21 歩きながら
悪夢を見て警官に起こされたとなれば落ち着ける筈もなく、ルキアスは慌ただしく町を発った。その影響で朝食は歩きながらの昨日の林檎の残りだ。それでも今はこれで空腹を誤魔化せる。
「昼食はどうしよう?」
端から十一時間の予定で歩き始めたのだ。昼食などでのんびり休憩していては予定の町に予定の時間では着かない。
「うん。ここは歩きながら用意だな」
ずっとフライパンを持って歩くのは無様とも言える見た目と考えつつも、ルキアスは今は外見より実利を取った。
『収納』から馬鈴薯を一個取り出し、『湧水』で手から水を出しながら洗う。すると跳ねた水が足に掛かる。
(冷たい……)
「洗うのだけはやっぱり立ち止まってしようか」
ルキアスは立ち止まり、馬鈴薯を大急ぎでじゃぶじゃぶと洗う。予定通りなら夕食の仕度の時間も惜しくなると予想して夕食の分も合わせて洗う。洗い終わった馬鈴薯をフライパンに載せ、洗うのに使った鍋を片付けたら再度出発。その直後から馬鈴薯に『加熱』し始める。ルキアスなら多少余所見していても『加熱』を途切れさせない。だから歩きながら『加熱』することも可能なのだ。
これが慣れない者なら『加熱』を使用する際に加熱部分を注視しなければ上手く魔法が使えないことも多い。一方で『加熱』は魔法としては長時間の連続使用が通常だ。しかし誰もが長い時間を集中し続けられる訳ではない。そのため、使いこなすには余所見していても『加熱』し続けられることが求められるのだ。そうでなければおちおち料理もできない。
それはそれとして、ルキアスは世間の微妙な視線を感じた。トリムの町近郊、それも早い時間ってこともあって、混み合う程でなくても馬車がルキアスを追い抜いて行き、周辺の農民が擦れ違う。その際に二度見されるのだ。
(恥ずかしい。
いや、でも、恥ずかしくてもこうして節約した時間は後々生きる筈!
多分……。
だってそう思わなければちょっときついし。
客観的に考えたらぼくでも「これは無いなぁ」って思うもの)
ルキアスは考える。
(それにしても歩いている時って、どうしてこうも考えるのが取り留めのない事ばかりになるのだろう?
もっと考えるべき事が有る筈なのに。
弓とか、町以外でどうやって安全に野宿するかとか。
これはアレだろうか?
歩いている間は頭の血の巡りが悪くなるとか何とか)
ちょいと足下を気にしただけでそれまで考えていた何かが頭から吹っ飛んでしまったりもするため、血の巡りが関係するのではないかと想像する。
特に意味は無い。これ自体が取り留めのない思考だ。
しかしそうしている間にも『加熱』は進む。
「あ、馬鈴薯が焼けてる」
焼きすぎると固くなるので早々に『収納』に入れる。これで昼食も安泰だ。
(さてこの後は少し難しい事でも考えようか)
ルキアスはそう考えた。
(……と思った時もありました。
結構な時間が経っても考えるのは取り留めもない事ばかりと言う。
気合を入れ直さねば)
難しい事を考えようと考える取り留めの無さであった。
「あっれ? あれは町?」
気合を入れ直そうとした矢先、ルキアスの目に映ったのは次の町。
しかし聞いていた六時間より遥かに短い。太陽はまだ天頂に程遠い位置のため、気付かない内に六時間歩いた可能性も無い。
「三時間くらいだよね……」
だがここで考えても何も判りはしない。ルキアスは判らないことは放棄し、町に着いたら誰かに聞いてみることにした。
ルキアスは町に入って直ぐに通り掛かった中年男に問い掛けた。変に躊躇う方が相手に失礼になると教わったこともあり、努めて何気ない風を装うのを忘れない。
「すいません。この町からベクロテ方面の次の町まで歩いて何時間かかるか判りますか?」
「次の町? 三時間くらいかな」
(三時間?
あれ?
ホームレスのおじさんに聞いたのはトリムから次の町まで六時間。
更にその次の町までが十一時間だから、次の町からその次の町までは五時間の筈。
それが三時間?)
「すいません。更にその次の町までも判れば教えていただけますか?」
「この町からなら丸一日歩く感じだから、八時間ってところじゃないかな」
(八時間!?
つまりこの町の次の町からその次の町まで五時間?
どう言うこと?)
「ありがとうございました。でもおかしいな……」
「おかしいって何が?」
(あ、口に出てた!
まあ、ここで誤魔化してもしょうがないし……)
ルキアスは素直に問いに返す。
「トリムの町でも同じ事を聞いたんですが、次の町まで六時間で、その次の町まで十一時間てことでした。ところが三時間くらいしか歩いてないのにこの町に行き着いたもので、どうしてかな、と」
「そりゃ随分年寄りに聞いたんだな。この町は三〇年くらい前に出来たんだ。それより前の時代にトリムから見れば確かに六時間、十一時間だな。小さい頃に親に連れられてにしろ、トリムから移住した俺が言うんだから間違い無い」
「トリムから? それってやっぱり光る石のせいですか?」
「光る石……?」
中年男は視線を斜め上に上げて暫し考える。
「あ、アレか。光る石の鉱山が閉鎖されたのは五〇年も前だから関係無いよ」
「そう……、なん……ですね……。ありがとうございました」
ルキアスは中年男に会釈して別れた。脳裏には渦巻くのは疑問だ。
(……ホームレスのおじさんってどうしてこの町を知らなかったんだろう?
まあ、考えても判らないから、いっか)
だが、幾ら考えても真相には至らないことを察し、早々に思考を放棄した。




