている。
『静かで人目のない所に住みたかったんだろ? 条件は満たしてると思うけど』
『僕は文句ないよ。いいじゃないか』
『たまには外に出してあげるよ。僕や葵は顔もだすしね。食料なんかも補給するし、必要な物はある程度は買ってあげるよ。テレビやスマホやゲームは諦めてね。ノートパソコンくらいならいいけど、ネットはないよ』
『まぁいいけどよ。術の研究なんかはしてもいいんだよな』
『もちろん。でも危険な実験や地形が変わるような術の実験はここではやめてね。専用の場所があるからそこでして』
李偉は色々と聞いてくるが吾郎は満足行っているようだ。
元々吾郎は話を聞くと三枝家分家に150年ほど前に生まれ、14歳の時に叔父に連れられ、清との交易の雑務要員として渡海した。
しかしそこである仙人に仙人の素養があると言われたらしい。
三枝家は陰陽道の家柄で、そっちの才能はあまりなかった吾郎は、才能があるのなら学べば良いと言われて中国に残って修行したという。
そこで李偉や紅麗に出会い、李偉とは友人に、紅麗とは恋人になり、更に仙術の修行も続けていた。
しかし紅麗が争いに巻き込まれて死んでしまい、それ以来僵尸や呪術に傾倒したという。
もちろん目的は紅麗の復活である。
李偉はその吾郎の手伝いを申し出、吾郎と共に僵尸術を学んだ。
ただ仙術に関しては李偉のが仙人歴は長いのにも関わらず、吾郎の方が余程秀でているらしい。
『あいつは術の天才だ。仙人を目指したんじゃなくて見込まれたんだぞ。俺とはレベルが違う』
李偉がそう評価する通り、吾郎は僵尸術と呪術、そして日本で学んでいた陰陽術を組み合わせて僵尸ではなく僵尸鬼と呼ぶ人格を保ったまま僵尸化する術を編み出した。
中国から日本に渡って来たのは中国の治安がかなり悪化した為らしい。
吾郎は古巣である三枝家を訪ね、占術で三枝家を支える代わりに研究所を提供して貰うように交渉した。
実際吾郎の占術で三枝家の事業は軌道に乗り、吾郎が教えた術で退魔の家としての評価も上がったと言う。
そして何度かの実験を済ませ、必要な怨念なども十分溜まってさぁ紅麗を復活させようとした時に、レンが豊川家に依頼をされて調べ始めてしまった。
元は高杉弘大を利用した三枝家が鞍馬山の天狗に目を付けられたことが発端なので、めちゃくちゃとばっちりである。弘大を利用しなければ時間はもっと掛かっただろうが、穏便に紅麗の復活は成ったであろう。
実際レンは李偉たち方士の存在などこれっぽっちも掴んでいなかった。
三枝家が怨念を集め、何かをしているくらいの情報しかなかったのだ。
そうして言う事をあまり聞かない初期型僵尸鬼が、先走って見張っていたレンを攻撃し、レンはそれを口実に反撃した。
実は攻撃されなければこっちから三枝家を襲撃することになる。それはレンの本意ではなかったので都合が良かった。
吾郎たちは逃げ出し、天狗たちと戦闘になり、役行者という神霊まで現れてレンの庇護下に収まることになったのだ。
レンとしては優秀な、しかも大陸の術に精通している方士たちや、剣術や武術を修めている紅麗が仲間になったことを非常に嬉しく思っている。
別に実働部隊として働かせる気はない。
ただ仙術や大陸の術などを教えてくれれば十分である。
ちなみに彼らは道士ではなく方士であるらしい。聞いてみると道教で修行して仙人を目指すのが道士、道教とは別系統で仙人を目指すのが方士という扱いらしい。
『あのアスレチックはなんだ? あと射撃場まであるじゃないか』
『あれは前ココを使っていた奴らが勝手に作ったんだよ。この家とかも彼らが作ったんだ。良い出来だと思うよ。僕は建築とかはできないからね』
『じゃぁ手を入れてもいいのか?』
『好きに改造していいよ。木材とか金属とか必要な物も言ってくれれば準備するし、畑をやりたければ道具はあるし種も言われれば仕入れるよ』
『取り敢えず中華料理に必要な調味料類は揃えてほしいな』
『わかった』
施設などを見て周っていた吾郎が帰ってきて会話に加わる。
『いいじゃないか、家電なんて僕が生まれた時代にはなかったし、十分揃ってるよ。それに静かだし自然豊かだしね。電化製品やネットは便利だけどなくても生活はできる』
『気に入って貰ったなら良かったよ。一応ベッドとかシーツは新しい物を準備するよ』
『ありがとう。5人ならあの家で住めるし個室もある。最初は色々準備してもらうことになりそうだけど、僕は気に入ったよ』
『私も良いところだと思うわ。でも訓練所の床をもうちょい硬くして貰えるかしら? 震脚をしたら穴が空いたわ』
『それは僕がやるよ。紅麗はまず今の肉体に慣れないとね』
『そうね、ドアとか力加減間違えたら吹き飛ばしてしまいそう』
紅麗も気に入って貰ったようだが、吾郎が気合を入れて作った最強の僵尸鬼としての肉体にまだ慣れないらしく、力加減に困っているらしい。
『武術をやるの?』
『えぇ、剣術、槍術、武術。全部やるわよ』
『紅麗は十三妹と呼ばれるほど北京では有名な武術家だったんだぜ』
十三妹とは清代に流行った児女英雄伝と呼ばれる武侠小説に出てくるヒロインらしい。
レンは読んだことはなかったが、京劇の舞台になったり、ドラマや映画化も後世にされたらしい。
親の仇を討つ為に武術を磨き、旅をしている最中に主人公のピンチにその武術で助け、なんやかんやあって主人公と結ばれる。
女侠と言えば十三妹。そのくらい有名なキャラクターのようだ。
紅麗は八極拳を主体に学んでいるらしく、レンは後日八極拳を見せてくれとお願いした。
紅麗を保護したのは吾郎や李偉の術が目的だったが、本場の八極拳士で更に発剄も使えるというのでレンのテンションはかなり上がった。
『八極拳は俺も使えるぜ。他にも太極拳や六合拳、様々な門派の中国武術を知ってるから俺も教えてやるよ』
『マジか。頼むよ。日本で本格的な中国武術を学ぶのはなかなか難しいんだ』
『ははっ、そんなに食いついてくると逆に面白いな。家賃代わりに教えてやるよ』
(思ってた以上に拾い物だったな。たまたまだけど嬉しい誤算だ)
レンは次の用事があったので彼らの欲しい物をリスト化して貰い、吾郎たちの元を去った。
◇ ◇
「それでレン様は中国武術の達人と、大陸の術士をゲットしたんですね。中国武術は確かに一般の武術ならともかく霊力を使った武術は日本ではなかなか学べませんもんね」
「そうなんだよ。クソ天狗を殴りに行ったら役行者とも知り合えたし、術の書も貰えることになったし、大儲けだね。豊川家も大盤振る舞いだったし」
「あの時かなりキレてましたもんね」
「いや、さすがにアレはないと思わない?」
葵は事の次第をレンから聞いている。確かに鞍馬山大僧正坊のやり方や言い方は酷い物だと思った。
宴会で思いついて豊川家に丸投げするというのも酷い話だし、藤の依頼を受けたレンを顎で使おうとするのも筋が通らない。
大天狗と言われた鞍馬天狗だが、レンの言う「アレは破戒僧が天狗になった例なんだろうと思う」という意見も頷いてしまう。
観光で行った寺院などで僧侶と話す機会などはそうないが、仁和寺の僧の態度は相当良かった。
仏道を志す僧侶ならあああるべきと葵も思ったほどだ。
灯火も美咲も良いお坊さんだったと感想を述べていた。実際豊子は手厚く弔われたので、あの僧侶が実は腹黒く、おかしな用途に使ったりしなければちゃんと成仏できたであろう。
流石に結果までは確認していないのでわからないが、信頼は高い。
鞍馬寺も訪れた時は特におかしいと思う点などはなかったが、崇められる対象がアレでは……と、ちょっと偏見の目で見てしまいそうだ。
レンがキレるのもむべなるかなである。
「でも結局厄介事には巻き込まれましたね。結果オーライではありますけど。やっぱりフラグだったんじゃないですか?」
「うっ、それは言わないでよ。ちょっと自分でもそうかなと思ってる」
葵が突っ込むとレンは微妙な表情をした。
レンはライトノベルなども読んでいるのでフラグについては知っているが、まさか現実で自分の発言がフラグになるとまでは考えていなかったらしい。
実際本当かどうかはわからないが、今回はフラグとしか言えないような展開を迎えたので笑える話である。
ただ被害がなく、良い結果で終わったから笑い話で済んだだけであり、例えば高杉弘大の魂蔵が怨念に染まり、弘大が怨霊化し、京都で大暴れしたり、紅麗が無事復活し、三枝家がそれを利用して何かしらの悪事に利用していた可能性もなくはないのだ。
「あれ、そういえば高杉弘大や三枝家の捕えた部隊の連中はどうしたんですか?」
「ん? 部隊の連中は記憶を消して装備を剥ぎ取って三枝家の近くに放り出しておいたよ。高杉は魂蔵を抜いてある程度治療もしておいた。あのままだと多分数年もせずに寝たきりになっただろうからね。後のことは知らないけどね」
「お優しいですね」
「まぁヤツも利用されてただけだしなぁ。黒幕でもなんでもないし、目的は置いておいて京都の怨念の浄化に貢献してたことは間違いないし?」
レンは弘大にあまり良い印象は持っていないらしいが、対応はかなり穏当に済ませたようだ。
術具や呪印を解呪し、穢れた魂蔵を抜き取り、霊脈の治療まで施したらしい。
「魂蔵って初めて聞きましたけど、抜き取れるんですね。それで、何に利用するんですか?」
「僕も初めて聞いたよ。抜き取るのはちょっと特殊な術具を使ったかな。結構面倒だった。それにかなり壊れかけてたし、穢れてたから浄化して修復しないと使えないね。それが終わったら何か術具に利用するか、自分に移植するかかな」
「移植するんですか!?」
葵は予想もしていなかった使い道に驚いた。
「いや、だって余剰魔力を溜め込んでくれるんだよ。なかなか便利だと思わない? 外部魔力装置みたいなもんでしょ。溜めておけばブースターを使わなくても強力な一撃を放てるんだよ。なかなか夢があると思うけどなぁ」
「それは移植せずとも本当に外部魔力装置にすれば良いのでは?」
葵は弘大の体内にあった魂蔵がレンに移植されるのはなんかイヤだなと思った。
「それでもいいけど研究が必要だなぁ。新しい術具を作るのは結構手間なんだよ。楽しいから好きだけどね。でも目的を考えたら移植の方が簡単なんだよね。どうあっても本人の専用装備になっちゃうし」
だがレンは移植は気にならず、むしろ積極的に移植を考えているらしい。
「なんかイヤです」
「えぇっ、なんで」
「だからなんかですよ。理由は説明できません」
現代医療では臓器移植や皮膚移植なども行われているし、その感覚で他人の異能を移植するとレンは言っているのだろう。前の世界では様々な術士の能力を抜き取って自身に移植し、奪い取っていたのかもしれない。レンに移植が悪いことだという意識がないことが表情からわかる。
だが本当になぜだかわからないがなんかイヤなのだ。直感と言うほどの物でもない。悪い影響がありそうだとかそういう理由があるわけでもない。
それでも、なんかイヤだ。
「そっかぁ。じゃぁ研究を優先してみようかな」
「え、いいんですか?」
「え、だってイヤなんでしょ? 研究がうまくいかなくて移植しかないとか、効率が圧倒的に違うとかなら移植するけど、どうせ浄化や修復に時間が掛かるから、その間は元々研究に回すつもりだったしね」
葵はつい頬がニヤけるのがわかった。レンが葵の「なんかイヤ」という意見を汲んでくれたからだ。
理由もないのに葵の気分で言った言葉を尊重してくれるというのは嬉しいことだ。
レンの中で葵の意見は聞く価値があるという証左でもある。
「ふふっ」
「どうしたの。なんで笑ってるの」
「嬉しいんですよ。それだけです」
「わっかんないなぁ」
レンは昔から女心はわからないと言っていた。
そんなところも生まれ変わっても治らなかったようだが、それもレンの特徴だ。
灯火や水琴、エアリスが淡い恋心をレンに向けていることもおそらく気付いていないだろう。
気付かせるには葵や美咲のように直接伝えるしかない。
(あの3人はどうなるのかな)
葵に取って、美咲と葵がレンと番になるのは確定事項だと思っている。なんだかんだ言ってレンは受け入れてくれると思うのだ。
しかし灯火や水琴、エアリスは別だ。まず本人たちが意思表明していないし、本人自身が気付いているかもわからない。
家の事情などもあるだろう。特に灯火は高貴な家らしいので例え灯火が望んでも実現しない可能性がある。
レンは自分からぐいぐい行く性分でもないので、余程の理由がなければ灯火に気があっても攫ったりなどはしないだろう。
(灯火さんと水琴さん、私に美咲ちゃんにエアリスちゃん。なかなか美少女の揃ったハーレムですね。楓さんはどうなのかな。エマさんも可能性はある? 未来はわかりませんが、どちらにしても面白そうです)
葵としては例え全員がレンと共に過ごすことになっても醜い争いが起きなさそうなメンバーだと思っている。
正妻戦争は起きるかもしれないが、葵自身は別に正妻でなくとも構わない。
レンの傍にいて、一緒に時を過ごせればそれで良いのだ。
葵にもレンにも、普通の人たちよりも長い時間がある。
いつかレンの子も産みたいが、焦る必要も急ぐ必要はない。
法律的な結婚にも興味はない。
実際退魔の家では結婚制度自体、今どきとはかけ離れている現実がある。
何人も妻が居たり妾がいたりなど、葵でも自家以外でも何例も知っているくらいだ。
「レン様、来年もみんなで旅行にいきましょうね」
「来年と言わず今年の冬とかにも誘われそうな勢いだったけどね」
「ふふっ、そうですね」
「でも次は何もないといいなぁ」
「普通そんなに巻き込まれるもんじゃありませんよ」
楓はまた遊びに行こうと誘って来ているし、水琴は定期的に玖条ビルやレンの家を訪ねてくる。
美咲は少し遠いのと家の事情で頻度は1番低いが、どうせ高校はこっちの高校に来るだろう。
(高校かぁ。そういえばお母さんが行きなさいって言ってたな)
ちょっと面倒だなぁと思いつつ、レンの通う高校なら偏差値的に余裕なので葵は気楽に来年に迫った受験のことを考えた。
葵はハクの毛皮に埋もれながら何か考え込むレンの腕にくっつき、幸せを感じながら目を閉じた。




