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「ダメじゃないか! 起き上がったら!」



 扉が開く音と同時に、悲鳴に似た叫び声をあげながら飛び込んできたのは、大柄のヒゲの男、フローラの父ベンハルトだった。

 フローラは驚いて顔を跳ね上げ振り返った。その顔はずいぶんとひどい顔をしていたのだろう。



「あああああ! 顔が!! 真っ青じゃないか!!」



 ベンハルトは増々大きな悲鳴をあげて駆け寄ると、あっという間にフローラをベッドの中に押し込んだ。

 そこへ少し遅れて、息を切らせながらやってきた初老の医師、レイモンドが部屋に入ってくると、ベンハルトはものすごい剣幕で詰め寄った。



「私のかわいい天使が!! 先生早く診てください!! 薬が必要ならいくらでもだそう!! なんなら私の魂でも!!」



(いや、これお父様の方が先に血管が切れていっちゃうんじゃない?)



 精神的なダメージで呆然としてるフローラが、そうぼんやりと思うほどにベンハルトの心配ぶりは激しかった。

 レイモンドが診察してる間もずっと後ろで、天使が! 私の天使が! あまりのかわいさに精霊様が目をつけたのかもと騒いではレイモンドの肩をぐらぐらと揺するのでレイモンドはちょっと……いやかなり鬱陶しそうだった。

 それでも特にベンハルトを咎めず、黙って診察を終えると少し熱がありますが二、三日休めば大丈夫ですよ。とにっこり笑って部屋を後にした。


 レイモンドが帰った後もベンハルトは本当に大丈夫なの? こんなに青白くて元気がないのに? とフローラの側を離れなかった。



(この過度の心配性は私が五歳の時にお母さまを病気で亡くしたことに関係しているのかも……レイモンド先生はお母さまの病気も診ていたから、そのあたりの事情を察して黙って我慢してくれたんだろうな。お兄様も……)



 そう思いながら兄のカインの方に視線をやると、落ち着いた声で、取り乱す父親を優しく宥めていた。



「大丈夫ですよ。先生を信じましょう。それにフローラは殺したって簡単に死にませんよ」



(…………ん? お兄様今なんかさりげなく私をさげましたか?)



 ゆっくり休ませないと熱があがりますから。とカインがベンハルトをなんとか説得して、半ば引きずるように部屋を出ていき、ようやく一人になったフローラは少し頭を整理しよう……と大きく息を吐いた。



 ゲーム『プリミスティブの精霊』のこの世界は、タイトルに精霊がついてるように精霊の加護と呼ばれる魔法のような力が存在する。

 精霊の加護は生まれ持ったものだが、加護を持たずに生まれる人も多い。

 精霊の加護を受けた者は強制ではないが、同じように加護持ちの人と結婚をする古い慣習からだろうか、結婚に身分を重視する貴族の子に加護持ちが出るのが圧倒的に多い。

 加護持ちの子は前世で言う義務教育的な学を終えると15歳からの3年間魔力の勉強のために学園へ通う。その学園生活の中で攻略者達と仲を深め物語を進めていくのがこのゲームの大筋だ。


 ヒロインの名前はリナリー・キャンベル。元は孤児だったが聖属性の加護持ちということがわかり貴族に養子となり学園に通うこととなる。天真爛漫な明るさと優しさで攻略者達の心を癒していく――


 よくある乙女ゲームの始まりだけど、フローラにとっては現実だ。大好きなゲームの世界でもう一度人生を歩めるなんて幸せだとはどうしても思えなかった。

 フローラの婚約者であるクラウスが攻略者の一人だったからだ。


 クラウスはこの国では珍しい黒髪に透き通るようなアイスブルーの瞳。その宝石のような色はため息が出るほど美しい。

 だがその端正な顔立ちは滅多に動くことはなく、その無表情さがかえって彼の彫刻のような美しさを際立たせている。持っている氷の加護にもちなんでクラウスは氷の皇子と呼ばれていた。


 フローラはまだヒロインには出会っていないが、クラウスが今日ロズベルグ邸に来なかったということは、ヒロインはクラウスとの出会いを果たしていることになる。

 婚約者の誕生日の日、市街へ出たクラウスは、賊にからまれたヒロインを助け二人は出会う。明るく屈託のない彼女に心動かされてもう少し話がしたい。クラウスはそう言ってヒロインに手を伸ばす。

 この出会いのスチルは何度も何度も見返した。

 四人いた攻略者の中で「みさき」の一番の推しがクラウスで、まさにやり込むきっかけになった一目惚れした一枚だったからだ。


 そしてこのスチルはクラウスルートに入ったことを意味していた。

 クラウスルートに入ったらハッピーエンド・グッドエンド・バッドエンドどれに分岐が進んでもライバル役のフローラとクラウスが結ばれるエンドはない。



 フローラはそこで頬に涙が伝うのを感じた。その感触がこれは現実なのだといっているようだった。ここが乙女ゲームの世界だと理解できても七歳の頃からずっと彼だけを思っていた心は本物だ。



(叶わないとわかっていても悲しむ権利はあるはず)



 フローラは泣いた。泣いて泣いて泣いて泣いて、泣きつかれて……いつの間にか眠っていた。



 こうしてフローラの十五歳の誕生日は終わった。










 

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