49話 酒飲みの盗賊団
キッド達を『支配』から助け出した『闇血』は、自らを『鉄血』の吸血鬼だと、そして名をヒュームだと言った。
「ヒューム……さん?あなたは……」
そのとき、キッドは激痛に襲われる。『支配』に撃たれた肩が熱を帯びて痛み出したのだ。
「だ、大丈夫か……?キッド……」
その時、お腹を抑えて洞窟の壁にもたれかかっていたネロが心配そうに声をかけてきた。だが当のネロも酷く消耗している。
「ネロ、キッドの心配をしている場合かな?貴方の方がよっぽど重傷だ。なんてったって、お腹に穴が開いているんだから」
「はっ、こんなもの屁でもないわ。それよりヒューム、お前の顔を見るのも久しぶりじゃのう。フリーダと一緒におらんかったから死んだものと思っとったわい」
そう言った後、ネロは痛みに耐えかねて横になる。それを見たキッドが、痛みを堪えながらネロの元に駆け寄ってきた。
「ネロさん!僕の血を吸って!」
「……!ならばお主、撃たれた方の肩をだせい」
言われた通り、キッドが撃ち抜かれて毒々しく染まる肩をネロに差し出すと、ネロはその肩にかぶりつく。すると、血を吸うと共にネロが牙から解毒薬が送り込んだ。キッドの痛みは収まり、ネロも体調を回復させた。
「ありがとうございます。これで『支配』に打たれた毒も消え……」
「いや、まだみたいだよ」
そう言ってヒュームは打たれた方のキッドの肩を指し示す。するとそこには、ほくろほどの大きさの紫色のアザが残っていた。
「これはいったい?」
「わしがしたのはその場凌ぎの解毒じゃ。『支配』の残した呪いは未だ消えておらぬ」
「呪いとはどういうことですか?解毒しても残ってしまう毒だなんて……」
「ヤツの使った毒の作用により、お主の肉体は変質した。お主自身が、自分の体を殺す毒を生み出すようになってしまったのじゃよ」
「僕の体が……僕を殺す毒を作っている!?」
その時、キッドはネロも自分と同様に『支配』に打ち抜かれていたことを思い出した。
「まさか……ネロさんも!?」
ネロは微笑を浮かべると淡々と言い始める。
「この毒の解毒には『忌血』の力が必要じゃ。お主はワシの解毒薬が、ワシにはお主の血がそれぞれ生命線となる。かかかっ、キッドよ。お主とわしは一蓮托生ということになるのぉ」
「……この解毒、完全ってわけではないんですよね?残ったこのアザを見るに、毒は蓄積していくんでしょう?教えてください。僕たちはあとどれくらい生きられますか?」
「……持って後1ヶ月というところじゃの」
ネロの言葉にキッドは深刻な表情になる。するとヒュームが話に入ってきた。
「で、その肉体の変質を元に戻す方法はあるのかい?それにしても毒のエキスパートである貴方にも解毒できないものがあるんだね」
「この毒はのう。どのように肉体が変質したのか、解析しようと手を加えたとたんに成分が改変され、元の毒を特定できなくなるという代物なのじゃ。毒が特定できれば逆算して肉体の変質を元に戻す毒も作れるがの。ワシの力が足りないとかそういうのじゃなく、この毒は解析できないんじゃよ」
「なるほど、例えるなら箱の中の物の形を手探りで探ろうとしても、手が触れた途端形が変わってしまう物体。みたいなものかな」
「まあそんな感じじゃ。この毒の解毒が出来るのは『支配』のみ。ゆえに解毒するにはヤツを倒し、ワシが真祖の力をヤツから取り戻さねばならん」
「……それはつまり、ここにいる三人だけで『支配』を倒さなくちゃいけないってことか」
ヒュームは深刻そうな表情になる。するとキッドがおずおずと声をかけてきた。
「あの、聞きそびれちゃったんですけど、ヒュームさん、でしたっけ?助けてくれてありがとうございます。貴方も『鉄血』の吸血鬼のようですが……?」
「なんじゃキッド、『鉄拳のヒューム』のことを知らんのか?」
「て、鉄拳?」
「おうよ、鉄拳にして狂犬のヒュームじゃ。フリーダやエルマの悪口を言おうものなら、言った相手をどこまでも追い詰めてボコボコにする恐ろしい奴じゃぞ」
「ネロ、昔の話は小っ恥ずかしいからそのへんで……」
「んー、エルマ姉さんやフリーダ母さんの口からヒュームさんの名前を聞いたことはなかったですね。でもなんだか不思議と初対面の気はしないんです」
「僕も100年近く姉さんやフリーダ様と顔を合わせてなかったからなぁ。死んだと思われてても不思議じゃないさ」
「なんで顔を出さないんですか?」
「ちょっと事情があってね……詳しくは言えないけど。あとほら、なんの連絡もないままだったから姉さんと会うのが怖くて……出会い頭に何をされるかわからないし……だから100年も会えずに引き伸ばしちゃって……」
そう言ってヒュームは体を震わせる。キッドは「あー」と納得の言葉を漏らすと言う。
「大丈夫ですよ!僕が仲介に入りますから!きっとエルマ姉さんも鯖折りくらいで許してくれます!」
「最低でも鯖折りはされるんじゃな」
ネロが呆れた声でいった。
「ところでヒューム、なんじゃその格好は。まさか『闇血』なんぞに身をやつしたのか?」
「ああ、この黒ローブのこと?これ便利だよ。光を遮断するから日中でも活動できる。剥ぎ取られたら不味いから無茶なことはできないけど。まあ安心してくれ、僕はキッドの味方さ」
そう言ってヒュームはキッドに手を差し出して握手を求める。キッドも強く握り返すと言った。
「よろしくお願いします!ヒューム兄さん!」
「はうあ!」
ヒュームはキッドの言葉を聞いて、突然大声をあげると俯いて胸を押さえ始めた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「もう一回……キッド、もう一回言って?」
「え?ヒュ、ヒューム兄さん……」
「いよぉし!今後はなんでもこの僕に頼ってくれ!なにせ僕は君の兄さんだからね!」
「……エルマにだいぶ抑圧されておったんじゃのう」
盛り上がるヒュームを他所に、キッドは洞窟の外から聞こえて来る音に耳を傾けた。甲高い金属音が洞窟まで響いて来る。
「なんだろう、これは。剣戟の音?人と人が争っている?」
「今は朝方じゃったか?ワシらは迂闊に外に出られんのう」
「この黒ローブなら日の下でも活動ができるけど……」
「戦いになってそれを剥ぎ取られたら不味いんでしょう?僕が見に行ってきます!」
そう言ってキッドは洞窟の外に向かって行く。行く途中、さまざまな日用品が雑多に置かれており、そしてそれは今も使われているようであった。
「まさかここ、山賊のアジトだったりしないよね?」
そしてキッドは朝焼けの光の下へ飛び出していった。
*
時間は少し遡る。夜明け前の静寂の中を、3台の馬車が進んでいた。車輪の跳ね回る音があたりに響き、御者の男は眠そうにあくびをした。
その時だった、馬の目の前に爆竹が投げられると、耳をつんざく破裂音が数十回も鳴った。馬は驚き足を止め、そして十数人の男たちが行く手を阻むように立ちはだかる。そして青龍刀を担いだ男が、一人前に出て大声で叫んだ。
「おうおう!酒呑盗賊団、フェイ様の参上だぜ!命は取らねえから、荷物だけ置いて行きな!」
男は髪をオールバックにした短髪の青年で、盗賊たちを率いていながら、年齢は盗賊たちの中で誰よりも若い。御者の男たちは恐れ慄き、馬車を置いて逃げて行った。
「あっけないっすねぇお頭!さっさと中身を確認しましょうや」
「待て、馬車の中にまだ人の気配が残ってやがる」
フェイの言葉通り、馬車から一人スーツを着た男が現れる。年は30代くらい、黒い長髪で丸いサングラスをかけていた。
「まったく、役に立たない御者たちだ。契約の遵守が我々のモットーなのに。これでは荷物を届けられなくなってしまう」
「よお、あんたがこの馬車の持ち主かい?荷物はあの悪徳役人、珍のやつへの賄賂か違法な取引物かな?どちらにせよ、こんな時間に運んでるってことは公にしたくない荷物に違いねぇ。俺たちが貰っちまうけどいいよな?」
「いいわけないでしょう。はあ、新たな御者の手配をしなくては、仕事量に今から頭が痛くなってくる」
男は懐から長方形のカードを取り出すと、フェイに向けて手裏剣のように飛ばす。フェイは眼前でそれをキャッチした。見るとその紙に何か書いてあるのがわかった。
「東サガルマータ会社、エージェント……スミス?」
「私の名刺です。以後お見知り置きを」
そしてスミスは懐から円筒系の物体を取り出す。それを地面に落とすと、ぶつかったと同時に、円筒はスミスの背丈の2倍ほどの長さの棒に変形して飛び上がる。スミスはそれを掴むと高速で回転させた後、ピタリと止め先端をフェイに向ける。
「今日のところは敵同士ということで」
フェイの部下達はスミスに気圧されるも、自分を奮い立たせるように言う。
「て、てめえ、この数に一人だけで勝てると思ってんのか!」
「違う!勝てる自信があるからこうやって構えてやがるんだ!お前ら!油断するんじゃねえぞ!」
フェイはハンドサインで指示をだし、部下達にスミスを包囲させる。
(統制がきちんと取れている。ただの盗賊と侮ってはいけませんね)
「うおおおおおおお!!!!!」
突然、盗賊の一人が大声をだす。そしてその反対側に位置していた男がスミスに向けて斬りかかってきた。しかし、スミスは叫んでいた男の方を向きながらも、自分の背後から斬りかかる男に棒を突き出し、男の鳩尾を的確に突く。それを皮切りにして盗賊達が一斉に攻撃してきた。スミスは棒を地面に突き立てて体を起こすと、ポールダンスをするように回転して盗賊たちの顔を蹴り飛ばす。
「まあこんな所ですか。この荷物は諦めください。あっそうだ、貴方達代わりに御者を勤めてくれませんか?お駄賃は出しますので」
「ああ?俺たちが酒呑盗賊団は奪うのがモットー、金で使われるのは性に合わないんだよ!お前たち、酔え!」
フェイの言葉と共に、盗賊たちはヒョウタンを取り出すと蓋を開け中の飲み物を飲み始めた。盗賊達の顔がポッと赤くなり、ふらついた歩き方をし始める。
「ういー」
「ヒック」
スミスは困惑しながらも、漂ってくる匂いを嗅いで言った。
「飲んでいたのは……酒?」
すると盗賊の一人が刃物をもって突進してきた。スミスは迎撃の構えをとるが、その盗賊は途中で足がもつれて転んでしまい、迎撃は空振りに終わる。
また、別の盗賊がナイフを振り回しながらスミスに向かって来ており、スミスがその速度から反撃時間を想定している最中、ナイフがすっぽ抜けてスミスの顔面に向かい、慌ててスミスはナイフを叩き落とす。
「これはなんとも……やり辛い!」
「どうだ?予測がつかねーだろ!何しろ俺たちにだって俺たちの行動の予測がつかねーからな!」
スミスは相手の視線や体の動きを読み、その行動の先手を打つことを得意としている。故に通常の相手であればほぼ100%行動が予測でき、完封できるはずだった。しかし、酒呑盗賊団が酒を飲み、彼ら自身ですら何をやっているかわからなったことで、勝負に運否天賦が絡んでくるようになってしまった。
「盤上ゲームをやっていたと思ったら、いきなり博打に変わってしまいましたよ」
「博打は好きか?俺は大好きだ」
「あいにく、私は確実に勝てる戦いしかやりたくありませんので」
そういうと、スミスは血の入った瓶を取り出し、それを棒にセットする。
「吸血武器、発動」
すると、棒の両端からバチバチと電流が走り出す。そして目にも止まらぬ速さで盗賊の一人を突くと、その盗賊は気絶し動かなくなった。
「どうです?いい武器でしょう。今ならお安くしときますよ?カートリッジの代金は別途いただきますが」
「なるほどねぇ、消耗品のその瓶を売って儲ける商売方式ってわけか」
フェイは青龍刀を頭上で拘束回転させたのち、スミスに向けて突きつける。
「あいにくだがなぁ!俺はそういう複雑なものを持つとすぐ壊しちゃう人間なんだよ!」
フェイの振りに合わせてスミスも棒をぶつけ合わせる。甲高い激突音が、朝日に照らされた森の中に響いた。