回想
トオルが聡子に連絡を取ったのは、その日の段取りを終え香織が泊まる予定だった部屋に辿り着き、しばらく。資産家である画廊のオーナーのゲストルームは、木の温もりを生かし、ナチュラル素材を生かした北欧モダンな空間。
「お風呂をどうぞと言われたら直ぐ!」
香織に釘を刺されていたトオルは、訪れ部屋に通された時に、先に汗を流されてはどうですかと、勧めれその通りに動いた。
「先生がお泊りになられるなんて。主人が喜んじゃって、少し話をしたいとリビングで待ってますから。お疲れでなければお願いいたします」
バスルームに案内されつつ夫人と会話。ユカの事を聡子に聞こうと思っていたトオルは、少しばかり時間が食われる事に後悔をした。
「わかりました。少しなら……」
仕事上、諸々世話になっている手前、そう答えたトオル。こうなる事が分かっていたので、何処かビジネスホテルを探してそこに泊まると先の夕食時に、彼等に話した事を思い出す。
「先生! ユカさんに会いたくなったから行ってきます。となりそうなので、今晩、独り泊りはダメですよ」
生真面目な声が蘇り空耳。
(うーん。そんな事はしないと多分、思うけど。ん、ん。だめだな。しそうな気になる)
★
「捻挫? 酷いの?」
「軽度って診断だったって。ゆっくりなら歩けてたわ」
部屋の灯りは落としている。代わりに月をモチーフにした、間接照明が柔らかな光を静かに広げている。少し前に、家に帰ったばかりと話す聡子。
「タカシは? 迎えに来なかったの?」
「うん、会議って言ってた、腹立ったから電話かけたけど出なかったわよ! もう!こういうところ、全然変わんない。結婚したからマシになるかと思ってたのに」
「聡子は昔っから、タカシと仲悪かったもんな」
「だって! とーる兄はさ、私が困ってたら手伝ってくてたけど、タカシ兄さんは知らん顔するどころか、邪魔ばっかりしてきたんだもん、なんかあったら、とーる兄と張り合っちゃって! 直ぐズルいてさ。やだったなぁ。男のひがみ」
心底嫌そうな妹の声に、実家にいた頃を思い出すトオル。
(ズルいかぁ。そういやよく言ってた)
「写真やってたとーる兄が、伯父さんにさ。あちこち撮影旅行に連れてってもらってたでしょ」
「ん? ん。あ、うんそう。小学生の頃だったかな。写真のイロハを教えてもらったのは、ん。伯父さんからだったしね。近場だけど、あちこち連れてってもらったな。ん、ん? でもタカシも一緒だった記憶があるけど」
「あー、父さんが迎えに行ったやつじゃない?」
「はい? そうだっけ?」
「一緒に行ったのは、一度っきりだったはず。夕方さぁ、泣いて困った伯父さんがさ、父さんに電話してきたのよ。私覚えてる。ウヒヒヒ」
黒くほくそ笑む聡子の様子が伝わってくる笑いに、苦笑しつつ、よく覚えていたな。と話す。
「だって。偉そぶってるのにさ、宿屋じゃ無いから怖いからヤダって、泣いたって。伯父さんからしっかり後で聞いた。あ! もうこんな時間。明日、地区のクリスマス会があるの」
「ああ、ごめん」
「別にとーる兄なら構わないわよ。年末年始は実家に帰る? 私達は旦那の実家で年越ししてから、2日に戻る予定だけど」
「あー、無理かなぁ。28日に出るから」
「相変わらず忙しいわねぇ。そこだけ! 兄弟揃って一緒だわ、んじゃ、また電話頂戴。ユカさんになんかあったら教えるから」
バタバタっと、会話を終えると通話を閉じた聡子。
「なんかあったらかぁ。出るまでにどうにかならないかなぁ……」
ふわふわと柔らかな手触りのカバーがかけられている、ベッドの上に寝転がる。くっと沈み込み心地よさが身体に伝わる。
(ズルい、かぁ。タカシにずっと言われて来た)
伯父に休みになると撮影旅行に誘われ、あちらこちらに連れて行ってもらえる事に。伯父から好きな事をするのなら、勉強をする様、言われていた為、素直に従い先を夢見て、真面目にこなしていたおかげで成績が良かった事に。撮った写真がコンテストに入選をする度に。
「なんでなんだよ。ズルい」
唇を尖らせ文句を言っていた、タカシ。それに対してよく分からないという気持ちをずっと持っている、トオル。
(何がズルかったのかな。あちこち連れてってもらった事か、それとも好きな事をさせてもらっていた事か)
――、相変わらず忙しいわね。
聡子の声がつっと出て来た。
「ああ、そうだった。ユカさん。ユカさん。ん。もし一緒になっても大丈夫なのだろうか、年中ホロホロしてるのに、タカシみたく側にずっといる事は滅多とない」
僕は。幸せになれる。確信があった。
住処に帰ると、彼女が居ると思うだけで嬉しくなってしまう。出先で素敵な物を見つけたら、土産に買って帰るんだ。どんな物が好きなんだろうと柔らかな光が下から照らす天井を見上げながら物思う。
民芸品の面白い顔をした人形、磨けば宝石になるという、カラーストーンの原石、刺繍がかわいい民族衣装。今流行りのお菓子。旅先のバサールで見かけた品々を思い出すトオル。
「聞きたいな。彼女はどうなのだろう。電波の都合で連絡出来ない事も多い。それに独りではない、別棟だけど皆と一緒だし、こちらの事も手伝って貰う事になる。ん、ん。きっと、今の様に過ごさせてやれない。怪我をしても直ぐには無理な時の方が多い。タカシより酷い奴だ」
言葉に出し考えれば考える程、マイナス面が強調されていく。しかしそれでも……、と。貴子から聞いた話や、先に行った時の様子を見て思ってしまう
「タカシを棄てて迄。してくれるだろうか」
『良い関係でいなさい』
漏らした声と貴子が言う声が頭の中に混ざる。
(気持ちを伝えて……、彼女が離婚をする様に仕向けるなんて。なんて酷い事をしようとしてるんだ)
理性がヤメロと静止をかけてくる。それでも。と別の声。それは感情、あの日に感じた欲望がチロリと鎌首を上げて唆す。
「うん。決めないと。ユカさんひとりに背負わしちゃダメだ。ん。僕と一緒になってもタカシに対する罪悪感で、彼女が縮こまらない様、使える物は全て使って……、手に入れたい」
台風接近の時、外に立っている様な高揚した気分に襲われた。吹く強風、揺れしなる大木の枝、ちぎれ吹き飛び空に巻き上がる木の葉。雨粒の太いのが、目に見えるセカイ。
(引き返すなら今晩。だけど、僕はそうしたくない)
今迄、シャッターチャンスは外した事はなかった。
「ユカさんとの事もそうなら。僕はこのチャンスも逃さない」
ひとつひとつ確認する様、呟きながら自問自答をしていく。
「ズルい兄貴は、ずっとズルくていい。そうだよ。アイツが何故、ズルいって言うのか、未だに訳か分からない、ん、ん。好きな事を追求するのに、僕はそれしか見てこなかった、その為に出来る事はどんな事でもやってきた。何がズルいんだろう」
最近迄、音信不通だったじゃないか。
自分の持ち物を見せびらかしたいと、思ったんだろう。
良からぬ女とやり取りをして、挙げ句ユカさんは酷い目に遭わされ知らない顔をされて。
ピロリーン♪
自分を納得させる為に考えている最中、携帯からメールの着信音。名前を確認すると貴子。
「なんだろう、僕のスケジュールでも調べ上げて、さっさと動けか。それとも」
画面をスクロール。送信されたメッセージを読み少しばかり目を見開く。一気に緊張がトオルを支配する。
(なら……、急がないと行けない。明日。タカシに連絡をしよう。ユカさんは僕の義妹なんだから。ん。義兄として心配するのは当然)
読んだら消す様、冒頭に書かれいた事に従い、ソレを削除をし、トオルは秘めやかな禁忌の道に、大きく一歩踏み入れた。




