第十四世界 【現実の世界】 後
気付けば、また病室にいた。
傍には泣きじゃくるサハーシャがいた。
そして──“心”の中にも、符正の泣きじゃくる感情が流れ込んできていた。
「…………とりあえず落ち着け、ふたりとも」
「お父様っ!!」
(サジェ様!!)
ふたり同時に嬉しそうな声で名を呼ばれてサジェースタは思わず苦笑をする。
とりあえず。
(おかえり、符正)
(……!)
「すまん、心配をかけたサハーシャ」
「もうっ」
──それからしばらくサハーシャやアデルと話してみたところによれば、サジェースタは丸三日間高熱にうなされ、熱が引いた後も一週間寝込んだらしい。また心配をかけたな、と申し訳なく思いつつ今度は“心”での会話を試みることにした。
(──それで、どういうことだ? ニコラウス君)
(お? もういいのか。久々だな、サジェースタ)
(サジェ様~~~)
符正の泣きべそを聞きつつニコラウスに連絡が取れなかったことの理由やあの──旅の最期の“憎悪”の奔流の数十倍、数百倍ほどもある“記憶”の激流について問うた。
(符正のバカが、俺らに“記憶”を流し込まないよう途中でシャットアウトしちまったのさ。“心因性不和除去プログラム”で俺たちの“心”を繋げて符正の抱える膨大な“記憶”を引き受けたってことに単純馬鹿のくせに途中で気付きやがって──)
自分の抱える膨大な“記憶”は常人には重く、苦しい。
いくら三人同時にとはいえ三人の“心”が壊れるかもしれないと恐怖した符正は“記憶”がサジェースタたち三人に流れ込む途中で自分の“心”を閉ざし、シャットアウトしたらしい。
ここでニコラウスはサジェースタとゴルドルを“心因性不和除去プログラム”から外し、故郷に戻した上で再び符正の“心”の中に入り──符正と死闘を繰り広げていたという。
(は? 死闘?)
(符正のバカが“記憶”を俺らに流し込んで負担をかけさせたくないってンだから、無理矢理こじ開けてやろうとバトったのさ)
三ヶ月に及ぶ死闘──時間の流れが違うことを考えれば一年に及ぶ死闘ということになるが──ともかく、死闘の末符正が敗け──あの“記憶”の激流が発生したという流れらしい。旅の最期の“憎悪”の奔流も十分苦しかったというのに、あれが可愛いキティだと思えるレベルのものであったことにサジェースタは遠い目になる。本当に──死ぬかと思った。
けれど、とサジェースタは思う。
(こうして生き残った。ならば──符正がまた余計な気を遣って溜め込んで暴発させることなどせず、きちんと自然に任せて“記憶”を流れさせていれば問題ないのではないかね)
(ああ、その通りだ。だが符正はバカだからな──楽しい記憶だけ流して悪感情、負の記憶を溜め込むとかいうマネをしかねない。サジェースタ、しっかり躾けておけ)
(分かった)
(!?)
符正の驚きを無視してニコラウスはさらに言葉を続け、今の符正の状態について語ってくれた。
それによれば符正は現在ニコラウスと共に日本の病院におり、リハビリをしているところだという。既に動けるとのことで、人外兄妹めと思ったのはここだけの話である。
ともかく。符正は“心因性不和除去プログラム”のおかげで──サジェースタたち三人のおかげで“記憶”の圧迫に脳が殺される心配はなくなったとのことでサジェースタは心の底から安堵する。
(だが符正は今までロクに思考してこなかった単純馬鹿だ。ちゃんと思考するトレーニングも兼ねて──サジェースタ、てめェが符正を預かれ)
(……それは願ってもないことなのだがね。符正にも家族があるだろう。符正はどうなのだ?)
(えっと、家族にはもうエリモス王国に行くって言っちゃってます)
決定事項じゃないか、と心の中でツッコミを入れた。そのツッコミはニコラウスと符正に伝わってしまっていたが。
(心が繋がっている以上、なるべく同じ場所にいた方がいいというのもある──俺も大っぴらにはいかねェがエリモス王国に行くぜ)
(おや。では全員集合が叶うのだね)
唐突に横から割り込んできた“声”に符正の喜びの感情が流れ込んでくる。
(ゴル! よかった、無事だったんだね)
(まあね。符正、ちゃんと感情や記憶の制御を外しておくようにね──あんなのは二度とゴメンだ)
(う……わ、わかった)
ごめんなさい。
ありがとう。
わたしを助けてくれて、ありがとう。
──みんな大好き。
そんな、符正の心からの謝罪と感謝と、愛情に満ち溢れた感情が心を満たしてサジェースタは不覚にも涙を流してしまいそうになった。
──いや。これはサジェースタひとりの感情ではない。ゴルドルと、ニコラウスの感情も合わさって──涙が零れ落ちそうになっているのだ。
“心”が繋がるとは、つまりこういうことなのだ。
決していいことばかりではないだろう。
今はよくとも、いずれ何らかの弊害が出てくる可能性は十二分に考えられる。
それでも──この四人で“心”が繋がってよかったと、サジェースタは心の底から想ったのであった。
◆◇◆
エリモルディア宮殿の、王座の間。
サハーシャとアデルを傍に控えさせてサジェースタは王座に鎮座していた。
本日はサジェースタの“親友たち”を迎える日である。
「客人が参られました」
「迎え入れよ」
兵士の言葉にサジェースタは短く答え、それに従って兵士が王座の間へと通じる扉を開く。そして、実に四ヶ月ぶりに目にする三人の姿にサジェースタは不覚にも泣きそうになる。
「──よく来てくれた。符正、ゴルドル君。ニコラウ……ニコラ君」
(なんだその狐面は)
(デスピアファミリーってバレると面倒くせェ)
(その恰好の方がよっぽど面倒だばかもん)
濡羽色の光を一切映さぬ不可思議な目を喜色に染めながらそこに立っているフォーマルな格好の符正と、その隣で皺ひとつないスーツに身を纏って恭しく礼を取っているゴルドルはいい。
ニコラウスは何故か狐面で顔を隠していた。袢纏ではなくスーツ姿なのはよかったが、狐面が余計である。怪しいことこの上ない。不審者である。
“心”でニコラウスを罵倒しつつ王座から立ち上がって三人を笑顔で迎えるべく苔色の絨緞が敷かれた段差を降りていく。その後をサハーシャとアデルもついてきた。
「ゴルドル君、ニコラ君。その節は世話になった──貴殿らの尽力のおかげでこうして無事、国に戻ることができた。心より礼を言う」
世間への体裁としてゴルドルと共に誘拐されたことになっているサジェースタはその際にこのふたりに命を救われたことにし、恩人としてこの国に迎え入れたのである。
「ゴルドル君は王属尚書官候補採用試験を受験するとのこと──君は信頼に足りうる人物であることは私が保証しよう。どうか頑張ってほしい」
「勿体ないお言葉、痛み入ります。ご期待に添えますよう力の限りを尽くす所存であります」
この数ヶ月で身に付けたとはとても思えぬ流暢なエリモス語でゴルドルはつらつらと口上を述べる。見事なものだな、と思わず感心してしまう。
──そうなのだ。この現実世界にはあの世界のような“自動翻訳のチート”とやらが存在しないのだ。“心”での会話は現実世界の声を使った会話とは違い、意識による念のやり取りであるからかそこに言語の差はあまり存在しない。“言葉”で会話しているように見えてただ“意識”を交換し合っているだけだとニコラウスは言っていたが、正直よく理解できなかった。
ともあれ“心”での会話に言語の壁は存在しないが、現実世界での会話には言語の壁が発生してしまうのだ。だが──そのあたりをサジェースタはあまり心配していなかった。ゴルドルはこの通り僅か数ヶ月で習得してしまっているし──
「うむ。──ニコラ君はどうかゆっくりこの国を観光してほしい。小さな国ではあるが他国には負けぬよいところも多くあるのだ──」
「勿体ないお言葉デス」
(面倒臭ェ)
ニコラウスはかなり適当な言葉遣いだが、本人にはおそらくサジェースタ以外の人間と会話する気がないのだろう。“心”で会話すりゃあいいとしか思っていなさそうである。この男らしい、と思わず苦笑が漏れそうになるのを堪える。
(仕方なかろう)
(……サジェ様、この国にまでニコラの遺伝子を残されちゃ恥なので去勢することをお勧めいたします)
(──そうか、それもそうだな。真剣に検討しよう)
(!?)
ぎょっとしている感情を抱いているニコラウスから視線を符正に移し、サジェースタは心の底からの笑顔を浮かべた。
「──符正。会いたかった」
(よく来てくれた、符正。私の娘もお前に会いたいと心より願っていたのだ──存分に滞在していくとよい)
「逆です、サジェ様」
(お会いできて光栄でございます、サジェースタ陛下)
(おふたりとも逆です)
ゴルドルの冷静なツッコミにふたりははっとするが時既に遅し。
サジェースタの“王”らしくない言葉と符正の意味不明な上に王を略して呼ぶという返しに四人以外の者たちは困惑していた。
そこでサジェースタははあっと大きなため息を吐き、公式な挨拶はこれでよかろうとおざなりに場を締めた。この王座の間にいる兵士や側近たちはサジェースタを昔から知っている古い者ばかりであるため、早急に切り上げて地に戻っても問題ないと判断したのだ。
「へ? もういいんですか?」
「ああ。──符正」
会いたかった、と改めて心からの言葉を口にして符正に手を伸ばし──するりと、空を切る。
「ぬ?」
「サハーシャ様! 初めまして、日向符正と申します! お会いできて光栄です! ああ、サラルティア様に似てお美しい……!」
「わ、符正さんっ。えっと、わたくしもお父様からお話を聞いて……お会いしたいって思ってました! お母様をご存知なのですか?」
「ええ! サラルティア様にお会いしたことこそありませんが──あの御方はわたしの憧れでございました」
「まあ! それはとても嬉しいです! エリモス語──とてもお上手なのですね。びっくりしました!」
「そういうのは得意なのです。得意でなかったとしてもサラルティア様やサハーシャ様の母国語──習得しないわけにはまいりません!」
「まあ! とても嬉しいです。どうかわたくしたちの国の魅力をもっと知ってください」
「もちろんです! どうかこの国についてご教授ください!」
サハーシャの手を取ってうっとりと頬を赤く染め、美辞麗句を流れ落ちる滝の水の如く並べ立てている符正の姿にサジェースタは沈黙する。
空を切った手が──虚しい。
そして、腹立たしい。
そんなサジェースタの“憤怒”が流れ込んできたのか、符正がビクッと肩を震わせてサジェースタの方にぎこちなく視線を向けた。
「……符正?」
「は、ハイ!!」
笑顔のまま固まって怯えながらも決してサハーシャの手を離そうとしない符正の頭にサジェースタは優しく手を載せ──ぎりぎりと、サハーシャたちには悟られぬよう符正の頭を圧迫する。
(い、痛い! 地味に痛いです!)
(私の懐に入ったからには覚悟しておけ、符正)
──逃げられると思うなよ。
そんな、獅子が舌なめずりするような不穏な“声”に符正は固まった笑顔のまま蒼褪める。対応を間違えた、と符正が後悔するももう遅い。
(──やれやれ。獅子搏兎ならぬ獅子搏猫だね)
(フフ……)
──ふたりともありがとう。
それはとてもか細く、小さな“声”であった。
だがその心からの感謝にサジェースタとゴルドルは自然とニコラウスに視線を向ける。そして──ふたりは満面の笑顔を、浮かべた。
──“普通の世界”
──“権力の世界”
──“財力の世界”
──“暴力の世界”
同じヒトなれど現世は同一にあらず。
同じヒトなれど欲望は同様にあらず。
同じヒトなれど幸福は同種にあらず。
同じヒトなれど苦痛は同等にあらず。
されどヒトは理解し同調し合える。
されどヒトは譲歩し融和し合える。
されどヒトは対話し支援し合える。
されどヒトは信用し信頼し合える。
故にヒトはヒトがいなければならぬ。
故にヒトはひとりきりであれば歪む。
故に尊きは傍にいてくれるヒトなり。
故にヒトはヒトを求め、縋り、想う。
ヒトには、ヒトが必要なり。
【終幕】
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