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 ここ数日ふっきれたフローラはやる気に満ちていた。クラウスの隣にいることを諦めても、クラウスを一番愛しているのは自分だという確固たる自信がそうさせた。

 マティアスとの授業にむかう足取りもいつになく軽やかだ。



「えっ! これ……! もう手に入ったんですか!」



 マティアスが温室で花の手入れをしながら振り返る。



「すぐに全部は無理だったけど……誰かさんがあちこち手を回してくれていたからとってもスムーズだったよ」



 フローラがカレーに必要なスパイスのリストをマティアスに見せてから、まだほんの数日だというのに、温室の片隅に新しくスパイスコーナーが出来上がっていた。



「なんて頼もしい! 誰かは存じ上げませんがそのご協力者様にもお礼を伝えてくださいね!」



「えぇ……そうなるの? ほんとに心当たりないの?」



 マティアスが怪訝な顔でフローラを見たがフローラはすでにコリアンダーの小さな白い花に夢中だった。



「まぁ後々わかる方が面白いからいいか……」



 フローラはカレーに近づいた喜びでマティアスの苦笑いには気づいていない。



「コリアンダー早く実をつけないかな〜アッシュ様にお願いしているのもあるし思ったより早くカレーが食べられそう! 楽しみだわ」



「アッシュ? アッシュって……あのアッシュ?」



 マティアスが再び怪訝な顔で振り返りフローラに向き直った。



「ええ! アッシュ様に隣国の特産や手に入る薬草をお願いしたのです!」



 フローラはそこまで元気よく答えてハッとした。

 アッシュが入学当初からフローラを嫌っていたのは誰の目から見ても一目瞭然だったのでマティアスの険しい顔も当然だ。フローラは自分といることでアッシュの評判が下がるのも申し訳ないと思い、教室や人前では以前のまま目を合わせないように避けているので表向き接点はない。



(うーん。説明しようにも私がアッシュの罪悪感につけこんで半ば脅しのように協力させたのを話すことになっちゃう……いくら自由人の先生と言えど隣国の王子を脅迫はアウトだよね……)



 今はマンツーマンの授業中なのでこんな時いつもフォローしてくれるカインは当然ここにはいない。

 フローラの顔はかろうじて笑顔を保ったが、つつーっと冷や汗が背中を伝ったのを感じた。



「ええっと……た、たまたま、図書室でアッシュ様の国の特産品を調べてるときにお会いして……意気投合!? みたいな?」



「………………ふぅーん? あの拗らせたやつと? 意気投合? へぇ~」



「えぇ……まぁ、そ、……あの、ほら、アッシュ様は祖国への思いが強い方ですし……」



 フローラはマティアスの冷ややかな目線になぶられる思いでしどろもどろ言い訳をつなげた。



「…………まぁ、いいや。そういうことにしておこうか」



 ようやく目線を離してくれたことにほっと息をつくとマティアスは畑の所へ移動した。



「じゃあ、こないだの続き。ここは種を植えたばかりだから手で直接触れないで時間を進められるかどうか試してみよう」



「わかりました! やってみます」



 フローラは深呼吸して土に向き合った。手をかざしパン生地を発酵させるときのように集中する。




(集中? どこに? 手? 土? わからない。種ってどこ? じゃあ土全体?)



「………………」




「ダメかな?」



「……ダメ、というより魔力をどう巡らせたらいいのかまったく見当がつきません」



 土全体に魔力を流せたらいいかもしれないが、今の魔力量じゃ広範囲は難しいだろうとフローラは思った。



「手で触れた方がいいのかな? 前の魔力の使い方見るとイメージでやってるようだけど人によって魔力発動の方法はいろいろだからね」



「え? そうなのですか?」



「そうだよ。視覚、触覚、言語とか…………どの認知機能が優位かは人それぞれだからね。例えば何かを記憶するときに文字で記憶する人もいれば、見たままの映像で頭の中に入る人もいる。頭に何かが浮かぶとき……それが文や図で浮かぶ人、絵や映像で浮かぶ人……その頭に浮かんだものを、どう表現するのかもその人によって変わる。絵にするのが得意な人もいれば文章が得意な人もいるよね。魔力も同じことだよ。魔力が頭に浮かんだイメージだとしたらその出力に何が必要なのかは人の数だけいろんなパターンがある」



「………………」



「わかりにくかった?」



「いえ! 申し訳ありません! さすがだなと感心してしまって……」


 

「ハハッ薬学を研究しているけど一応教師だからね。学園(ここ)で本来教えているのは魔力のコントロールだよ」



「自分以外の人の感じ方なんて考えたこともなかったです……そっかぁ文字が先に浮かぶ人もいるんですね……」



(たぶん君の一番身近にいるよ)



 マティアスは小さな頃から本の虫だった甥っ子の姿を思い出しながらそう言いかけて止まった。



(クラウスの暴走のきっかけは強い感情に伴う否定の言葉だった……肝心なところで口を閉ざすのは……)



「魔力が強ければその出力は簡単にできる。時に本人が意図する以上にね……逆に君みたいに魔力が弱い人はその手段を明確にするべきだ」



「なるほど……! じゃあ私もその手段を磨けばもっとできることが増えると!」



「その可能性はあるけどまぁ一番は効率が良くなって魔力消費が抑えられることかな」



「それは大事です! うーん、私は魔力を使う時は完成の姿をイメージしながらやってるかな……酵母を作るときは瓶ごしなので直接手で触れているわけではないから……触覚は関係なさそうです」



「じゃあ完成のイメージが足りないのが問題かな? 種がどんなものでどこに植えてあるかを知っていれば違うかもしれない」



「じゃあ先生! 土耕しましょ! どこにします!」



「えぇ……そこからやるの? 今必要ないでしょ」



「何言ってるんですか! 土作りは基本でしょ先生。私の将来がかかってるんですからちゃんと教えてください!」



「将来ねぇ……」



(王妃に土作りは必要じゃないだろう?)



 マティアスはそう言えばきっとフローラはまた焦ってしどろもどろ言い訳をするだろうと思ったがその言葉を呑み込んだ。

 そして少し考えこんでから誰に言うでもなく呟いた。



「君の困った顔を見るのは楽しいけれど悲しい顔は見たくないかな」



「え? 先生、何かいいましたか?」



 どこからか鍬を持ち出してきたフローラが、振り返って聞き返したがマティアスは何も答えず興味深そうに微笑むだけだった。

 その後マティアスは面倒くさそうにしながらもフローラの土作りを手伝い、環境作りをアドバイスした。

 フローラはベンハルトにお願いして温室を作ってもらおうかと考えたが、大金を注ぎ込んで物凄く大掛かりなものを作りそうだと思い、踏みとどまった。いずれ田舎に引っ込むつもりなのにそれは勿体ない、作るなら王都を出てからだと思い直した。



(卒業までは庭の一画を使いつつ先生に甘えるしかないかなぁ)



 フローラから見ると、現在マティアスはとても協力的に思えた。この関係をぜひともキープしておきたいとフローラは思ったが、ゲームでは仲良くなったと思っていてもまったく好感度が上っておらず、土壇場で手のひらを返されてバッドエンドというのを何度もさせられたキャラなので油断はできないと気を引き締めた。



「先生! 明日は何が食べたいですか? 力になってくれてるお礼なのでなんでもおっしゃってください!」



「んん?」



「あ、あの、お礼というかこのまま協力してほしいって下心の方がだいぶ大きいので遠慮しなくていいですよ!」



 急に何を言い出すのかと片眉をあげたマティアスの様子を見て、もしかして気を遣って言いにくいのかな?と勘違いしたフローラは思わず本音を叫んでしまった。



「下心ありますって言っちゃうんだ? なかなか斬新だね」



「………………」



 どうしてこの口は思ったことをすぐに言ってしまうのだろうかとフローラは自分を呪った。



「フ、今更黙り込んでも遅いでしょ。明日はそうだな……焼き菓子がついてるとうれしいな」



「わかりました!」



「で、他は何が知りたいの?」



「闇の護身術を考えてください!」



「護身術ぅ?」



「そうです! 何かあったときに身を守るだけでいいので! 街の市場とか気軽に行きたいけどお父様とお兄様の許可を取るのが大変なので二人が安心できるぐらいの!」



「また面白いことを言い出したね。無理じゃない? あの二人が安心できるぐらいの護身術って国を丸ごと滅ぼせるレベルだと思うけど」



「あ、あるのとないのとでは全然違うじゃないですか!」



「ふぅん。まぁ面白そうだからいいけど」



 マティアスは手にもっていた道具を片すとフローラに近づいた。



「じゃあ試しにやってみてね」



 言い終わるや否やマティアスはフローラの肩をぐっと抱き寄せた。



「かわいいお嬢さん今時間ある?」



「な、な、な、な、せ、せんせ、なにを!」



「市場で君が遭いそうな危険ってこういうこと以外にある?」



 マティアスは距離を取ろうとしたフローラの髪をすくって口づけするフリをしながらフローラの目をじっと見つめた。



「ま、待って! 先生!!」



「暴漢が待ってくれたらいいけどね」



 マティアスはさらにフローラの腰に手を回す。



「ほら早く力使わないと」



 フローラはハッとして渾身の魔力を掌に込めた。



「止まれ!!」



 思わず全力で魔力を込めたフローラは目の前がチカッとした。魔力切れの前兆だ。



「………………」



 見つめ合う二人の間に緊張が走ったがすぐにマティアスはフッと顔を緩めた。



「と、止まりました?」



「一秒くらい」



「い、一秒!? 全力でしたのに?!」



「一秒もないな。ん? ぐらい」



「その、ん? の間に逃げたりは…………」



「無理だね」



「居眠りしそうな人をビクッとさせるくらいはできるかも?」



 フローラはがっくりと項垂れた。



「先生の魔力が強いから短いとかありません?」



 諦めきれずフローラはマティアスを見上げた。



「うーんどうかなぁ。でも襲ってくる人の魔力量で結果が変わるなら護身術とは言えないよね」



「うぅぅ……」



 フローラは黙るしかなかった。



(ゲームの中のフローラ……魔力が弱い描写はなかったんだけどな……クラスが違ってたから勿論強くはないんだろうけど……婚約者になれるぐらいだからこんなしょぼいはずないんだけど)



 フローラは自分の手のひらを何度か開いたり閉じたりして魔力の流れを意識してみたが何もわからなかった。



 

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