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 午後三時を知らせる鐘がなった。

 部屋の主は無意識に身構え、書斎の扉にチラリと目線をやるが今日もその扉が開かれることはなかった。

 ほっとしたのか落胆したのか彼にその判断はつかなかった。


 机の上にはきっちりと揃えられた紙の束、減っているのに液垂れひとつないインクに均等に並んだ書き道具。開かれたままの本でさえ秩序を保っているようだ。クラウスは定位置にペンを置くと少し決まりが悪そうに姿勢をくずした。いつもならこの時間にフローラが決まって現れるので長年の習慣で区切りがつくようになっていたのだが、そのフローラが現れなかったからだ。



(ただの風邪だと聞いたけれどまだ体調が悪いのだろうか?)



 クラウスは七歳の頃にできた、自分とは真逆のような婚約者のことを思い浮かべた。

 ひどく感情的で、愛を囁いていたかと思えば突然烈火のごとく怒ったり、些細なことで泣きわめいたり。それはクラウスが持つのは許されず、真っ先に消された感情だった。


 クラウスはこの国の皇子として生を受け、物心つく前から皇太子教育を施され始めた。特に熱心に教育されたのは感情を押し殺すこと。外交での面もあるが、それが最優先されたのはクラウスの魔力が強すぎたためだ。

 わずかな心の変化でその大きな魔力が溢れ、辺りを氷漬けにしてしまう。

 幼い頃は魔道具で抑えていたが成長と共に魔力も増え、それも難しくなったので感情のコントロールの教育が優先されたのだ。しかしそれを始めるにはあまりにも幼すぎた。幼いクラウスの表情はしだいに消え、感情が乏しくなってしまった。

 そうして彼は氷の彫像のような美しい外見もあって『氷の皇子』と呼ばれるようになっていった。



 そんな彼が唯一眉をひそめる相手、それがフローラだった。

 決まって午後三時、毎日のように執務室に押し掛けて来ては一方的に愛をまくし立てくだらない話をして帰る。

 来ない日はかわりに手紙が届き、会いに来る日も手紙が届く。毎日届いていた手紙もパタリと途絶えて三日が経った。

 自室で一息ついているはずなのに何故か落ち着かないクラウスは、フローラからの手紙がぎっしり入った引き出しを開けた。

 日付付きできちんと束ねられた手紙は封が開けてあったりなかったり。クラウスにとって意味が感じられない内容の方が多かったので、他は時間がある時に読むから緊急を要する内容や重要な要件が書いてある手紙は事前に伝えて欲しい旨をフローラに伝えてあるのでそうなっている。

 最後に届いた手紙の封を開けて読んでみたが体調が悪いそぶりもなくただただ明日が楽しみだと言う内容が延々と書かれていた。



(誕生日か……)



『何か欲しい物はないか?』



 クラウスは毎年フローラの誕生日が近づくとそう尋ねる。


『いいえ。私はクラウス様以外に望むものはありませんわ。こうして側にいるだけでもう叶っています!』



 フローラの返事も毎年決まっている。クラウスも自分が望む具体的な返答はないのを承知で聞いていたが、やはり今年もフローラはニコニコと同じ言葉を返した。


 このプレゼント選びが毎年頭を悩ませた。女性への最適な贈り物なんて見当がつかない。

 クラウスは自分が良い婚約者ではないことを自覚していたので、年に一度の誕生日くらいは彼女のために心を尽くそうと毎年自分で贈り物を選び届けに行くと決めていた。

 それが自分にできる精一杯の誠意だと思っていた。だんだんと自信がなくなっていくまでは――――

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