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6 獲られました


 私達も母乳だけから、少しづつ固形物も食べられるようになって来てますます元気。

 ちゃんとお母さんは美味しい離乳食を作ってくれる。私は鳥肉を柔らかく煮てくれたのが好き。

 だけど食べる量が増えると、お母さんは今まで以上に狩りに忙しくなる。

「外に出るなって言っても聞かないだろうから、少しはくらいはいいわ。でもいいこと? 絶対に子供だけで遠くに行っては駄目。家が見えるところまでよ」

 お母さんはそう言い残して、今日も出かけて行った。

「おしょと、いいんらって!」

 お姉ちゃんはご機嫌だ。もう遊びに行く気満々だよね。

「でも、遠くはダメだぉ。怖いのいるち」

 念のため釘を刺しておくものの、お姉ちゃんは聞いているかも怪しい。

「わかってりゅぉ。いこ」

 はいはい。私だって外には出たいからね。

相変わらず葉の茂る森は薄暗い。だけど所々に金色の柱の様に光が差しているところをみると、今日もいいお天気みたい。

 とりあえずお姉ちゃんと、家の周りを走っていると、知ってるニオイと足音が近づいて来た。

「おや、今日はおチビさん達だけかい?」

 灰色のボスのおばさんだ。偉い人だから挨拶しないと。

「こんにちは」

「こんちは」

 今日はお姉ちゃんもちゃんとご挨拶できた。

「いい子達だ。気を付けて遊びなさいよ。この頃大きな鳥が飛んでるのをよく見る。木の茂っているところから出ちゃいけないよ」

「あーい」

 お姉ちゃんと揃って返事をして、おばさんに別れを告げると私達はまた駆け回り始めた。

 うーん、家の見える範囲といったらわりと狭い。

遊ぶと言っても、オモチャがあるわけでもなく、しばらくは落ちていた木の枝を取り合いっこ、木の実を転がして追いかけたりして遊んでいた。でも派手に走り回れるでもなく、段々退屈になってきた。それはお姉ちゃんも同じだったらしい。

「あちょこ、いく?」

 お姉ちゃんが言うあそこというのは、きっとお母さんと行った小川のある広場の事だろう。

 あそこは木が茂っていない。それに家も見えない。

「ダメだぉ」

「ちょっとらけ」

 お母さんはまだ帰って来ない。

 ほんの少しだけならいいかな? 家は見えないけど近いし、すぐに帰ってくれば大丈夫だよね。鳥が見えたら大急ぎで逃げればいい。

 後から考えたら、どうしてその時、私はあっさりそう思えたのだろうと不思議だ。でも、その時ははじめての散歩の時の楽しかった事だけが思い出せて、誘惑に負けてしまったのだ。

 おばさんが見ていないのを確かめて、私達は広場に向かった。


 花畑、小川、蝶々……ここはやっぱり綺麗で楽しい。思い切り走り回れて気持ちいい。

 夢中になって遊んでいる間、空を確かめても鳥は見えなかった。

 だけどそろそろ帰らないと、さすがにお母さんが帰ってきてしまう。

「ねーたん、お家、かえろ?」

「ちょうらね……」

 お姉ちゃんも今日は早々にわかってくれた。お母さんに叱られることをしているって、ちゃんとわかってるんだね。

 小川を離れ、帰りかけた時だった。高い木の上で小さな音がした。ばさ、って。その直後。

 ひゅっ、と風を切って大きな何かが上から降って来た。

「ねーたん!」

 お姉ちゃんは一瞬早く気が付いたのか、大きく飛びのいてなんとか無事だった。

 でも、先にお姉ちゃんがいた場所の地面に降って来たものを見てゾッとした。

 鳥! それもとっても大きくて、怖そうな鳥。嘴が地面に突き刺さるほどの勢いで急降下してきたのだ。直撃していたら……!

 お姉ちゃんに間一髪で逃げられて、鳥はもう一度羽根を広げて空に飛び立っていった。

『大きな鳥を見かけたらすぐに隠れないとね』

 お母さん、そう言ってたよね。

 おばさんにもこの頃鳥をよく見るって言われたのに、なぜその地点でやめなかったんだろう。

 空に鳥が見えないから安心していたけど、鳥だって木に止まることもある。ずっと飛んでるわけじゃないって、どうして忘れていたんだろう。

 とにかく無事だったことだし、鳥は飛んで行ったのだからさっさと逃げようと、お姉ちゃんと一緒に全力で走り始めた私は、もう一つ忘れていたことがあった。

 鳥が一度失敗したくらいで諦めないってこと。

 木の茂っているところまでもう少し。

 一生懸命足を動かして走っていると、ふいに足に地面の抵抗を感じなくなった。

「えっ?」

 自分の前足を見ると、空を切ってかいかい動いているのが見えた。私、浮いてる? 

 走るのに一生懸命で、自分が首の後ろをがっしり掴まれていると気が付かなかった。そもそも本来犬は子供の首根っこを咥えて運ぶのだから、痛くないように出来てるから……って! そんな場合じゃないっ!

 私、鳥に捕まってるじゃん!

「ちー!」

 お姉ちゃんがぴょんぴょん跳ねて私を助けようとしているのがわかる。でも届きようも無い。

 ゆっくりと鳥が上昇をはじめた。

「ねーたん!」

 ばさ、ばさという羽ばたきの音がするたび、お姉ちゃんの白い姿が段々小さく、遠くなっていく。お姉ちゃんの泣く声も。

「ちー! やああぁ!」

 私も声の限り叫ぶ。

「おかあたん! たちゅけて!」

 叫んでみても、こんな空の上では、お母さんでも助けに来てくれるはずもないのに。


 鳥は私をしっかり捕まえて放さない。

 怖くて閉じていた目を開けると、景色がすごい勢いで流れていた。

 地面は遥か下。それに見る見るうちに、木の茂る森から遠ざかっていく。

 この鳥、私をどこまで連れて行く気なんだろう。というか、私は餌として巣に運ばれるのだろうか。どう考えてもこの鳥、猛禽って感じだもの。

 怖くてたまらないと同時に、諦めの気持ちが心を覆う。

 お母さんと、おばさんの言いつけを守らなかったからだ。後悔してももう遅いけど。

 私、食べられちゃうんだ……せっかく生まれ変わって、犬でもいいやって思えたのに。大好きな家族と一緒で、とっても幸せだったのに。それも一年の短い間ってわかってても、まだ間があったよ? こんなに早く終わっちゃうなんて。

 だけど、野生の動物は弱肉強食。考えてみたら、お母さんも鳥を狩ってくる。そして私達も食べる。この鳥さんも同じなのかもしれない。弱いものは食べられる。これは自然の摂理なのだから仕方ないのかな。

 ……とか、納得できるかっ! 生後僅か一か月で死んでたまるかっつーの!

 もう死ぬのは嫌。好きな人の名前も知らずに死んで、今度は自分の名前もないまま死ぬなんて! 車に突っ込まれて死んだのは一瞬だったけど、食べられて死ぬなんて最悪じゃないのよ。

 餌だって、生きるために精一杯抵抗してやるんだから。お母さんもお話してくれたもの。獲物に暴れられて逃げられることもあるって。

「はーなーちーて!」

 じたばた暴れてみると、ほんの少し鳥がバランスを崩したみたいに飛び方がフラフラした。わりといけるかもしれない。もっともっと暴れる。

「むー!」

 掴まれている首筋をうーんと伸ばしてみると、更にフラついた鳥の足が片方離れた。まだもう一方の足はガッチリ私を捉えているけど、すかさず空くいた方の足に思い切り噛みつく。

「ギャッ!」

 痛かったのか、鳥が変な声を上げた。そして急に私は戒めから解放された。 

 よしっ! 放してくれた!

 ……って、良くないっ! ここ上空! 落ちるぅうううっ―――!!

 鳥が急降下して追いかけて来て、もう一度捕まるかという瞬間。

 ガサガサという音と共に、視界が一面緑に染まった。自分が木の上に落ちたのだと理解するには数秒掛かった。

 ギャーギャーと鳥の鳴く声が聞こえる。バサバサいう羽音も。鳥が落としてしまった獲物を探している。

 密に茂った葉っぱに埋もれ、細い木の枝に引っかかって、私は息を殺す。

 このまま諦めて……心の中で祈っていると、鳥の気配が遠ざかって行くのがわかった。

 助かった! そう思った時。

 ぺき。

 嫌な音がして、再び私は落っこち始めた。木の枝の隙間から見える地面、遠いんですけど!

 そして数秒後、地面に激突した。

「いたた……」

 子犬の柔らかい体が幸いしてか、私は地面に落ちても無事だった。途中何度も木の枝に引っかかったのと、下に生えていた草がクッションになったのもある。鳥の鉤爪が掴んでいた首がチクチク痛くて、ちょっと血が出ているかもしれないけど、そう大きな怪我は無いと思う。

 生きてる。私、生き残ったよ!

 だけど―――。

「ここ……どこ?」

 空にもう鳥はいない。

 見渡す周囲は、家のある森の中でも、お散歩に行った広場でもない。今引っかかった大きな木以外、高いものの無い、見渡せる限り低い草の広がる平原。

 お母さん。お姉ちゃん。怖いよ。私、家に帰れるのかな。


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