表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/193

第十三話  『火焔の寝息は空を焦がし始めている』

 窓から見上げれば、天の川が静かな夜空を流れている。

 あの川を漕ぐ舟は、どこを目指すのだろう。


 俺は、庁舎の西棟一階の医務室から、一人夜空を見上げていた。

 ウミヘビとウツボに激しく荒らされた胃の状況では、とても宿まで帰れる状況ではなかったので、自治会の人に頼んで泊まらせて貰えることになったのだ。今では胃の調子も落ち着いて、ベッドから離れられる。

 思えば、こうして一人で夜を過ごすのは久しぶりだった。


 窓から吹き込む風は、世界樹の贈り物だろうか。

 視線を落とせば、あれだけ豪華な食事が揃えられていた白いテーブル上には何もなく、誰もいない静寂の中庭で眠っているようだった。

 その物悲しい様子をぼんやり眺めながら、ふと思う。


「そう言えば――」


 ヤマトはなぜ、俺なんかを会議に参加させたがったのだろうか。

 俺が六人目とバレたくないという意図を汲み、自分の仲間だと偽装してまで、彼が極秘の勇者会議に俺を誘った理由は、果たして何だったのだろうか。

 本来は頼まれた時点で聞くべきことを、すっかり忘れていた。


 一つだけ、もしかしたらと思うことがある。

 はずれの町では魔神召喚陣を破壊し、ジェムニ神国ではギニーと雷鬼王を連続で撃破した俺を、ヤマトは、特別な一等星だと勘違いしたのではなかろうか。

 あの天の川の行方を知っている、特別な誰かだと。


「だとしたら、買い被りにも程があるよな」


 窓のアルミサッシに両腕を重ねて、俺は溜息を吐いた。

 きっと俺も何ら特別じゃなくて、同じように誰かに特別であって欲しいと身勝手に期待する側の、どうしようもないほど普通の人間なんだ。

 あるいは、それを一番分かってくれる少女の名前を。


「なあ、ネミィ」


 薄ら笑いを浮かべて、呟いた。


 それから、どれくらい経った頃だろうか。

 中々眠れずに、ベッドに仰向けになって物思いに耽っていると、この医務室のドアがトントン――いや、ドンドンと二回、少し激しくノックされた。

 何だと思いながら、上体を起こして返事をする。


「すみませんが、もう閉店しましたよ?」


「――――」


「閉店ですよー?」


 聞こえているはずなのに、ドアは開かれない。

 庁舎に残業で残っていた自治会の方が何かを伝えにやって来たのかと最初は思ったのだが、ドアの端にある銀色のドアノブは不自然に沈黙を守っている。

 煩わしく思いながらも、俺はドアを引きに向かった。


「あのう、七瀬食堂は本日閉店で――あれ?」


 右の廊下を見ても、誰もいない。

 左の廊下を見ても、誰もいない。

 人の姿が、見当たらない。


 俺は頭を掻き、呆れて深々と溜息を吐いた。

 まさか空耳とは、胃の激痛が祟って、耳にまで悪影響を及ぼしたようである。俺はやれやれと首を横に振って、ドアを閉じようと押し戻そうとする。

 その途中で、ようやく俺はソレに気づいた。


 ドアの正面にテープで貼られた、白い封筒。

 カクカクの文字で『七瀬沙智様』と宛名書きされた封筒だ。


「ったく、ここはポストじゃないっての」


 随分とシャイな奴だと思いながら、俺は封筒を引っぺがす。

 この時の俺は、一日の疲れがまだ溜まっていたせいか、どうしてドアの手前までやって来た差出人が直接封筒を手渡さなかったのかに、深く考えられなかった。

 指で封を切って、中の白い便箋をゆっくりと取り出す。


 そして――。


「――――」


 ピタリと、言葉を失った。


 隅の方に薄っすらと青いインクが染み付いた白い便箋には、右下の方に二つの三角形を逆さに張り合わせたような紋章が刻印されている。

 その紋章も不気味だが、何よりも悍ましいのは便箋の内容だ。


「――聖剣エクスカリバーを引き渡せ、だと?」


 衝撃的な一行目に、思わず声が上擦った。

 ひっくり返りそうになるのを堪えて、俺は慌てて続きに目を通す。


 便箋の内容は至ってシンプルだった。

 一行目に要求があり、二行目には日時場所の指定だ。競赤祭四日目の正午、つまり二日後に、渓谷の墓地で聖剣を引き渡せとの事だった。

 更にご丁寧なことに、三行目には脅し文句が添えられている。


「はぁ、行かなきゃ六人目だとバラされるのか」


 その一文を読んで、底なし沼に嵌ったように気が滅入る。

 そもそも、なぜ俺が聖剣エクスカリバーを所有する六人目だとバレたのか。ジェムニ教会のオーウェン氏やヤマトなど、成り行きで仕方なく俺が勇者だと知った人間はいるが、基本的には細心の注意を払っていた。

 その証拠に、聖剣の破片も常にリュックに入れて肌身離さず持っている。


 俺は、異世界に来た当時と比べてすっかり太った、ベッドの脇の茶色のカジュアルリュックを眺めて、右手の小指を抓んで考えた。

 せめて、この封筒を置いて行った奴を追えたら、と思うが。


「封筒に魔力の痕跡を残すほど、敵も間抜けじゃないよなあ」


「――なら、わしに任せい」


「じゃあ任せるけど、一つだけ質問良いか?」


 心強い返事に頷き返して、俺はジト目で振り返る。

 先ほどまで誰もいなかった薄暗闇の廊下には、今、俺の独り言に返事をした怪しい女が立っていた。ボサボサの黒いショートヘアに、真紅の瞳。

 そして、見覚えのある白いワンピース。


「何でいるの?」


「決まっとるじゃろう」


 俺の呆れ混じりの疑問に、左手を腰に添える。

 右手の人差し指を口元につけ、女は八重歯を見せて笑った。


「――わしは、こわーい悪魔じゃぞ?」


 競赤祭二日目の午後十一時過ぎ。

 レイファと俺の、真夜中の追走劇が始まった。

 夜空の熱は、まだ、冷めない。





§§§





 自治会庁舎の表口から外に出て、レイファの案内で夜の町を北上する。その途中で、彼女が自治会庁舎に来た理由や、やけに封筒を置いて行った人物の動向に詳しい理由について、俺は尋ねてみることにした。

 すると、レイファは経緯説明を、こんな質問から始める。


「お主は、『魔神信仰会』というのを知っとるか?」


「何だそれ?」


「むー、簡単に言うと悪い奴らじゃ」


「簡単に言ったなっ!?」


 俺が叫ぶと、レイファは人差し指を唇に当てて沈黙を促す。

 字面であまり良い気がしない組織だということは何となく理解できる。だが彼女の説明は端折りすぎて、組織の断片事情すら全く見えてこない。

 睨んでもこの悪魔は意にも介さないので、俺も諦める。


「あやつらには、組織を示す決まった紋章がある」


「と言うと?」


「黒と白の三角形を上下に重ね合わせた、砂時計のような紋章じゃ」


 その説明に俺のアンテナがピコンと反応する。

 路地から顔を出してレイファが通りを確認している間に、俺は封筒からもう一度便箋を取り出して、右下の模様を彼女に確認してもらった。

 彼女の反応から、これが魔神信仰会の紋章で間違いないようだ。


 それから、レイファはこう説明を続けた。


「それと同じ紋章を手の甲につけた女が、若い男と密談しとるのを見かけて、気になってのう。紋章の女の方は見失ったが、若い男の方には上手く『探知』のマーカーを施せたので、尾行を続けておったら――」


「俺がいた自治会庁舎に行き着いた、と?」


「男は十時頃から一時間、庁舎の裏口に突っ立って居った。じゃが、不意に植え込みの何かに気付いて拾い、怪しげな素振りで庁舎の中に入って行きよった」


「この封筒か、あるいは何らかの伝令か?」


「――その男の後を追うと、お主に出くわした訳じゃ」


 俺の推察に頷き、レイファは和やかに微笑んで説明を終えた。

 これで、俺も大まかな経緯を理解できた。


 十時頃と言うと、勇者会議が終わって三十分後か。

 因みに密談を見かけたのがいつだったか尋ねると、渓谷探索の帰りでという返答だった。思い返せば、ステラが途中で馬車から降りたと言っていた。

 ぐっすり眠っておったなと悪魔に揶揄われたのは余談である。


 そうこう話している間に、いつしか世界樹の近場だ。

 レイファが軽やかな足取りで通りを横切って、向かいの老舗の簾の影に屈み込む。続いて俺も周囲を警戒しながら、早足で彼女を追いかける。

 彼女の背にピタっとついた俺に、レイファは何やら不機嫌な様子だ。


「ところでお主、もう少し静かに走れんのか?」


 彼女の指摘に、俺はしまったと汗を流した。

 今は尾行の最中、足音にすら注意を払う必要があった。


「悪い、敵に勘付かれるかもしれないもんな」


「いや、寝とる子供たちを起こしてしまったら迷惑じゃろう?」


「ここで子供大好きっ娘!?」


 舌の根も乾かぬ内に声量を上げる俺に、レイファがデコピン。

 そのまま梟のように音を立てずに闇夜を駆けぬく悪魔の後ろ姿に、ひょっとするとロリコンギーズと彼女は馬が合うかもしれないと感じながら、俺は衣擦れの音にも細心の注意を払って走り始めた。





 若い男はそれからも淡々と歩き続けた。

 俺たちの尾行に気づかないまま、時には植木を蹴り大音を出してレイファの反感を買いながら、遂に一段低くなっている世界樹広場まで辿り着く。

 広場への石の階段を男は下り、俺たちは看板の陰に身を隠す。


 男は、不意に足を止めた。

 階段脇の木陰に向き直り、男は丁寧に一礼した。

 そこに、誰かいるのか?


 レイファと密かに目配せし、固唾を呑んで成り行きを見守る。

 だが、想定外の事態は突然起きた。


「――様、リーダーが急務で来られないため私が定期報告を」


「お休みなさい」


「へぇ、なな、何をッ!?」


 男が、棒倒しのようにパタリと倒れ込んだのだ。

 木陰の暗闇から伸びる白い右腕。その手の甲を、石の階段沿いの街灯の仄かな明かりが照らして、砂時計のような紋章を浮き上がらせていた。

 レイファが見失ったという、紋章の女か。


 この奥行きのある妖艶な声、しかしどこかで覚えが――。

 俺が首を捻る隣りで、レイファは舌打ちする。


「――っ、催眠魔法か!」


「何だって?」


「尾行に勘付かれたって事じゃ!」


 端的に説明すると、レイファは看板の裏から姿を見せた。

 尾行に気づいて女が若い男に口封じを図ったのであれば、これ以上隠れていても無意味。そういう判断なのだろうが、大した肝の座りようだ。

 俺は、レイファを追って看板陰から歩み出る。


 そして、階下を見下ろした。


「――――」


 女は、薄暗闇に浮かんでいた。

 レイファに負けず劣らずの禍々しい黒い衣装を身に纏い、右腕には漆黒のブレスレット妖しく反射する。耳に飾ったスピネルの宝石が夜空から一つ、終わりそうな星を借りて爆発手前の衝動を輝かせた。

 懲りずに醜い笑みを浮かべ、腕を組んで歪に佇む姿は危険な茨。


「ほーう、誰かと思えば『称号を持たぬ魔王』ではないか」


「その呼ばれ方は不快なんだけど、噂の悪魔さん」


 茨は、悪魔の挑発にも一向に物怖じしない。

 はずれの町で彼女が計画した魔神降臨の芽は俺とヤマトらで摘んだというのに、切っても、切っても、何度でも蘇る、レベル64にも達する茨の怪物だ。

 この異世界でほぼ絶滅した魔族――吸血鬼の生き残り。


 まさか、こんな形で再会するとは思いもしなかった。

 驚きながら、俺はかつて会った怪人の名を叫ぶ。


「――ジュエリーっ!?」


 黒い女は、俺を見上げてニヤリと微笑んだ。

 ゾンビになった住民たちの嘆きが、今でも気味悪く脳裏に響き渡る。まさかまた、魔神を降臨させるために悪事を働いているのかと俺は勘繰った。

 しかし、どうしても怒りより先に恐怖が体を支配する。


「あなたも愚かね、魔王の次は悪魔とお友達になるなんて」


「そういや、ステラのこともお前は――」


「怒っちゃ嫌よ、あれでも私は情報屋だったんだから当然でしょ?」


 女は、あくまでも余裕ある態度を崩さない。

 言葉には敵意が孕んでいるというのに、奇襲の気配はない。

 それどころか――。


「どうしようかしら。私がここで聖剣エクスカリバーを奪ってもいいのだけど……まあ契約通り、それは『あの人』のやり方に任せましょう」


 声には抑えきれぬ高揚感さえ宿っているように思えた。

 俺はともかく、隣のレイファのレベルは相当高い。俺と敵対している以上、ジュエリーはいつ攻撃を仕掛けられても不思議でない状況なのだ。

 だと言うのに、頬に指を当てて平然と言葉を交わしている。


 明らかに異質で、不気味だ。

 レイファも同じように感じたのか、眉を顰めて問いかけた。


「何を企んでおる?」


「そんなの、決まってるでしょ?」


 女は、いつかのように不協和音を発す。

 二度目となる、真っ黒な悪意を漂わせて。


「ここは、赤の国なのよ?」


「――?」


「かつて最大の勇者と謳われたボルケが、最悪の魔王と謳われた赤の大魔王と、激しく抗争を繰り広げ、歴史と灰を刻んだ国。抗争は勇者ボルケに軍配が上がり、赤の大魔王は倒されずとも封印された」


 女は淡々と語り出した。

 丁度、カフェでセシリーさんから聞いた話と同じだ。昔、ある勇者と魔王が、火魔法を極めし者を示す称号を奪い合って争ったと。

 確か、それが競赤祭の由来でもあったはずだ。


 黒い女は、レイファや俺を馬鹿にするように鼻を鳴らす。

 悪鬼羅刹すら怯える、悪意を放って。


「なら、この国のどこかにいるはずでしょう?」


「まさか」


「復活させるのよ、歴史とともに眠る炎の化身を!」


 ジュエリーは、ゆっくり両手を広げていく。

 まるで夜の闇を、我が身に注ぎ込まんとするが如く。


 赤の大魔王の復活――。

 それがこの黒き魔女の次なる計画だとでも言うのか。

 一刻も早く住民を避難させなければ。


「――馬鹿な、今は競赤祭の最中じゃぞ!」


「え?」


 隣でずっと冷静だったレイファが怒号を上げる。

 競赤祭の最中、その叫びの意味を俺はすぐには理解できなかった。だが氷の声は、あのダムに吹く渓谷の風とともに、冷たく脳裏に蘇った。


 ――赤の国の住民みんなが持っている称号は知ってる?


「この国の住民は称号『イズランドの決まり』によって五日間は国境を越えられん! そんな鳥籠の中に炎を放てば、何万もの人間が死ぬぞ!」


 人間の自由を封じる、使命称号。

 レイファの言葉の意味を理解した途端、俺の鼓動は恐怖に張り詰めて、徐々に荒ぶっていった。最悪の予想に顔を蒼くしながら、階下へ目を遣る。

 その視線の先で、茨の怪物はバラの青い花びらに恋をする。


 黒い、女は――。


「――ふふっ、最高じゃない?」


 そう、笑って退けた。


「させるか、『エクス――』!」


「楽しみにしてて頂戴、『幻影(ブラック)の黒霧(・イリュージョン)』!」


 レイファが感情を昂ぶらせて放とうとした魔法の一撃も、詠唱の速度で敗北し、黒い女は暗闇に姿を消した。

 結局、最後の最後まで蚊帳の外だった俺は、魔法の霧が消えた後も、しばらくレイファの悔しそうな歯軋りを聞くだけで、何も言えなかった。

 こうして、競赤祭二日目が終わる。


 赤の国の気温は、昨日より更に一度ほど、高かったそうだ。


【魔神信仰会】

 魔神や魔王を信仰し、各地で魔王が起こす災害に助力して、「永遠」を手に入れようとする危険な集団だよ。何らかの危ない実験を行ってるって噂で、彼らの本部は遥か大陸の東、天帝国にあるから近づくなって常識なんだ。



※加筆・修正しました

2020年5月3日  加筆・修正

        封筒の内容の一部変更


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ