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 王宮の一室にしてはシンプルな調度品。その無駄を省いた簡素な部屋には似つかわしくないきらびやかなソファーが置かれている。

 クラウス自身が座ることはほぼないそのソファーに、最後に彼女が座っていたのはいつだったのだろうか……思いを巡らせているとふと、面倒くさそうに足を投げ出すアッシュの姿がよぎった。



(そう言えば何をプレゼントしたのか聞きそびれたままだな……)



 クラウスはフローラの手に握られた、自分が去年あげた万年筆のことを思い浮かべた。

 クラウスが本や書類に没頭しているときにフローラはよくノートに書き物をしている。だからプレゼントに万年筆を思いついた時には今度こそいいプレゼントが選べたと、実際にフローラが持っているところを見るまではそう思っていた。



(せめてもう少し小さい物を選べばよかった)



 書きやすさだけで選んだその万年筆が、若い女性が持つには地味すぎると気づいたのは、しばらくたって実際に彼女の手の中にあるのを見た時だった。

 華やかな装いを好む彼女に真っ黒で無骨なそれはかなり異質で浮いて見えた。明らかに彼女に似合っていないのですぐに目にすることはなくなると思ったが、その後もずっと使い続けていた。

 彼女には似合わない真っ黒な色にがっかりし、次はデザインが気になり、次はサイズ。見るたびに欠点が見つかり未熟な自分をつきつけられるような気がする。春から学園が始まれば校内でもあれを使うだろうと思うと憂鬱な気分にさせられた。


 自分は感情が乏しいから思い遣りの心も薄いのだろうか。自分は欠陥品。こんな欠陥品が将来民を守れるのか? 感情豊かなフローラの側にいると年々そんな気持ちが大きくなっていった。

 相槌すら打たないクラウスの態度を意に介さず嬉しそうなフローラ。その手に握られた不恰好な万年筆は入学したらやることリストを次々と綴っていた。

 クラウスはそれを捨てて欲しいとも言い出せず、だったら新しい物を、今度は彼女が好きそうなデザインをあげればあれは捨ててくれるだろうと思いついたのだった。



(デザインは変えるとしても同じ物を贈るのはありなのだろうか)



 腕のいい細工職人のあたりはつけたもののクラウスは去年と同じ万年筆でいいのかどうかをまだ迷っていた。

 その答えを出せないままフローラの誕生日当日をむかえた。

 何か他に良い物があるかもしれない。迷いの振り切れないクラウスは冷静な第三者の意見が聞きたいと、唯一の友人と呼べるアッシュに同行を頼むことにした。



「はぁー? やだよ! なんでわざわざお前が買いに行くの? 使いでも出せよ。それか宝石商でも呼んだら?」



 突然の呼び出しにもかかわらず機嫌よく部屋に来たアッシュは要件を聞くなり組んでいた足を投げ出し不満を露わに声を上げた。

 本当なら滅多に人に頼み事などしないこの男の願いなら喜んで叶えたいとアッシュは思ったが、その内容が気に入らなかった。

 この国は比較的平和だ。とは言え街外れは治安が悪い所もあり、皇子が気楽に城下町で買い物するには無理がある。そんなリスクをおってまで街に出る理由がフローラの贈り物ではまったく釣り合わないと思ったのだ。



「もちろん変装するし護衛もつける」



「そうじゃなくて……お前がそこまでしてやる必要ある?」



「そもそも俺あいつ嫌いだし」



 アッシュはわざときつい言葉を選んだがクラウスの表情は変わらなかった。その見慣れた無表情を見るとさらに不満がわいた。

 このほとんど感情を表に出さない男の眉間にシワがよるとき、いつも側にいるのはフローラだった。クラウスにまとわりついて一方的にどうでもよいお喋り。自分だったら十分で音を上げるなとアッシュは辟易していた。

 四六時中クラウスにべったりで少しでも近づく女がいたら突っかかってトラブルばかり。前々から良い印象はなかったが留学してこの国で暮らすようになってから想像を絶するつきまといぶりを目の当たりにし、何故あんな頭も魔力も弱い女が婚約者なのかまったく納得できないでいた。



「婚約者は誕生日に贈り物をする。それ以上の理由がいるか?」



(あの女にそこまでする価値はない。もっとふさわしい女がいるはずだ)



 説得を続けようと思ったがアッシュはその言葉を呑み込んだ。



「わかったよ……護衛としてついていくよ……」



 アッシュは、自分が折れる方が早いと判断した。

 身分がまだ公になっていない自分はわりと自由に動き回れるが、そうもいかないクラウスが公務以外で街を歩くのは久しぶりだろう。真面目で堅苦しい幼なじみ殿にはいい息抜きかもしれない。そう思い直して引き受けることにしたアッシュは力なく立ち上がった。



「適当にアクセサリーでも贈っとけばいいのに。キラッキラのやつ」



(アクセサリーは難易度が高い)



 クラウスはそう思ったが口には出さなかった。

 アクセサリーに関してはとっくに失敗済みだ。シンプルで邪魔にならなさそうだと思って選んだ百合モチーフのネックレスは喪中の女性がつける用の物だったのだ。否定すればこの墓まで持っていきたいエピソードを話すはめになる。



「その適当がわからないから困ってるんだ」



「お前はほんと、真面目だなぁ……」



 アッシュは大袈裟にため息をついて、がくっと首をたれクラウスの肩をつかみしばらく考え込んだ後、ようやく諦めがついたのか先ほどとはうってかわり力強く歩き出した。



「ほら、さっさと行くぞ。お前に流行りってもんを教えてやるから」

 

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