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68 縦ロール

 ルキアスは体術講習が行われる訓練場に着いたが、どうやらまだ早かったらしい。


(時間が判らないと不便だな……)


 これまでは漠然と「このくらいの時刻」で済ませていられたが、講習を受けるなら時間を確認しながら動かなければ無駄な時間を過ごしてしまう。だからルキアスは殆ど存在を忘れかけていた生活魔法『日時計』を起動した。


(九時過ぎ……。まだ早かった)


 生活魔法の『日時計』は太陽が出ていなければ使えないなんてことはない。魔法で太陽の向きを知覚して時間に換算するのだ。分単位に知りたいなら機械の時計を使わなければならないが、十分程度の誤差で構わなければ『日時計』で十分だ。

 ともあれ、ルキアスは時間を有効に使うべく、一旦受付に戻って明日以降の受講申し込みを済ませることにした。

 受付には先客が居た。女性だ。もみあげ部分に縦ロールのブロンド。見覚えのあるその髪に、ルキアスの心臓がどくんと跳ねた。

 用事が済んだのであろう。女性が振り返る。蒼玉のような瞳が見えた。ルキアスの心臓は更に激しく高鳴った。間違いない。『車窓の君』だ。


(どうして彼女がここに……?)


 自問したところで答えなど見出せない。それより彼女に心が釘付けになった。


「あ、あの……」


 ルキアスは殆ど無意識に声を掛けた。車窓の君の首はゆっくりとルキアスの方へと向いた後、こてんと小さく傾げた。


「何か御用かしら?」

「ひ、久しぶりだね!」


 ルキアスがそう言った途端、車窓の君の眉が醜いほどに歪んだ。


「ナンパなら他の人を当たってくれないかしら」

「そ、そんなつもりはなくて!」

「あらそう。ですけどどうだってよろしくてよ。あなたみたいな軽薄で軟弱そうな殿方には興味ありませんの。もう話し掛けてこないでくださいませね」


 車窓の君はルキアスから顔を背けるように地下一階の奥へと向かった。

 ルキアスは高鳴っていた心臓に冷や水を浴びせられたようなものだ。心が縮こまり、呆然と見送るしかできない。彼女には全く憶えて貰えていなかった。行きずりに二言三言話しただけの人物の顔を憶えている方が稀なのだが、憶えていたルキアスからは彼女が知ってて無視したかのようにも感じられた。


「えーと。受付に御用はございますか?」


 受付の邪魔になる場所に突っ立ったままのルキアスに受付係が声を掛けた。目の前で振られた少年に声を掛けるのは忍びなかったが、業務の邪魔になって貰っては困るのだ。

 そうルキアスの近くには他に人が居たのだ。ルキアスは一部始終を見られていたことに赤面した。恥ずかしさのあまり、俯いてまた突っ立ったままになる。

 受付係は再度声を掛ける。


「あのー、講習は受講なさらないのですか?」

「あ!」


 時間を確かめれば間もなく講習の始まる時間だ。ルキアスは慌てて駆け出した。次の講習の申し込みはできず仕舞いであった。


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