第1話
ガタゴトと振動を感じてレトは目を覚ました。
(まだ馬車の中か…)
(人さらいに会うのは前世含めてはじめてかな)
頭に生えた狼の耳が周りの音を拾い外の様子を探る。
頼まれたお使いの帰りに近道しようと裏路地に入ったのがまずかった、人さらいにあったのである。
馬車に詰め込まれたのが昼前のこと、目隠しの隙間から漏れる明るさからして日が落ちたのだろうか暗くなっている。
そんな風に考えていると、馬車が止まった。
「いいぞ。おろせ」
そう声が聞こえると誰かに持ち上げられて馬車の外に出される。
しばらく歩いたあと、椅子に座らされると、目隠しが外される。
「ようこそローズ商会へ、お嬢さん」
そこに立っていた男はそう言ってレトに微笑みかける。
「あの!わたしは人さらいにあって売られただけなんです!帰してください!」
「なるほど。では、その証拠は?」
(そうだよね…)
一応、人さらいにあったことを言ってみたものの返って答えは予想通りだった。
そもそも、この国では人さらいは禁止されているが、奴隷売買は禁止されていない、もちろんさらった人を売るのは違法だが、奴隷商側は連れてこられた人が違法かどうかなど一々確認しない、確認のしようがないし、万が一あとから人さらいだったことが判明しても、知らなかったといえば罰を受けないからである。
「証拠はないです…」
「なら、おとなしくしていることだね。なに、商品に手荒な真似はしないさ。いくつか私たちの質問に答えてくれればいい、君の商品としての価値が高ければいい場所へ行けるよ」
(何がいい場所ね。売値が高くなるってことだろうに)
「はぁ…、わかりました」
「よろしい。物わかりのいいことは大事だよ」
レトは昔、養父に教わったことを思い出していた、行商人だった養父からは商売のイロハや旅での大切なことを教わった。その中で、自身が奴隷になった時は無知なふりをするように教わった。奴隷を買う人間は無知で従順な人物を欲しがるからだそうだ。
「まずは種族の確認と住んでた所と読み書き計算ができるか教えてくれるかな?」
「種族は獣人、ノノイの育ちで、読み書き計算はできません」
「話せる言語は?」
「共通語のみです」
それから、魔法は使えるか?特技はあるか?など質問は多岐に渡った。
レトはそれらの質問に嘘を真実を混ぜながら答え、気が付けば日が昇ろうとしていた。
「質問はこれぐらいかな。あとは逃げ出そうとか考えない方がいいよ」
「はい、わかりました」
(ボクが逃げ出そうと思ってたのはバレてるかな)
それから、罪人のように檻の中に入れられたレトはあきらめて、寝て起きればどうにかなるだろうと思い泥のように眠るのだった。
レトがローズ商会に買われてから3日が経過した、一日二回、固い黒パンと塩味の薄いスープの食事をすること以外やることがない。さすがに暇を持て余したレトに檻から出るように声がかかったのはそんな時だった。
レトが案内された部屋には自分に質問をしたローズ商会の男の他に身なりの整った50代頃の男性と使用人と思われる服をきた40代頃の女性だった。
男はレトが来たのを確認すると、男性に売り込みを始める。
「いかがでしょう。年齢は14の少女、灰色の髪の獣人です。読み書き計算はできませんが、宿で下働きをしていたそうですのでお屋敷の雑用ならばお役には立てるかと」
(なるほど、どこかの貴族か商家が屋敷の下働きを探しにきたのか)
その後も男はレトがいかに下働きとして役に立つか弁舌していると、男性は微笑みを浮かべているが不機嫌になっているのが感じ取れる。
「よくわかった。では、少しこの少女からも話を聞きたい、しばらく席を外してくれないか。」
男性が男にそういうと、手ごたえを感じたのか男はにこやかに席を外したi
男がいなくなると男性は深く息を吐き、レトを少々憐みの入った目で見ると。
「私はレドモンド公爵家で家令をしているランド、こっちは侍女長のバレット。お嬢さんの名前から教えてもらっていいかい?」
「ノノイ出身のレトと申します」
「ノノイというとここから半日くらいの温泉の街のノノイか。さて、私の勘だと人さらいにつかまった類ではないかね?」
「お見込みの通りです。私は人さらいに捕まりここに売られました。」
「やはりか、本来であれば元の街に帰してあげたいのだが…」
「経緯はどうであれ正式に奴隷として売られている以上難しいと思います」
「法の抜け穴を突く困ったやり方だ。私たちの偽善になってしまうがそういった本来、奴隷にならない人物を買う意向でね、3年働けば戻れると約束しよう」
「私は売られる身ですので、ご随意に」
「なら、決まりだ。詳しくは帰りの馬車で話すとして、購入の手続きをしてしまおう」
その後、男を呼び戻すとトントン拍子で購入の手続きが終わり、ランドたちの乗ってきた馬車に乗り、レドモンド公爵邸を目指すこととなった。
帰りの馬車の中で、レトはバレットから屋敷での仕事や下級使用人として3年間働けば、年期が明けてノノイへ帰れること等を説明されていた。
「大体はわかりました。ちなみに働いている間の給金はどうなるのでしょう?」
「通常の奴隷と同じとなります。給金から屋敷にいる間の部屋代や食事代と購入時の金額の一部を抜いた残りが手元に行きます。」
奴隷には自由になる方法がいくつかあるが、その一つが自身を買い戻す方法だ。この国では奴隷にも基本的に給金は支払われる、その給金で自身の奴隷という立場を購入者から買い戻すことで自由になれるのだ。レトもこの方法で合法的に自由になる予定である。
「気になっていたのですが、どうして公爵様の屋敷の使用人を奴隷商でお求めに?平民の中からでも募集すれば人は集まるのでは?」
「レドモンド公爵のご意向で、使用人を様々な立場から集め、新たな知見を得ることで政策などに生かそうとのことです。」
「なるほど、公爵様の深い考えで、そのようなご意向に。」
(だからって態々、奴隷まで買うかな。よほどの物好きかほかに理由があるのか、3年間平和に終わればけど…)
レトの心の中に不安を残しながら馬車はレドモンド公爵邸へ向かうのであった。
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