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 ――――――クラウス様、今ふと窓の外を見るとハルツゲドリの姿を見かけました。幸運を呼ぶとされる縁起の良い鳥です。見ているだけで幸せになれるなんてクラウス様と同じですね! その可愛らしい姿を共有したくて思わずスマホを探――――



「え? スマホ?」



 ここでようやく我に返ったフローラは動かしていた手を止めた。

 十年近くにも渡る習慣はそう簡単には抜けないようで、無意識にクラウスへの手紙を綴っていたフローラはがっくりと項垂れた。

 ペンを置いて窓の外を見るとハルツゲドリが美しい声で鳴いていたが、さっきのような湧き上がるような感情は生まれなかった。フローラはくしゃくしゃと手紙を丸めたが、それを投げ捨てることはできず力無く手を下ろした。手紙を広げて、指である一部分だけを丁寧に伸ばす。たとえ捨てる手紙であっても、『クラウス』その文字がぐしゃぐしゃになっているのがどうしても受け入れられなかった。



「はぁ〜やめやめ。こんなときはあれだ」



 フローラはキッチンに向かった。

 並べられた透明な瓶がいくつか並び、その中には水と果物が詰められている。

 フローラが先日仕込んだパンを作るための酵母だ。完成にはまだまだ時間がかかりそうだが、酸素を行き渡らせるために瓶を振る作業をしていくと、落ち込んだフローラの気持ちは上向きになっていった。



(クラウス様への思いは中々消えそうにないけれど、ここへいる間に心穏やかにクラウス様とヒロインを見られるくらいにはなりたいな。大好きな人にはやっぱり幸せであってほしいし……)



 フローラは前世で何度も繰り返し見た、クラウスとヒロインのスチルを思い返した。

 前世では心躍らせて見ていたのに今はズキリと痛む。それから青い髪飾りをつけた画面の中の自分――――

 頭に浮かんだイメージをふり切るため、フローラはもう一度瓶の酵母を覗き込んだ。瓶の中のブドウがフローラを励ますかのようにプクリ、と気泡を抱いて浮いた。そうやって気分を落ち着かせる。それがフローラの新しい習慣となった。




 当初の目的だった勉強は順調に進みだした。カインとアルフレッドがフローラの想像よりもずっと親身に勉強を見てくれたからだ。

 勉強に息詰まるとキッチンに行って心をリフレッシュさせ、酵母を眺めたり夕食を考えたり。アルフレッドとカインがやってきてそのままティータイムになることも。


 食は重要なコミュニケーションだとよく言われているが、まさにその通りだとフローラは思った。

 ここへ来てからまだ数日だが、フローラが作る食事やちょっとしたオヤツも楽しみにしてくれているようで、カインもちょくちょくキッチンを覗くようになったのだ。

 ここへ来てこんなにすぐ兄妹仲が良好になったのはフローラにとって思わぬ収穫だった。



(早くふこふこのパンを食べさせてびっくりさせてあげたいなぁ~)



 フローラは日に日にシュワシュワしてくる酵母の瓶を眺めながら、パンを食べた瞬間のカインとアルフレッドの顔を想像しながらニマニマが止まらない。



「お嬢様、そろそろオーブンに火を入れましょうか」



 アルフレッドがやってきてフローラに声をかけた。

 アルフレッドはオーブンの側に寄るとメモを片手に入念なチェックを始めた。

 このオーブン、高価なだけあり高性能な魔道具なので、誰が起動させようと簡単に使える。なのでアルフレッドがしている作業は本来なら不要だ。



「前回は奥が焼けすぎていたから……ここがこうで……そうなると手前が…………」



(フフッお菓子になるとアルフレッドさんは目の色がかわるのよね)



 フローラは、アルフレッドがぶつぶつと呟きながら直に魔力を流して真剣に調整している姿を優しく見守った。



(最初は何事にもストイックなんだなと思っていたけどぜったい違うよね)



 この数日で、一気に増えたずらりと並ぶ色々な種類の茶葉を見ながら思う。

 焼き菓子を前にいそいそとティータイムの用意をするアルフレッドを思い出してフローラは笑った。



(お兄様から聞いた話は大げさにはなってると思うけど、やっぱり元騎士なだけあって後ろから見ると全然年齢がわかんないや)



 オーブンの予熱をチェックしているアルフレッドの背中はたくましく、上背があり姿勢も良いので白髪がなければ本来の年齢は想像もつかない。

 カインが祖父から聞いた話によるとかなり腕の立つ騎士だったらしく、ケガで引退し遠縁だったフローラの祖父の執事になるまで、生きる伝説とまで呼ばれた英雄だったらしい。



(火をまとう剣で危ない戦況を何度も覆したとか……一人で大規模の賊のアジトを殲滅したとかなんとか…………本当かなぁ)



 甘いものに目がなくて、フローラの前では目尻が下がりっぱなしの今のアルフレッドからは想像もつかなかった。



(そっか、アルフレッドさんは火の加護持ちだから戦闘に火を使えるのか。なんだか格好いい!! クラウス様の氷の加護も格好いいし!! そう言えば……)



 フローラはゲームの中で、自分が闇の力を使う場面を思い出した。

 クラウスがヒロインに差し出した花を奪いとり、闇の加護で花の時間を進めて目の前で枯らした後、握りつぶして粉々にしながら脅すシーン。当時は闇の魔力を操る恐ろしいライバルキャラのイメージそのものでゾッとしたが、実際に自分がそっち側になってみるとなんてことはない。

 闇の力で、あれ以上の危害は加えられそうになかった。



(それどころか自分の身を守るのも無理だよね……闇の加護って名前だけはすごく強そうなのにちょっとしょぼくない? せめてなんとか護身に使えないかなぁ。護身できたら自由に市場に行けるかもしれないし……)



「お嬢様! いい温度になりました!! さぁその絹より美しい生地をこちらへ!!」



 フローラが闇の護身術をなんとか考え出そうとしているとアルフレッドがようやく予熱を終えた。

 かつての英雄が、今はその力でクッキーを焼いている。

 生きる伝説、それが本当ならなんとも不思議な光景だろうなとフローラは思った。



「昨日は少し焼き加減が弱いように感じましたので今日は少し強めにしました。今後は庫内の湿度なんかも――で――――宝石よりまばゆい砂糖とバターのマリアージュが――――焼きによって――――――加護が――は! 失礼! 焼きのチェックを入れてまいります」



 フローラがアルフレッドのよくわからないこだわりをうんうん聞き流している内にあっという間にクッキーは焼きあがった。匂いに釣られてカインもやってきてティータイムの準備を始める。




「アルフレッドの当時を知る人達からそんなことに力を使ってもったいない! と言われちゃうかな?」



 出来あがったクッキーをテーブルに並べながらフローラが聞いた。



「めっそうもない! 少なくともお嬢様のお祖父様は平和になったと喜ぶでしょう。それに私も、仲間にも怖がられた力がこんなことに使えるとは思いもよりませんでした。魔物を焼き払うよりずっといい! 川で魚も焼けますしね」



 アルフレッドはウィンクをしながらフローラを見たのでフローラの失言は暴露された形になった。



「フローラ! 釣りにも興味があったのかい!? 僕の知らない趣味がまだ?!」



 カインの笑いのスイッチが入ったのでフローラは慌てて訂正した。



「違います! 釣りではなくバーベキューの方です!」



「ブハックククッ…………僕の加護はフローラのバーベキューには役立ちそうにないね」



「ではお兄さまは暖かくなったら私と一緒に畑をしてください。自家製の野菜でバーベキューです」



 フローラはわりと本気で言ったがカインの笑いは止まらなかった。



「ふくく……フローラにかかると加護の力は全部食べることになる……」



「人を食いしん坊みたいに言って!」



 フローラは憤慨したけれどそのカインの言葉でハッとした。


 今まで何の役にも立たないと思っていた自分の闇の加護の力が調理の観点では使い途があることに気づいてしまったのだ。



(簡単なところだと保温や保存。電子レンジはないようだし……私の魔力では長時間は無理だけど時間を止めておけばできたて熱々をキープできる。試してみないとわからないけど時間がたってしまった料理もできたてに戻せるんじゃないかな? あとは煮込みとかの時間も短縮できる! さらには……発酵……! パンの発酵時間短縮できちゃうじゃん!)



「あっ!!」



 フローラは立ち上がった。



「なんで今まで気づかなかったんだろう! 酵母作りだって時間を進めたらすぐじゃない!! しょぼいと思ってごめん闇の精霊様! しょぼいどころか私には最高の力だ!」



 振り返りもせずキッチンに向かったフローラを、残された二人はポカンと見送るしかなかった。


 

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