11話 蝕むは『毒』 抗うは『鉄』
「よっこら……しょ!」
フリーダは馬車の車体を川から引き起こす。山の方からだいぶ流され平地まで来てしまった。あたりは草原が広がり、月明かりが草花を照らしている。
「アンナの荷物が無事でよかった。だがだいぶ濡れてしまったな」
そう言って自分の服を見る。フリーダがおもむろに指パッチンをするとシックなドレスから黒色の鎧へと切り替わった。エルマほど重装ではないが、そのぶん細かい装飾が施され、荘厳な印象を与える。
「戦闘用の鎧を着るのは一体何年ぶりだろうか、さて、エルマのヤツを射出してやったがあいつはちゃんとキッドを助けられているかな。今の私にできることは信じることだけだが……」
自分が流されてきた山の方向を見ながらフリーダは伸びをする。そして草原のはるか彼方をのぞんで言う。
「それにしても、万が一を想定して、向こうにいかせたのがエルマでよかったよ」
草原の向こうから一人こちらに向かって歩いて来ていた。
「この山に吸血鬼がいることをハンターたちも認識していた可能性があったからな」
歩いてきたのは少女であった。束ねた白い髪に赤い目、溢れんばかりの殺気をフリーダに向けている。
「そして万が一だ……派遣されたのがあの『英雄』だったら?『毒血』と私たちとハンターとの乱戦になったとき、キッドやエルマに危害がおよぶ可能性があった、だからわたしが先んじて迎え撃ちにきたってわけさ」
そういってフリーダは少女を見つめる。彼女こそ『忌血の英雄』、『白銀の刃』ネールであった。
彼女はフリーダを見ると一言発する。
「山で山賊の長をやっているという吸血鬼はお前か?」
「いいや?だがそいつのことならたぶん知っている。道案内してやろうか?」
冗談めいてフリーダは言った。だがネールは表情一つ変えず武器を構えながら言う。
「必要ない。お前を殺してから自分で探し出す。吸血鬼は全て皆殺しだ」
そしてフリーダ目掛けて突っ込んでいった。
*
「どっせえええーーーい!!!」
エルマはメアリーにむかって大剣を叩きつける。メアリーはそれを見て口から毒の塊をぶつけた。大剣は腐食しボロボロに崩れ始めたが、全て崩すには至らず、メアリーは後ろに飛んで攻撃を回避した。
「避けるんじゃねーよ!」
理不尽な言葉をメアリーにぶつける。だがメアリーは飄々とした態度を崩そうとしない。
「あなたが聞くところの『鉄血』の吸血鬼ってヤツかしら?」
「それがどうした?」
「いや、出会えて嬉しいのよ、だって『毒血』の力で存分にいたぶれるのだから!」
空から毒の血が雨のように降り注ぐ。エルマはとっさに鉄の傘を作ってガードするが、すぐに腐食していき次第にエルマの鎧まで壊し始めた。
「『鉄血』の吸血鬼なんておとぎ話みたいに思ってたのよ、だから血の相性が有利な相手に出会えたことが本当に嬉しくて嬉しくて……」
メアリーはニタニタと笑みを浮かべる。すると崩れゆく鎧の中からエルマの声が響いた。
「血の相性が勝利に直結するなんて決まってないぜ?」
瞬間、鎧の中からエルマが目にも止まらぬ勢いでメアリーに突っ込んで来た。そして反応できていないメアリーの胸元に、全力の掌底をくらわせる。そしてメアリーは森の中を吹っ飛んでいった。
(何!?今……殴られたの!?わた──)
メアリーが自分が殴られたとようやく認識し始めた段階で、背中を強烈な蹴りが襲う。エルマが飛んでいくメアリーより早く動き、先回りして攻撃をくらわせたのだ。
そしてメアリーは木に叩きつけられた。口から血を吐き出す。内臓にもだいぶダメージが響いた。
「『鉄血』の力を使わずともここまでのことをやれるんだよ私は、いや、鉄の重さを捨てて逆にスピードはマシマシってところかな?」
メアリーはさらに血を吐き出した。呼吸もとても荒くなっている。
「おいおいもうバテてるのか?そんなにハアハアしちゃってさあ」
エルマは止めを刺そうと斧を作りだして近づいてくる。メアリーは嫌な笑みを浮かべながら言う。
「だって……こうしないと……あたりにちゃんと……毒が広がらないじゃないの……」
エルマの足が止まった。正確には、全身が麻痺したようになり、体が思うように動かせなくなっていたのだ。
「お前!まさか吐き出す息に!……毒を!」
「気づかれちゃうから……致死性の薄い毒しか……無理だけどね」
そしてメアリーはヨロヨロと立ち上がってエルマとは反対側に向かって歩き出した。
「おいおい逃げんのか?……私を殺す絶好の機会だってのによぉ」
息を荒くしながらエルマは挑発する。
「嫌よ、動きが止まってても……あなた余力満々じゃない、わたしは……回復してからあなたを殺しに向かうとするわ」
メアリーの言葉を聞いてエルマはメアリーの意図に気づく、必死で体を動かそうとするがうまく動かせない。口から鉄の針を作ってメアリーに飛ばしたが毒の盾で防がれてしまった。
「ほぅら元気」
「キッドおおお!!!!!アンナああああ!!!!!!早くそこから、逃げろおおおおお!!!!!」
森の中にエルマの絶叫がこだました。
「なんで……なんで回復しないの!?」
アンナが自分の腕に傷をつけ、キッドに血を飲ませているがキッドの毒は全く治りはしない。それどころが変色はどんどん体に広がっていった。
「そうだ!フリーダさんの血を飲ませれば……今なら私の血も飲ませたし大丈夫なはず!」
アンナはキッドのポケットを漁って血の入った瓶を取り出した。
──瞬間、木々の中から飛んで来た毒弾が瓶を吹き飛ばし、瓶を川底へ落されてしまった。
「──!?そんな!」
アンナが悲痛な声を漏らす。毒弾が飛んで来た方を見るとメアリーが舌舐めずりをして立っていた。
「このわたしの毒よ?ちょっとやそっとで治るわけないじゃないの」
「そんな……エルマさんでも倒せなかったの……?」
満身創痍のメアリーだが、ただの人のアンナや、毒に蝕まれたキッド程度は容易に組み伏せられる力を持っている。
「今の瓶……気配でわかるくらい禍々しい力が込められているわね。そんなものを使わせるわけにはいかないわ」
そしてアンナに近づいていき、傷がつけられた方の腕を捻り上げると、流れ出る血を舐め始めた。メアリーの顔色がみるみるうちに良くなっていく。
「ああ、美味しいわ……とっても美味しいわ!忌血がこんなに美味しいなんて!ああ!その坊やの血も飲んでみたいわ!ちょっと『鉄血』が混じってるけどその苦味が寧ろ」
ザクッ
メアリーが違和感を感じて下を見るとアンナが自分のお腹にナイフを突き刺していた。
「離れろ……!私の血は……キッド専用なんだから!」
メアリーはため息を吐くとアンナを地面に叩きつける。
「これから私たちは一緒に暮らしていくのよ?誰が貴方達を『支配』しているのか、今のうちに教え込まなくちゃいけないかしら?」
そう言ってお腹のナイフを抜く、その刃先からは毒の血が垂れていた。そして毒付きのナイフをアンナに振り下ろす。
アンナは目の前に迫りくるナイフに対して、お守りを握りしめながら叫んだ。
「お願い!わたしに勇気を──」
するとお守りが一瞬眩く光り、そこからなんと、巨大な槍が生み出される。そして槍はメアリーの体を貫いた。
「がはっ……こ、こんなもの!さっさと腐食させて……」
だが、フリーダの血で作られた槍はなかなか腐食しない。メアリーが手間取っている間にアンナがキッドのポケットをあさり、もう一本の瓶を取り出した。
「これが何かわかんない……けどお願い!キッド!これを飲んで目覚めて……」
アンナがキッドに瓶の中身を飲ませる。するとキッドの体が──みるみるうちに凍り始めた。
それを見たアンナがうろたえながら言う。
「ま、まさか……私飲んじゃいけないものを飲ませ……」
その光景を見ていたメアリーが嘲笑しながら言う。
「バカね、『凍血』の血を飲ませて毒を無毒化しようとしたの?でもそうして無毒化できても凍って動けなかったら本末転倒じゃない!」
ようやく槍を体から抜いたメアリーがアンナに向かって歩みよる。アンナは凍り付いていくキッドをみて心を決めた。
──突然、アンナがキッドを抱えて崖から飛び降りたのだ。
「な、何をやっているの!自殺する気!?」
飛び降りながらアンナはキッドを抱きしめ、頬に
そっとキスをする。
「守れなくてごめんねキッド……でも私たちは誰にも、『支配』されたりなんてしないから」
*
キッドが目を覚ますとそこは暗闇であった。果てまで続く闇、闇、闇。自分以外は誰もいないような空間、だがキッドはここに来たのは初めての気がしなかった。
「僕はどうしてこんなところに?まさか死んでしまったの──?」
瞬間、あたりが急に寒くなったかと思うと、あたりに雪の雪が降り始めた。そしてだんだんと雪が一か所に集まっていき、人の姿を形作った。
現れたのは背の高く清潔感のある男だった。ピシッと整えた紳士服を身にまとっている。一目見て誠実さがうかがえた。男はキッドを見ると笑みを浮かべて口を開いた。
「はじめましてだね!私の名はアイズ!『栄光』を追い求めるもの。『凍血』の──真祖だ!」