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 家族を大切にするという決意を固め、三日ぶりに自ら部屋のドアを開けた。

 まだ胸は痛むし考えることはまだあるけれど、ひとつの大きな目標がまとまったのでフローラは前向きな気持ちになっていた。

 それに加えみさきとしての人生で両親を早くに亡くし、長い間一人で孤独だったのを思い出していたので家族団欒自体が恋しくてダイニングへの足取りは軽かった。



(三日間病人食みたいな薄味のスープしかとっていなかったからお腹もペコペコだ〜)



 いつになく期待と喜びで胸をいっぱいにさせて夕食の席についたフローラだったがパンを一口かじって呆然としてしまった。



(何これ固! かっった!! 酸っぱ!!)



「どうしたんだい私の天使? やっぱりまだ体調が悪いのかい?」



 ベンハルトの顔が険しくなる。



(お父様の面倒なスイッチが入ってしまう!)



「いえ! 大丈夫です! 久しぶりの食事が嬉しくて!」



 慌ててもう一口パンを口に放り込んだ。



(やっぱり硬い……何日も放置した後のパンみたい)



 硬いため何度も咀嚼することになるが噛めば噛むほど酸味がでてくる。ならばこれでどうだとスープにパンを少し浸して食べてさらに驚愕することとなる。



(あのスープ……病人用じゃなくて通常の味付けだったのか……)



 今まで食事に不満を持ったことはなかったけれど、美味しい食べ物で溢れている日本で育ったパン職人だったみさきの記憶がある今は、この硬いだけのパンも一見豪華だがシンプルな味つけのメインも、どれも物足りなく感じた。



(はっきり言ってどれも美味しくない!)



 フローラは一気に食欲がなくなったがさっき親孝行を誓ったばかりなので心配をかけてはいけないと笑顔で全て完食した。



「パパのフルーツも食べるかい?」



 フローラはニコニコ顔のベンハルトにデザートの果物を差し出されてつい受け取った。

 今まで父親の愛情を当然のことのように利用していたフローラは胸が痛み今一度強く自戒した。



「カイン! フローラはこれが好きみたいだから取り寄せて庭いっぱいに植えよう!」



 フローラは慌てて止めようとしたがベンハルトの耳には届いてない様子だ。

 そんな父親の姿を見て娘を思って暴走する可能性に気づき青くなる。ほんの七歳の子どものワガママで条件の悪い婚約を押しきれるほどには権力があり頭もきれる。



(これはまだまだ油断できない)



 ベンハルトが温室の設計をし始める前にやっと暴走を止めたフローラは、自室に帰るとベッドに身体を横たえ父の言葉を思い出していた。



『あと三年なんてあっという間だからなんでもしたいんだよ……』



(お父様は卒業後に私がクラウス様と結婚して家を出ると思っているから言ったのだろうけど……私はいずれ婚約破棄される)



 今からの行いでどれだけ評判が回復するかわからないがフローラの評判がたとえ普通に戻っても皇子との婚約がダメになったわけありの令嬢にまともな縁談はこないだろう。

 それに今は「みさき」としての価値観もあるので愛のない結婚なんてぜったいに嫌だと強く思っていた。

 前の人生でも一度婚活をしたことがあったが、元々結婚願望がある方ではなかったので貴重な時間をそこに使うのが馬鹿馬鹿しくなってすぐに止めてしまっていた。幸いみさきには手に職があったし、両親の遺産もあったので一生独りで生きていくくらいにはどうにかなりそうだったのもある。



(手に職かぁ……)



 フローラの家の食事は毎日コックが調理している。

 この国では貴族が台所に立つことはまったくと言っていいほどない。

 フローラも今まで一度も包丁を握ったことはないし、フローラが知っている野菜や果物の名前や形は日本の物とは一致しない。

 材料や性質がわからないのに前世と同じようなパンが作れるかは自信がなかった。

 だけどさっきの夕食で食べた野菜の中には名前や形は違うが味はよく知っている物がいくつかあった。ペリコという野菜は見た目も味もそのまま玉ねぎだしマーリオと言う野菜は形が少し六角形に近いが味も食感もトマトだった。



(この国の食材を勉強したらどうにかなるかもしれない)



(パンが焼けても生涯独りで生きていけるかは謎だけど毎日の食事があれなのは耐え難い。ぜったいに改善しよう。お父様とお兄様もご飯が美味しい方が嬉しいに決まってる)



 二人のために出来そうなことがあって幾分心が軽くなった。



(でも未婚の女性が家にいるのって体面が悪いよね……やっぱり自分が食べていけるだけのお金は稼ぎたいな)



 そう思ったがフローラには何をどうすれば働けるのか、そもそもどんな職があるかなど、この国の職業や流通、社会の仕組みをなんにも理解していなかった。全然知識が足りていない。



(え、やばくない私? 十五歳だよね? でもそうなるのも当然だ。今まで勉強そっちのけでずっとクラウス様ばかりを追いかけ回していたから)



(何ができるかはわからないけれど……とにかくまずは勉強して遅れてる知識を取り戻さないと。お父様に家庭教師をお願いしてもいいかもしれないな……)



(……それから…………)



 久しぶりの満腹感と、頭をずっと回転させていた疲労からだんだんと眠気が襲ってくる。



(………………)




(………………クラウス様は………………今何を…………しているのかな………………)




 起きたときには覚えていないであろう夢に落ちる寸前、無意識に浮かんだのは婚約者のクラウスのことだった。


 

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