5話目 霊感なんてないよ?
ちょっと霊感的な話。氷室さんに霊感なんてありませんよ?
でもどうして見える涼輝狐さん?
氷室は時々散歩に出かける。煮詰まった時、夜限定で出歩くことがある。
いつも不用心だからやめたほうがいい、といっても氷室はやめない。
だから涼輝狐は護衛と称して氷室の頭の上で警戒している。
重さを感じないがいることはなんとなくわかる。
霊感は多分ないが、この場所は危ないかもというのだけで回避している、はずだと氷室は思っている。
……しかしそうなると? ますます涼輝狐が霊感を問わない妖怪の類だと考えると不思議に感じるが……
「……」
「……えーと?」
バスターミナルのベンチで寝転がる学生さんを発見した。驚いた顔をする涼輝狐は暗に話しかけるの? という顔を向けてくる。表情を見ただけでだいたい言いたいことがわかるのは便利。涼輝狐は両肩に触れながら首を横に振る。
苦笑いしながらため息一つ。
「……こんなところで寝るな~少年!!」
見た目高校生だろうか、可愛げな少年に見える。だがもう既に夜11時を回っている。さすがに警察や補導員が見つけたら補導されてしまうだろう。警察や補導員の厄介になれば受験生なら痛手ともなりかねない。多少は配慮のある氷室だ。
「へ? あれ? 寝ちゃってた?」
すぐに起きて周りを見回す。背伸びしながらこちらを見る。
「起きたかい。少年。いい加減に帰らないと補導されてしまうぞ?」
氷室は偉そうな口調で話す。すぐに直立して頭を下げてくる。まだ眠いのだろうか。間延びした感じも受ける。
「……うん、おうちかえりますぅ~」
「そうか。帰るがいい。親御さんも心配してるだろうさ。心配させちゃね?」
「はーい。それじゃ失礼します~」
間延びする口調で走っていく。
見送り、歩こうとして目の前にぬっと現れた涼輝狐が逆さまで見つめてきた。
「どうしたの?」
「……気づいてないの?」
「なにが?」
あきれた顔してこちらを残念なものを見るかのように見つめてくる。
「アレ、生霊の類。そこに実体のないものですよ?」
「あれってさっきの少年?」
実体があるように見えた。人のよさそうなものにも見えた。だからこそ涼輝狐の今のような反応は『本当のこと』だと感じた。
こくりと首を縦に振る。
「そう。思春期の少年はいろんなとこに意識が飛ぶものだから。でも帰りつかないと何かが『喪失』するのよ」
「喪失? ちょっとまって。どういうこと?」
常識ではない知識を披露する。耳に集中して言葉を脳に記録する。
「悪い感じは受けなかったでしょ? それ正解だから」
涼輝狐は肩に触れたけど氷室を動かせなかったことを口にする。動く気なかったでしょと言われるが溜息一つして人差し指を上げながら告げる。
「あの生霊、夢や希望の類。そういうのが『削れて』『摩耗して』大人の形になっていきます。姿ではなく魂の形が」
軽く考える。
魂の形とは?
「つまり? 子どもは人の型からはみ出ている? 魂的なものは」
「そう。それが活力となり意欲となり頑張れるものともなる。魂的なものは見えているものに比べて大きい。でもそれが人型サイズになる。あぁやって出て行って帰ってこないと『何か大事なものを失った』みたいなことになっちゃうのね。素直さや実直さ、それらが削れてなくなるとどんな人間になるかは想像できるよね?」
――さらに深く考える。確かに似たような経験はある。したいことを諦めたとか。
それでもやったことが今、氷室を小説を書くことに集約している。
――ちなみに氷室が諦めたことは運動の類である……
どうやっても駄目なら他の分野で頑張るしかない。書くことなら伸ばせるで来た結果が小説家という職である。
「……その話が本当なら、自分の人の型の形から減った魂、というのはあったりする?」
魂の容量不足で体の範囲から減った魂、というのはありえるのだろうか? と。
「そういう人は『怒ってる』か『諦めている』のよ。自らの喪失したものがあることを無自覚に理解してるか、現実がどうか。まぁどれかの影響はあるんじゃない?」
詳しくは知らないからね、と念押しされながらも
「体と魂は大人になると同じになるけど人に余裕がなくなれば魂と心は散り散りに目減りするからね?」
涼輝狐の視点から見た人間魂論とも言える話になるほどーと思いながら聞いている。
「だから返したのは正解」
疑問は浮かぶ。
「じゃ、帰らなかったらどうなってたの?」
「誰かの胃袋の中か、悪い影響及ぼす何かになるか、霧散していくんじゃない? 詳しくは知らないけどね?」
意味深な目線で去っていった方向を見る。
「なるほどね……じゃなくて、私、幽霊見ちゃってたってことよね?」
「そうですね?」
涼輝狐は肯定する。狐耳をぴくぴくと動かしながら何をいまさら? という目線を向けてくる。
「……霊感ないと思うんだけど」
「……?」
見えてるよね? 涼輝狐見えてるよね? と指差してアピールする。おもむろに涼輝狐は眼鏡をとる。裸眼で見ても涼輝狐の姿はくっきりと見えている。
「まぁどっちにしても、今日は帰りましょう」
涼輝狐は肩を押して歩きだす。今度は動いたと言いながら。
氷室は首を傾げながら歩いていく。
不思議な体験をした。帰るまで眼鏡なしの散歩は不思議と嫌いじゃなかった。
涼輝狐はそれどころじゃない。氷室の周りに集まってきた霊を追っ払いながら歩いていく。
『貴様、見えているな!!」
とどこぞの吸血鬼が言いそうな言葉を言っているが、残念ながら氷室には見えてはいなかった。
確かに氷室には霊感はない。偶然、何らかの縁で見えたにすぎないのだと涼輝狐は判断する。
歩きながら話していく。その様子を見て
『見えてなかった……もう一軒行くぞついてこーい……』
としていたのだが、氷室は気づかずに家に帰りつくこととなる。
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