39話 イリーガル・ハント
エルマによって、ザンギスの部下の男が殴りとばされたことにより、大通りは騒然となっている。皆が逃げ出しているなか、二つの人影がその場に立っていた。
一人は非合法ハンター、ザンギス、もう一人は鎧人形を操るエルマである。
「お前、中身はどこだ?さっき俺の部下を殴った時の音を聞く限り、鎧の中は空のようだが」
『別の場所の警備さ、あんたみたいなチンピラからアンナちゃんを守るだけならこの鎧のダミーで十分だからね』
「へえ、舐められたもんだ」
二人は静かに、ゆっくりと歩み寄るとお互いの間合いに入る。そして数呼吸の後、堰を切ったようにエルマは手刀を、ザンギスは放射性同位体ナイフをぶつかり合わせる。
「うおおおおおお!!!!!!!!」
『おらあああああああああ!!!!』
競り勝ったのはエルマであった。勢いに負けザンギスは弾かれ、後ろにのけぞる。その隙を逃さず、エルマは距離を詰めて拳を繰り出す。ザンギスはさらに後ろに飛びバク転をして避け、距離を取った。
「チッ!鎧のダミーが相手だとこのナイフも硬いだけのナイフでしかねえな!」
『はっはっは!硬くて鋭いナイフならアンナちゃんの店にいっぱい置いてあったんだけどねえ!でもざんねーん!もうほとんど売り切れですぅ〜』
「ああ、もうこれしか残ってなかったもんなあ」
ザンギスはそう言って店頭から取った小刀を見せる。
『あ!?てめぇなに金も払わずに取ってんだ!返せコラ!』
「しょうがねえだろ?金を出す前に喧嘩が始まったんだから、そうだ、俺が勝ったらこれ、もらうぜ」
『はぁ〜、自分から喧嘩売っといてなにその態度、厚顔無恥が服着て喋ってるよ。じゃあ私が勝ったら、金とその小刀と服を置いて帰れよ』
エルマは深くため息をついたあと、両手を地面につけ、腰を低くした姿勢をとる。そして石畳の床を砕く勢いで駆け出し、ザンギスに向かって突進していった。
『恥を知るこったな!』
(……!殺意が読めねえ!?)
弾丸のような突進を、ザンギスはすんでの所で身をよじって回避する。エルマはその勢いのまま、前にあった陶磁器屋に突っ込む。屋台が壊れて壺や食器やらが砕け散った。
「おいおい……殺意無しでその威力かよ……いかれてるぜあんた」
『死んじまったらごめんな。苦情は受け付ける』
「死んでどうやって苦情言えっつんだよ」
うつ伏せからエルマが立ち上がろうとすると、逃げ遅れたのか、店の中に店主とおぼしき男が残っていることに気づいた。腰を抜かして隅でブルブルと震えている。
『あー、おっちゃんごめんな。この店の品物全部買い取るわ。おいくら?』
「き、金貨5枚です……」
それを聞いたエルマは自分の腕をふるふると振る。すると鎧の隙間から金貨がチャリンチャリンとこぼれ落ちた。
「ま、まいどありいいいい!!!」
店主の男は金貨をつかんで一目散に逃げ出していった。
ザンギスはエルマを警戒して向き合いながら円弧を描くように移動する。アンナは隙をみてその場から逃れようと試みるが、ザンギスが睨みをきかせていたため、再び店内に身をかがめる。
(今ならあのガキをふん縛って逃げられるか……?いや、ガキを抱えたままあの鎧から逃げられるとは思えねえ。やはりあいつを始末してから……)
思案していたザンギスに向かって、急に回転する円盤が飛んできた。ナイフでそれを打ち落とすとそれは二つに砕けた。
「なんだ!?……皿!?」
『ふはははは!ディッシュブーメラン!』
さらにエルマから何枚もの皿が飛ばされた。ザンギスはアクロバティックに飛んで回避するも、遅れて飛んできた壺が頭に直撃して、地面に体を打ち付ける。
『決まったー!ポットボンバー!』
「……くそっ、殺意が無いくせに攻撃が苛烈すぎだぜ」
額から血を流しながら、ザンギスは忌々しげに呟く。
(だが特性はなんとなく見えてきた。わざわざ食器を投げてきたって事は、あの鎧からは新たに鉄を生み出せねえって事だ。つまりやつは鎧を壊されたら再生できねえ)
ザンギスは鎧人形の性質を掴む。だが依然として状況はエルマが優勢だ。殺意の読めない、殺し合いでない戦いはザンギスの苦手とするものであった。
(このままあり金と小刀を置いてパンイチで帰れば命は助かる。任務の失敗なんて知ったこっちゃねえ、……まともな奴ならそう考える)
では、いかれた非合法ハンターザンギスはどう考えるのか。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず……いや違うな、背水の陣ってやつだ!」
ザンギスは突如として、小刀をアンナに向かって投げつけた。アンナは小さく悲鳴を漏らす。エルマはすぐにかけ出すと、手を伸ばして空中でナイフをキャッチした。
『……なんのつもりだ?お前』
「気が変わってね、小刀を返そうって思っただけさ、だがうっかり手が滑ってね、すまんすまん」
直後、ザンギスは自分へ向けられた鋭く、冷たい殺意を感じとる。動悸が激しくなり、汗が滝のように流れ出る。
(怖え怖え怖え怖え!!なんなんだよこの殺意の鋭さは!さっき街中で感じとった吸血鬼以上だぞ!?)
そして次の瞬間、ザンギスの眼前にエルマが立っていた。
『有り金も服もいらねぇ。命だけ置いて帰れ』
瞬間、ザンギスの脳内に自分の頭部が砕け散る姿が想起される。ザンギスはナイフを構えてエルマの拳を防ぐも、腕の骨にヒビが入る痛みを感じとる。そして防いだ直後、今度は腹を蹴り飛ばされ、内臓を潰される光景が頭に浮かんだ。その場で飛んで、足の裏で攻撃を受け衝撃を緩和させる。
矢継ぎ早に殺意と攻撃が繰り出され、紙一重のところでザンギスは回避する。エルマの動きは挑発前よりも速く、一撃が重くなっていた。そんな一手でも行動を間違えれば即死という状況で、ザンギスは何故か笑みを浮かべていた。
「あひゃひゃひゃひゃ!!俺死ぬぅ!死んじまうぜぇ!どうしよう!挑発したのは失敗だったかなぁ!?」
気でも触れたか、笑うしかないのか、エルマはザンギスの様子に疑念を浮かべる。エルマが回し蹴りでザンギスの首を飛ばそうと足を伸ばしたとき、エルマは不吉な何かを察知して動きをピタッと止めた。
そして次の瞬間ザンギスが空に斬撃をふるう。装甲の隙間を狙った一撃であり、動きを止めなければ、鎧の繋ぎ目を切られ足首から先を失っていただろう。
『こいつ……私の動きについて来ている!?』
「火事場の馬鹿力……いや、窮鼠猫を噛むか?死を覚悟して行動すれば、案外やれるもんだなぁ!」
再びエルマとザンギスの戦いが繰り広げられる。すると、ザンギスの部下の男が意識を取り戻した。
「あ……うう、いったいなにが……」
すると、男は自分の背後に馬車が止まっていることに気がつく。そして馬の御者として、一人の男が座っていた。
「だ、誰……!マ、マーカス博士!」
立っていたのは無精髭を生やし、眼鏡をかけた男、Dr.マーカスであった。
「ザンギスめ……さては目的を忘れて戦いを楽しんでいるな?このまま増援が来て、忌血を連れて行かれたらどうするつもりなのか……」
マーカスは屋台に隠れるアンナを一瞥した後、眼下に移る部下の男を目をやる。そして馬から降り、笑みを作って話しかけた。
「やあ、戦いをみていたよ。どうやらあの鎧に一撃を貰って伸びていたようだな」
マーカスの言葉に男はバツの悪そうな顔をする。
「あのような失態をして、仕事の後ザンギスになにをされるか……いやはや、同情するよ」
すると、男は死の森でザンギスにあざができるほど強く殴られたのを思い出した。
「お、お願いだマーカス博士!このままじゃ何の活躍も出来ないまま終わっちまう!」
マーカスは口元に手を当てて、ほくそ笑みを隠すとポケットから液体の入った瓶をとりだした。
「これは吸血鬼特効の薬だ。あの鎧に向かって瓶の中身をぶちまければ、途端にあの鎧の動きを止めることができる。さあ、君の活躍を見せてくれたまえ」
男の目の前ではザンギスと鎧が一進一退の攻防を繰り広げていた。正確にはザンギスが若干押されているのだが、男には拮抗しているように見えた。
すると、エルマが鎧の手首を自切し、腕を振るって拳をザンギスの下顎に直撃させた。頭部を揺らされザンギスがよろめく。
「ここでザンギスさんを助ければ……活躍すれば……殴られるどころか、ザンギスさんに認めてもらえる!」
男は意を決して争いの中に乱入していく。
(瓶を開けるだけ!瓶を開けるだけ!)
男が突撃して来たのを見て、エルマはザンギスの追撃をやめ後方に飛び、ザンギスと距離を取る。男をみてザンギスは大声をあげるが、男の耳には届いていないようだった。後ろに飛んで、なおも突撃してくる男に対し、エルマは一応の手加減をして回し蹴りを胴にくらわせる。男の体が「く」の字になり、男はその衝撃で握っていた瓶の蓋を至近距離で開けてしまった。
その時であった。──紫色の煙が男とエルマを覆い尽くしたのだ。
『──これは!くそっ!毒血の煙だ!野郎!』
エルマの鎧は煙を浴びて急速に錆び付いていく。全身が軋み、表面がボロボロになり、間もなく動かなくなってしまった。次第に煙が晴れ、男とエルマの姿が露わになる。
そこには膝をついて立ちすくむ鎧と、喉を押さえて苦しむ男の姿があった。男の体には紫色のあざが浮かび、血管が毒々しい色になっている。
「──あ、ああああああ!!!ぐるじぃ!!あああ!ザンギズざん!だっだずげ!……でぇ!」
「──!おい、落ち着け、深呼吸をしろ、毒を吐き出して、新鮮な空気を取り込め!」
「あ……ああ、ゲホ!グエッホォ!」
「……くそっ!なんなんだよ、この終わり方はよぉ……!」
男は深呼吸しようとするも、吐き出るのは血だけだった。
突然の出来事に驚いてアンナも店内から顔を覗かせる。
「エルマさん!?一体なにが……」
すると、店内に白い煙を吐き出す球体が投げ込まれ、煙を吸ったアンナは急激な眠気に襲われた。その場に立っていられなくなり、床に寝転んでしまう。
「よし、忌血の少女を確保したぞ、ザンギスくん、担架に乗せて縛りつけるから君も手伝え」
「……おい、コイツはどうなる?」
マーカスは苦しみもがく男を一瞥した後、表情も変えず呟いた。
「その男はもうダメだな。肺が完全にやられてる。放っておきたまえ」
「……あの毒はお前が用意したもんだろ?」
「痛ましい事故だ、彼は使い方を間違ってしまった。……そんなに気にすることか?君も人の死にゆく姿は嫌いじゃないと思っていたんだが」
膝をついて男を見ていたザンギスに、男がよろよろと手を伸ばす。
「ザンギス……ざん……俺、あなだみだいになりだぐで……ゲホッ!嫌だ……死にたくない……」
「……はぁ」
ザンギスは小さくため息を吐いた後、持っていたナイフを勢いよく男の喉元に突き立てた。男は僅かに痙攣した後動かなくなった。そしてマーカスに対し、けだるげに話し始める。
「弱いやつとかクズが死んでもよ〜、当然すぎてなんも面白みもねえんだよ。わかるか?俺が死ぬ様を見たいって、殺したいって思うやつはな、強くて、高潔な精神を持ってるやつなんだよ」
そう言い放って、ザンギスもアンナの確保に動き始める。担架に乗せた後、ロープで担架ごと体を縛り上げる。馬車にアンナを乗せたその直後、ザンギスの顔面に小刀が勢いよく飛んできた。とっさに手をかざして防ぐも、手のひらに小刀が深く突き刺さる。ザンギスは小刀の飛んできた方向、エルマの居た場所に目をむける。
鎧は錆びつき、ピクリとも動いていなかったが、残っている手に小刀を飛ばした後の形跡が見て取れた。
『……お前の勝ちだ。くれてやるよ、それ』
「……律儀にどうも」
『首を洗って待ってな、どこに連れて行こうと、アンナちゃんは必ず連れ戻す』
「おい、ザンギス!さっさと馬車に乗れ!」
騒ぎを聞きつけた憲兵がやって来ているのが遠くに見えた。小刀をポケットに入れ、ザンギスがやる気なさげに馬車に乗り込んだ時、とある少年を目にして目を見開く。
「ザンギスゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!!」
白い髪に赤い瞳、死の森で出会った少年、キッドであった。ザンギスは高揚感に満たされ、満面の笑みを浮かべる。
キッドは膝をつくエルマの鎧と、荷台に囚われたアンナの姿をみて、何が起こったのかを察すると、憤怒と共に刀を抜く。そして槍投げの要領で構えをとると、石畳の地面を踏み砕きながらザンギスに向けて投げつけた。
高速で飛来する刀をザンギスは白刃取りの要領で受け止める。だが勢いを殺しきれず額に数cmほど突き刺さってしまった。額から血が流れ出る。
「いい……殺意だぁ!」
だがザンギスは痛みなど気にも止めない様子でキッドに向かって吠える。
「このガキを助けに来たんだろ!?キッド!なら俺を追ってこい!殺し合いはその時にしようぜ!存分になぁ!」
マーカスが馬をムチ打ち馬車を走らせる。キッドど場所の距離はどんどん離れていく。殺意を込めて睨むキッドと、高揚感に目を輝かせるザンギスの視線が交差した。
*
馬車は王都を離れ、死の森に向かっていく。景色を眺めていたザンギスは突然胸に痛みを感じた。直後、急に咳き込み始め、血混じりの痰を吐き出す。
「……あ?なんだこれ」
「どうした?さっきのガスを吸い込んでしまったのかね?」
「そんなはずは……」
ザンギスは胸元を押さえる。押さえた手に、胸に収納していた放射性同位体ナイフの硬い感触が残った。
そしてそんな二人の会話を、馬車の上から一人の男が聞いていた。ヴァンパイアハンター・ヤンが屋根伝いに馬車の上に乗り込んでいたのだ。
(アンナちゃんには悪いけど……コイツらの目的を暴くためにも救出は少し待ってもらうヨ)
ザンギス、マーカス、アンナ、ヤンを乗せた馬車は死の森に向かって走っていくのだった。