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ヴァンパイア・キッド ~『鉄血』の真祖と半人半鬼の少年と『忌血』の物語~  作者: ヒトデマン
6章 毒血帝国《ヴェノムエンパイア》
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78話 完全燃焼

 ヒュームと別行動になったキッド達は、万災鉱山から脱出するために兵士達に向かって突っ込んでいった。


「うおおおおおおお!!!!どけどけえええええ!!!!」


 フェイはヒュームが作った青龍刀を大きく振り回し、兵士たちを威圧する。ほとんどの兵士は恐れをなして道を開けたものの、何人かの兵はキッド達に立ち塞がった。そして逃げなかった兵士達には共通した特徴があった。


「この人達、吸血鬼だよ!」


 その兵士達の口からは尖った牙が見え隠れしていたのだ。


「マンサ直属の部下達じゃろう。こいつらは一筋縄ではいかんぞ」


 ネロの言葉が示す通り、一人の吸血鬼はフェイの青龍刀を真正面から受け止めた。キッドとネロもそれぞれ吸血鬼の兵士と相対する。


「ネロ!お得意の毒でなんとかなんねーのかよ!」

「敵味方含めて全滅させてもよいならやっても良いが?」

「それは無しの方向でお願いします!」


 キッド達が足止めを受けていると、恐れ慄いていた人間の兵士たちも士気を取り戻し、酒呑盗賊団に襲いかかる。


「なんとか吸血鬼の兵士を退けられたら……でもネロの毒はこの狭い炭鉱内だと味方まで巻き込んじゃうし……」

「ふむ……そうじゃ!いいことを思いついたぞキッド!ワシにお主の血を飲ませよ!」

「え!?う、うん」


 ネロはキッドの首に噛み付くと、口に血を含む。そして霧のように宙に吐き出した。吸血鬼兵士達はその霧に釘付けになる。


「この霧には当然、毒が含まれておる。それはわかっていよう。だが抗えるかな?忌血という吸血鬼にとってこれ以上ないご馳走を……」 


 吸血鬼兵士達は最初、口を固く閉じて毒を体内に入れないようにする。だが忌血の匂いが鼻腔をくすぐると、最初は鼻で、そして次の瞬間には口いっぱいに毒の霧を吸い込んでしまっていた。


「ほい、無力化完了」


 美味い血を飲んで幸福そうに倒れる吸血鬼兵士を尻目に、道がひらけたキッド達は出口に向かって進んでいく。


「ねえネロ、僕から吸った血の量と、吐き出した血の量が合ってなかったようなきがするんだけど……」

「欲求に耐え、ちゃんと半分を毒霧として吐き出したのじゃ。むしろ頑張ったと褒めてほしいのう」

「……」

「ま、まあ何はともあれ助かった!あとは脱出するだけだぜ!」


 出口に向かって走るキッド達、その時フェイはキッドの不安げな横顔に気づく。


「ヒュームのことが心配なのか?」

「……うん」

「気持ちはわかる。だがアイツはアイツの意思でしんがりを務めたんだ。俺たちに出来ることはねえよ」

「わかってる。信じて待つよ、お兄ちゃんが無事に戻ってくるのを」


 *


 炭鉱の奥、鉄の壁によって蓋がされた空間の中でヒュームとマンサは向かい合っていた。


「オイオイオイ、こいつは驚いたぜ。お前が『闇血』だったとはなぁ。しかも『鉄血』と『炎血』を両方扱うことのできる()()()()()ときたもんだ。なあおい、お前を殺したら『闇血』どもの計画は何年遅れるんだ?」

「御託はいい、さっさとかかってこい。俺はお前をぶちのめしてキッドの下へ行かなくちゃいけないんだよ」

「そうかよ、じゃあ俺が連れてってやるぜ。お前を死体にしてからなぁ!」


 マンサは地面を蹴ってヒュームに突っ込む。それを見てヒュームは両腕から伸びるバーナーを構えた。


「ハッハッハ!『炎血』に炎の攻撃が効くとでも?」

「何勘違いしてるんだ?これはこう使うんだよ」


 ヒュームはバーナーを天井に届くまで伸ばし、やたらめったらに上の岩石を溶断する。そして崩れた岩がマンサの頭上に降り注いだ。


「こんなものが効くかよおおおおおおお!!!!」


 だがマンサはいっこうに怯まず、体当たりをヒュームに食らわせる。


「がはっ!」


 ヒュームは吹き飛ばされたものの、背中から炎を吹き出しなんとか体勢を立て直した。だが息つく暇もなく、マンサによる回し蹴りが襲いかかる。ヒュームは細長いワイヤーを作り出すと、マンサの足に巻きつけて引っ張り、攻撃を逸らした。


「お前がいくら策を弄しようがな、パワー不足という根本的な欠陥をなんとかしなきゃあ、俺の鍛えられたボディを穿つのは不可能なんだよ」

「パワー不足……か。なら試してみるか?この技の威力を」


 ヒュームは赤熱したサーベルを生み出し、自分の腕に突き刺す。マンサはその行為に一瞬呆気に取られるが、すぐにその行いの意味を察した。


「まさか……!」

「遅い!」


 サーベルがヒュームの腕を切り裂きながら進み、手首まで達する。そして蓄えられていた力が解放され、高速の刃がマンサに襲いかかった。


「斬身!絶命ぃぃぃぃぃぃ!!!!」


 炭鉱内にソニックブームの音が響きわたる。ヒュームが感じているのは自ら腕を裂いた激痛、そしてマンサの骨と肉を切り裂いた確かな手応えである。


「勝っ──」


 勝ちを確信し、頭を上げたヒュームに襲いかかったのはマンサの鋼のような拳であった。顔面を撃ち抜かれたヒュームは、後方に真っ直ぐ吹き飛ばされ壁に激突する。


「ああクソ、痛ってぇ。痛すぎるぜ」

「な……ぜ……」


 ヒュームはたしかにマンサを切った感覚があった。それなのにマンサは生きている。それは何故か、ヒュームがマンサを見ると、マンサの右腕と拳に変化した右羽が、肩まで二つに裂けていた。そう、マンサは拳を真っ直ぐに突き出し、肉と骨でサーベルの威力を殺して胴体を守ったのだ。


「お前は腕一本、俺は腕二本を犠牲にした。割に合わねえがまあ、これで俺の勝ちさ」


 マンサは壁にもたれかかったヒュームに走り寄り、いまだ健在の左腕と左羽で何度も何度も殴りつける。


「こいつは面白れぇ!何回殴っても、ポッキリと骨が折れる感覚が伝わってくる。さては『鉄血』の力で骨を補強してやがるな?だったら『鉄血』の力が尽きるか、痛みで心の方が折れるまで殴り続けてやるよぉ!」


 殴られ続けたヒュームは、皮膚が裂け、肉が弾け、あまりにも無残な様相を呈していた。マンサは息を切らせながら、今なお耐え続けるヒュームを見下ろす。


「はあ……はあ……ここまでやってまだ死なねえか……」


 マンサの方も、拳の皮膚が切れて血を流していた。その時、マンサは炭鉱内に微細な粒子が漂っていることに気づく。


「ん?何だこれは……」


 そしてそれはヒュームの体から放たれていた。


「それは……()()()()、溶接ヒュームさ。熱で蒸気になった金属。今それが空中で冷えて微細な粒子となり、お前を包んでいる……」

「粒子だと……?まさか、お前の狙いは!」


 マンサは恐れ慄き、後ろに後ずさる。顔は血の気が引いて真っ青になっていた。


「ああそうだ、俺の狙いは……」

「──()()()()、だろ?」


 その時、恐怖に顔を歪ませていたはずのマンサが勝ち誇った笑みを浮かべ、指を勢いよく鳴らした。火花が飛び、まわりの粉塵へと着火する。

 そして火炎があたり一面を覆い尽くした。


「リンから口うるさく言われてるんだよ。炭鉱内では粉塵爆発に気をつけろってな」


 炎が消え、そこからピンピンしたマンサが現れる。ヒュームも纏っていた鉄の衣を剥がして相対した。


「知らねえわけねえだろ。俺はこの鉱山を管理してるんだぜ?『炎血』だから戦いにしか興味ないバカってのは偏見だ。お前は知恵と工夫で賢く勝利!ってしたかったんだろうが、爆発くらいで鍛え抜かれたこの肉体がやられるわけねえだろ。勝利ってのは泥臭く、血と汗を流した死闘の果てにあるものさ」

「……ああ、そうだな。俺もそう思うよ」


 ヒュームはフラつきながらもしっかりと立ち、ファイティンポーズを取る。


「さあ行くぜ!ラウンド2だ!」


 マンサは拳を構え、ヒュームに向かっていく。相手は満身創痍、負ける筈などない。──そのはずだった。


 ゴホッ


 それが何の音なのかマンサには最初わからなかった。なにせ自分は吸血鬼。風邪、ましてや体調不良とは無縁の体なのだ。だがそれは確実にマンサの口から出た音だった。


「これは……!」

「オラァ!」


 気が逸れた瞬間、ヒュームの鉄を纏った拳がマンサの顎を撃ち抜いた、脳が揺れ意識が飛びそうになる。なんとか堪えて反撃をしようとするも、体に力が入らない。


「ゴホッ!ゴホッ!何だぁこれは!」


 マンサの呼吸はままならず『完全燃焼呼吸法(フルバーニング)』を使うことができない。


(何故だ!粉塵爆発のせいで炭鉱内が酸欠にでもなったのか!?いや、俺は高地トレーニングで酸素の薄い場所でも『完全燃焼呼吸法』が使えるようになっている!肺が酸素を取り込めてないんだ!)


 地面に手をつくマンサに、ヒュームがゆっくりと歩み寄ってくる。


「漂う粉塵には危険性がある。一つは先程お前が言った粉塵爆発、そしてもう一つは……()()だ」

「じん……ぱい?」

「さっき俺をボコボコ殴ってた時ガンガン空気を吸ってただろ?その時お前は鉄の粉塵も一緒に吸い込んでたんだよ。粉塵はお前の肺に纏わりつき、呼吸困難を引き起こしているんだ」

「ゴホッ、知らねえぞ……そんなの……」


 マンサは知らない。知るはずもない。このマンサ鉱山で働く作業員は罪人、使い捨ての道具。塵肺になったと分かるより前に、働けなくなったと処分される。故にマンサはその危険性を知らなかったのだ。


「さあいくぞマンサ。決着をつけよう」


 ヒュームの全身を炎が覆う。炎はヒュームの肉体を焼き、そして新たな肉体を生み出す。


「馬鹿なっ……お前『再生の炎』を……」

「言っておくが、塵肺は粉塵を取り除かない限り治らないぞ」

「はっ、関係ねえよ。こうなりゃ『完全燃焼呼吸法』なしでやってやる」


 マンサの切れた拳の間から炎が吹き出し、腕を再生させる。そしてヒュームとマンサの殴りあいが始まった。


「おうっらあああああああああああ!!!!!」

「はあああああああああああ!!!!!」


 互いに避けない、ノーガードでの殴りあい。後は根気と体力の勝負であった。それならばマンサに分がある、そのはずだった。だが。


(俺が……押し負けている……?)


 ヒュームの攻撃はさらに加速し、鉄の拳はどんどん威力を増していく。殴り合いの最中、聞き覚えのある独特の音色がマンサの耳に入った。


(まさか……会得したというのか!?見様見真似で、それもこの短時間で!?)


 ヒュームは『完全燃焼呼吸法』を行なっていたのだ。ヒュームの肘の先から炎が噴出し、拳の速度を上昇させる。


「まさか!?負けるというのか!蛇皇五華将(じゃおういつかしょう)であるこの俺が!」

「ぶっ飛べええええええええええ!!!!!!!」


 渾身の一撃がマンサの胴にぶつかる。マンサは吹き飛び鉱山の壁に叩きつけられた。そして壁から落ちたマンサは力尽き、膝から地面に倒れ伏した。


「俺の……勝ちだ!」


 心も体力も燃やし尽くした二人の戦いは、ヒュームの勝利に終わった。

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