10話 『毒血』のメアリー
「うおおおおおおおおおお!!!!」
キッドは大声を上げながら鉄のヨーヨーを振り回す。そして山賊達の持っている武器を次々と破壊していった。
「な、なんだこのガキ!いきなり武器が出てきやがった!しかもなんだあの武器は!」
山賊達はうろたえて後ずさる。
「キッドなんなのその武器!?わたし見たことないわ!薄くて曲がった剣もそうだけど、どこからそんなものを作ろうって発想が出てくるの?」
アンナは目を輝かせながら尋ねた。
「血刀のほうは、東からきた商人が披露してたのを見よう見まねで、転輪鉄華は昔姉さんが作ってくれたおもちゃから着想を得たんだ」
キッドがドヤ顔で説明する。エルマがいたら笑いながらカッコつけすぎ!と突っ込んでいただろう。
「き、聞いてねえぞ!こんなヤツがいるなんて!俺たちが相手をするのは忌血のガキだけじゃなかったのかよ!」
恐怖におののいた山賊の一人がキッドに背を向けて逃げ出す。
──だが、木々の影から飛んできた毒の弾丸に背後から撃たれてしまった。
「ぐぅっ!ぐ……ぐああああああああああ!!!!!!!」
背中から全身に毒が廻り、男は胸を掻き毟りながら、歪んだ形相で倒れ込んだ。
「敵前逃亡は銃殺〜、ならぬ毒殺〜、嘘は言ってないわよ?ちゃんと忌血の子供じゃない、ちょっと吸血鬼化してるだけよ」
メアリーは楽しそうに笑いながら言った。山賊たちは恐怖に支配され、キッドに立ち向かうことも逃げ出すことも出来ず、ただただ立ちすくんでいた。
(山賊たちの動きが止まった!日の光がでている今のうちに、あの吸血鬼を倒す!)
そう考えながらキッドは毒の飛んだ方向から吸血鬼の居場所を探し始める。そのとき、木々の中から巨漢の大男が二人出てきたのが目についた。
「──けっ、軟弱な野郎どもだ。俺たちがあのガキふんじばってやるよ。だが自由になるのはあきらめることだな」
二人とも片手に何かの瓶を持っている。
「赤鬼と青鬼だ!あの方たちならあのガキを捕まえられる!」
「助かった!『食事』にならずにすむ!」
山賊達が歓喜の声を上げる。この二人が山賊達の中でも実力者のようだ。
「人間なのに吸血鬼みたいなことができるそうだなぁ、──俺たちもできるんだぜ?同じことがよぉ!」
そして瓶の中の液体を飲み干す。すると二人の体がみるみる変化し、筋肉がはちきれんばかりになる、赤鬼と呼ばれたほうは体が真っ赤に、青鬼のほうは真っ青になった。
「あ、青鬼さん!やっちまってくだ──」
──瞬間、青鬼にそう言った山賊の首が飛んだ。青鬼の体が返り血で真っ赤に染まる。そしてあふれ出る血を飲み始めた。
「おいおい、それじゃあどっちが赤鬼かわからなくなるじゃねえか」
そう笑いながら赤鬼も近くにいた山賊の首に食らいつきかみちぎる。
「あ、赤鬼さん、青鬼さん……なにを……?」
山賊の一人が腰を抜かしながら尋ねる。
「あ?吸血鬼は血を飲むことで強くなれるんだよ。あのガキを相手にするなら俺たちも万全の準備をとらなきゃダメじゃねえか。俺たちはメアリー様のお気に入り、てめえらみたいな替えのきく雑魚とは違う」
青鬼が至極当然のように言った。
それを見ていたキッドは静かに怒りをたぎらせながら言う。
「……お前たちの仲間なんじゃなかったのか?」
「仲間?人間はエサだろ、てめえが捕まってくれればあいつらも死なずに済んだんだぜ?死んだのはてめえのせいだ」
赤鬼が自分勝手な理論を振り回す。
その言葉にキッドは怒りを爆発させた。
「ふざけるなこの外道が!僕はお前たちみたいなやつが一番嫌いなんだ!!!」
そして転輪鉄華を赤鬼に向かってとばす。
「馬鹿が!動きが見え見えなんだよ!」
赤鬼は横に飛んで回避する。だが転輪鉄華は空中で軌道を90度変え、赤鬼の胸を切り裂いた。
「い、いでええええええええええ!!!!!!」
血を流しながら痛みに赤鬼は倒れ伏す。
「へ、てめえの胸元ががら空きじゃねぇか!こっちは二人なんだぜぇ!?」
転輪鉄華が赤鬼を攻撃している最中に、青鬼がキッドにむかって突っ込んでくる。それを見たキッドが血の糸を手繰り寄せた。転輪鉄華が高速でキッドへ戻っていきながら、糸で青鬼を囲むように動く。
「な、なんなんだこの武器の異常な動きは!」
そして転輪鉄華が青鬼の周りをぐるぐると回り、糸で縛り上げた。
転輪鉄華を操る血の糸はキッドの血管のようなものである。糸はキッドの意のままに硬化と軟化をし、糸を流れる血の圧力を変化させることで自由自在の軌道を実現させているのだ。
「──血縛」
巻きついた血の糸が青鬼の体に根を張るように食い込み血を吸い上げていく。血を多く失った青鬼は気絶し倒れ込む。
「しばらく大人しくして……!?こ、この血に含まれているものは!」
青鬼の血を吸ったキッドは何かに気づいた。
すると突然、赤鬼と青鬼が口から血を噴き出す。そして体をがくがくと痙攣させ始めた。
「あら、もう時間切れ?相手が相手だからと効果を強くしすぎたかしら」
メアリーは要は失敗をしたと言っているがあまり気を落とした様子ではない。さながら料理の味付けを間違えたような態度だ。
赤鬼が口から血の泡を吹きながら言う。
「な、なんで……俺は……吸血鬼になったはずなのに……メアリー様……助け……」
そして赤鬼も青鬼もこと切れた。
キッドは彼らの死体を憐れむように見ながら言う。
「彼らは──吸血鬼になってなんかいなかった。彼らに飲ませたものはいったいなんだ?」
「何って……ただの血よ?もっとも『毒血』の私の血だけどね。その効果は……いうなれば火事場の馬鹿力を無理やり引き出すみたいなものかしら。残念ながら今回は彼らは毒の強さに耐えきれずに死んじゃったわ。吸血鬼の血を飲んで吸血鬼になれる坊やみたいな特殊体質は、なかなかいないものね」
どこか他人事のようなメアリーの発言にキッドは怒りを覚える。
「命を……いったいなんだと思っているんだ!!!」
キッドは声のするほうへ向けて転輪鉄華を飛ばす。しかし転輪鉄華はメアリーの真正面で一瞬にして霧散してしまった。
「命?そうね、私にとって命は──」
すでに日が沈んでしまっている。メアリーがキッドたちの目の前に姿を現す。
「──『支配』するものよ」
メアリーの人差し指がアンナに向けられたことにキッドが気づく、そしてエルマの盾になるように立ちふさがった。その結果キッドは指から放たれた毒の弾丸を真正面から受けてしまった。
「ぐううううううう!!!!!」
毒をうけたキッドの体の部分が紫色に変色する。キッドは耐えきれず膝をついた。
「キッド!そんな!私をかばって……」
アンナは悲痛な声をあげる。
「安心して?その毒で死にはしないわ。だってあなたたちは、これから私に『支配』されて生きていくのだから」
メアリーはキッドに歩み寄るとニッコリとした笑顔で言う。
「自己紹介が必要ね、私はメアリー、『毒血』の──上位吸血鬼よ今後ともよろしく」
「支配だって……?ふざ……けるな……」
キッドがメアリーをにらむ。
「ふざけてなんかいないわぁ、あなたたちは私においしい血を提供する。私はあなたたちを『支配』するかわりに命を保証する。ギブアンドテイクじゃない。そうだわ!、男女のペアだし増やすってのもアリね!両親が忌血なら生まれてくる子も忌血の可能性が高いでしょう?」
狂気を孕んだメアリーの発言にアンナは怖気づく。だが、苦しむキッドの様子をみて意を決する。まっすぐにメアリーをにらむとポケットから料理につかった小型のナイフを取り出しメアリーに向けた。
「……あなたに『支配』なんてされない!私もキッドも……最後まで戦いぬく!」
その様子をみてメアリーは呆れたように言う。
「やめときなさい、夜は吸血鬼の時間なのよ?人間や混ざり血ごときが相手になるわけないでしょう?それより、私が名乗ったのだから、あなたたちも自己紹介をするのがマナーってものじゃないの?」
意を決して立ち上がったアンナだがメアリーの重く冷たい言葉の響きに圧倒され動くことができない。
「仕方ないわね……いったん毒で動けなくしてから捕獲を──」
──瞬間、何かに気づいたメアリーが後ろに飛びのく。さっきまでメアリーがいた場所に鉄の塊が着弾した。そして中から一人の女性が出てくる。
「たしかに──夜は吸血鬼の時間だよなぁ。あんた、自己紹介してほしいんだって?なら大声でやってやるよ」
出てきた人物の姿を見てアンナは安堵の表情をつくる。その女性は分厚い鎧を身にまとい、巨大な大剣を携えていた。
「──私は『鉄血』の上位吸血鬼!エルマ様だ!今からてめえを──地の果てまでぶっ飛ばしてやるよ!」