83話 華麗なる万華京
壁は決壊した。
大華帝国を守ってきた巨壁はもはや役目を果たさず、その穴から大量の騎兵が入り込んでいた。
「進め!大華中に我らの蹄音を響かせるのだ!北方騎馬民族ここにありと!」
「うおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
ティムール・ハーンの掛け声と共に、兵士達の叫び声が響き渡った。大華帝国に進撃していくティムールらの後ろ姿を見ながら、壁の上でヒュームは独り言を言う。
「『支配』よ……キッドの命を奪おうとする罰だ……お前が支配を望むというなら、外から内からこの大華帝国を滅ぼし、誰も支配できないようにしてやる」
その顔は、狂気の笑みに満ちていた。
*
「ヒューム兄ちゃん、何を笑ってるの?」
キッドにそう尋ねられ、ヒュームはハッとした表情を浮かべた。
「あ、いや。ちょっと思い出し笑いをね」
「えー?どんなの?気になるなぁ」
「内緒」
「ヒューム、呆けておる場合ではないぞ。ワシらは今、万華京の中にいるのじゃからな」
キッド達は万華京の大通りを歩いていた。多くの人々が通りを行き交い。多種多様な店の灯りは、街を煌びやかに照らしていた。
「スミスさん達と合流するんだよね。東サガルマータ会社の支部はどこなのかな?」
「そこいらの人に聞いて見たが、聞いたことねえってよ」
「ああいう貿易会社は、一般人ではなく商人と取引を行なっておるからのう」
「うーん、じゃあ地道に探すしかないのか」
「こうしようぜ。ココを中心にして、16方位に歩いて行って探すんだ。しばらくしたらこの場所に戻ってくる。ただし、東サガルマータ会社の支部を見つけたらそこで待機だ」
「え?見つけたことを伝えに戻らなくていいの?」
「戻って来なかったら、その方向に支部があったってわかるだろ?それに、これは万が一誰がが襲われた時の対策にもなる」
「なるほど、戻って来なかったら、支部を見つけたか、襲われて戻れない状態かということになるんだね」
「そゆこと。俺は南にいくぜ。お前は?」
「僕はキッドやネロが決めた後でいいよ」
「わしは北で」
「えっと、じゃあ僕は西で!」
「ということは僕は東か。残りは……」
「俺たちに任せてください!」
そう酒呑盗賊団の面々が声を上げる。そしてフェイが指を上げながら皆に言った。
「さっき言った通りだ。各々東サガルマータ会社を探しに行って、見つからなかったら戻ってくる。見つけたやつはスミスと合流。戻ってきたやつは、人が戻って来なかった方向に行く。よし、それじゃあ……出発!」
フェイの号令と共に、キッド達はそれぞれの方向に進んでいった。
*
南方向に向かったフェイは、辺りをキョロキョロと見渡しながら歩いていく。すると、次第にフェイの顔がニンマリとだらけた笑みへと変わっていった。
「ふふふふふ……先んじてこの方向を選んでおいてよかったぜ……」
少しすると、フェイの周囲の店は妖しげな雰囲気の店は変わっていく。
「万華京の南側は、有名な歓楽街だからな!」
フェイは鼻の下を伸ばしながら、店の中から手をふる女の子達に手を振りかえす。
「流石に店に寄ることはしねえが、これはいい目の保養になるな……ん?」
何やら向こうの方が騒がしい。フェイは音のする方を見て呟いた。
「アレは……美男子が女性客を酒飲みながらもてなすって店だったか。いいなぁ、俺も女の子と酒飲んで金もらう仕事してえなぁ……いや、それもそれで大変なんだろうな」
その時だった。騒がしかった店の中から、大男が何人も叩き出されたのだった。フェイは初め客が暴れでもしたのかと思ったが、客層がまるっきり違うこと、身なりは客というより用心棒に近いことに気づく。
「うへー!あの大男を倒すほどの強さのやつが、あの中で暴れてんのか。近寄らんとこ」
そう言って遠巻きに眺めながら移動していると、中から男たちを叩き出したと思われる人物が現れた。その人物を見て、フェイは驚愕する。現れたその人物は、大男を倒したとは到底思えない小柄のシスターであったためだ。そのシスターは右手に鞭を持ち、修道服をピッチリと着て体系を強調させていた。スカートにはスリットが入っており、生足を露出させている。極め付きは真っ赤な口紅である。おおよそシスターとは思えない、扇情的な雰囲気を醸し出していた。
その時、倒れていた大男がシスターの足をガッチリと掴む。
「な、なんなんだテメエは……ウチの店の男達を全員、足腰立たせなくした挙句、売上金全部持っていきやがって!」
「何って……愛を売ってあげたのだから、代金を頂いていくのは当然でしょ?」
シスターはその細い足を高々と上げ、自分の足を握る大男を宙に浮かせる。そして大男は頭から叩きつけられた。
「はあ……食い足りないわね」
一連の光景を見て、フェイは感嘆の声を漏らす。
「うお……マジかよ……すげえ女だ……。ん?そういやあの女の服に描いてある十字のマーク、見たことあるな。そうだ、確か……十字騎士」
フェイが呟いたその時だった。
女の目が、フェイの顔を捉えた。
「!!!!!!!!!」
フェイの背筋に寒気が走った。咄嗟にその場から逃げ出そうとする。しかし、気づいた時には胴体に鞭が絡み付いていたのだ。鞭が引っ張られ、フェイの体が倒されようとする。
「舐める……なぁ!」
フェイは姿勢を低くして、重心をしっかりと保つ。そして鞭を掴んで引っ張り、逆にシスターを引き倒そうとする。すると、フェイの引っ張る手応えが小さくなった。
「倒れたか!?」
下を向いて引っ張っていたフェイは、倒れたと思って顔を上げる。しかし、その視界に見えていたのは、空高く飛び、こちらに向かって蹴りをぶつけようとするシスターの姿であった。
「あっ……見え……」
その直後、フェイの意識は途切れた。
*
「ふんふんふふ〜ん」
万華京の路地裏を、シスターは鼻歌を歌いながら歩いている。その肌は潤っていた。
「また愛の押し売りをしていたのか、──色欲」
「あら、傲慢じゃない」
話しかけてきたのは、七つの大罪の一人、スペルビアであった。教鞭をペチペチと鳴らし、不機嫌を露わにしている。
「吸血鬼討伐にも参加せず、どこをほっつき歩いていたのか……」
「いいじゃないの。側からみたら男漁りばっかしてたように思われるかもしれないけど、情報収集とか資金集めとかちゃんとやってたのよ?官僚を籠絡したり、あとさっきみたいに愛を売ったり」
「もういい、『毒血』の真祖討伐の為の準備を進めているところだ。お前も協力しろ」
「はいはい。……あれ?憤怒は?」
「やつなら後から来る。ちゃんとな」
「あー、あなたの分かるってやつね。ところで、さっき食った男が持ってたこの金色の印鑑なんだけど、これも分かるかしら?」
「む……それは……」
スペルビアとルクスリアは、路地裏の闇の中に消えていった。
*
そのころ、西に向かったキッドは……迷子になっていた。
「……どこだろう、ここ」
灯のない路地裏に入り込み、自分がどこから来たのかもわからなくなっていた。
「お兄ちゃんから血をもらってるから、吸血鬼化して飛んだ探そうかな……いや、もったいないし人に見つかったら騒ぎになっちゃう……」
そうしていると、キッドの背後から声がかけられる。
「君、迷子なのかい?」
声をかけてきたのは、白い肌の優男だった。笑みを浮かべてキッドを見つめている。
「え、ええ。東サガルマータ会社というところを探していまして……」
「なんだそこか、それなら知っているよ。ついておいで」
「ほ、本当ですか?」
「本当さ、さあこっちについておいで」
男はキッドの腕を力強く掴み。路地裏のさらに奥へと連れて行っていく。
「あ、あの!本当に!」
「こっちこっち」
そして突如、男は動きを止める。そこは路地裏の行き止まりだった。
「あの、ここって……」
その時だった。男は豹変し襲いかかり、キッドの口に布を噛ませる。さらに路地の影から女が一人、男が二人追加で現れた。
「忌血だ!忌血だ!」
「捕まえろ!高く売れるぞ!」
「待て!売る前に血を飲んだっていいだろう!」
(こ、この人たちは吸血鬼……狙いは僕の血か!)
四人の吸血鬼に押さえつけられ、キッドは身動きが取れなくなる。
(油断してた……街中では危険は少ないだろうって……くっ、なんとかして血を摂取しないと)
その時だった。路地裏の中に、機械の駆動音が響き渡る。吸血鬼達は聞きなれない音に慌てふためいた。
「な、なんだ?」
「ここは早くずらかるぞ!」
その時だった。路地裏の中を、雷鳴と共に駆け抜ける影が一つ。その影は吸血鬼達の中に突っ込み、吸血鬼を吹き飛ばしてキッドを救出する。
「な、なんなんだテメエはぁ!」
撥ねられた男は、影に向かって怒号を浴びせる。それに対し、影──二輪のマキナは進行方向に対して垂直に止まり、そこに跨る男は吸血鬼に雷撃の迸る指を向けて言葉を発した。
「Dr.ヴォルト、ヤブ医者さ」