9 クレソン
二日目の朝。
「昨夜はあんまり眠れなかったな……」
ルキアスは朝の光に照らされながら澱んだ息を吐いた。
慣れ親しんだベッドではないのもさることながら、夜明け前に予想外に冷えたために目が覚めてコートを出して羽織ったことや、眠っている間に足を伸ばしてテントを蹴飛ばして倒してしまわないか気になってなかなか寝付けなかったことが熟睡の邪魔をした。
しかし休んではいられない。テントを片付けて朝食の仕度をする。
「昨夜一緒に焼いておくんだった」
仕度を始めて直ぐに億劫になったルキアスである。朝から食事の仕度はちょっとしんどい。だけど空腹はもっと堪えられない。
しんどくてもお腹をくちくするためには馬鈴薯を洗う。昼の分も一緒に焼こうと決心した。
「馬鈴薯は四つ、いや八つに割ろうか」
丸のまま焼くのは時間が掛かるので小さくする。切り口が乾いてパサついたりもするが、今は時間優先だ。
切ってフライパンに並べたら『加熱』しながらじっと待つ。
「やっぱり早く焼けた」
十分で焼き上がった。早速食べる。熱いのをハフハフしながら食べる方が美味しいのだ。
半分は昼食用に残して『収納』に入れる。『収納』は天職の『時間凍結庫』のように入れた物の時間が止まったりはしないので、昼には冷たくなるが致し方ないと割り切る。
『収納』の上位存在のような天職には容量が大きいだけの『倉庫』、容量が無限の『無限倉庫』、容量は少ないながら入れた物の時間が止まる『時間凍結庫』、最上位に容量無限で時間も止まる『時空庫』が有る。
時間が止まらないタイプの持ち主は、これを利用して漬け物を漬けたり醸造したりもする。しかし漬け物も塩漬け直後を収納したら上手く漬からないこともある。発酵する条件が整わないせいであるが、ルキアスがそれを知る由もない。何か不思議な力でも有るのかも知れないと思うだけだ。
ともあれ……。
「さあ二日目出発だ!」
ルキアスは村を一つ通り過ぎ、乗り合いバスと行き違ったりしながら前へと進む。追い越されるのと違って乗り合いバスが通り過ぎることに精神的ダメージは無い。
歩きながら道の脇にも目を落とす。
「クレソン見っけ!」
夕食用に少し摘む。沢山摘んでも萎びさせるだけなので今日の分だけだ。
クレソンはあちこちに生えているので手に入れ易い。ピリッとした味がアクセントにもなって、塩味だけの単調な食事に変化を加えてくれる草だ。