10 知らないおじさん
ルキアスは二日目の野宿場所にしたこの地点が村と村の中間くらいだと見当を付けたが、次の村までの距離が正確には判らないために確証は得られなかった。正確である必要などないので拘泥はしない。
夕食はクレソン入りのパンケーキ。生活魔法『篩』で篩った小麦粉を水で溶き、刻んだクレソンを入れて掻き交ぜる。熱したフライパンに油を引いて、溶いた小麦粉を投入する。ここで慌てない。表面が固まるまではじっと『加熱』だけを続ける。
そして表面が固まるのを見計らって、ぽーんと引っ繰り返す。
「ほう、なかなか上手いもんだ」
「えっ」
ルキアスは突然の声にビクッとした。振り向けば知らないおじさんだ。中背で細身でありながらどこか逞しい。
(全く気付かなかった。でも一体誰? どうして話し掛けて来た?)
ルキアスはぐるぐると考えた。
それを見るおじさんは苦笑する。
「そんなに警戒すんなよ。何も兄ちゃんもそのフライパンの中身も取って食おうなんて考えてないさ」
「い、いえ、誰かに話し掛けられるとは思わなかったからびっくりして……」
「あっはっはっ! そりゃそうだ。びっくりもするわな。隣いいか?」
特に断る理由も無いルキアスは頷きを返した。するとおじさんが「よっこいしょ」とルキアスの横に座り、フライパンを『収納から』取り出してパンとソーセージを焼き始める。ルキアスとしては仰天だ。
(え……、どうして? ここに泊まるつもりなの?)
しかし直ぐに自分の手許を思い出す。
(あっ、といけない。ぼくもパンケーキを焼いてる最中だった)
既に焼き上がっているので塩を振ったら完成だ。塩を後から振るのは、この方が少ない塩で済むからである。
ルキアスは熱い内に食べようと、パンケーキを返すのにも使ったフォークで一口大に切り分けて食べる。
(うん、クレソンが良い味を出してる)
ルキアスがパンケーキに集中していると、横からにゅっと手が伸びて来た。
「ほれ、お裾分け」
焼き色の付いたソーセージが一本、フライパンに載せられた。
ルキアスは目を白黒させる。
(えっと……、貰って良いものなの?)
考えても結論など出ない。
「あの、これ……」
「さっき驚かせた詫びみたいなもんさ」
「あ、ありがとうございます」
「いいってことよ」
そう言うことなら早速戴こうと、ルキアスはソーセージを囓った。パリッと音がして口に肉汁が広がる。
「美味しい!」
「そりゃ良かった」
だけど二口目を囓ろうとしたところで気付いた。
(おじさんはぼくが気に病まないようにあんな言い方でソーセージをくれたんだ)
おじさんは良い人であった。