後編
途中で郷田先輩視点あり。
かなり主人公が荒れてます。
夏休みも終盤に差し掛かり、セミの音も雑音から合唱程度に変わってきた。セミの音の量が少なくなるだけで暑さが和らぐのは風鈴の効果と一緒なんだと実感させられる。
今日私は隣の家の清水さんの家にお邪魔させてもらっている。
「あー楓ちゃんいらっしゃい!」
「突然すいません。お邪魔します」
「それで?今日はどうしたの?いつもはお母さんと来てるけど」
たまに母と共に清水さんの家にお邪魔している。その度に清水先輩と暇つぶしに読んだ本を語り合ったりゲームで遊んだりしている。先輩とは本の趣味が合うようでとても楽しい。
そんな私は初めて今日1人で訪れた。
「少し清水先輩に話したいことがあって。」
「陽斗に?陽斗はいま二階にいるから呼ぶはね」
「あ、私二人で話したいので私が2階に赴きますね。」
「ま、ふふ。どうぞこっちよ」
私は清水先輩の母に連れられて2階の清水先輩の部屋の前まで案内される。先輩の部屋に行くのは初めてかもしれない。いつも客間でスマホを使ってゲームをしていたから。
「陽斗!今楓ちゃんが話したいって!開けるわよ!」
「え!あ。どうぞ。」
「じゃ、あとはごゆっくり。うふふ」
…潔子さんなにか絶対勘違いしてる。
私は先輩の部屋のドアを開ける。するとふわっと冷気が漏れてきた。変態かと思われるが冷気と一緒に先輩の匂いも感じた。
先輩の部屋は片付けられていてた。右手には収納棚があり、左手には勉強机。目の前にはカーテンのかかった窓があり、多分位置的にその窓の向こうは私の部屋が見えるだろう。
「急にすいません。」
「いや、大丈夫だよ。それでどうしたのかな?」
急に来たのににっこりと微笑み返してくれる。
「先輩に渡したいものがありまして」
私はひとつの封筒を手渡す。
「…これは?」
「預言書です。」
「え?何って?」
「これは預言書です。先輩が夏休みが開けて学校に行って帰ってきたら開けてください。そしたら言ってる意味がわかります。でも決してその日まで開けないでくださいね。」
「突然そんな事言われても。まぁ、面白そうだから。いいよ。」
笑ってくれた。もっと何か言ってくると思っていたんだけどな。
「今日はそれを渡しに来ただけですから。次会うのはその紙を見た後ですかね。その手紙について聞きたかったら私の家まで来てくださいね。待ってますよ。それでは失礼しました。」
私はそう言い残し部屋を出た。
先輩は何か言おうとしてたみたいだけど、人の家って緊張するので早く帰りたかった。階段を降りて清子さんに簡単な挨拶をして帰った。清子さんがめちゃくちゃにやにやしていたが、まぁいい。
◇◆◇
セミが少なくなっても夏の虫はまだいるようだ。バッタがぴょんぴょんと私の足元を飛んでいる。
今日は学校の登校日だった。私は帰宅部なのですぐに帰る。
しばらくダラダラしていると先輩が家を訪ねてきた。
「あー待ってましたよー!どうぞー私の部屋に来てください。そこで話しましょう。」
無駄に明るいテンションで先輩を部屋に招き入れる。私の部屋は至ってシンプルでどこにでもありそうな造りだ。違うといえば、人よりも本が多いというくらいだろうか。将来本に囲まれる生活をしてみたいものだ。
「…失礼します」
先輩はいつもより低いトーンで喋っている。
「どうぞー。あ、お茶、今用意しますね。」
私は先輩を残して部屋を出る。きっと今の先輩には異性の部屋だのなんだの考える暇なんてないだろう。
いじめを見て、それを無視した。そして今日の行動全てが私の書いた手紙に書いてあったのだから。…まぁ、小説に書いてあることまでしか私は知らないが。
お茶を用意して2階にある私の部屋に入る。
「あれ、読みましたか?」
私はお茶をミニテーブルに置きながら尋ねる。
「………ああ、楓ちゃんは知ってたんだね。あれどうやって知ったの?」
先輩は困惑の表情でこちらを見る。
そりゃそうだ。小説で知れる範囲のみだが、自分の行動を知っていたんだから不気味がるのも無理はない。
「今から言うこと、信じてくれます?」
「…信じてもらうためにこんなことしたんだろ?」
「そうですね。」
今回の件は先輩の行動で全てが変わる。信じてもらえなければ意味が無い。
私はそこから転生者であることから、デスゲームについてもかいつまみながら話した。ただ黒幕については言わなかった。これからの先輩の行動がどうなるかによって黒幕を言うか言わないかは決めた方がこちらにとっては都合がいい。そして黒幕の存在を言わなくても話は通じる。
「…で、最後に犯人が、3年生で転校してくるこの小説の主人公と、デスゲーム中に付き合い始めたヒロインの『桜井 莉央』ということが判明するんです。桜井は1年ほどだけ自殺生徒の『草部 日和』の義姉になり、かなり仲が良かったという設定です。で、最後まで主人公と生き残り一騎打ちになるんですが、恋をした方が負けってやつですかね。真相全てを暴露して死んじゃうわけです。」
「ヒロインが犯人なのか。」
なんかすんなり聞いてくれる。もう少し動揺すると思っていた。
「はい!あ、ちなみに先輩はそのヒロインにいじめを無視したことに対して慰められてー完璧に恋に落ちたのはー『あなたは悪くない』だったっけー?いやーヒロインだねー。犯人なのにすごい演技力。それで恋に落ちた先輩はヒロイン庇って死んじゃうんですけどね。で、そのあとヒロインにゲシゲシ蹴られて『お前のせいで、転校してきたお前に日和は期待してたんだぞ。絶望させたのはお前だ!』的なこと言われたんだっけかな?」
「……信じられないけど、この紙がいい証拠だからな…信じるしかなさそうだ。そうか、草部さんは転校生の僕に期待していたのか。そうだよな、今まで何もしてくれなかったクラスの人より転校してきた僕に期待するよな…それで、これを話して楓ちゃんはどうして欲しいんだい?…いじめを止めるの?」
さ〜ここから私は鬼になります。
「あはは、違いますよー。デスゲームでの断罪に協力して欲しいなと。」
「…いじめを止めるとかではないんだね。」
困惑と安堵、険悪の表情を浮かべる先輩。
「先輩は止めたいんですか?」
「……楓ちゃんの話が本当でこの先死ぬって分かってるなら止めたいよ。デスゲームなんて怖いものに参加したくはないし…でも、正直、いじめを止めるのは怖い、かな。あの子を庇ったりなんかしたら、僕が標的だ。……僕は酷いやつだな。自分の安全のことばかり考えてしまう。今日だって…」
ああ、やっぱり怯えてる。いじめを止めたいが、自己保身が邪魔をするって感じかな?ましてや嘘か誠か分からないような私の話を心から信じてはいないね。ここまではシナリオ通り。
「……終わったことはどうでもいいんですよ。ああ、そうだ。私はいじめに関しては手出ししませんよ。先輩が止めたければ好きにしてください。いじめを止めたって私にとってなんの関わりもなければ楽しみもない。私にとってやるだけ無駄です。ねぇ、いじめを止める勇気のない先輩。私のデスゲームでの断罪。協力してくれませんか?」
「っ、楽しみもって…草部さんが死んで行われるデスゲームだよ…協力なんて…」
そうだよね、人が犠牲になって行われるデスゲームでの断罪なんて協力したくないよね?
「えーでもこのままいったら行われると思うよ?小説だと明後日には死ぬ予定だし。あ、そうだ、デスゲームで最初に死ぬ先生はヒロイン自ら殺してるからそこを動画かなんかでと撮ったら1発だね!あー断罪した時の恐怖の顔を想像しただけでワクワクするねー!ね!」
さぁーどうだ。そろそろくるんじゃないか?
「……君は、君は人の命を!人の命をなんだと思ってるんだ!ここは君が前世でいた物語でもなんでもないんだ!生きてるんだぞ!…なんでそんなことが言えるんだ!」
先輩は急に声を荒らげる。上手く煽れたようだ。やったね!罪悪感も積もる一方だがね。なんかシナリオ通りに行き過ぎて怖いな。
「あは、先輩はホントお人好しですね。」
「普通のことだよ。人の命は尊いんだ。君は狂ってるよ。」
「あは、確かにそうかもですねー。でもさーその尊い命を投げ打ったのは草部先輩なんだよ?先輩みたいにさ優しい人間はきっといじめを止めるために行動するだろうね。私と同じ転生者がいたらさ、『私が転生したのはこのいじめを止めるためだ』とかなんとか言って行動に移すかもしれないね。笑える。
でもさー私は違うんだよね。そもそも他人なんてどうでもいい。私、自分勝手で最低な人間でしょ、あは。
さっきも言ったけど、止めても私にメリットないしーデスゲームでの断罪の方が面白いじゃん?あーこっからは先輩にも言えるかもだけど、今回止めたとしても、その生徒は自殺する可能性があるよねー。本の中での警察が言ってたんだけどさ、家庭環境が劣悪だったって。なら今私がさ、いじめを止めたとしても、自殺の原因は多分いじめ1つでは無いのなら意味が無いよね。、だって人生に絶望とかして死んじゃってるわけだからさ。
あー1番大切なのは、自殺を止めるってことはその人の人生を背負う覚悟と一緒だよ。先輩は簡単に止めたいって言ってるけど、背負える?草部先輩がもう一度自殺したいと思い詰めても清水先輩が足枷になるんだよ?ねぇ、ほんとに背負える?あは」
満面の笑みで言ってやる。
ってか、この喋り方まじキモイ。疲れる。普通に喋りたい。でもこうしないとこの人自分の本心で動かないよね。きっと。
「っ…でも!それでも!ここで見捨てたら、本の僕と一緒だ!後悔する!」
お、もう完璧に吹っ切れたかな?
「えーしないでしょ。だって私にいやいや協力させられたっていう肩書きがあるじゃん?」
そうなのだ、自殺をもし私が止めようと清水先輩を動かしたとしてもこの人の意志かどうかで大きく違う。私に協力させられていじめを止めているという肩書きが邪魔をする。もっと言うなら自己保身が邪魔をする。『もしこの子を助けたら〜』的な。なら、自分の意志でいじめを止めさせなくては行けない。自殺を食い止めてもらわないといけない。先輩自身でヒーローにならなくては行けない。
「そんなのあってもただの言い訳にしかならない。心から安心したい。…僕は止めるよ。」
「あっそ。勝手にしたらいい。デスゲームが起きないなら私はどうでもいい。」
「……楓ちゃんのこと、良い後輩だと思ってたのに…。」
先輩はそう言って立ち上がり、部屋のドアに向かって歩く。あ、アレ言っといた方がいいかもしれない。
「それはどうも。あーそうだ。そんな失望された後輩からアドバイスしたげるよー!シンデレラを助けるのは王子様だよー。その長ったらしい前髪、切っちゃえば?あはは」
聞いたかどうかは分からないがギリギリドアが閉まらぬうちに言い終えた。
…てか、失望されちゃったかな?まぁ、私でもこれはひどいって思う演技してるしてねー。だが、シナリオ通り最後まで先輩が聞いてくれてよかった。ホントシナリオ通りすぎて怖い。
「さーて、先輩をサポートするのは後輩の役目かな。」
私はお茶を飲み干した。
◇◆◇
私が何故清水先輩を煽るような真似をしたのか。
それは私という立場ではいじめを止めることしか出来ないからだ。
前も言ったように、ぽっと出の後輩に自殺をやめろだの言われてもお前に何がわかる!って話だ。同じクラスでもないから助けられないしね。
なら、あのいじめの現場を知ってて尚且つ助けるに適する人物は?ってなったら小説でも期待されてた転校生の清水先輩しか居ないよねって話だ。
だかその清水先輩は自分の身が可愛いあまりいじめを見て見ぬ振りしたわけだ。だが私としてはそれではダメなわけ。で、さっきの方法を取ったわけだ。
それで成功することが出来た。正直成功しなかったら私はただの悪人だ。いや、もう既に悪人かもしれない。先輩にも言ったが、私は自分勝手で最低な人間というのは本心だ。大事な役目、1番怖い役目を先輩にさせて自分は裏でしか動かない。最低な人間だ。先輩に言った自己保身っていうのは私が1番してるのかもしれない。
…これ以上考えても仕方ない。
さて、ここから私は夏休みにかけて集めた脅しネタを見せにいじめの主犯格共に会いにいく。もちろんその脅しネタは小説から頂戴している。さすがに清水先輩が草部先輩の味方になるだけじゃいじめは終わらない。だからいじめを終わらせるためのサポートをしに行く。
だが集めてて思ったのは、やっぱりここは小説の世界なのだなーという感想だ。いじめの主犯格共の裏の顔はヤバすぎる。全部で6人。
私は手元の写真を見る。まず1人目の男は飲酒やタバコを吸っている。こいつの父はかなり厳しい奴らしく、その息抜きでやっていたという設定だった気がする。
2人目3人目はラブホに入っていく男女2人。これをネットにまくと言えばきっといじめなんてやめてくれるはずだ。
4人目は同じ腹から生まれた兄とのキスシーン。これを親に見せたら、はてさてどうするのやら。
5人目は先生だ。あの先生は奥さんと子供が居るくせに、他にも付き合ってる女性が2人。その2人とは女性教員と女子生徒。密会してる写真2枚を蔑むように見る。
残り1人はもちろんあの郷田だ。器物破損はもちろん暴力行為。数えるだけでキリのない写真の数々。
揃いも揃ってクズ設定をしてやがる。
郷田は最後だ。メインディッシュにしてあげよう。
きっとほかの4人の主犯格を抑えれば怒りが溜まりに溜まって行くはずだ。怒りの絶頂期に仕掛けてやろう。
「じゃー行きますか。」
夏ももう終わる。家の壁に張り付いてるのかやけでかい音で鳴くセミを一目見てから家を出た。
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「くっそ!くっそ!くっそ!!」
俺、郷田 厚は怒りに怒っている。
「なんであいつらいじめねーんだよ!」
その辺にあった黒と黄色のコーンを一蹴りする。バコン!と音がして円を書くように転がる。
俺はそれを上から蹴りつけた。
「くっそくっそ!あー殴りてー!」
むしゃくしゃする。だいたいあいつらつい最近まであの根暗のこといじめてたくせに!手のひらかえしたように辞めやがって!あんのぼけ教師も俺に指図しやがって!
それもこれも全てあの転校生の仕業だ!あいつが来てから狂いやがった!最近はあの根暗とよく一緒にいるとこも見るし、クラスの女子もちやほやしてやがる!殴りてーのに毎回毎回何故か邪魔が入る。
転校初日はただのビビりかと思ってたのによー。なんなんだよイライラするイライラする!
「次はあの転校生をいたぶるか〜。」
俺の遊びを奪ったからには絶対許さねぇー。
むしゃくしゃして、不当放棄されていた自転車を蹴る。
「荒れてるねぇー郷田先輩」
後ろからバカにするような女の声が聞こえる。
振り返ると俺と同じ学校の制服を着た肩より短めの髪をした女が立ってニヤニヤとこっちを見ている。
「アン?誰だよてめぇー。あーちょうどいいわ、金くれよ。喉乾いたんだわー」
ここは隣は茂みで左は田んぼのド田舎の一本道。この道を進むとコンビニがある。
「あいにく手持ちに金がないんだよ。」
女は手をヒラヒラさせる。
「なら殴らせよや。」
喋り方が気に食わねぇー。イライラする。殴って転校生に対して溜まってた鬱憤を晴らしてぇ。
「やめた方がいいんじゃないかなー?」
そう言うと女はポケットからスマホを取りだし動画を再生した。
『こんの!こんの!あはははは』
バン!バン!バン!ベコッ!パリンッ!
俺が暴れて車をぶっ潰してる動画が流れる。
「それがどうしたってんだよ。」
「あれ?分からない?これネットに流したら器物破損の罪で多分懲役三年はあるよ?」
「お前こそそれがどうしたって言ってんのわかんねぇーの?お前を殴って黙らせりゃーいいに決まってるだろ?」
俺は拳を女に振り下ろす。
下ろした。下ろしたはずだったが。
「ぐはっ!」
「正当防衛だよねーこれは。」
気づいたら俺は地面に顔を付けていた。
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郷田先輩が私に殴り掛かる。
私はニヤリと笑う。
この時を待っていた。
茂みに隠れていた大人、数十名が飛び出し郷田先輩を殴り抑え込む。
私は地面に押さえつけられた郷田先輩にゆっくりと歩み寄り囁く。
「郷田先輩チェクメイトですよ。この動画だけじゃありません。他にもこの夏に行ってきた犯罪の数々をきちんと写真に収めてますよ。これだけの罪があれば、いじめだって調べられますよ。いじめは傷害罪となればもっと懲役が重くなります。今までやってきたこと、償って下さいね。」
言った。言い切った
「うるせぇー離せや!このやろー!離しやがれよ!」
先輩はジタバタもがいている。大人10人がいるんだ。ちょっとやそっとじゃ無理だ。
どうやら今まで運良く脅しや目撃者の不十分でやり通してきたらしいが、今回はそうは行かないだろう。
「お嬢ちゃんこれ警察に届けてくるわ」
「お疲れ様です。ありがとうございます」
今回協力してくれたこの人たちは郷田先輩に被害を受け、困り果てていてどう警察につき出そうか悩んでいた時に、私がたまたま話しを持ちかけ、手伝ってくださった。ありがたい。
夏が終わったかのように心地のいい風が吹く。
1匹のセミが力つきたように私の足元に落ちる。
セミの音はもう聞こえない。
◇◆◇
まだ蚊は飛んでいるようで私の肌に赤い跡を残していく。
あれから2日たった。
郷田先輩は退学した。警察に捕まったようだ。2日たった今でもチラホラたまに噂が聞こえてくるが、いつも通りの日常が流れる。いや、郷田先輩が居なくなったことで2年6組にはいつも以上の平和が訪れているかもしれない。
今は昼休み。私は現在2年6組の教室に来ている。
黒幕に会うために。
忘れている人もいるかもしれないが、黒幕は黒板に草部先輩の母親が犯罪者だと知らしめ、いじめの発端を作った人物だ。
私は小説で見たメンバーまんまなのをちょっと感動する。清水先輩はと言うとどうやら草部先輩と上手くいっているようで草部先輩がベッタリと清水先輩にくっつきながら楽しげに会話している。前に偵察に来た時よりも草部先輩の印象が可愛くなっている。もしかしたら清水先輩に恋でもしているのかもしれない。恋は人を変えるとはよく言ったものだ。そんなことを考えながら黒幕を呼出す。
そして話をするため踊り場まで移動する。
「はじめまして。私、佐川 楓と言います。今日は先輩と1度話してみたくて呼びました。」
「そうなんだ。自意識過剰かもしれないけど、告白かと思っちゃったよ。」
先輩ははにかみながらそう言う。小説で裏の顔を知っているせいか、この顔が嘘くさくて仕方ない。
「ふふふ、まさか、それだけはありえませんよ。私がいじめの発端を作った『早川 靖』先輩に告白なんて。」
笑いながら言ってやる。
すると、このデスゲーム小説の主人公早川先輩は顔を一瞬曇らせる。が、直ぐに笑顔を作り、
「あははははははははは」
笑いだした。
「何かおかしいこと言いました?」
「いや、あはは。わざわざ言いに来るなんて思わなくってさ。面白いね。結構周りを確認して黒板に書いたのになー。どうやって僕が書いたのを知ったのか知りたいけど、まずは君の話を聞くことにするよ。それで、何を話して欲しいわけ?」
ニッコリこっちを見てくる。
清水先輩を煽った時の性格はこの人をイメージしたけど、やっぱり本物は違う。
「先輩はいじめの発端を作って何を見たかったんですか?」
「そんな質問?そうだね。クラスの人間関係を壊してみたくなったとかかな?あーどれだけ人間が残酷でいじめはダメとか言ってるくせに傍観もいじめだと分かっていない口だけの偽善者だってことを分からせるためとか?まぁーそんなの後付だけど。面白そうだからしてみただけだよ。どう?これで答えになったかな?」
小説と全く同じ答えを言う早川先輩。やはり聞く意味はなかった。
「そうですか、じゃぁ、今のこの現状は先輩の思い描いていた結末になりました?」
「君ばっかりが質問ってずるくないかい?」
「ちゃんと答えてくれたらあなたがさっき聞きたがっていた答えを教えてあげますから。これを答えてくれなかったら答えません。」
「んーまーいいか。別に結末はなんだって良かったよ。ただ面白ければそれで。そうだね。転校生くんは初日なんにもする姿勢がなかったからクラスのやつらと一緒かと思ってたんだけどねー。
草部さん結構追い詰められてたからそろそろ自殺かなにかするんじゃないかなーと思ってたんだけど。彼が止めちゃったみたいだね。あはは。
今じゃ彼に草部さんはベッタリだし、いじめてたヤツらは大人しい犬になっちゃうし、肝心の暴れ牛はどっかに行っちゃうし。折角面白いクラスだったのに。残念だよ。
でも今思ったらさ。君が裏で何かしたのかい?」
面白そうに目を細めながら聞いてくる。
自殺してもなんとも思わないこの人はやはり何処か狂ってるのだと思った。
「そうですね。ちょっと声をかけさせてもらったんですよ。そしたらおとなしくなったみたいなのでよかったです。」
「声掛けって。あはは。脅されたって叫んでたよあの犬ども。」
「まぁ、脅しともいいますかね。」
「あはははは。ああ、それより。どうやって俺が黒板に書いたって知ったの?教えてくれる約束だよね?」
「ふふふ。夢で見たんですよ。」
「あはははははは。そんな馬鹿な答えは聞いてないんだよ。」
笑ってるのに目が本気だ。笑ってるのに怖い。
でも、信じないって言うのは普通の反応だ。清水先輩のようにすんなり受け入れる方がおかしい。
「んー。今は信じなくてもいいですよ。ただ、3年になって『桜井 莉央』って人が転校してきたら私が夢で見たって話信じてください。もし来なかったら。またその時に私と話しましょう。これでどうです?」
「ふはははは。面白そうだね。分かったよ。3年を楽しみにしとくよ。それに、そろそろ君を解放しないと僕の身がか危なそうだ。」
「楽しみにしておいてください。…危ないってなんですか?」
「ふーん。知らないんだ。知らないなら尚更面白いね君達。あははは。じゃあね。」
すごいニヤケ顔で先輩は階段を降りていった。
…君達?達って?
疑問符が頭の上を飛び交うだけとなった。
◇◆◇
今日は黒幕との対峙は終わり、これでデスゲーム小説から開放される。
そして今日はなんと!あの小説の販売日!
急いで学校を出て書店に駆け込む。本を手に取りレジを通す。
早く家に帰りたい。ああ、楽しみだ。書籍限定の書き下ろしも入っている。この日のために今日1日頑張れたと言っても過言ではない。
私は軽いステップで家に帰り、玄関で靴ポイポイっと放り出し、部屋のドアを開けた。
目の前に清水先輩がいた。
私はドアを閉めた。
あれ?ここ私の家だよな?そう思って周りを確認するがやはり私の家だ。もう一度ドアを開けるとやはり清水先輩がいる。ただ、前とと違い、前髪が切られているせいか整った顔が良く見える。
私は部屋で本を読むことに意識を取られ他人の靴が玄関にあったことに気づかなかったようだ。
「ああ、楓ちゃんお邪魔してるよ。どうぞ部屋にはいってきてよ。」
私の部屋なのに清水先輩に歓迎させられてる。
「え、なんで清水先輩がここに?」
石状態から解放され私は声を発した。
「ん?楓ちゃんのお母さんが入っても構わないって言ったから。」
…お母さーん。あなたは何をしてるんだよ!?私の部屋になぜ入れる!?客間!普通客間!
って。は!そうだ。先輩と話すのは先輩を煽って以来。先輩は私をデスゲームで断罪したいやつだと認識してるんだった!え、まさか、『僕、いじめ止めましたよ』的な報告に参った次第かな?
なら先手必勝!私は早く本が読みたいんだ!帰ってくれー!今完璧に私は自己中の化身と化してるよ!それでもいいから本読みたいし帰ってくださーい!
「それで?先輩はわたしにいじめ止めましたって言いに来たわけですか?良かったですねー。分かりましたからでてってください。デスゲームが起こらないと分かればもうどうでもいいんですよ。楽しくないので。」
今日、お手本の早川先輩に会ったばかりだからかなり上手い演技ができていると思う。自画自賛だが。
てか今までを思うに、私いい演技してきたよね!助演女優賞貰えるくらい頑張ったよね!うん!
「そうだよ、楓ちゃん。上手く自殺を止められたと思わない?」
そう言いながら先輩はノートを掲げた。そう、ノートを。わ、た、し、の、ノートを。
「あああああ!え!そ、れ…」
「読んだよ」
え、何それ。助演女優賞とか貰えないよ。脚本知られてる時点で終わってるよ。え、何それ。さっき、演技したんだけど。めっちゃ恥ずかしいやつじゃないかコレ。
「全部仕掛けたことだったんだね。」
「え、あ、その、う、はい。」
どうしよう。どう言い訳しよう。先輩に嫌な役目をさせたってこと、謝らなくちゃ。
「先輩、すいません…。言い訳にしかなりませんが、私、先輩に本心から草部先輩を助けて欲しいっていう、私の我儘な思いなんです。結局のところ自分が助けられる自信がないっていう思いからの行動だと思うんですよ。ほんとごめんなさい。」
そうだ。ただの自分の我儘だ。私が自殺を止める重い役目をしたくないっていう。口だけで止めたいって言っているただの偽善者。そう思うと早川先輩の結論は正しいと言えるかもしれない。
「…ねぇ、そういえば。前にシンデレラを助けるのは王子だって言ったよね?」
「え、あ、はい。」
なんだ唐突に。私の謝罪は聞き入れないという話か?
「じゃぁ、僕を楓ちゃんの書いたノート通りにアシストした君はシンデレラを舞踏会に行けるようにした魔女ってことかな?いや、どちらかと言うと僕をアシストしたわけだから魔法のランプと言ったところかな?」
「………それは違いますよ。私はアシストしたんじゃありません。押し付けたんですよ。」
「じゃぁ尚更魔法のランプだ。だってランプの精は自分を助けることをランプを擦った主にお願いしてるじゃないか。 ああそうだ。魔法のランプは願いを叶えてくれるんだよね。」
「ええ、そうですね。」
先輩は何故か目を細めとてもにこやかに笑っている。
「僕にとってはさ、楓ちゃんは魔法のランプなんだよ。だからさ、楓ちゃんのノート通りに頑張った僕の願いを叶えて欲しいな。」
自殺を止めるという大役を先輩に押付けた私に先輩の申し出を断るすべはない。
というか、さっきから話がそれまくっている。先輩はこんな我儘な私にほかに言うことがある筈なのに。
「………できる範囲ならば。」
先輩は先程より心底嬉しそうな顔になる。
「なら僕と付き合ってよ。」
「は?」
素で聞き返してしまった。
「できる範囲なら別にいいんでしょ?」
「え、いや、その。私は先輩に自殺を止める役を押し付けたわけで。その…王子と姫は結ばれるものなんですよ。私みたいなやつと付き合ってもですね。それに、先輩は見た目もいいわけだから他にもいい人はいますよ?」
めっちゃびっくりしてしまった。先輩はとっても性格がいいし、付き合えたなら…少し嬉しい気もしなくはないが、私自身が付き合うなんてことを許せない。
「楓ちゃんの言う王子と姫は結ばれるって、前から思ってたんだけどさ、別に姫と結ばれなくてもいいと思うんだよね。
ああ、さっき僕は楓ちゃんを魔法のランプだって言ったよね。あれ、愛の力で解けてもいいと思わない?他の話じゃ野獣は真実の愛を見つけたら呪いが解けるなんてのもあるわけだしさ。
例えば、王子を助けた魔法のランプに王子は恋に落ちてランプの封印が解ける。
そして、封印の解けた魔法のランプの精霊は実は呪いで男にされていた離国の王女っていうのも面白いと思わない?」
解釈が無理やりだし、すごい想像力だ。ってそんなことはどうでもいいのだ。てか、先輩がどんどんこっちに近づいてくる。
「いや、それとこれとは…」
とうとう距離が30センチにも満たないくらいにまで近寄られた。近い近い。心拍数が上がる。
いや、もうほんと、魔法のランプとかどうでもいいから!おかしいな。さっきまで謝罪してたのにいつの間に自分が追い詰められてるんだろ。
「ねぇ、付き合ってくれないの?」
「く、草部先輩のことどうするんですか!今日、教室行った時かなりベッタリしてましたよね。きっと先輩のこと好きですよ。かなり可愛くなってましたよ!草部先輩!」
見た感じ草部先輩どころか周りの女子も目をハートにしていたからハーレムなんて簡単に出来そうなくらいだった。
「ああ、そういえば楓ちゃん早川に会いに来てたね。あいつ、黒幕なんでしょ?」
そう言いながら先輩はノートをヒラヒラさせる。なんか目がさっきのにこやかと一変して目に輝きがなくなる。なんか怖い。
「く、黒幕と話してみたいなーって思いまして。」
「そうなんだね。でも次から2人っきりなんかで話しちゃダメだよ?いいね」
背筋がゾワっとした。
いつもの先輩の声より何倍も低い声で、作ったかのような笑顔がまた怖さを引き立てる。
それよりもなんで話してたこと知ってるんだろう。あ、そういえば早川先輩が“君達”って言ってたけど。もしかして清水先輩が見てたのだろうか。
「はい、分かりました」
「あんな虫から守るためにも僕と付き合おうよ。」
「でも、私は…!」
言おうとしたら先輩が1歩近づいて肩をつかまれ。
「僕はさ、楓ちゃんが思ってるほど気にしてないんだけどな。まあいいや、じゃぁさ、楓ちゃんは僕への償いってことで付き合ってよ。」
そう言われてしまったら断れない。
「わ、分かりました。」
言った瞬間、肩に置かれていた手が私の背中に回され抱きしめられた。
心臓が止まるかと思うくらい驚いた。
「嬉しい。付き合ってるうちに罪悪感なんて考えないぐらい僕でいっぱいにしてあげる。もう逃がさない」
そう耳元で呟いたかと思ったら私の唇に柔らかいものが当たる。
私はそれからどうやって先輩の手から抜け出したのかは覚えてないけれど、無我夢中で自分の部屋なのに飛び出した。
外で夏の虫の音が聞こえる。
本編はここで完結。読んでいただきありがとうございます。
次は清水先輩視点です。