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 フローラは、失意のまま人の流れに身を任せ、たどり着いた先で悲しみに浸れない状況をむかえた。

 クラス分けが貼り出された掲示板を見ると、フローラの名前が、クラウスとヒロインと同じ欄にあったのだ。

 ゲームでは、ヒロインとクラウスとアッシュは同じクラスだったが、フローラだけは違っていたと記憶している。フローラは何かの間違いじゃないかと近くにいた教師らしき人へ必死に詰めよった。



「間違いではないですよ? レベルに応じた授業ができるよう学力試験を元にクラス分けをしています」



 確かに魔力や体力の測定の後に学力の試験もした。

 どの科目も比較的簡単に解け、カインとアルフレッドとの猛勉強の成果が出たと喜んでいたが、それがクラス分けの基準になるなんてフローラは思いもよらなかった。



(あぁ……それでゲームのフローラは一人だけ違うクラスだったのか……)



 ゲームの隠れた設定に納得しつつも、これからあの二人が親密になって行く様を、間近で見ることになるのかと思うと、これ以上ないほどに心が重くなった。

 それでも教室に行くように促す声に従うしかなく、重い足取りをなんとか一歩ずつ前に進めて教室にたどり着いた。すでに生徒が集まっているようで期待に満ちた明るい声が聞こえてくる。

 フローラが教室の扉を開けると、それまで明るく聞こえていた声のトーンが下がりどことなく空気が変わったが、フローラは気にせず、特に指定はないようだったので後方の目立たなさそうな席に着いた。

 心を落ち着かせるために、人生をまっとうする案ノートを取り出し読み返そうとすると、挟んでおいたアルフレッドから貰った栞が出てきた。



(私は学園を卒業したら王都を出てアルフレッドとたくさんパンを焼くんだから)



 栞をぎゅっと握ると少し心が落ち着いてきて、『なるべく二人に近づかない』ノートに書かれた項目を目で辿りながら、心の準備をした。



(さっきみたいに間近で二人のスチルを見たらやっと諦めがつくかもしれないし……)



 そこへ廊下から聞こえてきたアッシュの声に、フローラの心臓が跳ね上がる。



「無事に再会できたみたいだな!」



 どこからかちょうど良く現れたアッシュが、教室に入ろうとしたクラウスとリナリーにかけた声だった。

 クラウスとリナリーは、よく目立つはずの赤い髪のアッシュを探しながら歩いたが、結局教室の目前にたどり着いてしまっていた。



「はい! お二人と同じクラスでよかったです!」



 明るくリナリーが答える。

 アッシュはクラウスの肩を組むと、リナリーに聞こえないように声を潜めて耳打ちをした。



「……おい……あの父親はどんな裏技を使ったんだ? フローラが同じクラスだぞ?」



「ここの学園長はお金で動くタイプじゃないだろ? あのお嬢さんをAクラスにねじ込むなんて何やったんだ……」



「試験官を買収でもしたか……それとも弱みでも…………」



 アッシュがクラウスの返事も待たずぶつくさと言っている。



「フローラはそんな小細工しない」



 クラウスはきっぱりと言い切って教室の扉を開けたが、他の生徒達も同じことを思っているのだろう、フローラを遠巻きにひそひそとしていた。

 例えば、今の状況だったら言いたいことがあるなら直接言いなさいよと相手が誰であれ感情のままに食って掛かるのは容易く想像できるが、試験官を買収するような回りくどいことはしないとクラウスは確信していた。



(フローラは語学が驚くほど堪能だ。そちらで点数を稼いだのだろう)



 フローラは確かに勉強はできなかったが、社交性がないクラウスのために語学だけは熱心にやっていた。

 クラウスは、『他はお任せしますわ!』と明るく笑うフローラを思い出したが、随分と遠い昔のことのように感じた。

 クラウスはフローラの方へ足を踏み出したがアッシュの肩を掴む手がぐっと強くなる。



「席はこっちだクラウス! もう始まるぞ」



「挨拶をするだけだから時間はかからない」



「ほんと真面目な奴だな。ほっときゃいいのに……」



 クラウスはアッシュの手を除けるとフローラの方へむいた。アッシュは不服そうな顔をしたがそれ以上は深追いせず先に席へ着いた。



 そしてフローラは、クラウスとリナリーの姿を見てドクリと波打った心臓の痛みが、実際に二人を見たショックよりも、クラウスに会えた喜びが大きい事に気づいて自分の愛の重さに驚いていた。



(え? すごいよね? この状況で喜べるの私? どうかしてない?)



 並ぶ二人を見たらさすがに自分の心が諦める方向へシフトするだろうと思っていたフローラは困惑した。こんなに胸は痛いのに脳と心が直結していない。



(全ての感情が脳で作られるなら、脳が無理だと判断したら心はそれに従ってくれてもよくない?)



 愛はどこで作られるのか、愛とは何か。フローラは驚きのあまり思わず哲学的なことを考え出し、クラウスが近づいていることにも気づかなかった。


 しかしそのクラウスはフローラの三歩前で立ち止まった。

 先に謝罪か、それとも体調を気遣うべきか、決めかねながらゆっくり近づき、フローラの手に握られた万年筆が去年贈ったあの忌々しい万年筆じゃないことに気がついて思考と足が止まったのだ。この一年それを望んでいたはずなのに。



「あっ……ご、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。クラウス様ご入学おめでとうございます」



 フローラがクラウスの気配を感じ、慌てて立ち上がると、いつもとは違う模範的な挨拶をした。

 クラウスの表情はいつもと変わらなかったが、フローラは長年のストーキング力でクラウスが少し動揺しているのを察知した。



(ああーー! 生の制服すが…………じゃないじゃない! 私の脳の神経伝達回路もおかしいけれどクラウス様の様子がおかしい。まだ婚約者なのに挨拶が遅れたの失礼だったかな)



「あの、クラウス様……?」



 沈黙に耐えられずフローラがさらに声をかける。



「……体調は大丈夫なのか?」



「え?」



 言葉を失くしていたクラウスがやっと絞り出した言葉にフローラは驚いた。



「貴女の父上に体調を崩して静養していたと聞いていたのだが……」



(お父様が? いつ? どうして?)



 フローラはたくさんの疑問が浮いてきたが、とりあえず「大丈夫」だと言って話を合わせておこうと、口を開いたところで思い至った。



(は! もしや! 私が病気がちで病弱となれば王子の婚約者に相応しくないとなる。そうなればクラウス様側から婚約解消を言いやすくなるしその理由ならお父様やお兄様の立場もそんなに悪くならないはず。さすがお父様!)



「大丈……夫……ではないですね! でも学園生活を問題なく送るくらいには回復しました!! 今のところは!!」



(しまった。病弱なわりに元気よくハキハキと答えてしまった)



「……心配しなくても貴女の体調のことは口外しないからあまり無理はしないように」




 「いえお気遣いなく! むしろどんどん私の病弱さを話してくださってかまいません!」とは言える訳もなく、なんとか今からでも病弱さを出そうと、うつ向くフローラにクラウスがそう声をかけると、教師が入ってきたのでクラウスは席に戻った。

 クラウスが席に着きながら後方のフローラを見ると、フローラは胸を撫でつけている。

 フローラは突然のクラウスとの接近と、慣れない嘘に、痛いほど速まった心臓の鼓動を落ち着かせるために胸を撫でて自分の心を宥めていただけだったが、クラウスにわかるはずもない。



(まだ胸が痛むのだな。口外しないと言ってしまったが、光の加護を持つ彼女ならフローラの病気をなんとかできないだろうか?)



 隣に座るリナリーの方へ目を向けるとニコリと笑顔が返ってきた。



(安易に打ち明けて、フローラの病気のことが広まったら困る。もう少し仲を深めて信用できる人物なのか見極めよう。もし信用できる人物だったらフローラのことを打ち明けて力になってもらえばいい。この学園には薬学に詳しい叔父もいるし叔父に相談してもいいかもしれない)



 やるべきことがまとまり先の見通しがつくと、クラウスはモヤモヤとしていた心が、少し晴れた気がした。



(はぁ……なんとか普通に挨拶できたわ。病弱設定を付け足さないと……)



 フローラはノートを広げて項目を増やした。そのすぐ上には最近付け足した『学園では一人を貫く』がある。

 ゲームの中のフローラは、取り巻きを引き連れていて、ときにはその取り巻き達が独断でヒロインに嫌がらせをしていたイベントもあった。その可能性を潰すために付け加えた項目だった。

 ベンハルトとカインにも、どうせ卒業したら王都を出るので、必要以上に人とは関わらないと宣言してある。

 ついこの間まで思い描いていた学園生活とは全く違うものになりそうだとまた気持ちが暗い方に傾く。



(こんな時はパンのことでも考えよう)



 この学園にはシェフ付きの立派な食堂施設があり、生徒のほとんどがそこで昼食をとるが、フローラはお弁当を持ってくるつもりだった。極力他の生徒と関わりを持ちたくないので、一人でも目立たず好きな所で昼食を取れるお弁当の方が都合いいと考えたのだ。



「「それならお昼は私と一緒にすごそう」」



 カインはすぐにそう言った。

 フローラは余りにもうれしくてエコーがかかったように聞こえたと思ったが、実際にはベンハルトが同時に声を上げていただけだった。



「あの、お父様は遠慮しておきます……大丈夫です。ほんとに」



「フローラの事は私に任せて仕事に集中してください」



 ずるいずるいと連呼するベンハルトを思い出し、本当にお昼休みにやって来たらどうしようかと少し不安に思ったが、まさかね? と気を取り直しパンの事を考えることにした。



(お兄様はお惣菜パンの方がいいかな?)



 ノートに、思い付いたこちらで作れそうな惣菜パンやサンドイッチの具材を書き出して行く。



(定番のタマゴに……チーズ。チーズならカルツォーネもいいな。闇の加護でどこまで温度をキープできるか……そうだドライトマトも作ろう。王都の市場も見てみたいな。あっちでは見つからなかった違う材料が売ってるかもしれない)



 何かと落ち込むことが多くなりそうな学園生活。せめてランチタイムくらい充実させたい。フローラはそう願った。


 

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