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7 拾われました



「おかーたーん! ねーたーん!」

 もうどのくらい時間が経っただろうか。私はひたすら歩き続けた。 

 歩いていると言っても、どっちから来てどっちに帰ればいいかもわからないし、実際はこの短い足ではそう進んでいないのかもしれない。

 お母さん、お姉ちゃん、ボスのおばさん、お家……知ってるニオイを探してみても、私の鼻では見つけられない。

 空に鳥がいないか、怖い生き物がいないかびくびくしながら、とりあえず身を隠せそうな場所を探して歩く。でも、一面に背の低い草が生えるだけの開けたところには隠れられそうなところは見つけられなかった。

 高かった陽も傾いて来た。このまま夜になったらどうしよう。

 鳥も怖かったけど、お母さんが夜になると怖い獣がいっぱい出て来るって言ってた。夜行性の動物って多いものね。だからあんなに強いお母さんでも、夜になったら外に出ない。

 それに―――。

「お腹しゅいた……」

 成長に栄養が必要な子犬の体は、とんでもなく燃費が悪い。さっきからぐーぐーお腹が空腹を訴えている。喉もカラカラ。その上疲れて眠くなってきた。どんな状態でも眠れるのが子犬であって……うう、瞼が落ちて来る。自分で頭が揺れてるのがわかる……。

 いやいや! こんなところで寝たら、確実に何かに食べられてしまう。

 ぶるぶるっと首を振って、なんとか眠気を堪え歩いていると、足元が緑の覆っていた柔らかい感触から、急に草の生えていない土の地面に変わったことに気が付いた。

「道?」

 獣道というには広すぎる。舗装はされていないにしても不自然なほど整備された感じがする。道路って感じだ。道路を使うのは……人間?

 人間の通る道路? この世界の人間の生活水準はわからないけど、車が来たりしないよね? なんとなくかなり前に森にはいない大きな動物が通ったような気配があるのは、馬でも通ったのかな。なんか怖いかも。逃げた方がいい? 

 ああ、でも……お腹が空いたし、喉も乾いた。何より眠い……そろそろ限界。昼間の太陽に温められた土の地面がホカホカ気持ちいいし……。

 ほんの少しの間かもしれないが、どうも私はそのまま眠ってしまっていたようだ。地面に伝わる振動で意識が浮上してきた。

 ……何か、来た。逃げなきゃ。でもなかなか体が動かなくて、目も開けられなくて。

 地面を蹴るような大きな足音と獣のニオイが近づいて来る。パカパカ言う音……聞いたことがある。えーっと、馬?

「あっ!」

 声と、ヒヒーンという嘶きがすぐ傍で聞こえた。

 目を開けると、蹄のある大きな足が、すぐ前方で宙に浮いているのが目に入った。

 前足を浮かせている馬。それは乗っている人が手綱を引いて馬を急停止させたのだと理解できて、次の瞬間には私は無意識に飛びのいていた。

 ひいいぃ! 怖いことになってたぁ! 踏みつぶされるところだったぁああ!

 自分では飛びのいたつもりだった。実際はほんの僅かしか動いていなかったけど……心臓がバクバクいってるのがわかる。

 馬の足が数歩後ずさって止まったと思うと……。

「危うく踏んでしまうところだった」

 涼やかな声がして、誰かが馬から飛び降りた。実際、私の目線から見たら、違う足が増えたようにしか見えないのだが、その足は二本で、よく見慣れた形をしている。ブーツを履いたその足は、人間の足。

 そーっと視線を上に移してみる。ひざ下までの皮のブーツ、その上には腿のゆったりした白のズボン、少し丈の長いジャケットみたいな服は錆赤で、金の刺繍が見える。その上は……。

「えっ?」

 心臓が止まるかと思った。

 髪の色は違う。あの人は茶色だったけど、金色。瞳の色も、あの人は鳶色だったけど、透き通るような深い青。そして、多分年齢も違う。人種すら違うと思う。

 でも……あの人にとても似た顔がそこにあった。前世に名前すら聞けなかった彼に。

「良かった。生きてるみたいだね。大丈夫? 怪我はない?」

 優しい声と共に、近づいて来る顔。あの人よりも随分若くて、まだ少年といった風情だけど……ああ、なんて素敵な人! 王子様みたい。

 その王子様は身を屈めて私を覗き込んでいる。ついぼーっと見惚れてしまって、咄嗟に「大丈夫です」と返事しなかったのは幸いだった。

 ……私、今犬なんだよね。しかも魔犬族の子犬。

 お母さんが魔犬族は人間に嫌われていると言っていた。人の言葉で話してバレては大変だ。

「可哀相に、怯えてるのかい?」

 王子様みたいに素敵な人は、私の方に手を伸ばす。もう少しで触れる、その時。

「リーン様、そのような得体のしれない獣に触れてはなりません」

 背後から、違う人間の声がした。あら、もう一人いたのね。色々切羽詰まっていたから気が付かなかった。

 もう一人も王子様よりは年上であろう男の人。少し冷たい印象はあるが、こっちも結構な男前だ。言葉遣いから、お付きの人か何かだと推測される。

「ハエル、得体のしれないって、どう見ても子犬だよ?」 

「リーン様、それは私にもわかります。しかし、親とはぐれた野犬の子か何かでしょう。病気やノミを持っているかもしれません。不潔です。捨て置いた方がよろしいのでは?」

 うわー、もう一人の男、無慈悲なこと言うな。

 まあいいや。この王子様みたいな人はリーン様、お付きっぽい年上がハエルという名前なのだとはわかった。

 リーン様がハエルとやらに言う。

「でも、こんなに小さな子、放って置いたら死んでしまうよ」

 そうそう! 死んじゃうから! お家に帰してとまでは言わないけど、どこか安全なところまででいいから連れて行ってくれると嬉しいんですけど。

 そうだ、こういう時って、ほら。

 私はおすわりして、リーン様とハエルさんの顔を見上げて、首を傾げてみる。

 ―――彼の愛犬のトイプードルが私にやったみたいに。

 首を傾げる小さい犬に、気を許さない人間はそうはおるまい。成犬でもあの効果だ。色は違えど、私があのふわふわ可愛いお姉ちゃんと同じ見た目だとしたら、絶対に効果テキメンだと思うのよ。ちょっと卑怯な気もするけど、子犬である身を生かさねば。

「なっ、なんて可愛い!」

 よしっ、リーン様はメロメロになってくれたようだ。ハエルさんはどうかな? 

「くっ……」

 ものすごく不本意という顔だが、魅了されてはくれたようだ。

 ひょい、と私を抱き上げた手。

「ハエル、この子を屋敷に連れて帰るよ。いいでしょ? 僕がちゃんと世話するから」

 うおぅ! リーン様に抱っこされてるー! 照れるー!

「しかし……」

 まだ嫌そうだわね、ハエルとやら。

 追加の子犬魅了ビーム! じいっとお顔を見て、首をこてん、と。

「……いいでしょう。しかし、私は知りませんよ」

 ぷいっと顔を背けたハエルさんに、私は勝利したと確信した。

「僕の家の子になるかい? おチビちゃん」

 私を高く抱き上げて笑ったリーン様は、とても優しい顔だった。

 

 お母さん、お姉ちゃん。心配してくれてるかな。

 私、素敵な人に拾われました。

 


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