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恋情

 寝る前にメールのチェックをしていたタカシが、同僚のそれに気がつく。昼間コンビニで、兄トオルと、5分ほど話し込んだ時の画像と共にメッセージ。


【写真家の『とーる』と、まさかの兄弟だったのか? それとも従兄弟?前からよく似てるとは思ってたけど。サイン貰えないかな。娘と嫁さんが好きなんだよ、あ。勝手にショット撮ってゴメン。娘に見せたら喜んで送信してってさ】


 ベットに腰かけ返信。



【忙しいから、無理だと思うが聞いてみるよ、あと俺は一般人だからな】


【了解ってさ】


 またか、と思うタカシ。知られると誰もが皆、興味津々となる。過去の記憶が蘇る。兄が早々に世間に認められ、撮影した作品が大きな賞を取った時。両親、妹と共に招待された記念パーティー会場。


 一躍時の人となった。住む世界が違う場所に進んだ兄。


 周囲の目も気にせず、日がな一日飽きる事なく空を見上げていた兄、トオルに対し、弟、タカシは腹の底が煮え繰り返る思いをその時、ジリジリと懐いた。


当時、周囲が皆結婚している中、タカシは好みの女をとっかえひっかえしていたのだが、この日以降真剣に結婚相手を見繕う様になった。


兄よりも先に結婚すると。それも良家の子女を貰うと、密かに誓い。


 ★


 トオルの耳に、昼間偶然出会い何事も無かったかのように、話をした弟の声がクルクル、リピート。


『なんであんな事で怒ったんだろ、バカみたいだな、アハハ。女はなんて、10年経ったらなんとやらだよ。兄貴』


 作品を持って押しかけた日以降、会っていない弟。


「あっと。そろそろ行かないと、連絡入れるからアドレス教えてくれないか、飯食いに来いよ、アレに作らせるから」


 断る理由もないので、言われるままに交換をし、そのまま別れた。


(奥さんだろう、あれって何。そこは名前が入るんじゃないのか、父さんに似てる?)


 つっと、想い出すのは。


 家で、父親から『オイ』と呼ばれていた母の事。


(母さんも文句、言っていたなぁ。猫にはタマヨちゃんで、私はオイって! 意味不明って)


 ただ、母親は父親に対しズケズケ言う事もあったし、職場の仲間とボヤく事も、気軽にランチに出かける事も出来た。


 ユカはどうだろう。少ない情報を引っ張り出す


 一緒に活動した僅か数日の記憶が蘇る。あわよくば彼氏を、と盛り上げる生徒達もいる中、大人しい部類の仲間と共にいたユカ。


 トオルが撮ったフォトをはにかみながら、彼の目の前で皆と共に、おずおず選ぶ彼女を目の当たりにした時。


「かわいいなぁ。仔猫みたいな、沈丁花みたいな女のコだなぁって、思ったんだ」


 ぽつり、言葉が出る。あの弟に逆らう姿を、トオルは想像することが出来ない。


「先生、ボーとしてないで作品チェックして下さい。昼休み、ちょろちょろしすぎです。コンビニで弟さんとくっちゃべるのも適当にして下さい」


 レンズ磨きと称して、虚ろになっている師に弟子が仮住まいの部屋で作業をしつつ、文句を言う。弟の話題が飛び出て驚く。


「なんで知ってる、まさか後をつけていたのか」


「SNSで上がってましたよ、見つけた♡ちょっと有名人って。先生、雑誌で取り上げる事もありますから、マニアの間で、そこそこ顔が知られてるんでしょう、あ。弟さんと思われるお相手は、スタンプで可愛く加工されてましたよ。女子高生かなぁ上げたの」


 コンビニで誰かが、ショットを撮って上げたの。有名税と割り切っているが、好奇心からのソレに些かうんざりしている。


「何度も言いますが、面倒くさい事に巻き込まれないようにしてください。身綺麗な方が世間様にウケがいいし、先生の作風もありますしね」


 パソコン画面を注視しつつ、釘を刺す声の主に、唐突に聞きたい事が出て来る。


「ハイハイ。気をつける。ん。そういや、君。結婚してるよね」 


 師匠の物言いに、作業の手を止めた弟子の鋭い視線が飛ぶ。


「はあ? 忘れたとは言わせません。ほっとけばふらふらし放題。ろくでもない先生の自宅の管理を任された僕達は、新婚ホヤホヤなのに、僕は先生に付いて旅ぐらし。遠距離恋愛中です」


 むくれた返事など気にとめず、先に進むトオル。


「そんな事よりさ、奥さんの事、どう呼んでる?ん。飽きるってことあるの?飽きたら浮気するものなのかなぁ、君もそうなの?」


「飢えた猛獣みたいに思わないで下さい。浮気なんてやらかしたら、僕は香織ちゃんに裏の林に埋められます」


「へぇ……、香織君、そんな事するんだ。された事あるの?」


 目を丸くし、問いを重ねるトオル。


「しません! あったら、ここにいるのは『幽霊』になりますよ!」


「幽霊! 昔っから僕は、心霊写真なるものを撮ってみたいんだよ。今から浮気をしてきなさい。香織君に現場写真送るから」


 興味が別に移る。


「嫌です」


 バカ話はここまでです。と話を打ち切られたトオル。カタカタ、タップする音が部屋に流れるだけになる。しばらくの間、大人しく言われるままに、作業をしていた。


(今、彼女は何をしているのだろう)


 昼間の光景が脳裏に広がる。


(明日も、あの公園に行けば会えるのだろうか)


 しゃがみ込み餌を与えている姿を見つけた時は、天にも昇る心地、とくとくと心臓のリズムにあわせて、甘い液体が湧き出て、染み渡る感覚が顕れた、トオルの体内。


(彼女は僕の事、どう思っているんだろう)


 声掛けに驚いたその顔をしっかりと覚えたトオル。その後、短いやり取りをした2人。


 ユカさんと、名を呼べは嬉しそうな顔をした彼女。イケない気持ちが膨らんでくる。初めて出逢い、3年前に出逢い、そして今日。気持ちが溢れてくる。


 逢いたい。ただ。逢いたい。

 会って、聞きたい事がある。


 欲しいものがあったが、それは酷く曖昧模糊としている。まとまらぬ感情。


 整理できてる気持ちは、逢いたいとそれだけ。だが昔も今もとても難しい。あの小さな公園にも、不意に物見高い人間がら来るかもしれない。


 秘めた気持ちが溜まり、せつなくて溜息がでる。


(ユカさん、ユカさん。今。何している?)


 悶々と悩んでいるのを知ってか知らずか、コーヒーでも買ってきましょうか。との提案。それに頷き応じる。彼が席を離れると、携帯を取出しウェブサイトを開いた。


 弟の結婚後、何処かの町の安ホテルで、眠れぬ夜に興味本位で開いたページ。無料だし、種類豊富だなぁと、何気に読み始めたそこで、記憶の中にある作品を目にした。


「あれ? コレは昔読んだ事があるような……、」


 多分。きっと。想い出す実家に置いてきた文化交流で制作された冊子のページ。


 甘酸っぱい夜を過ごした記憶。一気に高校時代へと、タイムスリップしたような感覚がトオルを覆った。今宵も、そのユーザが想いを込めた文字を追う。


「久しぶりだなぁ、新作。ん。これってあの黒にゃんこのことかなぁ」


 ほう。顔がふにゃりと綻んだ、猫をモチーフにした詩の一篇。コメントを入れたいのだか、その一步を踏み出す勇気が出ない彼の取る行動はひとつ。


 プライベートで使用しているタブレットに、今日撮った画像をインストールすると、加工を施し大きさを調整していく。


「僕だとバレそうだけど。その時はその時」


 トオルは画像投稿サイトを開くと、制作したばかりの作品を投稿する。アドレスをコピペすると、作者にメッセージを送る。


 多分、彼女。

 きっと、ユカさん。

 ユカさんだといいなぁ。


 高校時代に戻る心、淡い願いを込めて。


【何時も作品拝読しています。FAですが、よろしかったら拝見して下さい】


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