21話 英雄の誕生
夜明け前の闇の中を、超高速で突き進む影が一つ。
浅黒い肌に、露出した上半身、全身に入った文様。そう、『炎血』の真祖、アグニの本体である。
「素晴らしい素晴らしい素晴らしいぞ!ダミーとはいえワレを打ち倒すとは!ヴァンパイアハンターと吸血鬼が協力してワレに立ち向かう姿!とても素晴らしいものであった!まっていろ!本体のワレが今すぐに相手をしてやるぞ!」
そう言って平原を駆け抜けているアグニの頭上に、
山のような大きさの鉄塊が降ってきた。
アグニは全身を赤熱化させるとその鉄塊の中に突っ込み、鉄を溶かしながら内部を突き進む。そして突き抜けたアグニの目の前に、長い黒髪をなびかせ、全身を黒鉄の鎧に包んだ『鉄血』の真祖、フリーダが立ちはだかっていた。
「もう夜明けが近いぞ?このままいけば太陽の光で焼け死ぬだけだ。真祖とて太陽の光には耐えられんのだからな」
そう言ってフリーダはアグニを宥めるが、アグニは興奮冷めやらぬ様子で言う。
「そうは言っても体の熱がおさまらんのだ!このままでは太陽で焼け死ぬか、自分の熱で焼け死ぬか二つに一つだ!ならワレは戦いの道を選ぶぞ!」
アグニの言葉にフリーダはため息をついて言う。
「仕方ない。同じ真祖のよしみだ。──私の『鉄』でお前の熱を奪ってやろう」
フリーダがそういうと、巨大な鉄のドラゴンが生み出され、アグニに向かって襲いかかる。
「感謝するぞフリーダ!お前と戦うことほど楽しいものはない!今度こそお前に勝ってみせるぞ!」
そう言ってアグニはドラゴンの噛みつきをかわすと、首を掴んで地面に叩きつけた。そして頭部に向かって炎を纏った拳を叩きつける。ドラゴンの頭は瞬く間に溶けてしまった。
「ドラゴンは倒したぞ!次はフリーダお前だ!」
「鉄の塊の頭部を壊したところで、何をどう倒したと言うのだ」
フリーダが呆れたように言うと、ドラゴンの胴体が流体金属となってアグニの体にまとわりつく。
一瞬だけ動きを止めたアグニの真上に、フリーダが舞い降りて言う。
「もう夜明け前だと言っただろう。さっさと決着をつけるぞ」
そしてフリーダはアグニの脳天にゲンコツを叩きつけた。アグニの体は地面にとてつもない勢いで沈んでいく。その穴を流体金属が塞いだ。
「しばらくそのなかで頭を冷やしていろ」
真祖同士の頂上決戦は、闇の中でひっそりと終わった。
*
『五血同盟』と『忌血の英雄』の目の前で、アグニの胴体はボロボロと崩壊していく。空の上の火球も消え、再び暗闇が辺りを包んだ。
吸血鬼たちが歓喜したのも束の間、吸血鬼達はネールがいたことを思い出すと、クラウチングスタートの体勢をとったのち、思い思いの方向へ逃げ出した。
「あっ、貴様ら待て!……うっ」
ネールが剣を手放してよろめく。剣に血を吸われすぎたのだ。前のめりに倒れたその時、
──倒れるネールをキッドが支えた。
「おいキッド何やってんだ!早くずらかるぞ!」
エルマがアンナを脇に抱えながらキッドに言う。
キッドはネールの顔をじっと見た。ネールはキッドに気づくと不思議そうに言う。
「君はあの時の……どうしてここに……?」
キッドはネールの顔を見据えたまま言う。
「ネールさん、今日の夜、ぼくたちと……吸血鬼達と話し合う場を設けてくれませんか?」
「な、何を──」
そう言いかけてネールは気絶してしまった。
「ね、ネールさん!」
あたふたとするキッドをなだめるようにしてニールが現れると、ネールの体を担いでキッドに言う。
「ああ、話し合いの場を設けよう。色々と知りたいこともあるしな。今夜、街のヴァンパイアハンター協会の支部に来てくれ」
キッドはその言葉にうなづくと、小走りで街の闇に消えていった。
ニールはネールを担いだまま、闇の中に話しかけた。
「──アグニ、まだ生きてるんだろ?聞きたいことがある」
するとアグニの頭部が寝ぼけたような声を発して返事をした。
「ん?ああ、すまん今フリーダとの戦いに気を取られていてな。見事な戦いを見せてくれた礼だ。なんでも答えてやるぞ」
ニールはアグニの発言をイマイチ理解しきれなかったが、気を取り直して質問する。
「お前の『炎血』の中で、村一つを焼き尽くす力をもつヤツを知っているか?」
ニールはいつにもなく真面目な様子で尋ねた。
アグニは少し唸った後言った。
「忌血の子供だけをわざわざ生かして置くような、妙なことをする奴は、『炎血』の中には知っている限りおらん。みな忌血と見れば真っ先に血を飲み尽くすような連中ばかりだ」
「ああ、そうだろうな。お前達吸血鬼は、そうやって俺たち忌血の血を目当てに襲ってくるんだ」
ニールの怒りのこもった発言をよそに、アグニは話を続ける。
「だが、『炎血』でもないのに『炎血』の力を使えるものや、わざと生き残りをだして憎悪を植え付けるようなことをする奴らは知っている」
「……なんだと」
そしてアグニはニールを見据えていう。
「そいつらの名は──『闇血』」
アグニがそう言った瞬間、地平線から太陽が顔を出し、アグニの頭部を灰にしてしまった。
「……教えてくれて感謝するよ」
ニールもネールを連れて協会の支部へと帰っていった。
*
アグニが打ち倒されたというニュースが広まり、北都の街は歓喜に包まれた。
あちこちの店でセールが行われ、酒が振る舞われ、人々は踊りだし、さながら祭りの様相を呈していた。
ハンター協会の北都支部では、ベットに横たわるネールとそのそばに立つニールに対し、騎士団団長のゾルドが深々と頭を下げていた。
「真祖からこの街を守ってくれて、そして部下達の仇を取ってくれて、どれだけ感謝してもし足りませぬ。きっと真祖討伐の勲章が、国王からあなた方に送られることでしょう」
だが、ネールは押し黙ったまま口を開かない。ゾルドが不思議そうに眺めていると、
「おお、それはこの上ない喜び!授賞式の日程が決まりましたらお知らせください」
ニールが間に入って適当に取り繕った。
ゾルドが出ていった後、ネールはニールに尋ねる。
「兄さん、吸血鬼とはいったいなんなのだろう。なぜあいつらは敵のはずの私たちを助けたんだ?」
「さあね、今夜の話し合いでわかるんじゃないか?」
ネールはキッドやアンナのことを思い出し、そして傍らに置いてある『滅鬼の鉄剣』を見たあと眠りについた。
*
吸血鬼とヴァンパイアハンター協会との話し合いは夜の北都支部で行われた。吸血鬼側は『五血同盟』とアンナとボルタ、ハンター側は英雄二人と局長であった。
最も、バイアスが既に協会にさまざまなこと話していたので、この話し合いは実質『五血同盟』と『忌血の英雄』との話し合いということになる。
「……でだ」
ネールは『五血同盟』の前でため息を吐いていう。
「なんで私が縛られているんだ!」」
ネールは縄で椅子にグルグル巻きにされていた。
「そりゃ話し合いの場で暴れられたら困るしなあ」
「暴れるか!」
ニールはネールの縄をするすると解く。
そうしている二人にヴォルトが話しかけた。
「だいたいの事情はもう聞いていると思う。僕らがこの話し合いで要求することは一つ、──僕らがこの街に住むことをどうか許してほしい」
そのヴォルトの発言をネールは黙って聞いていた。
「あれ?すぐ『ふざけるな!』って激昂するかと思ったのに意外」
ニールがからかうように言った。
それを無視してネールは話す。
「……私が狩るのは依頼書に記された吸血鬼だけだ。せいぜい悪さをしないことだな」
それを聞いたバイアスはホッと胸を撫で下ろす。
「いやーよかったよかった。これで嬢ちゃんがいる時でも大手を振って夜を歩けるぜ」
喜ぶ吸血鬼達をよそにネールはキッドを真っ直ぐ見て言う。
「私たちからも条件が、いや、頼みが一つ。──キッドくんも勲章の授与式に参加してもらいたい」
それを聞いたキッドは驚いて尋ねる。
「ええっ!?なっ、なんで!?」
キッドの質問に局長が答えた。
「我々は英雄を必要としている。ダミーとはいえ、アグニ討伐を二人だけの力でやったとするのは少し無理があってね。無論、吸血鬼に頼ったというわけにもいかない。ゆえにキッド君、君に英雄になってもらいたいのだ」
キッドが突然のことに慌てふためいていると。突然声が響いた。
「──キッドに余計な肩書きを背負わせるつもりか?英雄になるなど、厄介ごとに巻き込まれるようになるだけだ」
フリーダがエルマと共に部屋に入ってきた。
フリーダはネールを見てニヤリと笑うと言う。
「お久しぶり、私の血は役に立ったかな?」
「……それはもう」
室内が静かな緊張感に包まれる。それを打ち破るかのようにキッドが言う。
「──僕、やります。忌血の英雄がまた一人増えれば人々の忌血への差別もなくせるかもしれない。僕はアンナちゃんが自由に商売できる世の中にしたい。だからその授賞式に僕も参加します」
「キッド……立派な考えだわ!お母さんも実はそう思っていたのよ」
手のひらを返してそう言うフリーダを、エルマが冷たい目線で見ていた。
アンナも意気揚々として言う。
「それじゃあ明日には王都にむけて出発だね!今回は堂々と関所を通れるね!」
「じゃあ今夜は英雄誕生を祝うパーティーだな!」
フレイが大声で言うとみんなが早速パーティーの用意をし始めた。協会の私物を自分たちの物かのように使い始め、局長はそれを苦笑いをして見つめていた。
パーティーは夜通し続くことになるだろう。
「なんだか……いいな。こういうのって」
そしてキッドも準備に加わったのだった。
*
ヴァーニア王国、王都の城で、国王ツェペシュは部下の報告を黙って聞いていた。王は40代で、端正な顔立ちをしているが、目が淀んだように暗かった。
「真祖討伐の勲章授与式は、多くの貴族が集まる、年に一度の式典と一緒に行うことになります。勲章を与えることになるのはニール、ネール、キッドの三人です」
国王は「キッド」という名にピクリと反応する。
そして部下に質問を投げかけた。
「キッドというものは年は幾つだ?」
「14、5かと」
「他の英雄と同じように忌血なのか?」
「そう聞いています」
「顔立ちはわかるか?」
「似顔絵がこちらに」
似顔絵を受け取ったツェペシュはそれをみて静かに笑い始めた。
「ああ……なんてことだ。そっくりではないか」
部下は、似顔絵の顔と誰がそっくり?と疑問に思いながらも口には出さなかった。
そしてツェペシュは誰にも聞こえぬ小声で言う。
「まさか生きていたとはな……我が子、キッドよ」
王都にて、新たなる脅威がキッドを待つ。