表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/18

ひとつめのかけ

 後部座席から漏れ聞こえた貴子の通話の声。聡子とのやり取り。置いてけぼりを食らっているユカは黙ったままに、助手席側の車窓に目をやる。


 年末年始が近いせいか、混み合う時間なのか。進んでは止まりを繰り返している風景。


(誰も私の気持ちなんて知らないのに)


 行き交う人が賑やかな歩道。小さい子の姿を見つければ追ってしまう。


(もう年齢的に遅いのに。私ったら、まだ諦めきれてないのかな)


 ちらりと後ろに視線を送る。貴子と聡子に挟まれちょこん、と座っていた姪っ子は何時の間にか母親の膝の上に頭を置きスヤスヤと眠っている。


 くるくるとした丸い目が、母親にそっくりな姪っ子。トオルやタカシも聡子と似ている目元を思うと、もし子に恵まれていたら、そうだったかもしれないと、聡子親子に会う度、切なくなるユカ。


(今更、別れたってどうなるの。もっと早く別れろって、実家からずっと言われてきたのに)


 三十代後半になった頃、ようやく言われなくなったユカ。


(実家に帰ると子ども子どもって、煩かった。早くしないとタイムリミットがあるって言われて。年取ると言われなくなった代わりに、欠陥品みたいに見られて)


 タカシとの出会いを思い出す。初対面なのに、何処かで会ったような気がしたユカ。


(人の顔をちゃんと顔を見るのって昔から苦手だから、覚えるのも苦手。全部、自分が悪いのだけど)


 残っていた記憶の欠片。


「あの人、ちょっとカッコよかったよね」


 部活仲間内で、見た目人気が高かった相手高校の先輩。


「でも、話をすると変わってるぅって、なる」

「見る分にはいいけど、彼氏は論外」


 酷い言われようをされていた、誰にも撮れない綺麗なフォトを出してくる先輩の事を少しばかり、惹かれていた気がしたユカ。


(好きかどうかなんかわからなかった、良いなぁだけで)


 それを貴子や聡子に事細かに話せば、変に勘繰られる気がしている。


「起きている?」


 貴子の声かけに、ハイと応じる。


「怪我を負わされたそうだけれど。詳細は、聡子さんから聞いたわ。つけ狙われたそうね。わざとなら、顔見知りなの? その女」 


 返事に一瞬、詰まる。


「たぶん」


 茶色のウェーブヘアー。その髪の色に見覚えがあった。見上げる位置からも鼻についた香水は、タカシの車の中に残っているソレと似ている匂いから導き出した答え。


「たぶんとは?」


「直に見たのは、今日が初めてなので」


「解せないわね。他にも何かされてるの?」


 その問いかけに黙り込む。無言が肯定を表す。


「まっ。私も昔はよく、夫のソレから色々頂いていたから判るけれど。その女の目的は何なの?」


「わかりません」


 四畳半に押し込んでいる、ダイレクトメールに混ぜた、郵便物を思い出す。


(帰ったらシュレッダーしなくちゃ)


「嫌がらせを受けているのなら、証拠は置いておきなさいよ」


 ドキン、とする。胸の内がチリリと焼け焦げが広がる。


「叔母様もそういう事があったのですか?」


「ふふ。うちのもダメろくだから。若い頃よ。恨みつらみを口紅で書いたのやら、剃刀を仕込まれたり、色々あったわね」


 懐かしむ様に話す貴子。聡子が会話に入ってきた。


「ドラマみたいな事があるんですか?」


「あるわよ。思い詰めたら人間は怖いわよ。口紅なんかかわいい方、中には血文字ってのもあったわね」


 あっけらかんと話す貴子。


「でも、離婚されなかった」


 聡子が娘の頭を撫でつつ問いかける。


「子どもがいたから。子には良い父親だったのよ。後は外で子を作らなかった。まぁ私も黙っていない性分だから、夫婦ふたりきりの時に、一から十まで夫に突きつけたけれど、ホホホ」


 コメツキバッタみたいに謝るのよ。男って馬鹿よねぇ、笑う貴子。カチカチ、ウィンカーの音、曲がる車。病院の白い建物が近づいて来る。


「私も、話した方がいいのかしら」


 呟いた。


(タカシさんに話したら、なんとかしてくれるのかしら)


「さあ。どうだかね、ただその女、質がよろしくないそうよ。面白半分に夫婦仲を裂くのを愉しみにしている様な。脅迫紛いの事もやるそうだし」


 知っている様な口調子の貴子に疑問を持った。


「叔母様はご存知ですの?その。う、浮気相手のこと」


「知っている様だから教えてあげる。画廊でね、写真を見たのよ。茶色のウェーブヘアーの女とタネなしが、一緒のね」


 現実が突き刺ささる。ぐぅっと。喉が狭まるユカ、息を止めて。飲み込んだ。


「お兄さん。どんな女と浮気してるんですか?よろしくないって」


 聡子が食いつく。


「ほら。よくあるでしょう。ハニー・トラップ、芸能人夫婦が、『一般人A子さん』絡みで別れるの。それを生業にしてるそうなの。困ったものね。変なスキャンダルに巻き込まれて、春からの仕事に差し障りが出たらどうするのかしら」


 キッ。車が駐車スペースに入り止まる。聡子が娘についたから起きなさいと、話し声。


「仕事に差し障りって? 叔母様」


「どうにも気になってね。画廊を出る時ちょっと調べさせたの。ある意味有名人だから、大雑把だけどボロボロ出てきたわよ。ナイショだけど。その内彼女、大事(おおごと)になるかもね」


 運転手が車椅子お借りしてきましょうと、車から離れた。


「大事に?」


 振り向き、おうむ返し聞く。仕事と女遊び。その2つがタカシの世界。その事を知っているユカはその両方が崩れる予感を抱く。


「ユカの夫だから。後であの人にタネなしを諭して貰うけれど。女と切れない時は知らないから。タネなしと、どうするかよく考えておきなさい」


「離婚して、その。次に行けと?」


「あら。ア・イ・シ・テ・ルの? どうしょうもない夫の事を。抜けれない仕事にしても、怪我をしてると聡子さんが連絡したのに、貴方の携帯に連絡ひとつ入れない男なのに。ああ、言っておくけれど、うちのはそういう事はちゃんとしてくれたわよ、だから続いてるの」


 叔父が本妻である叔母に対して、こまめなのは昔から見知っている。


(風邪を引いて寝込んでいるとタカシさんから聞いて、お見舞いに行ったら、叔父様はお仕事を休んで、りんごをすりおろしていた)


 きゅぅぅぅぅと。心が締め付けられ、惨めな鳴き声を上げた気がした。


「妹の私が聞くのも何なのだけど。どうしてユカさんは離婚を考えなかったの? 私なら突き付けるけれど」


 まだ眠いのか、ぐずる娘をあやしつつ聡子が聞く。その様子を目の当たりにしたユカ。柔らかな頬を母親に寄せる様子に、ジリジリと嫉妬が出てくる。深く奥底に長年、隠してきた本音が刺激され、ぽろりと漏れた。


「悔しいから」


「悔しい?」 「はい?」


 思わぬ答えに貴子と聡子は、豆鉄砲食らった顔になる。大人しく控えめな彼女から出てきた、予想外の答え。


「よくある、あの人を独りにしちゃ可哀想、じゃないの?お兄さん、なんにも家事出来ないもん」


「そんなの、世話好きな女を作ってマンションに入れ込んだら済むじゃない。私が守ってきた家に入れるのよ。地味女が居なくなってさっぱりしたって、笑って言って。そんなの悔しいじゃない! 今まで我慢してきたのに!」


 運転手が助手席のドアを開けようとするのに気がついた貴子が、制止をかける。


「きっと若い女なの。女は家庭的なのがいいって、口説いて都合のいい女と再婚して、それで子どもに恵まれでもしたら、そんなの絶対、許せない」


何を言ってるんだろう。飛び出した本音が勝手に喋る様だと感じている。しかし重く鬱々としていたモノがほんの少し、軽くなったとも感じていた。


「意地とプライドで別れなかったのね」


 静かな貴子の声が車内に流れる。おばちゃんおこってるの? 姪っ子の声に我にかえるユカ。


「トオルさんのことは、どう思ってるの?ユカ」


「迷惑をかけたくないと思ってます。大切な人だから」


 ユカさん、ユカさん。名を呼ぶタカシとよく似た声が空耳に聴こえる。泣きたくなるのを堪え前を向く。


「相手は貴方を求めてるわ、私は彼を後押ししている」


「不義をせよと?叔母様」


「そうなってしまうけれど、そんなんじゃない。かわいい私の姪っ子には、せっかくの機会だし、幸せになってもらいたいだけ。うちの人がロクでもない男を紹介したから、その埋め合わせかしら、ね、ああ。聡子さん、ごめんなさいね。お兄さんなのに」


「いいんです。タカシ兄さんとは、昔っから仲悪いですから、私もこの子も嫌いですし。私、兄運悪いんですよ。タカシ兄さんは、横暴だし。優しいけれど、とーる兄さんは『極楽蜻蛉』だし、ユカさんには悪いなぁっ思っちゃう」


 トゲトゲとした空気を癒やすよう、敢えて聡子が明るく話す。


「ごくらくとんぼって、なに、ママ」 


「ホホホホ。上手い例えね。お嬢ちゃん。極楽蜻蛉ってね、天国の綺麗なお庭で、ほやほや飛んでる綺麗な虫の事よ」


「とーるさんが、どうしてむしなの? おそら、とぶのぉ?」  


 ぱっちり目が覚めた子の声が、ユカを包んで落ち着きを取り戻してくれる。


「もう遅いけど、この機会にちゃんと考えてみます。実家からは早く別れろってずっと言われてましたから。でも、もう手は貸してはくれませんけれど」


「何かあったら相談にのるわ、ユカさん。私ユカさんとは、このまま仲良しでいたいの」


 聡子が言う。


「心配しないで、私がいるから」


 貴子が請け負う。


「別れず、タカシさんを選ぶかもしれないですよ」


 ユカの返事に貴子が笑う。


「ふふふ。どうかしら、貴方を口説くように言ったから、極楽蜻蛉さんがどう出るかしらね」



 口説く。その言葉に少女の様にドギマギとしたユカ。


(だめよ。そんなの。叔母様ったら何を仕掛けて。私はタカシさんの妻なんだから、そんなの)


 ドラマや小説の中だけの話なんじゃないの? ドアが開き、冷たい師走の風が車内に入る。身を震わせユカは何かが大きく動き始めたと思う。


 車椅子に移り。


(賭けをしよう)


 ふと思いついた。


(タカシさんにメール)


 膝上のバッグから携帯を取り出しスクロール。


【総合病院にいます。迎えに来てほしい】


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] あ、ユカさんが動いた! いやー、もー、そんな意地をあっさり捨てるほどに極楽蜻蛉さんに口説かれて欲しいです。 続きを楽しみにしてます〜。(*´Д`*)
[一言] めっちゃおもしろくなってきましたね〜。 続きが気になります! とーるさんは、どうするんでしょうかねぇ〜。ほんと。
[一言] うおおおお、タカシいっけえええええ!!!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ