24話 血の舞踏会
「うわああああああああああ!!!!!!!」
騎士達の絶叫が室内にこだました。それもそのはず、死んだはずのエリーゼが立ち上がり、異形の姿と化して自分たちに襲いかかってきたのだ。
「お前たちは……生きるに値しない」
エリーゼがそう呟くと、背中の触手が辺りの家臣、騎士達に襲い掛かった。
触手の先端が蛇のように大口を開け、騎士達の武器や鎧をとかし、その肉体に噛みつく。毒の血を注入された肉体はグズグスに溶けていってしまった。
「ば、化け物おおおおおおお!!!!」
生き残りの人間が悲鳴をあげながら扉に向かって殺到した。
「逃がさない……」
それを見たエリーゼは近くの死体を掴むと、扉に向かって勢いよく放り投げた。
それは今まさに部屋から出ようとしていた人間を叩き潰し、目の前でまた人が死んだのを見て、人々は動きを止めた。
さらに目の前の光景を見て腰を抜かしてしまった。
なぜなら死んだはずの人間がグズグスの身体で立ち上がり、自分に向けて襲い掛かってきたからだ。
「『毒血支配術』──『屍蝋人形』」
エリーゼの眷族たちが襲い掛かる。
まもなく、その部屋から叫び声は聞こえなくなった。
一連の光景を、キッドは朦朧とした意識で見ていた。ほとんど虫の息だ。それゆえ屍蝋人形からも襲われなかったのかもしれない。
「……エリーゼ姫……良かった、生きてた。でも、その姿……貴方は、吸血鬼に……」
意識がブラックアウトする寸前、激痛が走りキッドは無理やり目覚めさせられた。
「がああああっ!!!!」
背中にエリーゼの触手が突き刺さっていた。自分の血が吸い取られていくのを感じる。
エリーゼは恍惚とした表情で血を吸い、そしてキッドに言う。
「死んじゃダメよキッド、貴方は生きるに値する存在……ツェペシュを殺し、私がこの国を真に良き国として『支配』する。そのお手伝いをしてもらうわ」
*
「キッド君遅いなぁ。もうすぐ舞踏会も終わっちゃうよ。一緒に踊りたかったのに」
アンナはフリーダ仕込みの華麗なターンを見せる。それをみたアイズがパチパチと拍手をして褒めたたえた。
「素晴らしい動きだね!とっても『栄光』的だよ!」
「あ、ありがとうございます」
「栄光的ってなんすか」
エルマが困惑した顔でツッコミを入れた。
「キッドはなにやら城の中を動き回っているようだが……城の案内でもしてもらっているのだろうか」
フリーダは血の瓶の位置を探りながら言う。
「かかかっ!キッドはこの国の英雄になったのじゃろう?武勇伝に花が咲いておるのかもしれんのう」
ネロが白々しい様子で言った。ネロの口調に何かを感じ取ったフリーダはネロに詰め寄って言う。
「ネロ……貴様、何を知っている?」
「すぐにわかる」
突如、会場内に絶叫が響き渡った。いきおいよく開いた扉から、大量の『屍蝋人形』が飛び出してきたのだ。『屍蝋人形』は目についた人々に向かって襲い掛かる
「いやあああああああああああ!!!!!!!!」
王女エミリーが王子トイを抱えて絶叫した。そして『屍蝋人形』が喉元に噛みつこうとしたとき──『屍蝋人形』の動きが止まっていた。カチカチに凍り付いていたのだ。それもすべての『屍蝋人形』が。
「今の僕、とっても『栄光』的じゃないかな?」
アイズはすさまじいドヤ顔で言った。アイズの足元から氷が伸びて、『屍蝋人形』だけを凍り付かせていた。
もっとも、貴族たちはアイズの活躍には目もくれず、我先にと会場から逃げ出していた。後にはツェペシュとその護衛、そして吸血鬼たちが残った。
「ほう、もう『屍蝋人形』を操れるまでになっておったか、なかなかの逸材じゃのう」
ネロは『屍蝋人形』が出てきた扉のその先を見る。フリーダも扉の先をみて、血相を変えた。
「キッド……何故『毒血』の血で吸血鬼となっているんだ?」
扉の先には背中から触手を生やしたエリーゼが立っており、そしてその傍らにはうつろな顔をしたキッドもいた。
「ツェペシュ……貴様ああああああああああ!!!!!!!!!」
エリーゼは吸血鬼特有の白と黒の反転した眼でツェペシュを見ると、目にも止まらに速さでツェペシュに襲い掛かる。進路上に立ちはだかった護衛の騎士たちの体は、瞬く間にちぎれ飛んでしまった。だがその突進も、重装の鎧を着た戦士に防がれる。
──『鉄血』の吸血鬼、エルマである。
「てめぇ!これは一体どういうことだ!説明しやがれ!」
エルマが凄まじい怒気を含んで叫ぶ。そのエルマに何者かが高速で突っ込んできた。その人物の顔をみてエルマの動きが止まる。
その人物は──キッドであった。
キッドは毒のナイフを作ったエルマに切りかかる。分厚い鎧が溶けわき腹が切り裂かれる。
「痛っ!キッド!なんで私に攻撃すんだよ!」
エルマは離れて距離を取る。キッドは何も反応しない。フリーダがエリーゼを睨んで話し始めた。
「あれは毒血支配術によるものだ。人の心や体を掌握する力……!」
エリーゼがフリーダの目線に気づくと、フリーダのほうを向いて話し始める。
「……私がキッドの肉体を操っていることは否定しません。ですが心のほうはきっと私と同じ、復讐に燃えているはず、なぜならあの男、ツェペシュは私とキッドを殺そうとしたのですから」
「なんだと!?」
エルマが驚いてツェペシュをにらむ。ツェペシュは無表情のままエリーゼの話を聞いていた。
「あの男は私たちの料理に吸血鬼の血を混ぜて殺そうとした。平和外交を掲げる私と、記録を抹消された王女──アンネの忘れ形見、キッドをまとめて始末するために」
そしてエリーゼはツェペシュに向きなおって睨む。
「キッドのことを知ったときはさぞかし驚いたでしょうね。死んだ、いや、殺したと思っていた第一王子が生きていたのですから。記録は消せても記憶は消せない。キッドのことを覚えていたもの──私や政治から追いやられた貴族などの手によって王族に復帰するかもしれない。そうなればトイを傀儡とする計画が失敗してしまう。もっとも、私はこうして吸血鬼となり、キッドも生きている。計画は破綻したようですね。──お父様?」
ツェペシュは相変わらず無表情のままだ。
「そして私は気が付いた。この無味無臭で証拠の残らない毒は、私の母──第一王女マリアンヌを殺したものと同じ手口!」
エリーゼの顔が怒りに歪む。
「お前の野望のために──お前はどれだけの命を奪ってきたああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
エリーゼが絶叫すると、触手の先端が開き、その中から高圧の毒の血がツェペシュに向かって吐き出された。キッドも呼応してツェペシュに突撃する。
だが突如として、ツェペシュの目の前に氷の壁が出来てエリーゼとキッドの攻撃を防ぐ。
「ふむ──ヴラドか?」
「誰それ?助けたのは僕さ。ピンチを救う姿。とっても栄光的だろう?」
アイズがツェペシュの前で立ちはだかっていた。そしてエリーゼにむかって穏やかに言う。
「この国王様がとんでもない悪党だってのはわかったよ。でもここは矛を収めてくれないかい?客として呼ばれた義理を返さなきゃいけないし、それに今クーデターが起こったら国が大混乱に陥る。そうなったら僕の300年物のワインへの名声はうやむやに……ん?クーデター……まさか、ネロ、さっきからニヤニヤしてるのって」
そのとき、ネロはこらえきれなくなったように笑い始めた。そして息を整えると話し始める。
「そう疑いの眼差しを向けるな。エリーゼがわしの血に適応したのは偶然じゃ、しかしわしは幸運を最大限に活かす方針での」
そしてネロはフリーダにむかって話し始める。
「フリーダ!国王を殺すのに手をかせ!そうすればお前のキッドをエリーゼからすぐ返させてやるぞ!この男はキッドを殺そうとした悪党じゃ!異論はあるまい!」
「どうしますフリーダ様!国王のヤツを守る形になるのは癪ですが、アイズとともにあのエリーゼと戦いますか!?それともアイズを退かせて国王を討ちますか!?」
エルマがフリーダに尋ねる。エリーゼも懇願するようにいった。
「どうか私に協力してください!あの男を倒せば速やかにキッドを解放します!あの男はまだ隠し玉をもっている!心苦しいですが私にはまだキッドの力が必要なのです!」
「なんだ国王サマ、やけに余裕があると思ったらそんなものを持ってたんだ。ま、僕は一度決めたことを変えるつもりはないから安心して」
アイズはそう言って戦闘態勢をとる。
「別にまとめてかかってきてもいいけど?複数人相手に勝ち星をあげるのも結構栄光的だしね」
余裕の笑みを浮かべるアイズ。
この戦いの行方はフリーダがどちらに味方するかにかかっていた。見極める。どっちがキッドを助け出すのに最良か。
「……私がとる選択は──」
*
今の状況の成り行きの説明
・国王ツェペシュ、キッドの生存を知り、ある計画の邪魔とならないようエリーゼとともに謀殺することを決める。
・エリーゼが鬼血に適応して計画失敗、エリーゼは自分の母も同じ手口で殺されたと気が付き復讐を決意する。
・ネロはこれに乗じてエリーゼにクーデターを起こさせ国を奪おうと考える。
・エリーゼはツェペシュの隠し玉を警戒してキッドを支配下に置く。
・アイズはパーティーに呼ばれた義理を返すため。そして栄光的なためツェペシュを守る側につく。
フリーダはアイズにつくか、エリーゼ(ネロ)につくか選択を迫られる。