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これは俺が勇者になるための物語  作者: 七瀬 桜雲
第一章 はずれの町
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第六話   『財布が狙われないはずがない』

「じゃあ沙智が女神様から貰った祝福は、その『キャラ依存』ってユニークスキルのことだったんだね。うーん、どういう能力なんだろう?」


「多分俺の意向は完全に無視されてるだろうな」


「プレイヤーになりたかったってあんたの希望は全く意味分かんないけど」


「ごめん。今となっては俺も全く理解できない」


 異世界生活二日目の朝。


 俺は、つい先程まで話していた奇想天外な物語というやつの感想をステラから聞きながら、朝の日差しに包まれた麦色の町をステラと歩いていた。異世界へ来ても変わらず暑苦しいが、気分はそんなに悪くない。

 今日の予定は二つだ。一つ目はリュックを取り返すこと。『解術ポーション』を手に入れるために、ビエール商会という小さな移動商店に、質として預けてしまったのだ。いつも感じるはずの重みが、今は恋しい。


 実は今朝、自分の後始末は自分でするよと、ステラが自分の財布を開こうとしたのだが、彼女の貯蓄の少なさを知ってお断りさせてもらった。

 聞けば六百トピア程度なら簡単に集まるそうだし、何よりもそのお金は、もっと優先すべき事情のために使うべきだと思ったからだ。


 その事情こそが、今日のもう一つの予定。

 ステラに呪いをかけた犯人の調査である。


「――考えてみればそうだ。風邪とは違うんだから勝手に発生なんてしない。ステラを呪おうと藁人形に釘打った誰かがいる訳だ」


 麦色の町を歩きながら、俺は腕を組んで一人納得する。

 それから、キッと隣を歩くステラを睨んだ。


「はいはい分かってるってば。今回は先手先手で行動します。また夜中にあんたを走らせるのも可哀そうだしね」


「よろしい。当てがあるとか言ってたよな?」


「うん」


 俺が尋ねると、ステラは薄地のカーディガンを翻して答える。


「私の知り合いに情報通がいるの。ちょっとお金にがめついけど、調べることに関してはプロだから、任せて大丈夫だよ」


「お金にがめつい情報通?」


 その口ぶりに嫌な予感がした。俺が知るお金にがめつい情報通というのは、異世界人第二号さんのことである。

 まさかそんな偶然と失笑気味に首を振ったが、こんな狭いコミュニティーに似たような人間が二人も三人もいやしない。

 当たり前のことに、目的地に着いてから気づいた。


 建物は、横幅のある大きな平屋。町でよく見る他の平屋よりも新しく、使っている材木の種類も違うからか豪勢に見えた。床は底上げされていて、正面には明るい木目のウッドデッキが取り付けられている。数段の短い階段を上ってウッドデッキに上がると、まず出迎えてくれるのは招き猫だ。この異世界でも、商売繁盛を祈願する時には招き猫に頼るのだろうか。

 招き猫から視線を斜め上に持ち上げると、青薔薇のドライフラワーを添えられたドアプレートが目に入る。


 ――そこには異世界文字で『情報屋』と。


 やっぱりここかと思わず頭を抱えてしまう俺。一方でステラはノックもせずに躊躇なくドアを押し開いて店内に入った。


「ジュエリー、依頼があるんだけど」


「挨拶もなしステラちゃん?」


 薄っすら暗い雰囲気の店内。天井に吊るされた淡い明かりが不気味に部屋を包み込む。角には、くの字型の長椅子が壁沿いに添えられ、シックな正方形のテーブルを半周囲んでいる。その卓上では、青薔薇模様の和紙の明かりが妖しく輝いて、より一層不気味な雰囲気を醸し出す。


 そんな独特な世界の最果てに、黒い女はいた。


「あら、あなた昨日の『渡り人さん』じゃない?」


「相変わらず閑古鳥が鳴いてますね」


「お金にならない閑古鳥なんているだけ無駄よ」


 異世界人第二号、通称『お金大好きさん』ことジュエリーだ。

 長い黒髪に装飾が施されたピアス。腕には高級そうなブレスレット。身に着けている衣服や装飾全てが彼女の妖艶さを際立たせている。

 大人の女性らしく落ち着いていた雰囲気。ただし、常に瞳の奥深くで価値を品定めしているかのような目つきは少し苦手だった。


 俺の微妙な反応に、ようやくステラも気づいたようだ。


「あれ、知り合いだったの?」


「ステラに会う前に、この町のことを聞こうと思って訪ねたんだよ。ほら、俺ってアレだからさ。お水でも如何って言われたから貰ったら、いきなり親指と人差し指でお金を要求された俺の気持ちを分かって欲しい」


「あんたも鴨にされたんだね」


 知り合った経緯を簡単に話すと、ステラは小豆色の瞳に憐憫の光を浮かべて小さく苦笑した。


 確かに海外には水がサービスではない国もあると聞いたことはあった。しかしそれは、こちらから注文した場合に限ると思っていたのだ。自然に目の前にカップを差し出されたら、てっきりサービスだと思うだろう。

 因みに今回も水を出されているが、手は伸ばしていない。


「そう言えば『渡り人さん』って呼び方、俺のメニューにある称号『渡る者』を文字って呼んでたんですね」


「私なりの客の覚え方なの」


「他人のメニューは見えないってステラに聞いたんですけど?」


「それは正確じゃないわね」


 手元の本を閉じてギラリと目を輝かせるジュエリー。それを目敏く見つけたステラは慌てて間に割って入って、パチンと手を叩いた。


「沙智、自分の瞳に魔力を集めてみなよ。他人のメニューでも『レベル』と『ライフゲージ』の情報だけは見ることができるからさ。それに、残りの『称号』や『スキル』みたいな情報も『鑑定』っていうスキルを使えば見れるんだ。ジュエリーもそれを使って沙智の称号を知ったんでしょ?」


「もう何で皆まで言っちゃうのよ。せっかく説明してあげた後で、情報料を掠め取ってやろうと思ったのに」


「って言いそうだったから私が説明を奪ったんだよ」


 ステラは胡散臭い目でジュエリーを見下ろした後、つまらない質問でお金をドブに捨てちゃダメだよと俺に釘を差した。

 どうやらまた鴨られかけたようだ。助かった。


 ――にしても瞳に魔力を集めれば、か。


 興味本位で試してみる。


「おお、ジュエリーのレベルが見えた! レベル28なのか! へえ、ライフゲージの黄色のバーもちゃんと表示されてる!」


「あら、女の秘密を暴こうとするなんて悪い子」


「って言いながら指で口止め料請求するのやめてください」


 油断も隙もあったものじゃない。


 魂胆がバレて残念そうに俯くジュエリーから視線を外し、今度は魔力を込めた瞳でステラを見つめてみる。

 それに気づいたステラがやや目を丸くした。


「あれ? ステラのレベルは見えないな」


「まあ、私は対策を取ってるからね」


「対策?」


「これだよ」


 そう言ってステラが胸元から引っ張り出したのは、神秘的な琥珀が付いたシンプルなデザインのネックレスだ。

 詳しく聞くと『秘密の首飾り』という特別な道具らしく、装備しているとメニューの情報を全て秘匿できるらしい。


 ――良いものを持っていらっしゃる。


「因みに実はそのネックレスが、装備すると呪われるっていう曰く付きのアイテムだったりして!」


「お、また変なネタ受信した!」


「受信って?」


「ほら、その頭のアンテナで!」


「ただのアホ毛だ!」


 どうもステラはこのアホ毛弄りが気に入ったらしい。俺からすれば幼少期からある自然な癖毛なのだが、ステラには面白いようだ。

 そんな俺たちの様子を、頬に手を当てて眺めていたジュエリーが、ふと何か察したように「へえ」と声を漏らした。ニヨニヨ顔だ。気持ち悪い。


「あのステラちゃんがねえ」


「ジュエリー、寄り道しちゃったけど依頼の話!」


「もう、つれないんだから!」


 何だったのだろうか。ジュエリーの意味ありげな笑みは。


 気になったけど、目の前に差し出された数枚のトピア紙幣にジュエリーの目がギラリと輝いたのを見れば、もう話を戻すことはできなさそうだ。まるで餌を見つけて飛び掛かるピラニアのようである。

 そんな金の亡者に対し、ステラの話はこう始まった。


「――呪いの調査をお願いしたいの」


 ここからは基本的にステラの要件なので、俺は隅の長椅子へと移動した。聞こえてきたステラの話は凡そこんな感じである。


 まず、自身が何者かに呪われたこと。

 その呪いが致死性のものだったということ。

 解術薬が間に合って助かったということ。

 思い当たる容疑者はいないということ。


 そこで、ジュエリーのストップが入った。


「本当に思い当たる容疑者はいないの? 『呪い』のような他人に影響を与えるタイプのスキルなら、対象者――つまり今回の場合はステラちゃんに、犯人が触れる必要があると思うのだけど。この七日ほどで、接触した人はいないの?」


「私に触れた不躾なやつは沙智くらいかな」


「おーい!」


「そう、だとすると困ったわね」


 遠くから一応不満を訴えておくが、ステラとジュエリーは何も気にせず話を進める。その様子を眺めながら、俺は「あれ?」と思った。

 ジュエリーは今、他人に影響を与えるタイプのスキルを使う場合は、対象者に触れる必要があると言った。しかし俺の称号を読み取った時は、特段俺の体に触れている様子はなかったはずだ。

 ステラ曰く『鑑定』というスキルが使われたはずなのに。


 ――もしや『鑑定』スキルは例外で、触れなくても発動できるのだろうか?


「ステラちゃんに触れることなく呪いをかけたのなら、その犯人、多分呪い系のユニークスキルを持ってるわね」


「――ユニークスキルか」


「それなら、触れずに呪いを付与できても不思議じゃないわ。まあユニークスキルだった場合は珍しいから、犯人を特定するのは簡単ね」


 なるほど、ユニークスキルは希少性が高い分、個人情報としての側面も強いという訳か。やはり俺も『秘密の首飾り』は確保しておきたい。

 そんなことを考えながら、暇つぶしに和紙の明かりを突いて遊んでいると、どうやら彼女らの話はまとまったようである。


「四日ほど貰うわ」


「任せるよ」


 カウンター台にあったトピア紙幣をジュエリーは嬉々として受け取り、ステラはくるりと踵を返して俺に笑いかけた。


「――お待たせ沙智、じゃあお金稼ぎに行こっか!」


 その言葉の意味を知らない間は、幸せだった。





※※※  二年前





 順番に生徒の名前が呼ばれていく。提出したノートを受け取った生徒が、友人とわいわい駄弁りながら、俺の隣を通り過ぎていく。

 この待っている時間が、判決を待つような気分で苦痛だった。


 分かっている。悪いのは俺だ。


 夜遅くまで課題に手を付けず、ようやくペンを持っても、問題文に示された切りの悪い数字で完全にやる気を失ったのは俺だ。「後ででいいや」とリビングで好きな本を読み始め、そのまま最終問題に手を付けることはなかった。

 結局、課題は不完全なままノートだけ提出した。


「七瀬」


 名前が呼ばれる。俺は俯いた状態で、怒られるかもと戦々恐々としながら返還されるノートを受け取った。

 だが怒声は続かなかった。


「西野」


 耳に入ったのは次の生徒の苗字だ。


 俺は唇を固く結んだまま自分の席へと戻り、恐る恐るノートを確認した。問題番号だけ書かれたその空白には、赤いチェックマークがあるだけで。


「――なんだ。これだけか」


 この日、俺の中で今日まで積み上げてきた何かが崩れる。

 それと一緒に、体の奥底で赤い目をした何かが目覚めた。


【スキルと魔法】

沙智「スキルと魔法の違いを教えてください!」

ステラ「普通スキルは魔力をそのまま使って自分の感覚や力を強化する技術です。例えば視力が低い人でも検査表一番上のCが見えたりね」

沙智「ほうほう」

ステラ「魔法スキルは魔力を変換して普通じゃあり得ないような奇跡を起こせます。こうやって掌に竜巻を作ったりね」

沙智「なるほど。――じゃあユニークスキルは?」

ステラ「それはまた次回!」



※加筆・修正しました(2021年5月21日)

サブタイトルの変更

ストーリーの順序変更


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