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31 迷子

 ルキアスがグライオルに到着したのは昼過ぎのこと。まだ少し早い時間ではあったが、この日は情報収集だけに留めて一泊し、次の町に向けては翌朝に出発する。

 そして二日後の夕方、アークラーに居た。

 このグライオルからアークラーまでの三日間は特筆するべき出来事は何も無い。途中で洗濯したり、髪や身体を洗ったりはしているが、旅の途中だから疎かになりがちなだけで、そうでなければするのが日常だ。それ以外は、いつものように野草を摘んで食事の足しにしたり、乗り合いバスが通り過ぎるのを眺めたり、人に道を尋ねたりと言った事だけだった。

 このことにルキアスは若干の物足りなさを感じた。

 別に何か起きるのを期待している訳ではない。何も起きないのが普通なのだ。だが二日目から五日目が濃密に過ぎて、何も無いと肩透かしを食らったような気分になっただけである。


 ところがそんな風に感じたのが悪かったのか、夕食にと馬鈴薯を焼く途中、ルキアスの目の前に五歳くらいの女の子が目の前にしゃがみ込み、そのエメラルドの瞳でじっと馬鈴薯を見詰め始めた。

 女の子は見るからに上等なコートとマントを着けている。裾にポンポンがあしらわれた厚くても柔らかそうで気品のある生地の華やかなコート。その上に羽織っているのがコートとお揃いの色の腰までの小さなマント。マントはコートの付属品だろう。

 ルキアスから見ても良い所のお嬢さんだった。耳の上で括って両脇に垂らしたツインテールも愛らしく、将来はきっと美人になると約束されたように整った顔をしている。独りで彷徨いて良い存在ではない。


(保護者は?)


 ルキアスが辺りを見回してもそれらしい人が居ない。


(迷子なのか……)


 馬鈴薯はルキアスが目の前の女の子の事を考えている間に焼けていた。あまり焼きすぎると固くなるので直ぐに『加熱』を止め、馬鈴薯が熱い内に箸で二つに割って塩を振る。

 女の子の視線はまだ馬鈴薯に注がれたままだ。ルキアスが試しにフライパンを右に左に動かしてみれば、女の子の顔がフライパンに合わせて右に左に動く。


「もしかして食べたいの?」


 女の子はルキアスを見上げ、コクンと頷いた。

 ルキアスは薄々にはそうでないかと感じていたが、その通りとまでは思っていなかった。焼いただけの馬鈴薯など、高価そうな服を着ているお嬢さまの食べるものではないとも感じるからだ。

 しかし目の前の女の子は迷子。親とはぐれて腹を空かせているのかも知れないと思えば無下にもできない。

 旅立った日のルキアスであれば女の子を無視して馬鈴薯を食べる選択もあり得たが、ここまでに幾人もの人に助けられた身とあっては見捨てるような真似には抵抗がある。

 林檎屋台の店主の言葉を実践するにはまだまだ寸足らずをルキアスは自覚している。だが……。


(これも何かの縁だし、いつかのおじさんが言ってた巡り巡って恩を返す相手がこの女の子でも良いんじゃないかな。

 それでなくても放っておける訳もないし)


「まだ熱いからもうちょっと待ってね」


 女の子はまた素直に頷いた。

 何分か待つと、どうにか火傷しない程度に馬鈴薯は冷めたようだ。


「どうぞ。まだ中の方は熱いかも知れないからゆっくりね」


 ルキアスがフライパンを添えながら馬鈴薯を箸で挟んで女の子に差し出すと、女の子はまた一つ頷いて両手で取って、はぐはぐと囓り始めた。

 ところが暫くして食べ終わっても、まだ物足りなそうにする。


「もう一つ食べる?」


 馬鈴薯半分を食べ終わったばかりの女の子は頷いた。ルキアスがその手にもう半分を載せれば、また馬鈴薯をはぐはぐと囓る。


(可愛いもんだな……。

 って、和んでいる場合でもない。)


「君、お名前は?」

「ユアはキミじゃないの。ユアなの」

「そっか。ユアちゃんだね」

「ユアはユアチャンじゃないの。ユアなの」

「そっか……。じゃあ、ユア。ユアのママはどこかな? 一緒じゃないの?」


 ユアは一度後を振り返って見てから首を横に振った。


「それじゃ、ママが来るのをお兄ちゃんと待ってようか」


 ユアは頷いて立ち上がると、とことことルキアスに歩いて近付き、あれよあれよと言う間にその膝に座る。


(どうしてここ!?)


 ルキアスが混乱していると、ユアは「むふー」と鼻息も荒くドヤ顔をした。


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