20話 最終血戦(後編)
キッドは血刀を構えてアグニに突進していく。そしてアグニの首に刃を振るった。
「──硬い!」
だがアグニの首はその刃を通さない。アグニが自慢げな表情を見せていると、
「──血刀『血走』」
キッドの手から血が流れ出て刀を覆う。そして表面で激しく波打ち初めた。
その瞬間、刃がアグニの体に入っていく。
「なに!?」
アグニが驚いた表情をとる。表面で流れる血が高周波ブレードのように働き、アグニの頑強な防御を貫いたのだ。
「やるではないか!」
だが完全に切り落とす寸前、アグニの拳が刀の側面を撃ち刀が折れてしまった。アグニが首に残った刀を抜きながら言う。
「これほどの勇者がこの街にいようとは!いい!いいぞおおおおお!!!!!」
両手を組んで『五血領域』の維持を行なっていたヴォルトはアグニの様子を見て叫ぶ。
「皆離れろ!ヤツは体にエネルギーを貯めている!」
ヴォルトの指示でフレイ、バイアス、キッドが後ろに飛んで離れると、アグニの体から爆炎が放たれる。そしてそのエネルギーによって『五血領域』が霧散してしまった。
それだけではなかった。炎が球状にキッド達を囲み、『炎血領域』という空間が広がっていた。
空を旋回しながら戦いを見ていたエルマは叫ぶ。
「ええい!噴煙で中の様子が見えない!キッドは大丈夫なのか!」
「キッド君……頑張って……!」
「クソがっ!この中だと氷が上手く作れねぇ!」
「俺は元気だぜー!!!!」
バイアスとフレイがそれぞれ感想を漏らす。
「こ、この熱だとさすがに私の毒も壊れちゃう……」
そう呟くギフトに、アグニが掌を向ける。
「さて、お前はどんなふうにしてワレを楽しませてくれるのだ!?」
そしてアグニがギフトに向けて火炎放射を放つ。だがその炎はギフトの目の前で鎮火した。
「そうだった。お前がいると炎が消されてしまうんだった」
ヴォルトが電気を帯電させながら、とぼけたことを言うアグニを睨む。
「そんなことも忘れる頭なら無くしてもいいんじゃない?手術して取り除いてあげようか?」
「目や耳や口が、胸についていたらそうしてもらいたいのだが」
アグニは冗談に冗談で返す。
「キッド君!君の鉄に私の電気を流す!協力してアグニを仕留めよう!」
「はい!」
そして二人は並走してアグニに向かう。アグニはチラリとキッドを見て呟いた。
「ここに来る途中、フリーダの血が入った瓶を拾ったが……なるほど、お前のためのものだったのだな。お前を、フリーダに戦いを挑む前の前菜としよう!」
そういってアグニは自分の腕を燃やして赤熱化させる。
キッドが作り出した血刀にヴォルトは電流を流す。
「アグニ、頭を良くしてあげよう!もういちどラジコンになれ!」
そしてキッドはアグニの頭部めがけて剣を突き刺す。
──だが突き刺したとたん、アグニの体は霧のように消え去ってしまった。
「──忘れたのか?今この空間はワレの『炎血領域』の支配下にあるということを」
蜃気楼。空気の温度差によって光が屈折する現象。キッドたちは実際のアグニの場所を誤認してしまったのだ。
アグニは──既にキッドたちの真横にいた。
「まずは二人」
そしてアグニは、燃え盛る拳でキッドとヴォルトの体を貫いた。
胸を貫かれた二人は、そのままの拳の勢いで壁に飛ばされ激突する。残った三人は、一瞬にしてやられた二人をみて動きを止めた。
「一撃だと!?」
「二人は大丈夫なのかよ!?」
「ち、治療、治療をしないと……」
動揺する三人の目の前に、炎が足止めをするように現れる。
「他人に構っているヒマなどないだろう?今度の相手は誰だ?『凍血』か?『炎血』か?『毒血』か?」
アグニはそういって三人を眺める。そして狙いを一人に絞ろうとしたとき。
「てめぇの相手は──俺たちだ!」
辺りを囲む炎の壁を、『五血の盾』を構えたニールとネールが突き破ってきた。その勢いのまま、ネールは『滅鬼の鉄剣』をアグニの頭にたたきつけようとする。
「その攻撃は受けるわけにはいかんな!」
アグニが腕で剣を防御すると、頭部は守れたが、接触した腕の内部から剣が飛び出し、アグニの腕を無惨に破壊した。
吸血鬼三人はいきなり現れた英雄二人にギョッとしている。ネールがアグニのカウンターを避け後ろに飛ぶと、ニールが声をかけてくる。
「わかってると思うがアグニ以外の吸血鬼は……」
「わかってる。アグニを仕留めてから殺す」
ニールは「ダメだこりゃ」と言わんばかりの表情をする。ネールは剣に血を流すと、それをアグニに向けて飛ばす。空中で鉄の塊に変化した血を、アグニは炎で溶かして防いだ。
すると炎によって生まれた死角から、ニールが盾を構えてアグニに攻撃する。
アグニが盾を打ち砕こうと、残った片手で攻撃するが、逆にアグニの拳のほうが砕けてしまった。
「『鉄血』の血も混ぜたから防御力もマシマシだぜ!」
アグニは両手を再生させながら感動して言う。
「昨夜戦った時より格段に動きが良くなっている!これが英雄の実力か!」
その戦いをそばで見ていた吸血鬼三人も感嘆している。
「もしかしたらあいつらやるかもしんねぇ!」
「クソっ!命だけでなく真祖を倒す名誉まで英雄に奪われちまうのかよ!」
「キ、キッドくんとヴォルトは大丈夫かな……」
そのころヴォルトはキッドに、フリーダとアンナの血を飲ませていた。ヴォルトは比較的軽傷だったが、キッドは胸を貫かれ呼吸をしていない。
「死なないでくれよキッド君……君に死なれたら、フリーダさんに地獄まで追いかけられて殺されてしまうからね……」
英雄二人と、アグニが打ち合っていると。しだいに英雄二人の動きが鈍くなってきた。
(熱い!ヤツの生み出した炎によって水分が奪われてしまう!)
ネールは汗をだらだらと流しながらそう考える。『炎血領域』の効果によって気温が急上昇していたのだ。
「この空間ではもちろん『炎血』の効果も増す」
そういってアグニは巨大な火球を作り出す。その火球はネールへと向けられた。しかし、大きな盾を持って疲弊したニールでは確実に防御に間に合わない。
「ネールゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!!!!」
ニールは叫んで走るが間に合わない。火球が直撃しようとしたそのとき──
キィン!
はじけるような音がして火球は消え失せた。
目の前の毒と冷気と熱で出来た空間が火球を打ち消したのだ。
「──おいおい頼むぜ英雄様よ。お前たち抜きでどうやってアグニを倒すんだ?いっとくがヴァンパイアハンターとしては俺が先輩だからな!」
「強いなお前たち!できれば死なない程度に相手してもらいたいぜ!」
「た、助けたから見逃してくれたり……はしてくれませんよね。はい」
吸血鬼三人が『三血空間』とも呼べる代物を作り出しネールの身を守ったのだ。
「……何が起こった?あいつらは何をした?」
ネールは信じられないといった顔で、その光景を見ていた。自分が吸血鬼に助けられるなど。あれだけ殺してきた吸血鬼に。あれほど憎んできた吸血鬼に。
放心しているネールにニールが声をかける。
「なんでもいいだろ!今はあのアグニを倒すことに専念しろ!」
ニールに言われネールは、吸血鬼三人とともにアグニの応戦に回る。アグニに対して、吸血鬼と英雄との奇妙な共闘が生まれた。
*
キッドは目をつむり暗闇の中に横たわっている。自分は死んでしまったのだろうか。体がピクリとも動かない。このまま闇の中に溶けてしまいそうに思えた。
すると闇の奥から声が響く。
「──ろ」
なんだろうか、だが耳を澄ます気も起きない。
「──起きろ」
そっとしておいてほしい。このまま寝かせて──
「──さっさとおきんか小僧おおおおおおお!!!!!!!!」
雷のような大声が響く。
飛び起きたキッドの目の前にいたのは『雷血』の真祖、デウスであった。
*
上空を旋回するエルマは舌打ちをして巨大な火球を見つめる。
「いったい中はどうなっているんだ!キッドが危なくなったら!っていっても内部が分からなきゃ判断できねぇ!」
「だったら中に入りましょう!」
「え゛っ!?」
アンナの言葉にエルマは驚愕する。
「私一人でも中に入りますよ!降ろしてください!」
そういってアンナはジタバタとあばれだす。
「わかったわかった!」
根負けしたエルマは鉄の鎧を纏って炎の中に突っ込んでいった。
突っ込んでいったエルマ達がみたのは、
──疲弊しきった。吸血鬼たちと英雄二人であった。やってきたエルマをみてアグニは笑みを浮かべる。
「ほう、新手か、もうすぐ火球も落ちてくるころだ。最後の挑戦者はお前かな?」
エルマはアグニの発言をよそにキッドの姿を探すが見当たらない。ガレキに隠れてエルマには見えなかったのだ。地面に降り立ったアンナは真っ直ぐにネールの元に向かう。アンナの姿をみてネールは申し訳なさそうに言った。
「すまない……私たちの力不足でこの街を守れなくて」
アンナはふるふると首を振っていう。
「そんなことないです。それに私、信じてます。キッド君達は負けないって」
そしてアンナはネールの剣を持つ手を握る。するとアンナの手から血が流れ出し剣先に向かっていった。
「きゃっ!?なに!?」
「これは……『滅鬼の鉄剣』はまだ真の力を解放していなかったのか!」
それに呼応するかのようにヴォルトが立ち上がって言う。
「エルマさん!皆!息を合わせて!」
すると吸血鬼達は血を流して、『雷血』を『炎血』を『凍血』を『毒血』を、少し遅れてエルマも『鉄血』の力を解放した。
再び『五血領域』が展開され、アグニの力を押さえつける。
「うおおおおおお!」
アンナの血を得て紅く色づいた魔剣を持ち、ネールが突撃する。
「させはせん!」
そう言ってアグニは火炎放射を放つが、ネールの盾によって防がれた。
「こっちこそ!させはせん!ってな!」
ネールは剣を大きく振りかぶる。
──そして一刀の元にアグニの首は両断された。
*
首が飛んだのをみてヴォルトは叫ぶ。
「まだだ!ヤツの体が生きているうちは、すぐに再生されてしまう!」
「その対策ならできてるぜ!」
バイアスがギフトの血を凍らせた槍を持っていた。
「私が使われたら嫌だなーって、思う毒を全部入れた。じ、自信作」
そしてバイアスはアグニに向かって投げつける。
──しかし、アグニはなんと頭もないのにその槍を避けた。鍛え上げられた肉体が本能的に回避したのだ。バイアスが悔しげな表情を浮かべたとき。
「俺もいるぜええええええ!!!!!」
フレイが空中で毒槍を掴んでアグニの体に突き刺した。アグニの体は毒で麻痺をしピクピクと痙攣している。
「私もやってやらぁ!」
エルマも加勢した。
地面に手をかざすと、アグニの下の地面から鉄の鎖が出てきて体を縛り上げる。
「あとは僕が!」
そう叫んでヴォルトは高圧電流を飛ばす。
だが、先程のダメージが響いてアグニを殺し尽くす火力には至らない。皮膚の表面が焦げる程度であった。
「くそ!僕が不甲斐ないばかりに!これが僕たちの限界なのか──」
*
キッドは闇のなかでデウスと対面していた。
「な、なんで今になって現れたんですか?」
「それはお前に力が足りなかったからじゃ。『雷血』に適応する力と覚悟がの」
「──力?覚悟?」
デウスは静かにうなづいて言う。
「力が足りなければ適応出来ず、自己崩壊を起こす可能性があった。また覚悟がなければ力に溺れてしまう。そこら辺を考慮できぬとはヴォルトもまだまだ未熟じゃの」
「ひぇっ……」
デウスは軽く笑って言う。
「じゃが今のお主ならフリーダの力を借りて『雷血』の力に適応できるはずじゃ。そうじゃ、餞別として《《アレ》》も教えておこう。では頑張るのじゃぞ。──キッドよ」
*
ヴォルトが電撃を放っても、アグニを殺すに至らなかった。ヴォルトが絶望感と無力感に包まれたその時。
──落雷が起こった。いや、そうではない。キッドの体から豪雷が鳴り響いたのだ。
キッドの体の周りにバチバチと電気が帯電している。髪の毛は静電気で逆立っていた。その姿を見たエルマは叫ぶ。
「フリーダ様の血と……『雷血』の同時使用!?」
キッドは自分の血から杖のようなものを作り始める。それをみたヴォルトはつぶやいた。
「アレはデウス先生が使うマキナ!?まさかキッド君に作り方を教えたのか!」
キッドはその杖の先で巨大な雷電球を形成する。
そしてそれをアグニに向け、静かに言った。
「──『デウス・エクス・マキナ』起動」
真祖の一撃にも等しい電撃が、アグニの体を貫いた。
キッドの攻撃を受けたアグニの体は、少し痙攣した後、ボロボロと崩れ始める。そして塵となり跡形もなく消えてしまった。
かくして、『五血同盟』と『忌血の英雄』の協力により、『炎血』の真祖、アグニを撃退することに成功した。