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(ちょっとおせっかいが過ぎたかな)



 マティアスはフローラとカインの背を追いながら少し気恥ずかしい気持ちを抱いていた。

 いつも温室に籠もっているマティアスがフローラの元へ来たのは偶然ではなかった。

 いつもは人通りのない庭園にいくつかの魔力を感知したマティアスはそこへ意識を集中させた。重要な薬草は温室内だが、本来なら国で管理している薬草を学園で育てている以上、マティアスは外にも予防線を張り巡らせている。マティアスはそこで、令嬢達がフローラを嘲笑う声を植物を伝って耳にした。

 音しかわからないマティアスは、押し黙ったままでいるフローラの反応は伺えなかったが、いつものように感情のままやり返していないのは確かだった。

 マティアスはふと、今フローラはどんな表情をしているのだろうかと気になり温室を出ていた。

 フローラの元へと向かったものの、マティアスが辿り着く前にカインが登場した。冷静になった彼は足を止めて温室に戻ろうとうしたが、次はクラウスの様子が気にかかり再び足を止めた。マティアスは成り行きを見守りながらフローラとの授業での会話や、加護の力で耳にしたフローラの発言をつなぎ合わせた。



『私も将来の職に有利な加護がよかったな』



(本気で言っていたのか)



 胸がざわりとしたがその心の動きの理由を深く考える前にマティアスはフローラ達に追いついた。



「あ……! 先生! さっきの……手伝いってなんのことですか?」



 フローラはヒロインとのイベントを避けることはできたが、マティアスの意図がまったく読めないので不安なまま疑問をぶつけた。こんな風に他のシナリオに絡んでくるキャラではなかったからだ。



「あぁ、いーからいーから」



 フローラの質問は軽く流され、マティアスはにこやかに二人を温室の方へと背中を押し込む。

 カインは早々に諦めた様子でされるがままだ。



「先生!」



 マティアスは温室に入ってようやく肩から手を離したが、フローラの追及の声も気にせず中へ足を進め、こっちこっちと手招きをしている。要領を得ない状況に腹立たしくなったフローラは、マティアスをじっと睨み、腕を組んで立ち止まると、説明するまでは一歩も動かない意志を示した。



「私としては助けてあげたつもりだけど、どうして怒っているのかな? それとも皆で仲良くお昼ご飯食べたかったの?」



「それは! ……その……あ……アリガトウゴザイマシタ……」



 勢いよく怒って見せた手前、気まずくなったフローラは小さな声でお礼を呟き、バツが悪そうに視線を逸らした。マティアスの小さく笑う声が聞こえたが恥ずかしさと意地でそちらを向くことはしなかった。



「フローラ、とりあえず先生の所へ行こうか。私もいるから大丈夫」



 隣に立つカインに促されたフローラは歩き出し、カインの影に隠れるよう温室の奥に進んだ。さぁさぁと水の流れる音が近づき、噴水が近いのかもしれないとフローラは思った。

 植えられている植物に興味をそそられながら進んで行くと、少し開けている場所に辿り着き、そこには棚や机が置かれていてちょっとした作業スペースとなっていた。机の上には薬品や器具が並べられ、普段ここで研究や作業をしているのだろうと察した。フローラはさっきの気まずさも忘れて乱雑な作業台にかけよると、食い入るようにそれらを眺めた。フローラがマティアスを質問攻めにしようと顔を上げてマティアスの姿を探すと、奥から声が聞こえてきた。



「ねぇお兄ちゃん、ちょっとこっち来て手伝ってくれない?」



 マティアスはカインに椅子を運ぶよう指示を出しながら、ゴトゴトとテーブルを運んできた。フローラは驚いたが手伝えることはなさそうなので、カインからサンドイッチを受け取ると、二人がテーブルと椅子をセットするのを静かに見守った。



「これでよし! さぁお昼にしようか!」



 マティアスは何も乗っていないテーブルを満足気に眺めるとにこやかにそう宣言した。

 フローラとカインは顔を見合わせた。フローラの手にはフローラが今朝作ったサンドイッチの包みがあるがマティアスはニコニコとするだけで他に昼食と呼べるものは見当たらない。



「あの……お昼って先生……」



「私は小食だから大丈夫! 君達のをほんの少ーし分けてくれたら充分。その代わり最高級のお茶を出すよ。あ、パッションフルーツ食べる? 不躾な甥っ子の代わりに君達をもてなそう」



 マティアスは返事も聞かずに作業台の方へ戻ると小型のバーナーのような魔道具でお湯を沸かし始めた。マティアスがわざわざクラウスを甥っ子と呼んだので王族の誘いを断る理由がフローラにもカインにも思いつかず無言の二人を水の流れる音が包んだ。



(先生にハーブのことを頼むいい機会だわ)



 魔力で調整された穏やかな空気に、フローラはごく自然にそう思った。



「わかりました。何か切り分けられるナイフとかってありますか?」



 今日のメニューは玉子やゆでたチキンを挟んだサンドイッチだ。具材は至って普通なので説明は必要なさそうだが、使っているパンが柔らかいパンなのでどう反応されるかが気がかりだ。それでもコロッケパンのような説明がさらに面倒になりそうなメニューではないことにフローラは今朝の自分に感謝した。

 簡素なテーブルには合わない口縁が花のように形どられた優美なティーセットが置かれ、マティアスがポットにお湯を注ぐと、あたりに紅茶の香りが広がった。

 にこやかなマティアスの真意を測りかねながら、フローラとカインは静かに席へついた。

 フローラはテーブルナイフで切り分けたサンドイッチを、そのまま説明もせずマティアスに渡した。



「ありがとう」



 マティアスはお礼だけ言うと、すんなりと受け取って躊躇いもなく自然に口へと運んだ。咀嚼しても特に大きな反応もない。



(あれ? もしかして王家には柔らかいパンがあるとか?)



 フローラは内心驚きながらもマティアスを見守るしかなかった。



「うーん。なるほどね……」



 固唾を呑んで見守るフローラにはお構いなしで、マティアスは時折何か頷きながらひたすら口を動かしている。



「それ食べないの? 食べないなら貰うね」



 さらにマティアスは次々とサンドイッチに手を伸ばし始めたのでフローラとカインも慌てて食べ始めた。



(ねぇ、さっき小食って言ってなかった……?)



 サンドイッチはすぐに消え去り、優雅に紅茶を啜るマティアスは無造作にまとめた長い前髪が一束額にたれ、なんともいえない色香を漂わせていた。その落ちた一束を耳にかける仕草まで洗練されている。とてもさっき他人の皿にまで手を伸ばしていた人物には見えない。



「食べてみたかったんだよね。ご馳走してくれてありがとう」



「えっ……食べてみたかったって……」



「誰かが庭園で変わったもの食べてるな~って気になってたんだ」



「え?? ん? ええ?」



 確かに二人が昼食をとっている裏手の庭園は、マティアスが手入れをしていることは知っていたが、周囲には人がいないのを確認していた。



(先生はいつも温室にいたよね?)



 いつ? どこから? フローラは先生とカインを交互に見ながらええ? とかあれ? とか言葉にならない声を出した。



「フフ。私の庭園は全部魔力で管理しているからね。離れていても誰かが入ってくれば植物を通して何を話しているかわかるんだ」



 マティアスはフローラの面食らった顔を見ながらほほ笑みを浮かべて悪びれずに言った。要は盗み聞きだ。カインは目を細め顔が険しくなる。



「君達に会うまでは声の主が誰なのか確信持てなかったから大丈夫だよ。仲の良いイメージがなかったから」



「えっえっ!? 全然大丈夫じゃないですって! お兄様! 私王家の悪口とか言ってませんよね?! あっあとクラウス様が踏んだ落ち葉一日一枚集めてるとか! 実は子どもの頃から持ってるブランケットないと眠れないとか言ってませんでしたか!? 端っこをこう! サワサワっとしながら!!」



「言ってない。言ってないよフローラ……私も今初めて……聞いたから…………クックック」



 動揺のあまり思わず秘密を叫んでしまったフローラにカインは肩を震わせながら答え、マティアスはついに吹き出した。



「お兄様!? お兄様との楽しいランチタイムが筒抜けだったかもしれないんですよ!?」



「ちょ、ちょっと先生! 笑ってる場合じゃないです! これはプライバシーの侵害です!!」



 フローラは必死に抗議した。



「あー大丈夫、大丈夫。君達がいた庭園の方はイタズラする奴がいないかちょっとアンテナはってるだけで、本来は誰か来たなーぐらいだから。そこまで精度は高くない。あらかじめ自分で魔力を流した植物じゃないと無理だしね。君の話す食べ物が聞き慣れないものだったから気になってちょっと聞いただけだよ。ずっと見張るなんてさすがの私でも無理だ」



「本当ですか?」



 フローラは訝しく思ったが確める術はない。毎回得意気にカインに本日のメニューの説明をしていたのだけは揺るぎない事実で、過去を悔いながらしぶしぶ引き下がるしかなかった。



「いつまで笑ってるんですかお兄様! もう裏庭で食べるのはやめましょうね! ぜったいに!」



 フローラがまだ笑っているカインに必死で訴えたが先に返事をしたのはマティアスだった。



「うんうん。そうした方がいいよ。明日からはここで食べようね。それで……薬草は料理にどう使うの? 明日はそれを試食させてほしいな」



「さっきの試食の量じゃないですよね?」



 フローラは最早立場も忘れて不満の顔を遠慮なく向けた。



「へー薬草を料理にってやっぱり聞き間違いじゃなかったんだ。ここの薬草好きに使っていいからさ。怖い顔やめてよフフッ」



「え?」



 マティアスの言葉にスイッチが入ったかのように目を見開いたフローラ。頭の中は、ハーブを使ったレシピが次々と駆け巡り、マティアスへの不信や不満が一瞬で消し飛んだ。



「じゃあじっくり見てもいいですか!?」



 マティアスのニコリとした表情を返事と受け止めたフローラは目を輝かせスカートを翻した。



「……本当にたまたま少し聞いただけですか? フローラの料理のこと、やけにすんなり受け入れましたが。薬草のことも……薬草をわざわざ国で管理しているのは悪用されるのを防ぐためですよね? いいのですか?」



 目敏くカインがマティアスに突っ込んだがマティアスは笑顔を崩さない。



「やだなぁ。善良な教員を疑うの?」



「お兄様! これみて!」



「貴方はただの教員とは言えないですよね?」



「先生! これは分けてもらっても大丈夫!?」



 カインとマティアスが牽制し合う中、フローラが何度も忙しなく行ったり来たり話しかけるので、カインはマティアスを探り損ねた。さっき助け舟を出してくれたり、フローラに薬草を分けているあたり、敵と言い切るまではなさそうだと考えたが、変わり者で何を考えているかわからないこの男を、あまり信用せずに用心しようとカインは心に決めた。それでもさっき令嬢達に囲まれていたフローラが頭によぎる。学年が違うこともあり四六時中一緒にいることはできない。この前の昼休みやさっきのように、妹を守りきれない場面が多くある中で、真意はどうあれ一人でもフローラの味方がいるのはありがたいことかもしれないと思い直したカインは、今はマティアスを深く追及するのはやめた。



「大丈夫。君が心配するような裏はないよ。彼女を傷つけるようなことはしない。ただ興味があるだけだ」



 カインの心情を読み取ったのか、マティアスはにっこりと妖艶な笑みを浮かべた。



「それはそれで嫌なのですが。むしろ一番嫌ですね」



 カインは負けじと美しい笑顔を返した。



「どうしてかな? 私の興味からたくさんの発見がこの世に生まれたのに?」



「どうしてでしょうね?」



「お兄様!」



 二人の微妙な空気を一掃するかのように、摘みたてのハーブの香りをまとったフローラが現れ、カインの手をとった。




「お昼休みも終わりそうなのでそろそろ失礼しましょう?」




 フローラが空になったサンドイッチを入れていた包みに、ハーブを大事そうに入れ、満足そうに笑っているのでカインは何もかもどうでもよくなりフッと目元を緩めるとフローラの髪についた葉をそっと払った。


 

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