11 街へお出かけ(2)
革細工の店を出て、また街の中を行く。馬は街に入ってすぐのところに預けてあるので、また徒歩。リーン様とお揃いの首輪が嬉しくて、ちょっと重いのも気にせず足取りは軽い。
「坊ちゃま、お久しぶりでございます」
「ごきげんよう!」
歩いていると、街の人達がリーン様を見かけて次々に声を掛けて来る。リーン様は庶民に愛されておいでなんだね。カッコイイし、優しもの。ご主人様が人気だとなんだか私も鼻高々。
「今日は可愛らしいお供をお連れですね」
……そのお供ってのは、とりあえずハエルのことでは無いだろう。可愛らしいって言われちゃった。えへへ、嬉しい。というわけで、調子にのって私もアピールしてみる。
この首輪、見て見て! いいでしょ? 素敵でしょ? リーン様とお揃いなんだよ。
「シアン、楽しいかい?」
うん、リーン様。街、楽しいよー!
私がすっかりご機嫌になっていると、ハエルが時間を気にし始めた。
「リーン様、お急ぎになられませんと、きっとお待ちでございます」
「ああ……そうだった。僕はあまり気乗りしないのだけどね……」
顔を見上げると、リーン様はちょっとぶすっと不機嫌になられたご様子。
ふうん。リーン様が街へ出かけて来られたのには、他の用事があったのか。
お待ちでって、誰かと待ち合わせでもしてるのかな。
そりゃそうだよね。たかが飼い犬の首輪を受け取るだけのために、わざわざおいでのはずがない。届けてもらえばいいんだもの。そっか、ついでだったのか……。
そう思うと、ちょっぴり胸がちくんとした。
いやいや、私は犬だよ? がっかりするのはおかしいじゃない。
連れて来てくれたのだもの。それだけでも感謝しなきゃいけないのに。それに、どんな御用なのか気になる。どんな人が待ってるのかな。
今まで、お屋敷の人以外、人間にそんなに会った事が無かった。今日、街に人がいっぱいいるのを知ったもけど、街の人達は名前も知らない『その他大勢』だ。私……というより、リーン様に直接関係のある人では無い。
しかし、待ち合わせをする人というのは、どんな間柄であれリーン様に関係のある人だ。あまり乗り気じゃないって、どんな人と会うのだろうと思っていたのに……。
その人は、河沿いのカフェの外テーブルで待っていた。他と比べると幾分か高級そうな雰囲気の店ではあるけれど、庶民もいるような普通のオープンカフェだ。
浮いているというより、そこだけ花が咲いたように華やかに見える。そんな雰囲気の、どう見ても貴族の令嬢という煌びやかなドレスを纏った女の子がいる。リーン様を見て小さく手を振られたということは、この人が待ち合わせの人。
歳はリーン様と同じくらいだろうか。まだ少女といっていい歳だと思う。
わあ……なんて綺麗な女の子なんだろう。花飾りをつけて結われた濃い金色にも明るい茶色にも見える艶々の髪も、エメラルドみたいな瞳も、まだほんの少しあどけなさを残した整った顔立ちも、何もかもがこれぞお嬢様って感じ。
「伯爵家の御子息をわざわざ呼び出してごめんなさいね」
声も素敵。鈴を鳴らすような可愛い声。
こんな美少女を前に、面白く無さげな表情のまま、リーン様は挨拶も無しに席に着かれた。
「パネラ、話って何?」
そんなリーン様に、パネラと呼ばれた美少女は呆れたように仰る。
「リーン……久しぶりに会うのに開口一番それ? 許嫁に対してもうちょっと気の利いた再会の挨拶は無いのかしら?」
うんまあ、確かに。レディをお待たせしていた挨拶くらいはしようよ、リーン様って私も思ったけど。
許嫁? 婚約者ってこと? リーン様とこの美少女が?
ええええぇー!! マジかー! ってか、リーン様婚約者がおいでだったの?
なんか……ちょっとショックが大きすぎて、声も出なかったのは幸いだ。
「それこそ今更じゃないか。気の利いた上辺だけの挨拶をしなきゃいけない間柄?」
「……それもそうね。」
ううう。めちゃくちゃ仲良さそうじゃない。
「そうそう。私の侍女はあちらのテーブルでお茶してるわ。リーンもお付きの方を休ませてあげてはいかが?」
パネラ様が横に突っ立っているハエルを見てから、リーン様に目配せした。これは邪魔だから外せと暗に言っているのだなと、犬の私にさえわかった。勿論リーン様にも伝わったようだ。
「そうだね。ハエルも休憩しておいでよ」
「いえ、私は……」
リーン様に言われても、ハエルは動こうとしない。
気ぃ利かせよハエル。しっしっ、お邪魔虫は向こうにお行き。そんな仏頂面の大きいのに横にいられたら若い坊ちゃまとお嬢ちゃまが息が詰まるっつーの。
「私、リーン様と二人きりでお話がしたいの」
パネラ様ににっこりと可憐に微笑まれて、やっとハエルはわかったようだ。だが……
「おい、行くぞ、犬」
私まで乱暴に抱きあげたハエル。えー? 私も? ってかハエルに抱っこされるのイヤっ!
ハエルの腕から逃れようともがいていると、リーン様が助けてくれた。
「シアンは邪魔じゃないから置いて行くといいよ」
そうリーン様に、案外きっぱりハッキリ『お前だけ邪魔』と言われて、ハエルはしょぼんと向こうへ行った。背中に哀愁が漂ってるね。ざまあみろ。
さて。婚約者のお二人だけのラブラブタイム? でもなんでそうリーン様は嫌そうな顔をしてるんだろうね? それにこう、あまり二人の間に色気を感じないというか。お子様だからかな?
パネラ様が、微妙な空気を変える感じで口を開く。
「その子が拾ったって言っていた子犬ちゃん? やだ、可愛い。私にも抱っこさせて」
「可愛いだろ? いいよ」
あ、ちょっとリーン様の表情が柔らかくなった。ハエルは乱暴だから嫌だけど、こんなに可愛い女の子になら抱っこされてもいいかな。
そっと渡されても、私は抵抗しなかった。
「ふわふわねぇ。大人しくて可愛い」
綺麗な柔らかい手で撫でられてうっとり。いい匂いがするぅ。女の人の抱っこって気持ちいいな。お母さんを思い出しちゃう。
「私はパネラよ。よろしくね、シアンちゃん」
「わんっ」
「あら、おりこうさんね。お返事してくれるの?」
……思わず返事してしまったけど、今のはセーフだよね?
「この子気に入っちゃった。私に譲ってくれない?」
えー? それはイヤかな? リーン様と離れたくないー!
せっかくやや和んでいたリーン様の顔が厳しくなった。怒ってる。
「たとえ君でも絶対に嫌だよ。シアンは僕の犬だ」
「フフ、冗談に決まってるでしょ。そんなに怖い顔をしないで、リーン。この子だって嫌だって顔してるわ。ねー?」
うんうん。私のご主人様はリーン様だから。
はい、と、パネラ様が私をリーン様の腕に返してくれた。はあ、やっぱりリーン様の抱っこが一番いい。
リーン様が怒ってくれた。僕のだって言ってくれた。じーんってしちゃった。
ちょっぴり私をダシにリーン様とパネラ様が近づいたところで、本題に入るみたいだ。まずリーン様が口を開いた。
「どうしてこんな所で? 堂々と屋敷に来るか呼んでくれれば僕がそちらに行ったのに」
パネラ様はやや声を潜めて反す。
「家では出来ない話だからよ。どこから漏れて、尾ひれはひれつけられて噂になるか知れないもの」
「じゃあ、こんな人の多い所の方が駄目なのでは?」
至極真っ当なリーン様の意見に、パネラ様は綺麗な白い指を一本立てて、ちっちっちっと振る。
「わかってないわね、リーン。噂というのは身近な人間から広がるものなのよ。二人きりで話しているつもりでも、使用人が興味深々で聞き耳を立てているものよ。悪意は無くともね。半面、街中の人は直接私達に関係ない。こうして喋っている内容にまで耳を澄ませることはしないわ」
おおっ! すごい。なるほど、ホントそうかもしれない。雑踏の中で赤の他人が話していても内容まで気にしないものね。だから身近な自分の侍女もハエルも遠ざけたのか。このパネラ様は若いのに相当頭が切れる人のようだ。
まさか、犬が言葉をわかっていて、ここで聞き耳を立ててるなんて思ってもみないだろうけどね。
「そんなに大事な話なの?」
「ええ。とっても」
リーン様の婚約者のパネラ様の大事な話ってなんだろう。ドキドキする。
……私がドキドキすること無いっちゃないんだけどね。




