89 噂
生活術の講習はダンジョン内の草原での実習。入口から少し離れた場所で野草を摘んで料理する。十分な量が採取できるか、間違って毒草を採取しないかが着目点となる。各自ができるようになるのが目的のため、受講者同士で相談しながら採取したりはしない。
ルキアスは講義の時に居眠りしていた影響もあって量と種類が限定的だった。
講習後、ルキアスはそのままダンジョンで木製パーツの作成に取り掛かった。ただただ鉄製パーツに合わせて削るだけの地道な作業だ。最大課題の断熱カバーは蒸気タンクに密着させず、交換可能な木製スペーサーを挟むことにした。そうすれば蒸気タンクの『加熱』中に焦げるのをスペーサーに限定できる。
そうして作業を進めていると、ザネクがやって来た。
「ルキアス」
「え? ザネク? どうしたの?」
ザネクも探索の経験を積むなり、訓練をするなりで日中は忙しい筈だ。だからルキアスはザネクが日中に話し掛けて来たのにも驚いたが、ザネクが難しい顔をしていることに余計に驚いた。
「おかしな事を言ってる奴が居たんだ。ルキアスがホーンラビットを人に嗾けてるって」
「え!? する訳ないじゃないか! そんな事!」
ルキアスは喫驚のあまり声を荒らげてしまった。しかし直ぐに気付く。
「ごめん。ザネクが言ってる訳じゃないのに……」
「いや、いいんだ。俺こそ驚かせてすまない。その様子だとまだ聞いてなかったんだな……」
ザネクは気まずそうな顔をする。噂を聞いて落ち込んでいるなら励ましてやらなければと会いに来てみれば、余計な話を吹き込んだだけのような状況なのだ。
「まあ、その、なんだ。おかしな言い掛かりを付けて来る奴が居るかも知れないから気を付けろよ」
「うん。ありがとう」
「しかし連中が勘違いしてるにしろ、何か心当たりは無いか?」
「ホーンラビットだよね……?」
「そうだ」
ルキアスは腕組み考える。すると一つ思い当たった事があった。
「あ! 前、夜にザネクと会った時なんだけど、ザネクが帰った後にホーンラビットが近付いて来たんだ」
「は? それで大丈夫だったのか!? いや、大丈夫だからここに居るんだよな……」
「うん。『ランプ』の光が届く場所まで来たけど、何もせずに帰って行ったよ」
「マジか!?」
今度はザネクが素っ頓狂な声を上げた。
「うん。マジ」
「でもどうして? あいつら随分遠くからでも襲って来るぞ?」
「ぼくがまだ魔物を一匹も倒してないからかも?」
ヨーコはカピバラを倒したらホーンラビットがアクティブになると言ったが、ホーンラビットを倒した場合については言及していない。保守的に考えればホーンラビットを倒した場合もアクティブになると思われる。だからルキアスは限定しない言い方をした。
「え! マジか!? まだ一匹もか!?」
「それが大マジ」
「マジなのか……。当然カピバラもだよな?」
「うん」
「魔物を倒したか倒してないかか……。みんな初めてのダンジョン探索で真っ先に倒すのがカピバラだからな……。確かめようにも疑われているルキアスじゃ確かめたことにならないしな……」
ザネクは考え込んだ。
最初の度胸試しと言うべきか、魔物を殺すのに慣れる意味もあって、殺されるまでじっとしているカピバラが初心者にとって格好の獲物だ。それにホーンラビットを倒せない探索者ならカピバラを狙う。野草などの採取のみの活動も可能だが、カピバラの魔石を集めるよりも収入が少ないためにそうする探索者はほぼ居ない。
「だけど一応兄ちゃんにも相談してみるぜ。邪魔したな」
「あ、うん。ありがとう」
ザネクは軽く手を振って立ち去った。




