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 フローラの誕生日から一週間ほどたった日。ロズベルグ邸から一台の馬車が出発した。


 馬車の窓に顔を寄せ鼻歌まじりでご機嫌のフローラと、その正面には笑顔をはりつけつつも内心複雑な気持ちの兄カインが座っている。


 行き先は二人の母親の実家だった所で、王都から少し離れた田舎にある。父一人ではなかなか手が回らず先代から仕えている執事に普段の管理を任せ、カインが定期的に帳簿のチェックやどうしても血縁者じゃないと書けない書類や修繕の判断などを担っている。



「少し道が悪い所もあるから気分が悪くなったらすぐに言うんだよ?」


「はい! わかりました!」



 いつになく浮かれ元気よく返事をしたフローラに対してカインは口数が少ない。



(田舎を毛嫌いして寄り付きもしなかった妹が突然一緒についていきたい! なんて言い出したらそりゃ困惑するよね……)



 フローラはカインの気持ちを察したがあえて気づかないふりで通そうと思った。



(お兄様には申し訳ないけど私も必死だから……!)



 これからは心を入れ替えて勉学に励もうと勉強を始めたフローラだったが、これまでの基礎がほとんどないのですぐに一人での勉強では限界を感じた。何から手を付ければいいのかわからない状況だ。父に家庭教師を雇ってもらうようお願いしようかとも考えたけれど、こんなレベルではいい恥さらしになるかもしれないと尻込みして廊下をウロウロしているといつもより早い帰宅のカインに鉢合わせた。



「お兄様おかえりなさい! 今日は早いのですね」



「ああ、私はほぼ履修も終えてるし明日から来年度までほとんど休みだよ」



 まだ二ヶ月もあるのにと感心しつつフローラはチャンスかもしれないと内心思った。

 カインはいつも優秀な成績を修めているので自分に少し教えるくらい造作ないとふんだのだ。



「忘れたのかいフローラ? 私は長期休みの間はローザ邸に行って父上とアルフレッドの手伝いをするんだよ。それともフローラはクラウス様に夢中で知らなかったのかな?」



 カインは勉強を教えて欲しいと頼んだフローラににっこりと微笑んだ。



(あ……うん……忘れてたよね。ていうか初めて聞いた。そう言われてみればいなかった気がする。クラウス様のストーキングに夢中でまったく意識していなかった)



 図星をさされ顔色の変わったフローラを見るカインの、変わらぬ笑顔がフローラに突き刺さる。



「では! 私も一緒にローザ邸へ行ってもよいですか? 勉強を見るのはお兄様が空いてる時間だけで……毎日じゃなくてもいいのです!」



 フローラは食い下がった。



(だってお独り様暮らしの将来がかかってるから! この世界のことを勉強してお金を稼ぐ手段を模索しないと!!)



 いつになく必死な妹を見てカインは珍しく顔をしかめて考えこんだ。



 美しいけど中身が残念なワガママお姫様。

 それが世間の認識で、兄のカインから見てもそれは間違いない。

 四六時中クラウスを追いかけてトラブルばかりおこす妹には散々頭を悩まされてきた。長期休みにローザ邸へ行くのも、父ベンハルトが妹に対して神経をすり減らすカインに、少しでも距離を取る時間を過ごしたらどうかと提案したのが始まりだ。その元凶である妹を連れて行くなんて本当なら即断りたい。しかし眼の前の必死に懇願する、最近人が変わったかのように大人しくなったフローラを見て心が揺らいでいた。



(本当にあの誕生日から別人のようだ)



 フローラの誕生日の夜、様子を見に部屋を訪ねようとしたカインは扉の向こうからくぐもった音がするのに気がついた。それは初めて聞いた妹の悲しみを押し殺して泣く声だった。今までの嘘泣きや癇癪をおこして泣きわめく声とはまったく違うその声に、カインのノックしようとした手は空で止まった。誕生日にすっぽかされたとなればさすがに気づいたんだろう。正直煩わしい存在だと思っていたがこのときばかりは妹に同情した。いくらフローラに問題があるとしても立場的には婚約者なんだからこの扱いはさすがにひどいと苦い思いがこみ上げた。あの日贈られた髪飾りをつけているところをカインは一度も見ていない。



(勉強は口実できっと失恋の気晴らしに少し王都を離れたいんだろう。どうせすぐ気が変わるだろうし気がすむまで好きにさせよう)



 そうしてカインはフローラの家庭教師役を引き受けた。



 その夜の夕食でその話を聞かされたベンハルトは泣いた。

 娘の改心に心を打たれて……ではなく。




「嫌だ嫌だ! 二人共あっち行ったらパパ一人じゃん!! 無理無理むり!」





 過保護な父の見送りの嗚咽もすでに遠く、馬車は順調に市街地を抜けた。


 

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