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33 訪問

 メイナーダの自宅はアークラーでも高級住宅街とされる場所に在る。

 その帰宅までの三〇分ばかりを歩く間、メイナーダはずっとユアを抱き抱えていた。ふんわりした印象の身体のどこにそれ程の腕力と持久力が隠されているのか、ルキアスは歩く間ずっとそれが疑問だった。


「さあ、どうぞ。……えーと、お名前……は?」


 玄関を開けて招き入れようとしたところで、メイナーダはルキアスの名前をまだ知らないことを思い出した。

 ルキアスこそメイナーダとユアの名前を話の成り行きで聞いてしまったが、ルキアス自身は名乗っていない。


「ルキアスです。お邪魔します」

「そう! ルキアスちゃんね!」


 メイナーダが両手の平をポンと合わせた。


(「ちゃん」……。

 この呼ばれ方は何かこう、居心地が悪い。

 ぼくは一五歳なんだから……)


 そう思ったルキアスだが、ふんわりした印象がそのまま包容力にも感じられるメイナーダに呼ばれる分には「いいか」と思わなくもなかった。

 そんなルキアスの懊悩に気付いてか気付かなくてか、メイナーダはルキアスの様子にはお構いなしで家に入る。そして『着火』でランプに火を点し、ドアを閉めたところで容儀を正した。


「改めまして、わたしはメイナーダ・グーテム、二五歳です。まだまだピッチピチよ? この子は一人娘のユアナセラ。普段ユアって呼んでるものだから、自分の名前をユアだと思ってるみたい」


 ところが真剣な表情だったのは名前を言うところまでで、その後は人差し指で頬を叩いたり、ユアを抱き締めたりで、表情も態度も言葉も緩くなった。


(ぼくは今名乗ったばかりだから、またここで名乗るのも変な気がする……)


 ルキアスが一瞬躊躇って視線を揺らすと、ユアが視界に入った。


(そう言えば、ユアにはまだ面と向かって自己紹介をしていなかった)


 そこでルキアスはメイナーダには「よろしくお願いします」とだけ返し、ユアの前に床に膝を付けてしゃがんだ。


「お兄ちゃんの名前はルキアス。よろしくね」


 ユアは大きく頷いた。


「もう、この子ったら、ちゃんとお返事しなきゃ駄目よ?」

「大丈夫ですよ」

「ありがとう。ねえ、先にお風呂に入って来て? その間に夕食の準備をしちゃうから」

「お風呂? いいんですか?」

「勿論よ。案内するわね。ユアはちょっとここで待っててね」


 ユアは頷いた。


「さあ、こっちよ」


 途中のランプを点けながら右の奥へと進むメイナーダの後を、ルキアスはついて行く。

 メイナーダにはランプの油の量を確かめる素振りが無い。話にあったお手伝いさんが日中に補充しているためである。





 洗濯をするならと、メイナーダに石鹸を分けて貰えたルキアスは、入浴と一緒に洗濯もする。大きめのバケツに水を張って石鹸を溶き、服を入れたら生活魔法『水掻き』を何度も使ってバケツの中に渦を作る。

 『水掻き』は櫂で水を掻く程度に水を動かす魔法で、連続して使えばバケツの中に水流を作ることも可能だ。水に手を突っ込んでぐるぐる回すよりもマシな程度ではあるが。

 それでもこれを利用するのは一度に何枚も洗え、洗う時間も少なくて済み、擦るより生地が長持ちするからだ。しつこい汚れは落ちないために別途擦るように洗わなければならないとしても利点が大きい。

 ともあれ、洗濯に少々時間を費やしてしまったルキアスは身体を洗うのを急ぐ。

 ところが突然風呂場の戸が開いた。ルキアスの心臓が跳ねる。身体はまだ洗い終わっていない。ルキアスは一瞬で戸に背を向けて首だけを回す。

 すると目が合ったと同時に戸を開けた犯人がルキアスに声を掛けた。


「今晩の着替え、脱衣所に置いておくわね」


(メイナーダさん!?)


「あ、ありがとうございます」

「もし良かったらお背中流しましょうか?」

「けけけけけ結構です!」


 ルキアスの声は裏返っていた。


「あらあら慌てちゃって。若いっていいわねぇ。だけど背中を流して欲しくなったら遠慮無く言ってね」

「だ、大丈夫です!」


 羞恥の余り、ルキアスの声は上擦りっぱなしだ。上擦った声を出してしまったことで余計に羞恥心が募る。


「そう? 残念ねぇ」


 メイナーダは本気か冗談か判らない様子で戸を閉めて立ち去った。


(び、びっくりしたぁ)


 狼とは別の意味で心臓に悪かった。


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