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第四話   『頻闇に――が潜んでいる』

 夜半になぜかきっかり目を覚まし、恐怖を感じたことはないだろうか?

 見渡せば真っ暗闇がこの世の果てのどこまでも続いているような錯覚に囚われ、自分という存在が酷く曖昧に感じる夜。自分の吐息や鼓動がやけにはっきりと聞こえ、何もないはずの暗闇から聞こえる些細な物音にも敏感になる。町が繁華街やコンビニの照明で明るく照らされるようになってさえ、そんな夜は度々やって来る。


 恐怖を感じるのは私たちが元来、明るい時間帯に活動する生き物だからか。

 それとも、私たちが認識していないだけで……。





『頻闇――そこには何かがいると言うのだろうか?』





 赤の国に普通列車に乗って訪れた夜。

 明日からの祭りに活気づく町を今はただ眠る。


 国のある一角。

 危ない夜を敢えて活動する時間に選んだ者を覗いてみよう。


「じゃ、誰にも見つからないように。特に他の勇者どもに尻尾を掴まれないよう最大限の注意を払うことね」


 女はたった今、仕事のパートナーとの悪巧みを済ませたところだ。

 太陽が悪事を照らして人に目撃されやすい朝や昼は都合が悪い。ゆえに女はこの時間に、馬車の停留所のベンチに座って青いバラの香りに酔いしれるのだ。


「勝利条件は三つ」


 夜の漆黒を吸い込んで揺らめく長い黒髪。

 妖艶な声の響きは悪意に満ちて。


「一つ、競赤祭のゲストとして招かれる『青』の王子を足止めすること」


 スピネルのピアスは闇へ誘う深淵。

 不気味な模様が妖しく光る右腕のブレスレットは悪意の根源。


「二つ、七瀬沙智から聖剣エクスカリバーを取り上げること」


 はずれの町の二の舞は演じまい。

 女は油断などしない。勝利が確定するまで、絶対に。


「三つ、それは当然――」


 女は遠い渓谷の方角を見つめ、寵愛するような笑みを浮かべた。

 ここは赤の国、ジュエリーが再び動き出す。





§§§





 今度は別の場所を覗いてみよう。

 赤の国の東に位置する岩山の中腹、歴史を刻んだ壮大な地層が露出する崖の麓に、絢爛豪華な馬車が数台並んで立ち往生していた。赤の国の競赤祭に出席するため移動をしていた『青の国』の一団である。


「――まずは問題点を整理しよう」


 彼らはジュエリーのように好んで夜を選んだ訳ではなかった。

 順調に進めば、明日の朝には到着する予定だったのだが、彼らは現在停留を余儀なくされている。馬車の脇に緊急で設置された迷彩柄のテントに、青の国の首脳陣が一堂に会する。


 その理由は勿論――。


「ロンツー峠ですれ違ったグラマラスな美人登山家を馬車に招待しなかった件について今からじっくり話し合おうか」


「ノエル様、イエローカードです」


 真剣な時ほどふざけるこの男、彼こそが青の国の王子ノエルである。

 国王より国の全権を預かり、赤の国との現在の友好関係を築いたのも彼の知恵の為せる業である。方や冒険者としても有名で、水魔法を極めし称号『青』の名は全国に轟いている。


「もー、今日のチェック厳しくない、シンディーちゃん?」


「そろそろ真面目にしてください眼鏡」


「呼び方ぁ! 王子に向かって呼び方ぁ!」


 容姿端麗にして所作のどれを拾っても美しい。

 しかし彼の残念な性格を熟知している侍女のシンディーの彼に対する態度は辛辣であり、王子にも拘らず庶民的な服装ばかりを選ぶ彼に幼少の頃からの世話役であるオズワルドは嘆息する。


 ノエルが真面目な表情を浮かべている時ほど真面目に話を聞いてはならない。

 知る人ぞ知る真理である。


「じゃ、説明頼むよ、オズワルド」


「畏まりました」


 細身の一件執事にしか見えないような老兵は不満を溢すこともなく頭を下げたが、内心では愚痴の一つでも溢したい気分だった。唯一彼の心境を理解できるシンディーはいそいそと手記にペンを走らせている。……性格の悪いことに、人の欠点を見つけてはいちいち書き連ねているのだ。


「数刻前の賊の襲撃への応戦に関して、負傷者は七名。死者は出ておりません。賊は王子が捉えられた一名を残し、全員自爆しました。賊の右手の甲には砂時計の紋章を確認しております」


「――魔神信仰会かっ!」


 真っ先にその可能性に辿り着いたのは青の国の大臣だ。

 不摂生で太り、髭も剃らないようなだらしない男だが、頭の回転の速さと引き出しの多さだけは確かである。魔神信仰会――聡明な大臣が頭を抱えるほどの難敵であることは疑いようのない事実だ。そこで彼は問いを投げた。


「王子はどのようにお考えなさりますか?」


「赤の国でせっかく悪巧みしているというのに私たちを招き入れたくないんだろう。間違いなく妨害工作だろうね」


「ノエル様、レッド……ええっ!?」


「思考停止でレッドカード叩きつけようとするのを止めてもらっていいですかね、シンディーちゃんっ!?」


 一々締まらないが、ノエルの推測には一同が納得した。

 先刻襲ってきた賊も、金品を狙う様子はなかったし、その戦い方もこちらに被害を与えるようなものではなく、足止めに近い持久的なものがあった。


「その“悪巧み”ってのは何だ? 私が大砲をぶっ放せば解決する類か?」 


 物騒な発言をしたのは青の国の女将軍である。

 麦色の肌の女は凹んだ鉄パイプを片手に好戦的に笑う。


「間違いない、それは――」


 誰もが息を呑んだ。

 大臣、女将軍、侍女、世話役――青の国切っての重鎮たちであり、冒険者としてのノエルのパーティーメンバーでもある四人の視線が集まる中、王子は――。


「奴ら、赤の国にいる美女を独占するつもりだ」


「レッドカードです、死んでください」


「シンディーちゃんの眼鏡属性嫌い何とかなんないっ!?」


 繰り返す。

 ノエルが真面目な表情を浮かべている時ほど真面目に話を聞いてはならない。





『頻闇――そこには何かがいると言うのだろうか?』





 テントの外、崖の上にドラゴンのシルエットが浮かび上がる。

 一風変わった会議を覗き込み、今か今かと襲撃のタイミングを見計らっていた。





§§§





 なぜ青の国の一団が立ち往生することになったのか。

 原因は当然この女である。


「一つ目の条件――すでに『青』の王子に対しては手札を切っている」


 そう、魔神信仰会を使って青の国の御一行を襲撃させたのはジュエリーである。あらゆる情報に精通した彼女が『青』の王子らの進行ルートを把握することなど朝飯前なのだ。

 

「となると問題は“あの人”に任せたエクスカリバーの方なのだけど……あら?」


 孤独に進めていた確認作業をジュエリーは一時中断する。

 停留所から彼女が見つめる路地の先に、笑う僧侶の像が一つ。





『頻闇――そこには何かがいると言うのだろうか?』





§§§





 赤の国のある丁字路に僧侶の像がニタリと笑う。

 彼らが夜を選んだのは、夜にしか動かない獲物を食らうためである。


「申し訳ないっす、リーダー」


 明るい茶髪の男が息を切らして報告した相手は、全身を真っ暗闇に包んでいた。

 靴も、靴下も、ジーンズも、外套も、僅かに袖口から見えるシャツの色までもが黒。僅かに色の明るさは違ってグラデーションはあるものの、烏のように男は漆黒だった。彼は膝に手をついた拍子に脱げたフードを引っ張って部下の顔を覆い隠す。


「ターゲット、見失ったっす」

 

「気にするな、あの女からの情報提供が突然だったんだ」


 真っ暗闇に佇む黒。

 ゆえに、この男の浅葱はよく映えた。


「深追いして勘付かれでもしたらもう二度とチャンスは来ない」


 清廉で、鮮烈な力を象徴し、隠しきれない強さを青い瞳の内側に宿す。

 反撃を告げる五人の勇者の一人――青目族のギーズは夜を好む。


「撤退するぞ、コリン」


「うっす、リーダー!」


 真夜中に部下を動員して彼が追っていた「ターゲット」とは如何なる者か。

 彼ら自身がそれを噤むのだから、僧侶の像が知る由はない。


 ただ一つだけ言えることもある。

 どうしても為さねばならないという強い使命感を抱いて町を駆け回った彼らの足音が、慎ましい夜の静寂を破壊し、ターゲットの代わりにずっと恐ろしい苛立ちを意図せず呼び寄せてしまったという事である。





『頻闇――そこには何かがいると言うのだろうか?』





 左手の赤焦げた階段から現れた苛立ちに最初に気づいたのはギーズだった。


「――っ!」


「リーダー?」


 赤と黒の二色で彩られた風変りな衣装を着飾り、癖のある黒髪はボサボサに荒れている。ギーズ自身、『魔王』を倒した経験もあって自分の力には自信があったのだが、この禍々しいオーラを放つ女の前では赤子同然であると拳を交えなくても理解できた。


「……あ」


 遅れて部下のコリンも気づき、泡を吹いてその場にへたり込む。

 ギーズとは対照的な真っ赤な瞳を直視してしまえば、それも無理はない。


 この国に着いた時から噂だけなら耳にしていたのである。

 奇妙な力で物体を自在に変形させる、夜の化身――。


「悪魔、か」


 ギーズは警戒の色露わに小さく発した。

 女は彼らと数メートルの距離まで近づくと、ゆっくり口を開く。


「折角あやつが宿から一人外出したから話ができると意気込んでおったら……何じゃ、お主ら? こんな夜更けに殺気立ってごそごそと……耳障りでしかない」


 海よりも深い苛立ち。

 若い女性の見た目にしては特徴的な言葉に、怒りはふんだんに塗してあった。


 このままでは戦闘になるかもしれない。

 ギーズという男は利口だった。


「悪いな、探し物をしていたんだ。気に障ったなら謝罪する」


 彼は両手をあげて抵抗の意思がないと伝え、素直に謝意を示した。瞳からも鮮烈な強き青を消し、今は普通の人族と何ら変わらない黒い瞳である。彼が平静にその場を収めようとするその間もずっと悪魔は腕を組んで仁王立ちし、不機嫌にギーズらを睨んでいる。


 もしかすると女の許容ラインを越えていたのかもしれない。

 ギーズは尋常ならざる不安を感じ、そして――。


「全く、眠っとる子供が起きたらどうするんじゃ!!」


『……は?』


 女を怒る理由にポカンと呆けた。

 何を言っているんだ? それがギーズとコリンの率直な感想である。


 女は腰に手を当て、頬をふっくら餅のように膨らませる。

 悪魔の発言とは思えないほど子供想いな叫びだ。自身の大声を棚にあげるのかという疑問や不満が生じるのは仕方のないことだが、それを指摘して悪魔がますます不機嫌になるのは避けたい。


「い、いや、すまん」


 その一心でギーズは平謝り。

 ようやく謝意が伝わったのか悪魔は吐息を溢す。


「探し物は日の出とる内にせい。早く帰るんじゃぞ」


 小言だけ残して、悪魔は頻闇に姿を消した。

 彼女が会いたがっている「あやつ」という存在が不憫でならないが、兎にも角にもギーズとコリンは衝突を回避できたことに安堵するばかりである。


「……コ、コリン、撤退する」


「う、うっす」


 尤も、現実と御伽の狭間で困惑しながらではあるが。





『頻闇――そこには何かがいると言うのだろうか?』





 僧侶の頭に一羽の烏。

 ギーズらと悪魔の一連のやり取りを静観した使い魔は頻闇の空へ飛び立っていく。昼と何ら変わらず俊敏に羽を羽ばたかせて。





§§§





「もう、誰にも見つからないようにって念押ししたのに」


 勇者と悪魔の一触即発な出会いを目にしたもう一人の目撃者は屋根の上で小さく不満を溢した。しかし、その表情に次の瞬間にはまた醜い笑みが浮かび上がる。些事に囚われないという事なのか、それとも、女を高揚させる何かがこの夜の暗闇にはあるのか。


「ああ、眠れる王“スルト”はいつ復活するのかしら?」


 



 夜を敢えて活動する者たちがいる。

 好んで選ぶのか、それとも必要に迫られて選ぶのか。


 夜には何かが必ず起こる。

 不安に思うのは悪者が暗躍するのが決まって夜だからなのか。

 それとも、私たちが認識していないだけで、本当に……。





『頻闇――そこには何かがいると言うのだろうか?』


【青の国】

 赤の国の東に隣接する国で、中心の巨大湖が有名なんだよ。しかも噂ではその湖底に世界樹が眠ってるんだって。赤の国と相互条約を結んでいて、赤の国が金銭的な援助を受ける代わりに、農地の少ない青の国は作物を安価で売ってもらっているらしいよ。そんな関係だから競赤祭のゲストにも青の国一行が呼ばれたのかもね。



※加筆・修正しました

2019年10月1日  加筆・修正

         表記の変更


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