第二世界 【湖の世界】 前
第二世界 【湖の世界】
「魚ァ!!」
ばしゃん、と勢いよく水が跳ね──びちゃりと魚が草原に打ち上がった。びちびちと元気良く跳ねる魚にサジェースタは頬を引き攣らせる。
「熊かね、君は」
「そこはせめて猫って例えにしてくださいよ──魚ァ!!」
ばしゃん、とまたもや符正によって打ち上げられる魚にサジェースタは呆れたような視線を向けながら足元で燻る火種に枝をくべていく。
先程符正が木の棒を木の板の上で回すことで摩擦熱を生み出し、木屑に火種を移したものだ。最初はサジェースタが試みていたがなかなか根気のいる作業に頓挫し、符正にバトンタッチしたのだ。ゴミの塊と戦っていた時も──今現在、素手で魚を捕っているのもそうだが、符正は見た目に似合わず激しい気性であるらしい。
「四匹獲れました!」
「ああ、ありがとう。果実をいくつか採ってきたから、味付けはそれでやろう」
そうして符正が捕ってきた魚をサジェースタが素手で可能な限り下処理し、枝に突き刺して火で炙っていくのを符正がうきうきとした目で眺める。濡羽色の目は相変わらず感情を読み取らせぬ不可思議さを醸し出しているが、サジェースタには不思議と符正の感情が見て取れた。
「さて、そろそろいいだろう。──ほら、符正」
「わぁーい」
焼けた魚のジューシーな香りが柑橘類特有の香ばしさで引き立っているそれに符正は大喜びでかぶりつき、幸せそうに頬を緩める。
「お~いし~!」
「フフ」
符正の心底幸せそうな笑顔につられてか、サジェースタも笑顔を浮かべて魚にかぶりつく。
「ふはぁ~、五臓六腑に染み渡ります!」
「うむ……思ったよりも私たちの体は疲れていたようだな」
今の今まで飲まず食わずであったのだが、それでも疲労感がほとんどなかったために自覚がなかったが──思った以上にサジェースタと符正は疲れていたようだ。
「──……肉体がないから疲れない、のかなぁ」
「……肉体がない?」
ふと符正が漏らした言葉にサジェースタは眉を顰め、符正の濡羽色の目を見つめる。
「魂だけの存在なのかなあって。ほら、サジェ様の怪我……服ごと再生してしまったでしょう? わたしたちの存在は魂というか、精神体というか……スピリチュアル的な……スタンド的な……」
「スタンドは違うだろう。……魂だけの存在か。それならば疲労しないのも納得はいく。肉体は疲労するが、魂は摩耗するものだ」
「摩耗……ああ、だから五臓六腑に染み渡る勢いで回復したんですね。ポーションではなくエーテル的な。やくそうではなくせいすい的な」
「その例えはよく分からんが、疲労感があまりなくとも摩耗はしているとなると休養はしっかり取った方がいいな」
「ごはんもですね!」
符正は食べることが好きなのか、うきうきとしたように舌なめずりしている。そんな子どもっぽい仕草にサジェースタは噴き出し、ふと思い出したように符正に問いかけた。
「そういえば符正は何歳なのだ?」
「アラサーです」
「あら……?」
「アラウンド・サーティーの略で三十歳前後のことです」
「そうなのか。もっと若いかと思ったぞ」
「日本人……というかアジア圏の人って凹凸が少ないからか幼い顔立ちしていますからねぇ……ってそういえばサジェ様、何語喋っておられます?」
唐突なその問いにサジェースタは面食らったように目を白黒とさせ、けれどすぐ何かに思い至ったように符正の口元を見る。
「……エリモス語だ。符正は」
「日本語です。日本語お上手だなあと思っておりました」
どうにも言葉と口形が合わないからおかしいなあと思っていたんです。
そう続けて符正はぱたぱたと両足をばたつかせた。三十歳前後の女性がする仕草ではない──が、符正がすると相応であるように見えてしまう。
「……私もエリモス語が堪能なのだなと思っていた」
符正は故郷、日本の公用語である日本語を。
サジェースタは故郷、エリモス王国の公用語であるエリモス語を。
それぞれ自分の最も使い慣れた言語を喋り、相手も同様に自分の国の言語を喋っていると認識していたのだ。異なる言語を喋っているはずなのに──言葉が通じているというこの奇跡にふたりはしばし目を丸くして見つめ合う。
「……ファンタジーですね。まさかの自動翻訳機能。チートってやつですね」
「言葉が通じるのは良かったが……さらに謎は深まったな。何なんだ、この世界は……」
「全くです」
符正はそう返事して上を仰ぐ。そこには青々とした空と、巨大な月──そしてその周りに広がる大地。
「……よく見てみると地平線がないですねここ」
「ん?」
符正に言われて果てしなく広がる大草原の果てを注視してみれば、確かに地平線がなかった。微妙に凹状に歪曲している大草原の果ては、仄かに青くなっていてその先は霞んでいてよく見えなくなっている。しかしその先にも大地が続いていることだけは分かった。凸状ではなく凹状になっていることに違和感を抱いてか、サジェースタは空を再び仰いでみる。
月を中心にして広がる大地、それはまるでドームのよう。けれど青空に混じって霞んでいる大地を視線で追っていけばやがて自分たちのいる地点に辿り着くことに気付き、サジェースタは自分たちがいる地点を球体内部の最底辺と認識した。
「……地球の逆、か?」
「へ?」
ぱちくりと目をしばたかせる符正にサジェースタは空を指差して言葉を連ねる。
「月を取り囲むようにして見える大地──しなっているだろう? それも、内側に」
青空の向こう側に朧げに見える大地──そしてサジェースタたちがいる大草原。それらは全て凹状にしなっていて、全てが地続きになっているように見える。それらを踏まえて考えてみれば自分たちは球体の内部にいると考えるのが最も正しい気がするとサジェースタは語った。
「地球の“裏”という感じなのではないかと思ってな」
「おお……地底世界ってやつですね。地球空洞説でしたっけ。地球の内部にはもうひとつの世界があるという」
「うむ。どうもこの世界は球体の内側のような構造をしているようだしな……」
「なるほど。地球の裏側から歪みを正していくというやつですね! 本当に地底世界かどうかはともかく、地球の裏側というのは合っていそうです」
符正はそう言って二匹目の魚にかぶりつき、もふもふと美味しそうに頬張る。そんな様子に微笑ましく思いながらサジェースタは枝を突き刺した林檎を火で炙り出す。それを見た符正がわたしも、などと言いながら魚を口に咥えたまま林檎を炙り始めた。
「ゆっくり食わんか」
「もきゅっ」
「何の鳴き声だ」
「日本人」
「日本人に謝罪したまえ」
──そんな気の抜けるやりとりを交わしながらゆったりとした時間を過ごしているうちに青々とした空に茜色が混じり出してサジェースタは空を仰ぎながら片眉を上げる。
「太陽はどこにあるのだ……」
空のど真ん中にデカい月はあれどどこを探しても太陽はない。それなのに青空が広がっていて、今は夕暮れ時のように茜色が空を染めつつある。
「不思議な世界ですねぇ……でも夕暮れが来たってことは、夜も来るってことですよね」
「かもしれんな。今日はここで休んだ方がよさそうだ」
「人生初の野宿です」
「私もだ」
さらさらと流れる川に岩場、それにまばらに生えている木々。それ以外には何もない大草原。ベッドはもちろん、雨風を凌げそうな場所さえ見当たらない。本当に何もない──ただの草原だ。朱色が混じって小麦色に変わった草原を眺めながらサジェースタは大きく息を吸い込み、青臭い植物の香りで肺を満たす。
「大草原の絨毯で寝るのも悪くない。──符正、片付けて寝る準備をしよう」
「ハーイ」
それからしばらく作業をしていると朱色に紫色が混じり出すようになり、やがて符正の濡羽色の髪と変わらぬ色に染まった。空の中心で爛々と輝く金糸雀色の巨大な月がひどく不気味で、サジェースタは眉を顰めずにはいられなかった。星はひとつも輝いていないのに、月は煌々とその存在感でもつてサジェースタたちを圧倒しているのだ。
「火はどうしますか?」
ぱちぱちと小さく爆ぜながら橙色の優しい灯りを提供してくれている炎を眺めながら符正がそう言う。その言葉にサジェースタは月から視線を外し、どさりと火の傍にあぐらを組んで座り込んだ。
「何があるか分からん。今のところ猛獣の類は見えていないが……あのゴミの塊のこともある。念のため、私が火の番をしていよう。符正、寝なさい」
「だめですよ。サジェ様も寝ないと」
「私は大丈夫だ」
サジェースタはそう言うと羽織を脱ぎ、これを掛けて寝るよう符正に言う。が、符正は不満そうに──それはもう不満そうに、渋柿のように顔を無茶苦茶顰めていた。
「何だその顔は」
「不満がある顔」
「それは分かる。何故そんな顔をするのかと聞いているのだ」
「馬鹿かって思って」
「直球だな」
お前、私が王族だってこと忘れているだろう。
そう言いつつもサジェースタの顔に不快そうな色はなく、それどころか愉快そうに笑っていた。
「まあここはサジェ様のご厚意に甘えて数時間ほど寝させていただきます。起きたら交代ですからね」
「……分かった分かった」
断っても符正は聞かないだろうということは分かっていたのか、サジェースタは苦笑しながら符正の案を受け入れる。それに満足してか符正はごろりとサジェースタの隣に寝転がり、自分のマフラーを枕にしてサジェースタの羽織にくるまった。
「おやすみなさいサジェ様」
「ああ、おやすみ符正」
挨拶を交わした符正はにっこりと屈託のない笑顔を浮かべてから──空に浮かぶ金糸雀色の月を見つめて濡羽色の目を細め、そして目を伏せて顔を反らしマフラーに顔を埋めた。
やがて寝息が聞こえてきてサジェースタは符正が眠ったことにひと安心する。この状況下では精神的に不安定になって眠れなくなってもおかしくはないからだ。
「…………」
しかし、とサジェースタは思う。
先程、月を眺めて目を細めていた符正は──ひどく寂しそうであったな、と。
◆◇◆
それから数時間──サジェースタと符正が死を経てこの世界に来てから丸二日が経過していた。
「何もないですね~」
「うむ。歩けど歩けど景色が変わらんな」
交代で数時間ほどの睡眠を取ったふたりは空に青みが差してくるころにはすっかり、心身ともに鋭気に満ちていた。そうしてふたりは川沿いに歩いていくことにして、この草原しかない空間からの脱出を試みてみることになったのだ。
「あれ? 川が……」
歩けど歩けど視界に映るは川と草原のみ、という状況が数時間ほど続いたころのことであった。符正がふいに疑念のこもった声を上げて指差す。
符正の指差した先──何処までも続く、ゆるやかな流れの川の果て。何処までも何処までも変わらず流れ続けていた川の、果て。
──そこが、途切れていた。
「……?」
いや、川だけではない。
よく見れば草原も川が途切れているのとちょうど同じ位置で途切れていた。より正確に言うならば──淡い青色の壁のようなものに阻まれてその先が見えなくなっていたのだ。
「壁?」
「行ってみましょう」
ふたりははやる足そのままに心地よい風の吹く草原を駆け抜けていく。近付けば近づくほど青い壁はくっきりと見えるようになってきて──そこで川と草原が途切れていることもはっきりと視認できた。
「なんだこれは……」
「壁ってか……バリア? ATフィールド?」
青い壁のようなものは薄いガラスのようになっていて、向こう側が透けて見える。だが青い壁で途切れた川と草原は壁の向こうまで続いておらず──それどころかまるで別の世界になっていた。
「森……ですかね」
「モミの木だな……地質もこことはまるで違うようだ」
「川の水……どこに行ってるのでしょう」
川の水は青い壁で止まることなくその向こうまで流れているのだが、その向こう側には川が存在しない。壁に吸い込まれるようにして消えているのだ。
「ふむ」
サジェースタはおもむろに青い壁に触れてみる。水面に手をかざした時のような吸い付く弾力感があり、ガラスというわけでもないようだとサジェースタは考える。
「む」
「おお? すり抜けた」
手に力をこめれば少しの反発感と一緒に手が壁の向こうへとすり抜けていった。川や草原と違い、サジェースタの手は消えることなくちゃんと壁の向こう側に出ている。それを確認してからサジェースタは手を戻して符正に向き直る。
「この世界がどういうものなのかはさっぱりだが、おそらくこの壁はエリアを分かつ区切りなのだろう。──行ってみるかね? 何が起こるが分からんが」
「そりゃ行きますよ! ここにいたって仕方ないですもん」
符正はやる気満々というように力こぶを作ってみせ、さあ行くぞと意気揚々と壁に向かった。
「む?」
しかし壁にその身を潜らせようとした符正の体が何かに阻まれて中途半端に止まる。右手と右足だけがすり抜け、符正の胴体がすり抜けられず止まっているといった体勢だ。
「君は躊躇がないな……通れないのか?」
「何か引っかかって……あ、これかな」
符正はごそごそとマフラーから林檎を取り出し、壁に押し当ててみる。林檎は壁を通り抜けられないのかすり抜けることなく壁に拒絶されていた。それに符正はがーん、と擬音を口にしながら今度はポケットに入っていたライムで試し──再び拒絶され、またもやがーんと口にする。
「お弁当が通らない!」
「何を持ってきているのだ君は」
サジェースタの冷静なツッコミに応える気力もないほどショックを受けたのか、符正はその場に崩れ落ちて項垂れながらもぐもぐと林檎を食べ始めた。それを呆れた目で見ながらサジェースタは顎を撫ぜる。
「こちらのエリアのものは持ち込めないようだな。通れるのは私たちのみ、か」
「不親切です。最悪です。最低です」
「そこまで言うか」
どれだけショックだったのだ、とサジェースタは心底呆れ果てた顔で符正の頭に軽くチョップを入れた。どうも符正の食に対する貪欲さは人一倍であるらしい。
「ごちそうさまでした! ──さあ行きましょうサジェ様! 新たなるごはんを求めて!」
「君がどういうキャラなのか段々分かってきたぞ」
サジェースタはそう言って笑い、符正とともに青い壁に向けてその身を投じる。
少しの反発感と体が何かを通り抜ける感触を経て──ふたりの体は完全に青い壁の向こうへと吸い込まれていった。
そして──
「──ぅぐっ!」
「ぐっ、なんだこの匂いは!?」
ふたりは鼻を押さえ、顔を歪めた。
青い壁の向こうに広がる別の世界。
そこに充満していたのは──夥しい血の匂いであった。
「何ですか、この血の匂い──」
「これほどの匂いとなると何処かで大量の血が流れているはずだ」
「多分、屠殺場か何かじゃないですかね? 血の匂いに混じって獣臭がするので……」
そう言われてみれば確かに家畜や野生動物特有の獣臭が血の匂いに混ざって存在している。少なくとも人の流した血の匂いではないことは確かだと、サジェースタは過去に想いを馳せながら考える。
「……これがここの“歪み”だったりしませんかね」
歪みを正す旅ならば、歪みはひとつだけとは限らないはずですし。
そう符正に言われてサジェースタは確かにそうだと同意した。草原とこちらのエリアが青い壁で区切られていたことも考えてみれば、この世界はいくつもの“歪み”を含有したエリアから成っているのかもしれない。
「大丈夫か? 一旦戻るかね?」
「いえ、大丈夫です。これほどの夥しい血の匂いは初めてですが──獣の血の匂いには慣れていますので」
「ふむ?」
「祖父が趣味で狩人をしていたのです」
「ああ……なるほど。ならば進んでみるか」
「ハイ」
鉄錆の匂い。脂の匂い。鉄錆の匂い。毛皮の匂い。鉄錆の匂い。糞尿の匂い。鉄錆の匂い。そこかしこに充満する血の匂いに酔いそうになる自分を奮い立たせてふたりは森の中を進んでいく。
やがて木々が切り倒されている開けた場所に出て──ふたりはその光景に絶句した。
「──……血抜き、ですね」
「…………見ればわかる」
ふたりの眼前、そこにはありとあらゆる動物たちがいた。
牛。豚。鶏。鴨。鹿。猪。馬。羊。ありとあらゆる、家畜がいた。
──ただし首なしの。
「あーあ……あまり丁寧とは言えない血抜きですねぇ。これじゃあお肉の味が落ちちゃいます」
森を切り開いて作った広場を覆うようにして交差している鉄の棒から動物たちの首なし死体が吊るされ、ぼたりぼたりとその切り口から血が零れ落ちている様を見て符正はそう呟く。
「羽毟ってないし……毛皮の消毒処理もしてないみたいですし……これじゃあ傷口から雑菌入っちゃいますねぇ。食べられないことはありませんけれど」
「食べる気かね」
さすがに食欲も失せるぞ、と若干顔色の悪いサジェースタが符正を信じられない目で凝視する。そんなサジェースタに符正は肩を竦めた。
「だってもったいないでしょう? 食べる前提で殺したのですからきちんと食べてあげなければ、腐るだけです」
「……その通りだがね」
サジェースタとて別にベジタリアンというわけではない。肉は好物であるし、肉を食するために命が失われているということは織り込みの上で肉を食べている。だから目の前で広がる惨劇にどうこう言うつもりはサジェースタにはなかった。だが──それでも目の前にぶら下がる死体を肉として食しようとは、とても思えなかった。
「……普段、既に加工調理された肉しか見ないが故の認識の薄さか」
肉と聞けば下処理が済んでカットされた赤々とした肉片が思い浮かぶ。そこに命との結びつきは薄い。サジェースタが普段食している肉の背景には眼前で広がる光景があるということを決して忘れたわけではないが、それでも認識が薄かったとサジェースタは自省する。
「符正はすごいな。気持ち悪いとか──恐ろしいとか、思わないのかね? 君みたいな年頃の女性であれば特にそう思いそうなものだが」
「ん? いえ、普通に気持ち悪いですし怖いですよ。当たり前じゃないですか。首なし死体ですよ? 首なし死体。ビビらないわけがないです。でもそれよりもお肉食べたいが勝っているのです」
「…………」
この娘の頭の中には食べ物のことしかないのか?
そう思ってサジェースタはじとりと符正を見つめた。だが符正はサジェースタが何故自分をそんな目で見ているのか理解できないようできょとんとしている。
「……ともかく、食べるのは後回しにしたまえ。まずはここの状況を知ることが先だ」
「そうですねぇ。……これが“歪み”なのだとするとそれは“飽和”ですかね? 食の飽和」
現代社会において“食”はもはや生きるのに必要なものではない。
全てがそうではないが、少なくともサジェースタや符正のいた国においてはそうだった。“食”、それ即ち“娯楽”。生きるのに必要なだけあればいいものではなく、より楽しみより幸福であるためにあるもの。故に、多くの食糧が生み出され作り上げられ積み上げられ──そして大量の食糧が破棄される。それでも満足いかぬとばかりに次の瞬間にはまた数多の食糧が提供され人々が群がる。そして再び、余った腐るほどの食糧が腐り落ちていく。
生きるために存在する食欲ではなく、満足するために存在する食欲。
飽くなき食欲という不和。飽和。
それが“歪み”──そう符正は推測した。
「飽和か。有り得る」
だが別の場所も見てみぬことには分からん。サジェースタはそう言って首なし死体の広場を避けるように通り抜けて再び森の中を歩き出した。符正も特に反論するでもなくサジェースタの隣をてとてとと歩く。




