83 もしも
ルキアスが講習を受け始めて一週間が経つ。今日は講習は体術で、ルキアスはひたすら教官のリュミアに投げ飛ばされながら受け身を取り続けた。受け身が上手く取れないままでは次には進めないらしい。ところがルキアスはまだ翻弄されるばかりでいる。
「痛た……」
ルキアスは投げられすぎて身体のあちこちが痛い。『手当て』で痛みを緩和しながらシャワーを浴びて炊事場に行った。
「ルキアスじゃないか。まだ昼だってのに随分疲れた様子だがどうした?」
「ロマさん、お疲れさまです」
「おう。お疲れー」
「体術の講習でちょっと投げられまして……」
ルキアスは講習の内容を話した。
「そりゃ、お疲れだな……。それはそうとお前さん、もう一週間も経ってるのに買取所でさっぱり見掛けないが、一体何をしてるんだ? って言うか、大丈夫なのか?」
無料宿泊所に泊まっている探索者は殆どお金を持たないか貯め込む必要があるかのどちらかで、余裕が無い者達だ。ルキアスもそれに当て嵌まる。にも拘わらず収入がまるで無いのだから傍から見れば心配にもなろうと言うものだ。
「まだ大丈夫とは言えませんけど、どうにかできそうにはなって来てます」
「ふーん。ならいいんだけどな。無料宿泊所なんか早く出た方がいいぜ? ヤバい場所だからな」
「え!? どうヤバいんですか?」
ロマの口調は軽い忠告そのままだったが、ルキアスにとっては唐突な話でびっくりした。
「もしも魔物が溢れ出したら地下を水没させるって聞いてないか?」
「それは聞きましたけど……」
「だったらその時無料宿泊所はどうなる?」
「あ!」
地下一階を水没させるなら地下二階が無事なはずはない。ルキアスは無意識にその事を考えるのを避けていたような気がした。
「水没させるまで行かなくても、外に出して貰えなくて否応なしに魔物と戦わされるからな」
「ええ……」
「おい、ロマはまた新人を脅してんのか? まったく悪い奴だ」
ちょうど炊事場に入って来たぽっちゃり体型の男が言った。
「人聞きが悪いぞポーチェ。俺は親切で言ってやってるんだ」
「そんだけ脅しといてよく親切なんて言えるもんだ」
ポーチェはルキアスを顎をしゃくって指した。
ルキアスは大凡青い顔をしているのだ。これにはロマが頭を掻く。
「こりゃ参ったな。そんなつもりは無かったんだが……」
「ロマは昔から親切のつもりで徒になるからなぁ。そのせいで女にも逃げられたろ」
「うおぃ! ここでそれを言うな!」
「おっと、こりゃ怖い怖い。怖いから退散するぜぇ。そっちのボウズも縁があったらまた会おうや」
「は、はい……」
「ええい! もう! さっさと行きやがれ!」
「はいはい。くわばらくわばらぁ」
ポーチェは肩を竦めながら走って去って行く。
ロマはルキアスに向き直ってまた頭を掻く。
「くっそ。なんかまあ、なんだ。あまり気にするな。余程のことがなけりゃさっき言ったようにはならない」
そしてすっくと立ち上がった。
「そう言うことで、俺も行くぜ。またな」
気まずくなったロマも尻尾を巻いた。
見送ったルキアスは午後、身体の痛みが少し残っていることもあって、ノコギリとノミとハンマーの作成のみで一日を終えた。




