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ヴァンパイア・キッド ~『鉄血』の真祖と半人半鬼の少年と『忌血』の物語~  作者: ヒトデマン
6章 毒血帝国《ヴェノムエンパイア》
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61話 老師アグニ

 砲弾が『支配(ドミネーター)』に向かって雨のように降り注いだ直後、砲弾が飛んできた方向の山の中では、十字騎士(クルセイダー)達が疑り深い様子で砲弾の飛んでいった先を眺めていた。


「……『傲慢(スペルビア)』様。本当にこれが『毒血』の真祖への攻撃になるのですか?ただ我々の居場所をばらすだけになるのでは……」


 聖騎士(パラディン)、ローランが『傲慢』に疑問を呈する。


「砲弾の先に真祖がいないとなんの効果もない行動です。それとも『傲慢』様は真祖の行動が分かるというのですか?」

「ええわかりますとも、私は全知の徒なのですよ?いいですか?この一週間月のでない夜が続いていたでしょう?そうなると真祖は水浴びをしに行きます。故に大河に向けて砲弾を放ったのです」

「二日前の夜は、たしか月がでていませんでした?」

「……ふむ、それなら今の理論は無かったことに」

「『傲慢』様!?」

「それより早くここを離れましょう。そろそろ真祖が放った反撃がこちらに届くでしょうからね」

「はあ……」


 騎士達が半信半疑の様子でその場から離れると、直後巨大な毒塊が落ちてきて大砲をぐずぐずに溶かしてしまった。


「ほ、本当に反撃が来た……!」


 騎士達が驚嘆していると、『傲慢』は教鞭で地面をペシペシと叩き注意を向けさせる。


「本格的な真祖の討伐には、『憤怒(イーラ)』に『色欲(ルクスリア)』の協力が必要です。ささ、みなさん。早く彼らとの合流を目指しますよ」

「り、理論はまったくデタラメなのに、予測はこんなにも正確だなんて……!」


 背中にローランからの畏怖の目を向けられながら、『傲慢』は騎士達を引き連れてその場から去っていった。


 *


『ガアアアアアアアアアアアア!!!!!』


 放射線武器が『支配(ドミネーター)』の胸を貫通すると、大蛇が耳をつんざく絶叫をする。フェイ達は耳を抑えてうずくまった。


「おい!当たったよな!」

「おう!当たったわい!じゃが、これでやつを殺し切れるかどうか」


 自分の胸に空いた穴を、『支配(ドミネーター)』は呆然と見つめていた。


「何故だ……?体が……再生しない……?いや、正確には肉体に異常がきたしている……このままでは自分の細胞に自分が食いつくされる。まさかこれが、デウスの言っていたガン化による自己崩壊というものか……?」


 肉体のダメージに堪えきれなくなった『支配(ドミネーター)』は大蛇の体内に潜り込む。


「奴さん非常に苦しんでやがるぜ!もう一息なんじゃねえか!?」


 すると、大蛇が咆哮を上げながら帆船に向かって突き進んできた。体をくねらせ、大河を波立たせながら向かってくる。


「なんだ!?まだやろうってのかよ!?」

「ですが相手も限界のはず、砲弾を打ち込んで牽制しましょう」


 フェイの部下達が大砲を『支配(ドミネーター)』に向ける。そのとき、ネロは『支配(ドミネーター)』の様子を注視していた。


(やつの肉体の内部から『毒血』の反応を感じる……血液を硫酸と硝酸に変化させておるな……しかしなんのためじゃ?そんなことをしたら肉体をグズグズに溶かしてしまうぞ……?)

「今だ、撃て!」


 ネロが考え込んでいると、砲弾が『支配(ドミネーター)』に向けて発射された。その時、ようやくネロは『支配(ドミネーター)』の目的を勘づく。


「待て!やつは、硫酸と硝酸の混酸で体内の脂肪分を……!」


 しかし、時すでに遅く、砲弾は『支配(ドミネーター)』の肉体に直撃する。その瞬間、『支配(ドミネーター)』の肉体は一瞬にして弾け飛んだ。──辺りに衝撃と光を撒き散らしながら。


 この時、『支配(ドミネーター)』の肉体で作られていたのは、混酸とグリセリンの反応によって作られる化学物質、ニトログリセリン。現代においてはダイナマイトの原料として使用される極めて反応性の高い爆薬である。そしてニトログリセリンの塊と化した『支配(ドミネーター)』の肉体が砲撃によって爆発したのだ。


 放たれた衝撃波が船を直撃し、その船体をバラバラに吹き飛ばす。


「うおおおおおおお!!!!!????」


 キッド達は大河に投げ出されてしまう。そして、自らの肉体を爆弾へと変えた『支配(ドミネーター)』の巨体も、崩壊しながら水の中へと沈んでいった。


 *


「はあ……はあ……」


 大河の岸に、流れ着く人影が一つ。


「くそ、最後っ屁ってやつかよ……」


 酒呑盗賊団の長、フェイはよろよろと立ち上がり河から上がる。


「他に立っているやつは……」


 フェイがあたりを見渡すと、河からザバッと音をたててヒュームが現れた。両肩にはそれぞれキッドのネロが担がれている。


「ヒューム!大丈夫だったか!」

「ああ……この二人も無事……さ……」


 そういうと、ヒュームは二人を下ろしてその場に倒れ込んでしまった。


「おい!無理すんじゃねえ!」

「これくらい平気さ……それより、スミスやウルフ、君の部下達は……?」

「見当たらねえ。対岸の方に流れ着いてしまったのか……。くそ!全身が痛え、どこか休める場所を見つけねえと……」


 その時、フェイは動きをピタリと止める。そしてヒュームに耳打ちし始めた。


「ヒューム、色々と限界なところ悪いが、何か武器を作れたりはしねえか?」

「ナイフくらいのものなら……」

「それでいい、助かる」


 フェイはヒュームからナイフを受け取ると、自分の背後に向かって勢いよく投げつける。


「そこだぁ!」


 ナイフは岸の近くの林の闇の中に消えていった。


「フェイ、今のは?」

「何者かが俺たちをじっと見つめてやがった。『支配(ドミネーター)』からの追手かもしれねぇ」

「当たったかい?」

「わからねぇ。木にぶつかった音はしなかったが……」


 すると、林の中から、草をかき分けて歩く音が聞こえてきた。フェイが徒手空拳で構えていると、その人物が姿を表した。


「出会い頭に投げナイフとは、フェイ、お前の『闘争』心はまだまだ衰えていないようだな。ワレはうれしいぞ」


 やってきたその相手は指にナイフの柄を挟み込んでいた。露出した上半身には刺青がライン状に入っており、長い白髪と白髭をたなびかせていた。シワが刻まれていながらも、しっかりとした筋肉を持つ老人は、まさしく、歳をとった『炎血』の真祖、アグニといった相貌であった。


「あんた……いや、あなたは!()()()()()!」


 老師アグニは、フェイを見つめ静かに口角を上げた。


 *


 ヴァーニア王国、その王城の会議室に主要貴族達が一堂に介していた。まだ幼いトイ王子、それを支えるエミリー女王も一緒である。彼らがここに集まっているのは、まさにいま国家を左右する事態にあるからであった。

 コンコン、と会議室の扉が叩かれる。貴族達の間に緊張が走った。従者は怯え切った声で言葉を発する。


()()()()殿()!お入りになられます!」


 従者によって扉が開かれる。そこから現れたのは黒いドレスに身を包んだ、『鉄血』の真祖、フリーダであった。フリーダはテーブルの前に立つと一礼をして話し始める。


「トイ王子、エミリー女王、そして貴族の皆さま。この度はお集まりいただき感謝いたします」


 フリーダの言葉は丁寧であったが、そこには何者にも口を挟ませない圧倒的な存在感があった。貴族達は、エミリー女王からこれからやってくる相手があの恐ろしい吸血鬼、そしてその真祖であるとすでに聞き及んでいた。そしてその真祖を目の当たりにして、力の強大さを肌で感じ取っていたのだ。


「あの……フリーダさん、今回皆を集めた理由というのは……」


 エミリーが口を開きフリーダに尋ねる。トイ王子は事態がよくわかっていないようだったが、物々しい雰囲気を感じたり背を伸ばして椅子に座っていた。


「はい、この度は皆様にお願いをしに参りました」

「お願い……というのは?」

「先日、私の息子が大華帝国に攫われてしまったのです」


 大華帝国、その言葉が出た瞬間、貴族達はどよめき始める。それもそのはず、前国王、ツェペシュが氷毒のヴラドの傀儡となってしまう原因には、大華帝国の圧力もあったからだ。そして貴族達にはフリーダが何を自分たちに求めているのか、すぐに想像がついた。


「それゆえ、ヴァーニア王国に頼みがあるのですが……」

「ぉまちください!」


 貴族の一人が声を裏返させながら叫ぶ。すでに顔中に汗を流し、息を切らせていた。


「わ、私も子供を持つ身、御子息を拐われた貴方の苦しみはよくわかります!……しかし!戦争は!戦争だけは起こすわけにはいかないのです!我々も大華帝国に思うところはあります!しかし!しかし!いまこの国はヴラドというものの脅威が排除され、ゆっくりと良い方向にすすんでいるのです!どうか……どうか大華帝国と戦争をしろという命令だけはご容赦を!」


 ここで彼が命令をするなという懇願をしたのは、自分たちがフリーダに命令されれば恐怖心から逆らえないだろうという確信があったからである。そして当のフリーダはというと、貴族の言葉をポカンとした顔で聞いていた。


「……ぷっ、はははははは!!!!!どうやら皆さん、少し勘違いをされているようですね」

「……え?」


 フリーダに意見した貴族が足を震わせ、床にへたり込みながらとぼけた言葉を返す。


「私がお願いをしにきたのは、私を大華帝国への特使にしてほしいからなのです」

「と、特使?」

「はい。特使としていただけたなら、来賓扱いとして大華帝国に入ることができます。そうして息子を取り戻すつもりです。皆様に迷惑をかけるつもりはありません。お願いできますか?

「え、ええそれならもういますぐにでも……」

「しかし、安心しましたよエミリー王女。ここまで民のことを考えるものが家臣にいるなんて、これなら私がヴァーニア王国から離れても、きっとこの国は大丈夫ですね」


 フリーダは優しい笑みを讃えると、一礼をして部屋から去っていく。そして扉が閉まった後、貴族達はフリーダに願い出た貴族を、さながら英雄のように褒め称えるのであった。


 *


「はあああああああああ!!!!!!」


 王城の地下、フリーダの工房にて、エルマは必死の形相で手の平サイズの部品と睨めっこをしていた。ろくろのように部品を回転させて円柱状に形作っている。


「できた!アンナちゃんチェックお願い!」

「はい!」


 アンナは円柱を計測機にセットし、針を当てて計測する。


「真円度、0.1mm以内になりました!」

「しゃああああああああああ!!!!!!!」


 エルマが歓喜の雄叫びをあげる。足元には失敗作と思われる円柱が何本も転がっていた。


「騒がしいぞ。エルマ」


 すると、工房内にフリーダが扉を開けて入ってくる。


「フリーダさん!どうでしたか!」

「私たちを特使として認めて送り出してくれるそうよ。蒸気機関車が完成し次第、大華帝国に向かうことにします。エルマ、できたその円柱を渡して」


 フリーダはエルマから円柱を受け取る。するとフリーダの手からその円柱と全く同じ大きさ、形の円柱が大量に現れた。


「この円柱を元に、いろいろな部品に加工していくわよ。アンナちゃんまた寸法測定をお願いね」

「はい!規格に合わないものは無慈悲に弾いていきます!」」

「うう……二輪のマキナよりデッカいから楽だと思ってたのに、精度はそのまま大量の部品を作らなきゃならなくなる……」

「まあまあ、これからの加工は私たちも手伝えるからさ」


 そう声をかけてきたのはヴァンパイアハンターのマリアだ。そばにはバイアス、ネールも居る。


「みんなで力を合わせて完成させましょう!」


 アンナがそう言うと、エルマ、マリアは「おー!」と返し、ネールも遅れて「お、おー」と呟いた。バイアスは無言のまま佇んでいた。


 *


 王城の廊下にて、壁に耳を当てていたメイドが、壁から離れ服の中から小さな器具を取り出す。それは小型のマイクであった。


「こちら隠密、リン様へ報告がございます……」


 監視の目は、ヴァーニア王国のアンナ達にも及んでいたのだった。

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