27話 解放の時
「うおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」
王宮にエルマの叫び声と金属音が響き渡る。
アイズにより『凍血』の属性効果を得たエルマの勢いはすさまじいものであった。エリーゼとキッド、二人の吸血鬼を相手にしてなお優勢を保っている。大剣でエリーゼの触手を切り払いつつ、返す刀でキッドの攻撃を受け流す。
「どうしたよお姫さま!うちのキッドを使っておいてそのざまかい!?私がキッドをパシらせてるときのほうがよっぽどキビキビ動いてるよ!」
「黙りなさい!」
エリーゼは歯軋りをしてエルマを睨む。目の前に憎きツェペシュ王がいるというのに、母の復讐を成し遂げる力も手に入れたというのに。あと一歩まで届かない。もはや手段は選んでいられない。どんな手をつかってでも、ツェペシュを──殺す。
「『毒血支配術』、暴走解放」
──エリーゼの狂気が爆発する。
「ッッッッッッッッアアアアアアアアアア!!!!」
突如、キッドが大声を上げて叫びはじめた。身体中に『毒血』の攻撃を受けたときのような紫色の痣が浮かび上がっている。それを見たエルマはエリーゼに向かって激昂した。
「やめろてめぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!キッドに自己崩壊を起こさせるつもりか!今のキッドじゃそれに耐えきれねぇってのは、てめぇ自身がよくわかっているだろうが!」
「キッドもわかってくれるはずです。ツェペシュはどんな手を使ってでも打倒すべき巨悪なのですから」
「わけわかんねぇこといってんじゃねぇぞ!」
エルマがエリーゼに攻撃を仕掛けようとしたとき、キッドがとてつもない速さでエルマに襲い掛かってくる。これまでになく速度も力も増していた。だがその反動か、キッドの口からは血がとめどなく流れていた。
「キッド!」
エルマが気を取られた瞬間。
「……ごふっ!」
エルマの胸をキッドの刀が貫いていた。エルマの鎧の隙間を狙ったのだ。
「なんだよキッド……暴走状態のクセになかなか的確な攻撃じゃねーか」
エルマは血を吐きながら苦笑する。そして、すぐにキッドの意図に気が付いた。
刀はエルマの心臓を避けていた。外すような距離ではない。そう、キッドも必死に抵抗しているのだ。『毒血』からの、エリーゼからの、──『支配』から。
「キッド、今『自由』にしてやるからな」
エルマは体に刀を突き刺さらせたまま、キッドの首元に噛みつく。そして勢いよく血をすすり始めた。体内の『毒血』を吸いつくすことで毒血支配術を解除しようというのだ。だがそれは──
「……さすがに上位吸血鬼の血はきっついねこりゃ」
キッドの体から紫色の痣がなくなっていく。その代わりにエルマの全身に痣が浮かび始めた。
「自分の命を捨ててまで助けようとする精神は立派ですが、無駄なことですよ?また私が血を注入すればいいのですから」
エリーゼが嘲るように言う。だがエルマはその言葉に笑みで返した。
「いや、もうキッドはお前には『支配』されない。そんなやわな精神じゃねーんだキッドは。なぜかって?そりゃ私の弟だからな」
血を吸い終わり、エルマとキッドは互いに倒れ込む。エルマの呼吸は弱々しく、ほぼ虫の息だった。
「……あなたの気高い精神をたたえ、苦しまないよう一瞬で殺してあげます」
様々な感情が入り混じった声でエリーゼがそう言うと、エルマに向かって無数の触手を伸ばす。蛇のような先端が体に噛みつこうとしたとき──
触手の先が凍って砕け散った。
「──!?」
エリーゼは驚いてアイズの方向を向くが、アイズは依然玉座の前に陣取っている。アイズではないなら誰が──
「……僕もツェペシュ王のやったことは許されないことだと思っています」
エルマの横にはキッドが立っていた。支配されていた時のようなうつろな目ではない。自我をもったまっすぐな目をしている。
「ばかな!?血を抜いたからといって、毒血支配術にすぐに抗えるはずがありません!」
「でもエリーゼ姫、あなたが多くの人を巻き込み、僕の家族を傷つけるようなやり方で復讐しようというのなら」
キッドは刀を向ける。エルマにではなく、エリーゼのほうへ。
「僕はあなたを──止めます」
キッドの反逆に、エリーゼは肩を震わせる。そして震えた声でキッドに言った。
「キッド、ツェペシュはあなたを殺そうとした男なのよ!それなのにそのツェペシュを守ろうというの!?」
「ツェペシュ王にも罪を償わせるつもりです」
間髪入れずキッドは答える。
「でもそれは人間の法に則ったやり方でです。今の姫のようなやり方では、ツェペシュの罪は闇の中に消え、あなたがクーデターを起こしたという結果だけが残ることになる!いいのですかそれで!」
キッドの言葉にエリーゼは逡巡する。
「でも今更止められはしない……これは、私の意志で決めたことです!」
ふり絞るように叫んだ後、エリーゼの体に紫色の痣が浮かび上がる。暴走解放を自分自身に使ったのだ。
「私を止めるといいましたね!キッド!さあ私を止められるものなら止めてみ──」
「迅雷」
宮殿に轟音が鳴り響く。勝負は一瞬で決まった。『雷血』の力を使った高速の一撃が、エリーゼの意識を奪ったのだ。
「勝ったかよ……キッド」
エルマが弱々しい声で尋ねる。
「はぁ……最後にお前の血を飲みたかっ……べぶぅ!?」
エルマの口にキッドの指が突っ込まれ、血を飲まされる。
「解毒の血だよ。僕『毒血』にも適応したんだ。これで『炎血』以外のすべての血の力が使えるようになるね」
エルマの痣がみるみるうちに消えていく。
「お前いつの間に……ああ毒血支配術は体内に血を入れるからか。ちゃっかりしてやがる」
感心しているエルマにキッドが尋ねた。
「姉さん、母さんはどこに?」
エルマは指を天井に向けて言った。
「上で『毒血』の真祖様とやりあってるところさ」
*
「眷族創造、毒血長蛇」
宮殿の上では、フリーダが大量のネロの毒蛇を相手にしていた。
「わしは賢いからのう。最強のフリーダ相手に直接戦闘は挑まんのよ」
離れたところから、髪の毛で眷族を作り出しながらネロは言う。
フリーダは『毒血領域』に体を蝕まれながらも、一本のナイフで眷族たちと渡り合っている。
ネロは遠巻きに戦闘を眺めながら、『毒血領域』の中でも朽ち果てない鉄のナイフを訝しげに見る。
(なぜあのナイフは朽ち果てないのじゃ?実は鉄以外の金属や黒曜石で出来ているのか?いやそんなものは持っていなかったはず。それに試しに毒の種類を変えて見ても変化はなかった)
「純度だよ」
ネロの考えを読んでいたかのようにフリーダはつぶやく。
「純度99.9999%の鉄のナイフだ。この純度の鉄は、お前の毒でも朽ち果てはしない」
「ほお、それはすごい。それなら朽ちることなくこのわしの首を切り落とすことができるのう」
ネロはケラケラと笑い始める。
「そのナイフがわしの首まで届いたら、の話じゃがな」
ネロの眷族が一斉に襲い掛かる。無数の蛇の塊にフリーダが飲み込まれる寸前──
蛇たちの肉体が、フリーダに食らいつく寸前ではじけ飛んだ。
ネロは驚きの言葉を発しようとしたが、それはできなかった。自分の体がピクリとも動かなくなってしまったからだ。
「ヴォルトのやつが言っていたが、血液は『鉄』で出来ているらしい」
フリーダはよろよろと歩きながら、動けなくなったネロに歩み寄ってくる。
「『鉄』を操作するのは『鉄血』の本分だ。お前の体は私の意のままとなった。お前が警戒して眷族たちの攻撃に専念してくれたおかげで、『鉄』をコントロールする時間を得られた。正直お前自身が攻めてきたら危なかったよ」
ネロはなんとか口元を動かせるようにしたが、もはや遅かった。
「フリーダ!わしはお前のことを──」
だが言い終わる間もなく。ネロの首は胴から切り離された。それとともに、ネロの体が溶けるように崩れていく。
「……その先は本体の口からいえ、どうせダミーの体だろうに」
フリーダは呆れた様子でため息をつく。そして仰向けに倒れ込んで言った。
「そして聞き終わったら盛大にフってやる」
*
キッドは気絶したエリーゼの体に即席の手錠をかける。『凍血』の力を込めているので容易には壊れないはずだ。辺りの毒霧も晴れていた。アンナの無事を確認するため玉座のほうを見やる。
「みんな無事──」
そのときキッドは人数が合わないことに気づいた。アンナもいる。アイズもいる。
──ツェペシュがいない。
「大変よキッド!ツェペシュ王が逃げたの!キッドがエリーゼ姫を倒した後すぐに!」
「毒の霧の中を突っ切って行ったよ。僕はアンナちゃんを守らなくちゃならなかったから動けなかったんだ。くそぅ、なんて『非栄光的』な結果なんだ!」
アンナとアイズが口々に言う。キッドは青ざめた顔でつぶやいた。
「なんてことを……人間があの毒を吸ったらもはや長くは……」
キッドは急いでツェペシュが逃げたという方向へ走り出した。
*
「がはっ!ごほっ!」
ツェペシュは血を吐きながらよろよろと廊下を歩く。その手にはネロからエリーゼ暗殺のために受け取った『鬼血』が握られていた。
「私を見逃してくれて感謝しよう、アイズ。さて、我々も、自らの行いに決着をつけねばな。なぁ?……ヴラド」
ツェペシュの眼に、光が灯った。