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よくある乙女ゲー転生のおはなし。
その日、フローラは朝からずっとソワソワとしていた。
鏡で何度も髪をチェックし、窓から馬車がこないかを覗いたり、玄関のホールと自分の部屋を何度も何度も往復した。
過ぎていかない時間をもどかしく思いながらも、こうやって待つ時間も愛しく思えるほどに待ち望んでいた日だった。
しかし鏡に戻るたびに期待に溢れた顔はしだいに曇っていく。
結局その日の夕刻、ロズベルグ邸にやって来たのはフローラが朝から待ち続けた婚約者のクラウスではなく、帽子を深く被った従者らしき人物だった。
従者はクラウスが急な用事で来れなくなったことを端的に告げ、小さな箱を差し出した。
フローラはその小箱を受け取り、思わず小さくため息をついてしまったが、よぎった悪い気分を振り切るかのように「まぁ! 何かしら!」と、わざと明るく振る舞い小箱を開けた。
おそらく事情を知っているであろう使いの従者への見栄と、後ろで心配そうにしている父への気遣いの意味もあった。
小箱をそっと開けると、中は青いリボンの髪飾りだった。フローラの目の色に合わせたであろう美しいロイヤルブルーのリボンには、繊細な刺繍が施され、中央には花をモチーフにした金の細工が留められていた。
一目見てそれが上質な物であるということがわかるが、デザインはそこまで華美ではない。おそらく春からフローラが通うことになる学園の制服に合うようにだろう。
そのあまりに完璧なプレゼントを見て、フローラは雷に打たれたような衝撃を受けた。あぁ、ついに彼は……と込み上げた感情を言葉にしようとしたところで、強烈なデジャブを伴う頭痛で思考は瞬く間にかき消された。
「あ……れ、なんかこれ見たことあ………………」
吸い寄せられるように青い髪飾りを手に取ると、様々な映像と記憶が一気に押し寄せた。
フローラは耐えきれずその場でうずくまる。
違う誰かの一生が次々に押し寄せるように頭に流れてくる。
自分が誰なのかも混乱し、意識が薄れて行く中でたった一つ理解したことがある。
それは自分とクラウスがぜったいに結ばれないということだった。